AnnaMaria

 

琥珀色のアルバム  20.それぞれの気持ち

 

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かつえがいないと、どことなく社内が静かだ。

別段、いつもフロアで大声を張り上げているわけではないのだが、
彼女がいると、人の出入りが慌ただしく、エネルギッシュになる。

ただ、今回の出張はほんの一週間。

KAtiE新規ラインの旗艦売り場の変更から来る様々な作業に、
各自が追われ、不在を感じる暇もない。





路面店を見た翌日、すぐにQが送ってきてくれた各店舗の画像は実に完璧で、
どうやって撮ったのか、店内の写真も一部混ざっている。

美奈には、Qがいつ、ここまでの写真を撮ったのか、
見当もつかなかった。

店毎に見やすくレイアウトされており、
プリントして、そのまま資料に使える。


「すごいですね。 
 プロに頼んで撮影してもらったみたいだな・・・」


加澤が感心して、画像資料を眺めていた。


「元々、そう言うお仕事もしていらしたみたい。

 会社のビルを出たところで、偶然お会いしたんです。
 わたしがお店を見に行くと言ったら、自分も化粧品の店を見たかったけど、
 女性ばかりで入りにくいから、
 ちょうど良い機会だって言われて・・・

 そのまま、一緒に見に行きました。」


美奈がやや説明調に答えたのを聞いて、
そこにいた男性陣は、どことなく居心地悪そうな顔をした。


「ご自分の参考の為と言うより、こっちの仕事を
 完璧にやってもらっちゃったみたいですね。
 助かったというか、悪かったと言うか・・・。
 『偶然』出会った人に良かったのかな。」


