AnnaMaria

 

続・裸でごめんなさい  19. 祝祭の季節

 

hadaka2_title.jpg



「わあ、きれい!やっぱりここ通って良かったですね。

 12月だからもう飾ってあるかな、とは思ってたんですけど、
 ここのは、豪華だけどどこか懐かしいようなツリーだわ。
 いいなあ・・・」


ルナがホテルのロビーに林立した、クリスマスツリーを見上げて感嘆した。



孝太郎やルナの会社から比較的近くにある、老舗の特級ホテル。

会社に戻る帰途ではないが、孝太郎とルナの二人で、
来年のセミナーに伴うあれこれで、近くにあるホールの空間の下見に出たついでに、
ルナの提案で、大分遠回りになるが、このホテルのロビーを見に来たのだった。



最近、都内に続々と特級ホテルが上陸しているが、
もっとずっと以前から、ここは世界のVIPの宿泊所として使われてきている。

都会的なシャープさや、最先端のレストランはなくても、
天井の高い、広い空間や、身なりの良い外国人宿泊客がゆったりと行き交う雰囲気は独特だった。


初冬の短い日は落ちて、いち早く夜の帳が下ろされると、
暗くなった外の闇を背景に、ロビーや廊下に飾られたツリーのイルミネーションが
燦然と輝きだす。

ルナは頬を上気させて、子供のようにツリーを見上げている。



「どうせなら、コーヒーくらい飲んでいく?」

「そうですね。 このまま会社に帰っても今からは大して何も出来ないし、
 直帰にさせてもらえるかしら。」


瞳の中にイルミネーションを映して、ルナの口調はすっかり弾んでいる。

その顔を見た孝太郎も少し先輩らしい気分になり、
ルナを促して、コーヒーハウスの前に立った。


時間こそやや中途半端なものの、忙しい12月に入ったとあって
コーヒーハウスの中は混み合っている。

入り口で空席待ちをしながら、何となく店の中を見回し、
その中に嫌でも目につく二人連れの姿を認めた途端、
孝太郎の表情は固まってしまった。


足元に少し大きめのブリーフケースを置き、
長い脚を組んだまま、傍らの女性の顔を覗きこんでいる、
目立つ風貌の男性は神待里に他ならなかった。

何故、彼女がこの時間にここにいるのかはわからないが、
神待里の隣の席に並んで、うれしそうに笑っているのはまどかに間違いない。



神待里の方は、まどかから一瞬も目を離さずに、
片手でじっとまどかの手を掴んだままだ。

何か話しかけるにしても、いちいちまどかの顔を覗き込み、
絶えず、髪を撫でたり、肩に手を置いたり、あごの辺りをくすぐったり、
まどかに触れずにはいられない様子だ。

孝太郎は並んでいる二人の表情を見ているうちに胸が苦しくなった。



おいおい、ここは日本で、一応公共の場なんだぞ。
見ている方が恥ずかしくなるじゃないか。

おまけに、あの開けっ放しの眩しい笑顔。

なんか、こういう場面、映画にあったな。

「可愛いベイビー」

そう!そう言う顔つきで彼女を見ているんだ。



それを許しているまどかの顔を見るのはもっと苦しかった。
恥ずかしそうな、嬉しそうな、何よりも潤んだように幸せそうな顔。

神待里から何か話しかけられる度に、弾けたように笑って、
一瞬、奴の愛撫から逃げるように身を引くのだが、
すぐに捕まって、くすぐったそうに奴の手に触れられるまま、
時折、あどけない表情で神待里を見上げる。


