AnnaMaria

 

琥珀色のアルバム 30-3 撮影の日3

 

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綿貫は一本だけ酒を頼み、板わさと刺身をつついている。

「今日はねぇ、Qさんと『撮影』だったの・・・」

テーブルにほおづえをついた美奈が、ぽん、と告げた。
目だけ動かして視線を上げる。綿貫の表情に変化は見えない。

「言ったっけ?」

「いや・・・」

長くてきれいな指がぐい飲みをつかんで、口元に持って行く。
恐ろしく整った顔立ちのなかで、一番甘い部分だ。
ぐい飲みが傾くと、綿貫の眉間にほんの少ししわが寄る。

「おいしくないの?」

「いや、すごくうまい。」

じっと自分を見上げている美奈を見ると、物欲しそうに見えたのか、

「美奈も要るか?」

うん、やっぱりもらう!

ぴょん、と美奈が背を伸ばして、椅子に座り直した。

新しい酒とぐい飲みが運ばれて来ると、綿貫に注いでもらい、
温かい酒を飲んだ。


「おいしい〜〜!何杯でも飲めそう・・・」

「いい気になって、酔っぱらうなよ。」


綿貫は釘をさしたが、美奈は知らん顔で聞き流し、
皿からかまぼこの最後の一切れをつまみ上げた。

ん、おいし!

綿貫はまた呆れたような顔をしたが、何も言わなかった。

「ほっとしたら、なんだかお腹が空いちゃった。
 他に頼んでもいい?」

「好きにしろよ」

すいませ〜〜ん、つくねのシソ巻きと出し巻き卵、下さ〜い!

は〜い。

蕎麦屋独特の歌うような返事が聞こえて、美奈がにんまりした。


「ああ、うれしい。
 何でもいいから早く食べたいっ!」

「何でもいいって、自分で頼んだくせに無責任だな。
 最後は蕎麦で締めるんだぞ。」

「全然、心配ないわよ。
 おそばって、ざるにほ〜んのぽっちりじゃない。
 お箸でふたかきすれば終わっちゃうわ。」

「野蛮人向けには作ってないからな・・」


む!

手酌で飲んでいる綿貫をにらむと、「おまちどうさま」と温かい料理が運ばれて来た。
湯気につられてすぐに食べ始め、注いでもらった酒を飲む。

ん〜〜、おいしい!

「一緒に飲んでる男が愛想悪くても、やっぱり、おいしいものはおいしいわ」

悪かったな。

綿貫がぶすっと答えた。

美奈は機嫌良く、たちまちお銚子を1本空にしてしまうと、

「すいませ〜ん、お代わり!」



何本もお銚子を頼み、頼んだものをあらかた平らげてしまうと、
ゆっくりと蕎麦を手繰る。
一日歩いて軽い疲労感のある美奈にも、冷たい蕎麦ののどごしは心地良い。


「綿貫さんってどっか、爺臭い趣味がありますねえ。」

「蕎麦を食べると爺臭くて、パスタなら若いのか。
 無意味な比較だ。」

「お蕎麦のことだけじゃなくって、どことなく好みが爺臭いというか、
 古くさいと言うか・・・・。」


綿貫は猪口を持つ手を止めて、苦笑した。


「血筋かな。叔父貴が『骨董商』というと聞こえはいいが、
 古道具を扱っている。
 部屋に古そうな木彫りの猫があったろう?
 あれは、叔父からの独立祝いだよ。」

「うふふ、あの猫のこと、いつか訊いてやろうと思ってたの。
 最初、綿貫さんが、毎晩あれを抱いて寝ているのかと思った・・・」


テーブル越しに長い腕が伸びてきて、頭をパン、とはたかれる。


「ったくお前は・・・。
 あんな硬いものと一緒に寝られるか。」


うふふふ・・・・・。
美奈は何だか笑えてしょうがなかった。


「今日一日、おしゃれな街にいたのに、
 夜はこうして、古〜いおそば屋さんに居るって、
 ちょっと不思議だなあ・・・。」

あ、そうだ!

