AnnaMaria

 

琥珀色のアルバム  19-1.イラストレーター

 

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翌日の午後、Qの持ってきたイラストは、
かつえの希望もあって、かつえの部屋で披露された。

ポートフォリオから出て来た何枚かの作品を見て、
真也は目を見張ってしまった。

半分背中を見せて、ねじったようなポーズを取った女性。
首すじや背中の輪郭がどことなく、美奈に似ている。

一旦そういう目で見てしまうと、今回のQのイラストが
全て美奈を描いているようにさえ、見えてくる。

期限の迫った仕事があるとかで、美奈はこの場にいない。


こいつ、どういうつもりだ・・・?


思わず、Qの顔を目の端で睨んでしまったが、
Qはかつえの言葉を聞いていて、こちらには気付かない。


「すっごい素敵じゃない!
 Qさんの描く女性の肌色がとっても好きなのよ。
 
 女の私が言うのも何だけど、このイラストの女性の背中、
 思わず触ってみたくなるわね・・・
 いいわあ・・・。」


真也はこんな連想をしているのは自分だけなのかと、
他の顔を見回してみる。

長田も黙って何度かイラストを見直しているが、
特に何も言わない。

代理店の綿貫、加澤ペアは、熱心にかつえの話を聞いているようだ。


僕だけの思い過ごしか?


今の美奈に対して、自分が言えることは何もない。
だが、他の男がかつての恋人をこのような形で表現しているように見えるのが
たまらなく不愉快だった。

しなやかで華奢な背中、細い首筋のライン、
肩の優しい丸み、上気したような肌の色。

これらはかつて自分の腕の中で、
直接確かめたことのある、秘密の記憶だ。


こいつが美奈とつきあってる、という訳でもないだろうに、
この手の人種には、服越しに中身が透けて見えるのか・・・?


このイラストを大層気に入ったらしい、かつえの声が響いてくる。


いいわあ、すごくいい!
この肌の質感が写真よりリアルね・・・


その点には、残念ながら僕も同意見だ。

綿貫さんがどう思っているのか、表情からは全く窺えない。

長田の顔に少しとまどいが見えるから、
自分と同じ連想をしたのかもしれない。

もう一度、イラストを見る。


確かに素晴らしい出来だ。しかし・・・

こいつは要注意だな・・・


真也はさっきより目の光を隠して、もう一度Qを見ると、
Qも真也の視線に気が付いて、静かにこちらを向いた。

何かを含んだ表情では全くない。

この出来の良さと、かつえの絶賛の調子から言って、
イラストが採用されるのは間違いなさそうだ。

せめて、あまりにも美奈のプライベートをさらしているように感じる
何枚かは止めてもらおう・・・

どのイラストを使うか、具体的な話に入ったところで、
真也はさりげなく自分の意見を述べておいた。





美奈はかつえの手が空いたところで呼ばれ、
明日から出張だから、お出かけ用メイクもしてみましょう、と
何やらはしゃいだ様子のかつえに、
髪までくるくるとカーラーで巻かれてしまった。

美奈が立っている姿を暫くじぃっと見ていると、
すぐに傍に寄って来て、メイクを始め、忽ち仕上げてしまう。


カーラーを外してもらって、鏡を見ると、
自分ながら、仰天した。

さっきまでの素肌メイクとは、まるで違った、
華やかで、女性らしい顔が映っている。


「いやあ、やり甲斐があるわ。
 全体にばっちりよね。
 美奈ちゃんは、服にも、お肌にも、メークが映えるわあ・・・!
 これなら、どんな男だって・・・と、

 ねえ、今日、ホントに何の予定もないの?」

「急にそんなこと言われたって・・・
 誰も誘ってくれませんし・・・。」

「だったら、こっちから誘えばいいじゃない。
 待ってるだけってことはないわよ。」

いいんです・・・どうせ、今日は無理です。


真也らと会議室に詰めている、綿貫の顔を思い出しながら、
大きく手を振った。


「そうなの。まあ、レッスンだからいいけど。
 もったいないわねえ。今日は仕事やめちゃえば・・・」

「かつえさ〜〜ん!」


マーシャの声が咎める声が響いてきた。


「ああ、はいはい!
 真面目なヤル気のある社員の気をそいではいけないわね。」

わかりましたよ〜、あ〜あ、明日からNYだ。
どうせ、寝る暇ないだろうなあ・・・


かつえの独り言を聞きながら、立ち上がり、


「ありがとうございました。
 帰って来られるのを、お待ちしていますね。」


ありがと・・・待っててね!