あんな顔をする人だったのか。


普段の強気でタフな表情の下に、女らしいものが隠れているのを見抜いたのは、
自分だけだと思っていたのに。

ティーンエイジャーの少女のように頬を染めて、あれじゃ、女らしいどころか、
すっかり可愛い人になってしまっている。

神待里の腕の中にいるまどかを見ると、
自分が見知っているのとは全く別の女性が
そこに出現しているかのような驚きがあった。


あいつのせい・・・・。


俺のまどかさんに、こんな顔をさせて・・・。
俺だってあっさり諦めて、自分の中に整理がついていた訳じゃない。

なのに、こんな二人を見せつけられると、
無力感にうちのめされるだけじゃなく、
あまりに無邪気に幸せそうな二人が憎らしくさえなってくる。


まどかさんもまどかさんだよ。


この間は別の男とビールなんか飲みに現れるから、一瞬こいつと切れたのかな、
とも思ったけど、そんな気配はなかったし・・・。
気にはなっていたけど、俺からは、もう聞けなかったしな。


大体、30を過ぎたいい大人のカップルの落ち着きっていうのが
この二人には全然ないじゃないか。

ただもう、甘くてべたべたしていて、嬉しそうで、
見るに耐えないぞ!


ここまで一気に頭の中で呟きまくり、知らず知らずに詰めていた息をほうっと吐くと、
初めて横に、もっとショックを受けたかもしれない者がいた事を思い出した。


榎本ルナはまさに凍り付いていた。


知らなかったわけはないのに、目の前に突きつけられた情景から
どうしても目を離す事ができないようで、
体は固まったまま、いつのまにか目に涙がたまって溢れ、
ひと筋、頬にゆっくり線を伸ばした。


孝太郎はそれを見ると急に我に帰り、


「行こう・・・」


と、そっとルナの背中を押すと、
尚も動けず、足が地面に張り付いたままの彼女の肩をそっと引き、
とにかく後ろを向かせて歩き出した。


しばらく黙って歩いたが、どっちへ向かって帰るのか方向を決めなければ進めない。


「榎本さんは・・・」と、孝太郎が言いかけると、

「・・・帰って来てらしたんですね。」


彼女が下を向いたまま、言葉を絞り出すように呟いた。
誰を指すのかは聞かなくたってわかる。

彼女の言葉を聞くと、会社からそれほど離れていない場所で
ベタベタしている二人を無神経に感じた。


君たちに、会いたくない人間だっているんだぞ。



「そうみたいですね。」

「わたし、あの二人のこと、知っていたんです。

 栗原さんにまで、直接確かめてしまって・・・。
 見苦しくて、格好悪いってわかっていたんですが、どうしても確かめたくて・・・。
 どうせなら、お二人に幸せになって欲しいとすら願っていました。