美奈ががさごそバッグを探り、小さな包みを取り出した。

「これ、歩いてて見つけちゃった・・・あげる」


差し出されたうすっぺらい黄色の包みを開けると、
中からカードが出て来た。

ビールのCMに出てくるようなスーツ男が顔をゆがめ
スーパードライの決めポーズをしながら、ハンカチ(?)をかざしているところに、
「キレのある男になれ!」のコピー。

綿貫はカードから目を離して美奈を見たが、本人はしごく満足そうに
コメントを待っている。

「これは何のギャグだ?」

「だから『スーパードライ』な男がキレを求めて・・・って説明するとつまんない。
 ぱっと見て、綿貫さんを思い出したの。」

「これで?」

「うん、それで・・」

当然、という得々とした美奈の顔を見ていると、何を言う気も失せた。

「ともかく・・・ありがとう」

取りあえず礼を言って、胸ポケットにしまうと、
美奈はきょとんとしている。

綿貫はお銚子を持ちあげ、

「で、撮影はどうだったんだ・・?」

問われた美奈はちょっと下を向いて、

「ん〜〜、楽しかった。
 撮影って言うより、何だかデートしてるみたいで・・・」

綿貫の目がきらっと光ったのを見て、

あ、しまった!


「でも、頭のどこかでずっと見られているって緊張感があって、
 それがちょっと気疲れするというか・・・。
 モデルさんとかって、やっぱり大変な仕事だな、って思っちゃった。」

「だが、見られるのが快感になったり、
 クセになったりする場合もあるだろ。」


綿貫の言葉に美奈もうなずいて、


「それってわかった!
 最初は、どうしよう、こんなんでいいのかしらって気持ちなんだけど、
 ずっとカメラで追われているうちに、
 もっと見せてやれって気になっちゃう時もあったもん。」

「・・・・」

美奈は今日の撮影を思い出すような目をして、

「でも、Qさんってすごいの。
 色んなこと知ってるし、服とかアクセサリーとか、
 お花とか、何でもすごく詳しい。
 イラストだけが仕事じゃないとは聞いていたけど、
 本当に何でもできるんだなあって感心しちゃった。

 それにね、わたしの気分をほぐそうと、
 ずっと気を使ってくれているのがわかったし、
 自分じゃ選ばないお洋服も着れたし、
 貸しスタジオみたいな変わった所にも行けて、面白かったよ」

でもねえ、最後は綿貫さんの顔がすごく見たくなっちゃったの。


「うれしい?」

「別に・・・・」

横を向いて、ぼそっと答える。

「もっと喜んでよ。」

「調子に乗るなよ。」

「な〜によう。人がせっかく・・・」

美奈の唇がとんがる。
綿貫はブツブツ言う美奈を相手にせず、酒を飲んだ。

美奈が手の中でぐい飲みをころころともてあそび始め、
やめとけ、と綿貫が取り上げると、美奈の頭がふてくされたように
ごろん、とテーブルに落ちた。

そのまま、動かない。

美奈がしゃべらないと、急にあたりが静かになる。

こういう時間もめずらしいもんだ、と綿貫が残った酒を干してしまうと、
美奈はまだテーブルに突っ伏したまま、ふてくされている。

いつもの髪とウェーブが少し違う。
そう言えば、服も感じがちがう。
妙にボーイッシュというか。

ふむ・・・

体からすっかり力が抜けてしまったような美奈を、
綿貫はつくづくと見直した。

さらさらすべり落ちた髪のすき間から、白いうなじがのぞいている。

よくもちゃんと無事に戻ってきたもんだ、と考えていると、
どこからともなく耳障りな音が聞こえてきた。


「・・・?」


音は美奈から聞こえているようだ。
どうやら、軽くいびきをかいているらしい。

綿貫は呆れたが、同時におかしくて笑いたくなった。

こいつ、酒に強いのが自慢だったんじゃないのか?

皮肉を言ってやりたいが、どうせ言っても聞こえまい。

やれやれ、このぐにゃぐにゃを抱えて運ばなければならないな。

そう思うと憂鬱だったが、
美奈のエネルギーの切れたのがここでよかったと安堵もする。

ため息をつきながら、綿貫は手を挙げて勘定を頼んだ。





「美奈さん、その肩ひもをずらして、少しずつ下ろしてください。」

え、そんなことしたら、あの・・露出してしまうんですけど。

「それでいいんです。さあ、下ろして見せて下さい。」

え〜〜っ、で、でも・・それは。

困った美奈がおどおどと迷っていると、Qが少しずつ近づいてくる。
何か言おうと思うのだが、うまく言葉が出ず、身体も動かない。

「動かないで・・・大丈夫ですよ。」

そんな!大丈夫じゃないわ。

ほほ笑んだQの手が伸びて来て、肩ひもに触れる。
反対の手はむきだしの肩に置かれた。

どうしよう?身体が動かない。そんな、待って!やめて・・・





はっと目が覚めた。
一瞬、自分がどこにいるのかわからなかった。

そうっと隣を見ると、神のように整った顔がこちら向きに目を閉じている。

こ、ここは?