かつえがウィンクして見せたのを機に、部屋を出る。





美奈が階段を降りて行くと、誰かが下から上がって来る音がした。
踊り場に立ち止まり、誰だろうとすき間からのぞいてみると、綿貫だ。

ちょっと弾んだ気持ちで、
できるだけそうっと足音を忍ばせて降りて行く。

近づいた頃合いを見計らって、


「綿貫さん・・・!
 また、階段使うことにしたんですね。」


綿貫は俯きがちに上っている所を、不意を突かれたようで、
ぱっとこちらを見上げたが、ふと表情をゆるめると


「ここでは、その方が速いだろう・・・」

と、返した。
美奈の服装が替わっているのを、不審そうに見て、


「今朝と違うみたいだな。
 どこかへ出かけるのに、服まで着替えるのか?」

「ううん、今日だけ特別。
 別に出かける予定は無かったんだけど、
 かつえさんが、メークするにも雰囲気が変わった方がノレるから、
 朝と違う服を持って来いって言ったの。
 しばらく出張しちゃうからって。
 
 すっかり気分が変わって、どこかへ出かけたい気分になったんだけど、
 誰もデートに誘ってくれないしぃ・・・」


恨みがましく、ぷんと唇をとんがらせる。
綿貫の目がほんの少し細くなった。


「この際だから、かつえさんに言われてた、
 お店でも偵察して来ようかと思って。
 ホントは仕事もたまってるんですけど・・・」

そうか・・・

あっさりうなずくと、


「打ち合わせ中、よそ見してニヤついてるくらいだから
 そうなるだろうな・・・」

むっ!


ますます美奈の口がとんがった。
綿貫の唇はわずかにほころんだが、そのまま


「じゃな・・・」


手を振って、階段を上がろうとした。


「あの・・・!」


後ろ姿に思わず声を掛けると、綿貫が振り向いた。
美奈の言葉を待っている。


「あの・・・・忙しいのはわかってますけど
 たまには、連絡して下さい。」


これだけ言うのに、顔が赤くなってしまった。
綿貫の表情は全く変わらない。


憎らしい奴・・・何でわたしが・・・


「ああ・・・」


綿貫の返事と同時に、どこからか階段をあがる音が聞こえてきたので、
慌てて、美奈も階段を下り始めた。





席に戻ると、近くにいた長田が、うわっと軽くのけぞった。


「ひゃあ、美奈さん、どっかの女優さんみたいですね・・・」


変わるもんだなあ、と素直に感嘆の声をあげている。


え〜え、どうせ、実力じゃなくて、プロのメークのお陰ですから・・・


ふん、とした気持ちでPC回りを片付け始めた。

後ろから、足音が近づいてきて止まる。
振り向くと真也だった。


「美奈、何だか派手だな・・・・。
 かつえさんか?」


驚いて目を丸くしている。


「そうです。
 明日からいないから、ちょっと華やかなメークも教えておくって・・。
 これが自分だけでできるとは、ちょっと思えないんですけど。」

「そうだね・・・」

・・・美奈をおもちゃにしてるみたいで、気に喰わないな。


「あれ、そんなに簡単に同意しないでよ。
 実力じゃないってわかってますけど・・。」


んもう、皆、かつえマジックのお陰だって、知り尽くしてるからなあ。
何だか面白くないわ。


「あ、それで、こんな機会なので、
 他社の路面店、今から見てこようと思います。

 今頃なら、通勤帰りのお客さんもいるだろうし、
 このまま、PCにかじりついているのも何ですから。」


美奈が真也に告げると


「わかった、是非見て来て欲しい。
 広さとスタッフの数を記録してくれるといいな。」

「わかりました。
 でも広さってどうやって測るの?」

「店の前と奥行きを歩幅で測って来いよ。
 あとで一歩の幅を測って掛ければ、広さがわかるだろう。」

「お店の正面と中を隅から隅まで、足で測るんですか?
 うえ〜〜・・・怪しまれそう。」


美奈の言葉に、近くにいた長田も笑い出した。


「わかった、広さは適当でいいよ。
 あとでこっちも見に行くから。
 気が付いたら何でもメモっておいてくれると助かる。」

「はい、そうします・・・」


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