 木田さんは前から知っていたんですか?」

「ええ、まあ・・・。

 最初は、僕も知らなかったんですが、
 偶然、会社で二人だけでいるところを見ちゃったんです。
 神待里さん、あの調子だから、すぐにわかっちゃって。

 まどかさんにちょっと問いつめたら、もう顔色で白状されちゃいましたよ。
 今、熱々って感じですね。

 もう、あの二人に構うのは止めときましょう・・・
 こっちの気分が悪くなっちゃいますよ。」


榎本ルナの顔はまだ白くて血の気がなく、目だけが真っ赤だったが、
ほんの少しうなずいて、健気にも笑おうとした。

もちろん、うまく行かなかったが・・・。


「さ、帰りましょう。アレは目と心臓に毒だ。」

「・・・・」


とどまって、つい振り向きそうになるルナの背中を押しながら、
孝太郎が促した。


「ありがとう、木田さん・・・。

 て言うと何か変な感じですね。
 皆さんが孝太郎、孝太郎って呼ぶから。」

「孝太郎で結構ですよ。榎本さんよりは年上ですけどね。」


ルナの顔には表情と言うものがまだ見えなかったけど、
何とか後ろを振り返らないようにしているようだった。

いきなりまたルナが立ち止まる。

振り向かないように必死に我慢しているようだ。

その様子を見ていた孝太郎の口から、ぽつんと言葉がこぼれた。


「榎本さん、これから二人で飲みに行こうか?」

「え?わたしとですか・・・。」


聞かれたことがよくわからないようだった。

その迷子のような顔つきを見ていると、孝太郎は俄に不安になった。


「あのう、誘っておいて何だけどさ・・・。

 先に聞いておくけど、酒乱だったりしないよね?」

「え?ああ、どうだったかなあ・・・酔うとすんごく変わるかも」


その返事を聞いて、孝太郎が引くのがわかった。
ルナから目をそらして、ポケットに手を突っ込む。


「怖いな。酔ってからむんだったら、やめた方がいいかな。

 それにもうあの二人の話は止そう。
 あの二人の話を最初にした方が奢るっていうのはどう?」


ルナは力なくふふっと笑ったが、


「そんな約束できそうもないです。

 だったら今日はぜ~んぶ、わたしが奢りますから、付き合って下さい。
 う~んんと、わたしの辛い気持ち聞いて下さい。

 だって・・わたし・・・本当にあの人のこと・・・」


またしても、声が震えて小さな手が顔を覆った。

孝太郎はため息をついた。
こんな彼女に付き合ってもいいものかどうか・・・。


「しょうがないな。後輩に奢らせるわけに行かないし、もちろん僕が奢るよ。

 今日だけ、思いっきり話せばいい。でも涙は困るなあ・・・。
 女の人の涙に弱くて。」


ルナがまた、涙いっぱいの目で孝太郎を見つめた。


「そんなこと言ったって、どう・・・」


またハンカチをかみしめてしまった。


「わかった!泣いてもいい!

 しょうがない。

 徹底的に付き合うから、店について一杯飲むまでは引っ込めといてよ。
 いい?」


ルナは、顔をくしゃくしゃにしながらも、何とか頷いた。

孝太郎はルナの肩をそっと押しながら、ふと北林の顔を思い出した。


・・・今度はあいつに恨まれそうだな・・・・。




「今朝、着いたんでしょ?そのまま会社の方に行ったのね。
 疲れてるでしょう。
 眠くて仕方がないんじゃない?」

「飛行機の中で少し眠ったから大丈夫だよ。そんなにひどい顔してる?」


テーブルにちょっとしなだれかかるように肘をついていた隆が、
自分の前髪をかきあげて、顔をまどかの方に向けた。


「ううん!なんだか、妙にはしゃいだ顔してる。
 そんな格好してるのに、子供みたいよ。」


隆はベージュのジャケットに真っ白なシャツを着て、ネクタイは外していた。


「午後、オフィスに顔を出す前に、シャツだけ着替えたんだ。
 飛行機の中の匂いがするようでね。
 残りのスーツケースは送っちゃったし・・・」


そう言うと、さっきから握ったままのまどかの指の間に自分の指を絡めて、
ぎゅっと掴み直した。


「ああ、やっと帰ってこれた。

 東京オフィス社長のマークと向こうで合流して、
 あやうく出張が伸びるところだったよ。

 彼は容赦ないんだ。
 ずっと詰め切りで、今後のプロジェクトについて議論していたからね。
 まだ彼はNYで、来週戻ってくる。そしたら、また本格始動だな。

 まどかはどうしてた?」


「いつもと変わりないわ。普通に忙しくしてた。」


英会話を始めた事は、まだ言いたくなかった。
言えるようなレベルでもあるまい。


「僕がいなくて寂しかった?」


隆がちょっと顔を覗き込みながら、聞いて来た。


「ええ、ちょっぴり・・・」

「ちょっぴり?ちょっぴりしか寂しくなかったの?」


隆の眉が上がって、口元が不機嫌そうに尖ってきた。


「だって・・・忙しかったから・・・」


隆がいなくてたまらなく恋しくて、
体の真ん中にぽっかり穴が開いたような気分だったのに。


嘘つき・・・。


「ふ~ん、僕のこと思い出してくれた?」


まどかの前髪を額の辺りで梳いて、おでこを露出させながら聞いてくる。


「時々・・・」


まどかが呟くと、背中から腰の方に腕を回して、
まどかの腕ごと抱き寄せるとぎゅうっと力を入れられた。

また、懐かしい隆の香りがして息が止まりそうになる。


「嘘つきめ!