長田がちらっと美奈の顔を眺めながら、資料をめくった。


その上、ビールを奢ってもらったなんて言ったら、
殴られそうだわ・・・


美奈は澄まして資料を見ていたが、
男性陣の視線をちらりと上目遣いに見た。

真也は黙って店の写真を見ていたが、


「美奈。他に取りこぼした店はまだある?」

「正直言うと、まだ結構あります。
 最近、ファッションブランドの化粧品分野への進出がすごいですから。
 あの夜だけじゃ、回り切れませんでした。」


美奈はため息をついて、報告した。


「美奈だけで、残った店の写真撮って来られるかな?」

「撮るだけなら、撮れるかもしれませんけど、
 こんなにきれいにぴしっとした写真にはならないでしょうね。」

「そうだろうね。
 いや、ここまで上手いとは・・・・」


真也が感心したような、呆れたような調子で言った。


「Qさんは写真もやるんですよ。
 ただ、商業写真の仕事はあまり受けなくて、
 自分の気の向いた対象だけ撮影して、
 時々発表していますね。」


それまで黙っていた綿貫が、口を挟んだ。


「またQさんに同行してもらうって線はあるんですか?」


長田が呑気そうに聞く。


「無理だろう。売り出し中のイラストレーターに、
 店舗調査の写真撮ってくれって頼めるか?
 この時はたまたま手伝ってくれた、と考えるべきだ。」

美奈さんから頼んでもらえば、あるいは・・・

と長田が言いかけるのを、真也がにらんで終わりになった。


「残りはこのメンバーで何とかしよう・・・」



路面店の話はそれでおしまいになり、
目前に近づいた、プレスリリースの準備に話が移っていく。


「営業部長、展開店舗は確定しましたね?」

「もう変更はないでしょう・・・。印刷しても大丈夫です。」

「わかりました。
 綿貫さん、プレスキットは?」

「来週始めに、招待状と共に見本を持ってきます。
 招待状はもう来週には発送した方がいいですね。」


それからは、細かい打ち合わせを一つ一つ詰めていく。


「会場のSホールで、今日タレントの出版記念会があるんですよ。
 下見にちょうど良いから、どなたか、ついでに顔を出されませんか?」


綿貫がテーブルに招待状を置く。


「僕は無理ですね。
 美奈と長田は行けるかな?
 配置とかの参考になるかもしれないから、見て来たら。

 タレントの誰ですか」

「『美月エマ』です。
 彼女の得意な料理とか、好きな服とか、化粧品とか・・・・
 ふだん使っているものについての話のようです。」


加澤が招待状に記されていた、出版予定の本の説明を読んだ。

モデル出身のタレントで、最近はTVで料理を作ってみたり、
服や雑貨や化粧品の話をしたり、女性にも好感度の高いタレントだ。


「じゃ、美奈、長田、頼んだ。
 会場の平面図を書いて来いとまでは言わないけど、
 よく見て来て。」


真也が締めくくった。

いったん解散して、広通組とKAtiE組は、
会場で落ち合うことになった。





午後一の便で美奈にクッション入り封筒の郵便物が届いた。
差出人はアトリエQの判。

開けてみると、CDが一枚入っている。


何だろう?・・・・


ラベルを見ると、

『morning dance』by"Spyro Gyra"(スパイロ・ジャイラ)

輸入版CDのようだ。

付箋が一枚付いていて、


「この曲じゃないかと思います。『morning dance』
 違ったらごめんなさい。 - Q - 」


はっと思い当たる。

Qとビールを飲んでいた店で流れた曲に固まってしまい、
曲名がわからない、と言った、確かに言ったわ・・・

わざわざ探して送ってくれたんだ・・・。
嬉しいけど・・・ちょっと申し訳ないわ。


美奈は付箋を外すと、CDを取り出してバッグにしまった。


それにしても、すごい早業。
何でも出来ちゃうのね。
ああ、お礼を言わないと・・・・。


携帯画面を開くと、Qの名刺に記載されていたアドレスに宛てて、


"CDを有り難うございました。
たちまち曲名がわかってしまったんですね。
魔法みたいです。帰ったらすぐ聴いてみます。
            小林美奈"


すぐに返信があった。


"100%の自信はないけど、まあ聴いてみて下さい。
 僕も好きな曲です。 Q"


