AnnaMaria

 

続・裸でごめんなさい  13. 小さなトゲ2

 

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専務秘書の榎本さんの問題は、そう簡単には片付かなかった。

田代専務は、相変わらず隆を呼んで意見を聞いているようだが、
その後の昼食に決まって、自分の秘書である榎本さんを同席させる。
特に、外国からの来客やクライアント等の席には、
通訳的な意味合いも兼ねて、彼女の加わる回数が増えた。

活発に交わされる英語の会話の中で、
たまに混ざる部長やわたし、孝太郎だけが沈黙を守っている。
田代専務もネイティブ並みの発音とまでは言えないものの、
会話を理解し、きちんと意見を述べていた。


英語をしゃべっている榎本さんは堂々として、声も大きく、
はっきりした身振りで、自分の意見を言っている(らしい)。

隣の隆のせいなのか、自分の場を与えられたと感じているせいか、
目がきらきら輝き、頬が紅潮し、生き生きとして見える。
近くにいて、冷静な表情を崩さないまま、落ち着いて話をしている隆と対照的だ。
あの二人って似合っているなあ、とわたしでも思ってしまう。

これなら、そのままぴったり、隆や専務のビジネスのアシストができるではないか。
榎本さんだったら、彼について海外に行くことになったって、何の障害もないだろうな・・・。


ため息が出る。


あ~あ、こればかりは仕方ない。
急に語学堪能になれるわけもないし、彼のビジネスアシスタントでもないのだから。

そうあきらめて、安川部長とモソモソと会話をするまどかだった。





「おはようございます。
 専務からお預かりした資料、神待里さんのデスクに置いておきますね。」

「お、榎本さん、おはよう!」


専務と隆の結びつきが深くなるにつれ、
榎本さんが、マーケティングの席にやってくる機会も増え、
書類、雑誌の類いを持ってちょこちょこ顔を見せるようになった。

初々しくて、どこかまだあどけないような彼女は、親父たちの目の保養になるらしく、


「いいなあ、朝榎本さんに会うと、一日仕事が捗る気がするよ~。」

「今時の女の子に珍しく、実に清楚で素直ですな。」


と、部長やハゲ課長は鼻の下を伸ばしっぱなしだ。


「そんな・・・。何も出ませんよ。」


と、ちょっと顔を赤くして微笑む様子は、確かに親父キラーの魅力をたたえている。

孝太郎はPCの影から、その様子を暫く見ていると、


「ん~~、70のB、かなC?それとも75の・・・」


と、呟いたので、思わず手近のファイルで頭をなぐってしまった。


「何考えてるのよ!スケベ菌が写ったの?」

「いったいなあ。他で言う訳じゃないですから、カンベンして下さいよ。
 彼女はすっかり親父たちのマドンナですね。」


そこへさっとドアを開き、隆が打ち合わせを終えて席に戻ってきた。

たちまち榎本さんの顔に赤みが差して、頬がぴかぴか光りだす。
預かってきた資料を隆に手渡すと、


「ありがとうございます。」


隆が短く礼を言い、彼女の顔を見てちらっと微笑む。

その笑顔を見て、またうれしそうな笑みを満面に浮かべたまま、
くるっと方向転換をして、部屋を出て行く。



「わっかりやすいなあ・・・」


孝太郎が呟く。

う~ん、同感だわ。
あすこまであからさまに喜びを表されると、腹も立たない。
が、楽しいものでもないので、無理に顔をPCに向けて仕事を続ける。


「お似合いですけどねえ。あの二人・・・」


孝太郎のつぶやきがうるさい。そんな事、わたしだってわかってるわ!
余計な音が聞こえないように、PCに思いっきり集中し、お陰で早く書類ができあがった。





不愉快なことに、うちの部長や課長まで、榎本さんを応援しようと決めたらしく、
隆を昼食に誘っては、ついでのように、榎本さんにも声をかけ、
さらについでのように、わたしや孝太郎に声をかける。


「いやあ、秘書室ってね。エラいさんばっかりで、メシ食うのに寂しいものなんだよ。
 たまには下界の雰囲気も味あわせてやりたいよな。」


とか何とか、自分たちが榎本さんとご飯を食べたいくせに。

こう、色々雑音が入ると、だんだんイライラしてくるわ。
本社に外出仕事があったわよね。ちょっと出て来ようっと。





孝太郎はひとりで会議用の資料をプリントし、会議室にセッティングしてから、
階段で自分の席に戻ろうとしていた。

階段の横の床との隙間のガラスから何気なく下をのぞくと、
玄関ホールの脇の来客専用エレベーターの前の狭いスペースに、
神待里が立っているのが見えた。

どこかを一心に見ているようで、何となく微笑みを浮かべている。


珍しいな。切れ者の彼でもあんな顔するんだ。


そう孝太郎が思った時、視界にまどかの姿が入って来た。
まどかの表情は見えないが、ゆっくり歩いてきて彼の前で止まったようだ。

見る間に神待里が破顔して嬉し気な笑顔になり、
まどかの髪にくしゃっと手を入れ、如何にも愛しそうにかき回した。

まどかは、慌てて後ろに引いているのが見えたが、
後ろ姿ながら、嫌がっている様子は見えない。

手にボードを抱えたまま、彼の前でぐずぐずしている。
彼がボードを取り上げようとしたが、まどかが取らせまいとしている。

神待里の手が伸びて、またまどかの肩に触れたが、
まどかはまた後ろに下がって向きを変えると、
彼に手を振りながら玄関の方に歩いて行く。

こちら向きに振り返ったまどかの幸せそうな笑顔が見え、孝太郎は胸を突かれた。


今のは何だ?
あの二人はどうなってるんだ?