 君は嘘なんか全然つけないくせに、そんな事を言うんだ。

 僕がいなくて寂しくて、気が狂いそうだったって言えよ、さあ・・・」

「そんな、無理言わないでよ・・・」


ホテルのカウンターにこんな風に並んで座って、
背中からぎゅっと抱きしめられて身動きもできずにいるのに、
やっぱり嬉しくて、体の奥からとんでもなく陽気な何かがわき上がってくるようで、
何だか顔が緩んで仕方がない。

さぞ、だらしない顔をしているだろう。

隆はまどかの髪にキスをひとつすると、


「ああ、しかし土曜日まで、また会えないな。
 明日と明後日がパンパンに詰まっているんだ。

 来週は君の会社にも、一度顔を出すよ。
 デスクを完全に引き払ってこないといけないし・・・」

「そうなんだ。もう、会社の方へは来ないのね。」


まどかが寂しそうに言うと、


「たまには顔を出すと思う。でも君の部署には行くかどうか・・・。

 会社で会えない分、他の時間はなるたけ一緒にいたいな。

 今すぐ、この前の返事が聞きたい位だけど、週末まで我慢するよ。
 でないと、この場で、君にめちゃくちゃキスしちゃいそうだし・・・」

「あら、わからないわよ。」


隆がさっとまどかの顎をつかんで、斜めから下目気味に睨んでくる。


「怖い返事なの?

 だったら今すぐ考え直して。眠れなくなる・・・」

「そうは言ってないわ。」


まどかがくぐもった声で返事をすると、やっと隆が顎をはなしたが、
まどかの腕に手をかけて、至近距離から覗き込んでくる。


「土曜日、家に来てくれるよね?」

「行くわ。」

「日曜日もいてくれるよね?」

「いるわ。たぶん・・・」

「たぶんじゃ、嫌だ」と、また体を寄せてぎゅうっと抱きしめられる。

「い、いるわ。」

「じゃ、月曜日も一緒に仕事に行く?」

「いえ、絶対に帰るわ!」

「なんだ、つまんないなあ・・・そうしろよ。

 でないと、どうせ帰れないぜ。
 今度こそ、うちの母のジャケットを着せちゃうぞ。」

「ダメよ。一応、親と一緒に住んでいるんだから、そんなにだらしなくできないわ。」

「もうとっくに大人だろう。出張だって言えよ。」

「隆さん!」


ひゅうっと小さく口笛を鳴らすと、またまどかにウィンクして笑った。


「もういい加減、隆にしてくれないか。」


まどかの左手を取って、薬指をなでる。


「土曜日が楽しみだな」


そのまま薬指に小さくキスをすると、まどかの目を正面から覗き込んでから、
耳元に唇を寄せ、


「もう一カ所、付き合って・・・」


と囁いた。


「でも、隆は疲れてるでしょ?

 明日もぎっしりなら、そろそろ帰った方がいいわよ。」


「2週間ぶりに会えたのに、このまま帰すと思ってるの?

 そりゃ甘い。
 ここと・・・ここにキスをするまでは、絶対に帰さないよ。」


隆の長い指が、まどかの唇ともう一カ所に触れてから、
その指を戻して自分の唇に軽く触れる。

肩を抱き寄せて立ち上がりながら、まどかの顔から目を離さない。



逃げられそうもないわね・・・


まどかはため息をついたが、
引っ張られるまま、ついて行くより他にないようだった。


でも、嬉しい・・・。
体が飛んで行ってしまいそうだ・・・・。


まどかは、隆にぴったりと抱き寄せられながら、
うっとりとイルミネーションの輝く廊下を歩いていった。

 ←読んだらクリックしてください。


このページのトップへ