う〜ん、この好意に甘えていいのか、
何かお返しをしないといけないのか・・・

美奈は少し考えたが、出かける時間が迫っていたので、
結局、そのまま考えるのを止めてしまった。





会場まではゆっくり歩いて行ける場所だ。
道々、美奈は長田にぼやいた。


「あ〜あ、仕事がたまっているのに、
 こう、お出かけが多いんじゃ、片付かないわ・・・」

「プレス担当なんかになったら、
 もっと出る機会が増えるんじゃないですか?
 こちらに来る人も増えるでしょうしね。
 今から音をあげないで下さいよ。

『美月エマ』かあ。
 きれいで、可愛い奥さんになりそうなタレントさんですね。」

「長田くんの好み?」

「う〜ん、自分としては、もう少しエキセントリックなタイプが好きです。
 あ、現実は別として、ですよ。」





会場に着くと、報道関係者及び、沢山のファンが詰めかけいて、
本を片手に長蛇の列。

買った本にサインをしてもらうらしい。

美奈と長田は、きょろきょろと辺りを見回りながら、
会場に入っていった。


え〜と、受付はどこに置いたらいいかな。

などと考えていると、長田が


「あ、あそこに・・・」


と会場の隅を小さく指さした。


今日の主役が舞台のそでに隠れるようにして、
綿貫や加澤と話している。


「・・・来て下さって有り難うございます。
 綿貫さんには全然興味ない本でしょう・・」

「そんなことはありませんよ。
 エマさんの物を選ぶセンスは独特です。
 優しくて、気持ちがいい。
 お人柄かもしれませんね。」


綿貫の声とは思えない科白が聞こえてきた。

 
「そんな・・・嬉しいです。
 あの、差し上げたら、読んでくれますか?」

「もちろん。是非、読ませていただきます。」


会話の邪魔をしては悪いので、長田と二人、
少し離れたところから遠巻きにしていた。

「美月エマ」は本当に頬を染めているように見えた。
両手で頬を押さえて、うるんだような目で綿貫を見つめている。


可愛い人だわあ・・・


「でも、皆さんの前でご挨拶するのが怖くて・・・。
 こんな仕事なのに、未だにあがり性なんです。
 どうしよう・・・」

「エマさんなら、きっと大丈夫ですよ。
 沢山の方がエマさんの笑顔に会えるのを、
 楽しみにしているんです。

 さ、勇気を出して・・・。
 僕も会場からずっと見ていますから。」

「本当ですか?」


エマがきれいな瞳でじっと綿貫を見つめる。


「かならず・・・。約束しますよ。」

「ありがとうございます。綿貫さん。
 でも、本当にきっとよ・・・」

「僕を信じてくれないんですか・・・?」


およよ・・・。
わたしは違う人の言葉を聞いているんじゃないかしら。


こうやって顔を見ずに、声だけ聞いていると
どこかの色男が甘く口説いているようにさえ聞こえる。

やっぱり、彼女が美人だから、とくべつ・・・・?