まどかは三田の本社で調査の報告を済ませ、
こちらのオフィスに戻ろうと、ビルの玄関を入ると、
丁度外へ出る所の孝太郎と出逢った。


「あれ、どこか行くの?」

「ああ、まどかさん、戻って来たんですか。
 丁度いいや、ちょっと話があったんです。
 もう一度回れ右して、そこの○トールでも寄って行きませんか。」

「いいわよ。」


玄関を入りかけていたまどかは、孝太郎ともう一度ビルの外へ出た。




○トールコーヒーって禁煙じゃないから、何だかタバコ臭いし、親父が多い。
ま、通りの反対側にあるスタバより会社に近いから、ついこっちに寄っちゃうけど。

外からすぐには見えないカウンターに腰掛けて、二人でカップを傾ける。


「話って何?」まどかが聞くと、

孝太郎がちょっと不満そうな顔で、ため息をついた。


「まどかさん、オレに黙ってることがあるんじゃないですか?」

「別にないわよ。わたし、あんまり社内の情報に早くないの。
 聞いたらすぐに教えるわよ。」

「仕事のことじゃないですよ。」


何だろう?孝太郎は何を怒っているんだろう?


「・・・ごめん。思い当たらないけど。」

「神待里さんのことです。付き合っているんですか?」

「!」


一瞬、まどかは虚をつかれて返事が出来なかった。
つい目をそらせて横を向く。白状したようなものだ。
その様子を見て、孝太郎はまたため息をついた。


「な、何で?」

「二人でいるところを偶然目にしただけですよ。
 あの人のリアクション、超分かりやすいから。
 誰だってわかっちゃいますよ。
 社内だったら、もう少し気を使わないと知りませんよ。」

「・・・ああ。」


確かにすごくわかりやすいかも。
でも会社でそんな風にした覚えはあまり無いんだけどな。
孝太郎は鋭いよ。


「黙っているのはひどいじゃないですか。
 ちゃんと教えてくれないと・・・ルール違反ですよ。」

「ごめん。まだ付き合い始めてそんなに日が経ってないのよ。
 だから何時、何て言おうか迷っていたの。
 ごめんね、孝太郎にはきちんと言わなくちゃいけなかったね。」


しばらく黙って二人で、苦いエスプレッソとカプチーノを舐めていた。


「いつからなんですか?」

「ん、と、彼がNYから戻って来てからかな。」

「向こうから言われたんですか、付き合ってくれって。」


ええと、どうなんだろう?
向こうから言われたというより、再会した時には、もうお互いにその気だったような・・・。
違うかしら。


「まどかさんの方から、告白したんですか?」

「え?そういう訳でもないんだけど・・・」


言葉を濁すまどかの表情を見て、孝太郎はますます落ち込んだ。


「ひどいなあ。僕の方が先だと思うんだけど。
 まあ、あんなに衝撃的にデビューされたんじゃ、まどかさんが参るのもわかりますけどね。」

「うん、仕事の時の顔と普段の顔がかなり違う人なんだよね。
 そこが何とも不思議というか、何というか・・・」

「僕にのろけないで下さいよ。聞きたくありませんから。
 あ~あ、75のD・・・」

「何よ、わたしの体が目当てだったって言うの?」


わざと冗談めかして、まどかが言った。


「違いますけど。
 まどかさんのセクシーさは僕にしか見抜けないと思っていたんだがなあ。
 普段、ぜんっぜん、色気ないし。
 あの彼がそんなに鋭い観察眼だったとは・・・」


観察眼じゃなくて、何しろ、最初にバスタオル姿を見られちゃったのよ。


「べ、別にそういうことに引っ張られたんじゃないと、思うけど・・・」


声が小さくなる。


「あれ、もう見せちゃったんですか。」

「ち、違うわよ!そんなんじゃないわよ!」

「彼そう言えば、海外育ちらしいから、その手のスキンシップにはためらいが無いだろうなあ。」


からかうように、孝太郎が続ける。


「や、やめてよ」どんどん顔が赤くなる。

「何だ、まどかさん、完全に惚れちゃってるじゃないですか。
 ホントにひどいなあ。
 今度うんとおごって下さいよ。」

「・・・わかったわよ。何でも好きなもの奢るわ。」


孝太郎には悪いが、こちらから話す手間が省けて何だかほっとしているのも事実だった。
彼にはちゃんと言わなくちゃいけないと思っていたから。

ああ、それにしても何でバレちゃったんだろう?
ま、孝太郎は特別鋭いから、他の親父どもが同じように気づくとは思わないんだけど、
気をつけなくちゃ。

店を出て孝太郎と別れ、オフィスに戻りながら、そんな事を考えていた。

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