マネージャーか主催者らしい人に促されて、
エマが渋々(という風に見えた)会場の後ろの方へ進んで行った。

美奈は黙って立っていたが、
綿貫の後ろにいた、加澤がこちらに気がつき、
手招きをされた。


「どうも!」

「ついさっきお会いしましたけど、どうも!」


加澤と長田が会うといつもこんな風だ。
二人で嬉しそうにじゃれ合い始める。


綿貫がぶすっとしている美奈をちらっと見て、


「何か・・・具合でも悪いんですか。小林さん・・・」


その言い方にむっと来たが、そんな素振りは見せず、


「いえ、何でもないです。
 どこにあんな甘い言葉がでる舌を隠していたのかと、
 感心していました。

 やっぱりだてに7年も広告業界にいたんじゃないですね。」

「褒めて頂いて恐縮です。
 美人に弱いもので・・・」


さらりと切り返されて、余計頭に血が上った。


っど〜せ、わたしは・・・
美人タレントさんなんかより、数十段落ちますよ・・・


「昔は美人にも冷たかったように思いましたけど・・・」


つんと言い放つと、美奈の言葉の調子に驚いたように、
二人でじゃれ合っていた加澤と長田が、一瞬こちらを見る。

そのまま、綿貫たちの傍を離れると、
誰も知り合いがいないのを幸い、会場を何周かし、
現在いる人数をざっと数えたり、あちこちをのぞいてみたりした。


そうこうするうちに、出版記念会が始まり、
美月エマがあいさつに立った。

ついさっき綿貫に訴えていた頼りない調子とはちがって、
明るく、生き生きとした語り口で、
本を語り、趣味を語り、出版できた喜びと感謝を述べた。

少し離れた席に居る綿貫は、じっと前を見つめている。

美月エマは時々、
本当に綿貫の方を見つめているようにさえ見えた。

その後、TV司会者による、インタビューがあり、
美月エマの笑顔は、ますますあでやかでオーラを放っている。

会場で本を購入した人へのサイン会が始まると、
長田や綿貫たちが席を立ち、美奈と合流した。




「綿貫さん、どうも・・」


先ほど、エマを連れていったマネージャーらしい男が挨拶しに来た。


「ああ、本日はおめでとうございます。」

「ありがとうございます。
 美月はあがり性なんですが、綿貫さんに力づけていただいて
 勢いがついたようです。
 今後もよろしくお願い致します。」

「こちらこそ、お世話になります・・」


会場を出るまでにも、何人かが綿貫に挨拶をし、
綿貫と加澤は何度か名刺を抜いて、相手と交換している。

美奈と長田はなるべく目立たないよう、
二人から離れて動きながら、会場の様子を頭に叩き込もうと、
あちこち見回しながら、出て行った。





やっと会場を出ると、熱気のこもった室内と違い、
冷たい風の吹く、冬らしい街の景色が広がっている。

風のせいか、今夜は体の表面から、すうっと熱が奪われるようだ。
月もない黒い空が、地上の光を吸い込んで広がっている。


「腹が減りましたねえ・・・」


のっぽで細身の加澤が正直な声を出した。


「僕は何だか、汗が冷えて寒くなりました。」


長田が言い出した。


「綿貫さん、いつものあそこ、行きませんか?」

「いつものあそこって?」


長田が聞き返すと、


「KAtiEで遅くなると、時々二人でラーメン食ってく店があるんですよ。
 こんな日はうまいっすよ。」


いいなあ・・・長田が乗り気の声を上げ、美奈を見た。


「一緒に行きましょうよ。」

「あまり、きれいとは言えませんけど、
 女の人も結構見かけることありますよ。
 僕らが一緒ですから、いいでしょう?」


珍しく加澤が誘って来る。
綿貫はこっちを見てはいるが、黙ったままだ。

長田と加澤のこちらを覗き込むような視線に負けて、美奈がうなずいた。


「やった!腹が減って死にそうだったんですよ。」

「加澤さん、細いからあんまり食べないのかと思ってました。」


美奈が言うと、


「いや、食うときはすっごく食うんですけど、
 身にならないんです。

 ある体重まで来ると、きゅうっと落ちちゃう。
 ま、綿貫さんと仕事しているせいだとおも・・・」


途中まで言いかけて、綿貫に肩をぎゅっとつかまれた。


「俺と一緒だと、体形が保てていいじゃないか」

「あ、そうですね。いつも感謝してます・・・」


加澤がわざとらしく笑いながら返すと、
長田が向こう向きに笑いをこらえている。

この二人、どこまでツーカーなのかしら?





熱いラーメンはおいしかった。

ややこってり味だったけど、寒い時には体が温まる。
寒いと言っていた割に、ビールも飲んで、
すっかり気分がほぐれてしまった。


「芳賀さん、まだ一人で仕事してるんでしょうかねえ・・・」

「うっ!キツいこと言いますね。」


加澤と長田がまた漫才のような会話を始める。


「じゃ、今から会社に戻りますか?」


綿貫に問われて、


「いや、綿貫さん。ビールの匂いさせて会社には戻れませんよ。
 余計マズいじゃないですか・・・。」


長田が焦って手を振った。


「だったら長田さん、こんな時こそ、
 この間のところへ行って見るチャンスですよ。」

「ええ、これから?だって・・・・」


長田と加澤がこしょこしょと内緒話をしている脇で、
美奈は口数少なく、ラーメンをすすっている。
綿貫も特に、そんな美奈に話しかけて来なかった。


食べ終わって店を出ると、加澤と長田が


「それじゃ、お疲れさまでした!
 失礼します・・・」


と、二人連れ立って帰りかける。


「ちょっと、どこ行くのよぉ?」


美奈が長田の背中に聞くと、


「ひみつで〜す!あ、綿貫さん、美奈さんをお願いします。
 駅とか、どっちかわかんないと思うんで・・・!よろしく・・」


あっと言う間に歩道を遠ざかっていく二人を見ながら、
美奈はため息をついた。

綿貫は何も言わず、美奈をちょっと見つめると、
先に立って歩き出した。





この店は確かにどこの駅からも遠い。

毎日、早朝まで開けているそうで、
夜中にタクシーで来る客が結構いるらしい。

美奈がぐずぐずと後ろを歩いてくるのを振り向いて、


「どうした?
 機嫌が悪いみたいだな・・・」


逆光で見えないが、少し笑っているのだろうか?


「別に・・・何でもないです。
 あのタレントさんと親しいんですか?」

「彼女がモデルだった頃からの付き合いだ。
 モデルの仕事が少し減って来た時に、
 自分のライフスタイル紹介みたいな仕事をやってみたら、と
 つないだことがある・・。
 
 ぴったりだったみたいだな。」

「へえ、そうなんだ・・。
 雰囲気ある人ですね。女性ファンもあんなにいっぱい・・・」

「そうだな。半々より少し男が多い、というところか・・・」


しっとりして、きれいで、どこか儚いような・・・
う〜〜ん、かおりさんみたい、かな?

やだ、綿貫さんの好みじゃない・・・。


思わず、並んだ横顔を見あげる。
いつも通り、何の表情も浮かんでいないが、
口元のあたりが優しいように感じられた。


「綿貫さんのタイプですね・・・」


綿貫がこっちを見たのがわかったが、
悔しいので、前を向いたままでいた。


「単に仕事上の付き合いだ。」




黙ってしばらく歩いていると、
風がつめたく感じられるようになった。
さっき熱いラーメンで温まった体がまた冷えてくる。

綿貫がどっちの駅に向かっているのかは不明だが、まだ先らしい・・・・。

それでも二人っきりで歩いていると、
もうちょっとだけ駅に着かなければいいな、
という思いも湧いてくる。

美奈は何を言えばいいのかわからなくなった。
綿貫と居ると、時々そうなる。


黙って手をつないだら、怒るだろうか?
あ、でも手がポケットの中だわ・・・・





「美奈」


綿貫が前を向いたまま呼んだので、美奈が綿貫の方を見る。


「今日は俺のところに来ないか・・」


やっと口から押し出された言葉。
ドキンとときめくけど、同時に嬉しくて跳ね上がりそうにもなる。

それでも素直に「うん」とは言えなかった。
さっきの美人タレントへの甘い声が耳に残っている。

美奈はつん、と横を向くと、


「どうしようかしら・・・」


手に持ったバッグをくるくる回しながら、前を向く。


「どうしても来て欲しいって言うなら、考えてもいいけど・・・」


そう言って、きゅっと綿貫の方に向き直る。

言いにくい言葉を押し出したと知っていながら、
その不器用な口調がおかしくて、
つい、からかわずにいられなかった。


「お前な・・・」


やっと言った言葉をはぐらかされて、綿貫が困惑しているのがわかる。
その先の言葉が出て来ないようだ。


「うふふ・・・。これくらいであきらめちゃうの?
 腕利きの広告プランナーになるなら、女一人くらい誘えないと・・・。

 どうした、綿貫直人!」


照れ隠しもあって、面白そうに言う美奈を、綿貫がにらみつけた。


「ったく、ひどい性格だ・・・。」

「今頃、わかったんですかぁ?」


こいつ!と、腕をつかんで引っ張り寄せ、
勝ち誇ったように言う美奈の首に左腕を回して、ぐいと締め上げると、


「うるさいな。つべこべ言わずに来いよ」


そのまま道路にひきずって行きながら、
片手をあげてタクシーを呼び止める。


「痛たた・・。」


綿貫の腕の中で、引っ張られた痛みに涙をこぼしながら、


「何ですよ!もうちょっと優しい言葉で口説いてよ!
 せめて、あのタレントさんに言ったくらい・・・。」


スピードダウンするタクシーの方に引っ張りながら、
肘に抱えた美奈にちらりと冷笑をくれると、


「あれは営業用だ。
 金を払わない奴には必要ない。」


美奈を先にタクシーの中に押し込んだ。


「幡ヶ谷まで・・」


運転手に告げると、横を向いて、
ぷんぷんにふくれた美奈のほっぺたを突つく。


「むくれるなよ。今度、鯛焼きを買ってやるからさ。」

「鯛焼きぃ?」


美奈が目を剥いて、綿貫につっかかった。


そんなもので大人の女が釣れるとおもってるんですか。
まったくバカにして!甘い声とせりふは誰のために取ってあるのよ!
営業用ばっかりに使ってると、ただのスケベ親父になっちゃうわよ・・
いい加減に、不器用だって言い訳は・・・


立て続けにぶちぶち言いまくる美奈の唇に手を当てて、
笑いながら、唇に一本指を当てた。


「少しおとなしくしてろよ。
 元気になったのは結構だけど、しゃべり過ぎだ。」

わたしはあなたの会社の後輩じゃないんですから、
そんなこと言われたって聞く耳ありませんよぉ。

「後輩なら先輩の言うことを聞くのか?」

「う・・・、し、仕事ならそうでしょ?」


ふ〜ん、と言って綿貫が美奈の顔を放した。


「じゃ、『打ち合わせ中に余所見をするな』
 と言いたい。
 大学の先輩として、後輩のしつけが悪くて芳賀さんに申し訳ない。」

「また言ったわね!
 7年も経ってるのに、まだ先輩面するの?」


今度は美奈が綿貫の腕を取って、引っ張った。

後部座席でがたがたと騒ぎながら、言い合っている二人を
タクシーの運転手がため息をつきながら、ミラー越しに見ていた。



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