もういちど目をつむって、ゆっくり五つ数えた後、おそるおそる開く。
これは、ようやく見慣れつつある綿貫のマンションの天井だ。

はあ・・・ここに居たのか。
そうだよね。あれ、そうだったっけ?・・・

自分の位置がわかると、先ほどの不埒な夢がよみがえって来た。

う〜〜、わたしって最低。
ここであんな夢を見るなんて、一体どういう女よ。


そろそろと掌で自分の胸許を探ってみると、
いわゆる「美奈のパジャマ」をちゃんと着ている。

昨夜は何にもしないで寝ちゃったんだ。きっと・・・。
それにしても、わたし、欲求不満なんだろうか。

すぐ隣の端正な寝顔をちろりと見る。

こう言うのは、浮気ってわけじゃないよね・・・。
それとも、わたしの気持ち的に、どっかでああいう願望があるのかな。
Qさんはそんな素振りを見せたわけじゃ全然ないのに、
これはヒドい!あんまりなバカ女だ。

ベッドの中であれこれ言い訳を考えつつ、焦りまくっていると、
ふと隣に寝ている顔のまぶたが開いている。

きゃああああっ!
な、何で起きてるのっ?

つい、ベッドの中で大きく後ろに下がってしまった。
背中がどんと壁にぶつかる。

「何をひとりで騒いでいるんだ?」

綿貫のまぶたが重そうにゆっくりまばたきをすると、
ひたりと美奈の顔を見た。

「ね、寝てると思ったから、ちょっとびっくりして・・・。」

しどろもどろに美奈が答えると、

「お前がごそごそするから、何となく目が覚めた。
 どうかしたのか?」

う・・・。

美奈は何も言えなかった。

寝起きに綿貫の顔を至近距離で見ると、すくむような迫力がある。
メガネを掛けてないほうが、すごみが出てる。

そのすごみのある顔がずいっと近づいて、美奈の額に額をくっつけた。


「どうした?何をあわててる?」

まっすぐにのぞき込まれて、美奈は思わず目を閉じそうになった。

「言ってみろ・・」


口調は穏やかだったが、命令調だ。
だが、こればっかりは言えるわけがない。

「ね、寝てるうちにどこにいるのかわからなくなっちゃって、
 目が覚めたらここだったから、び、びっくりしちゃったの。」

うそつけ・・

「ほ、ほんとだってば。昨夜のこともよく覚えてないし・・
 わたし、何か迷惑かけた?」


綿貫はまだしばらくじっと美奈の目をのぞき込んでいたが、
はっと一つため息をついた。


「そば屋で眠り込んだのは覚えてるか?」

いえ、あんまり・・・。
すんごく眠くなったのは覚えてるけど、実際に寝ちゃったっけ?

「俺が泥酔させたのかと、店の人や客に非難がましい目で見られながら
 精算して、お前と荷物を抱えて、タクシー乗り場に並んで、
 やっとこ車に押し込めて、ここへ運んで来て、寝かせた。
 さあ、このうち、ドレを覚えてる?」

えっと・・

美奈は自分の記憶を探った。
確かに、きれぎれの映像がある。

タクシー乗り場に並んでいる間、寒かった。
タクシーの中で頭がぐるぐるした。

この部屋で誰かに服を着替えさせてもらった。

あれ?

「綿貫さんがお着替えさせてくれたんですか?」

「お前がどうしても着替えるってダダをこねたんだ。
 ったく、そのままベッドに放り込んでおこうと思ったのに。」


綿貫は仰向けになると、片手で前髪をかきあげた。
グレーのTシャツから、引き締まった腕があらわになる。


「綿貫さんも着替えたの?」

「お前を寝かせて、シャワー浴びて、ちょっと仕事した。
 正直まだ眠い・・・」

ふうん・・・。

「ふうんって何だよ。お前のせいで目が覚めたんだぞ。
 責任とってもらおう。」

「責任?もう一度眠りたいの?」

「それもいいな。」

「じゃあ、子守唄、歌ってあげましょうか?
 ねむれ、良い子よぉ、丘やまきばに・・・」

バカ・・。

綿貫が美奈の上に馬乗りになると、口をふさいだ。

「大の男がそんなんで眠れるか。
 もっと大人向けのを聴かせろよ。軽い運動と一緒に」

ふ、ふがっ、ふがふが・・

綿貫の手の下で美奈があえいでいる。
うるさいので綿貫が一瞬、手をはずすと、

「しゅ、しゅけべっ!」

「別にそういう意味ばかりではない。
 とにかく気分よく眠れるようにすればいいんだ。
 子どもとは違う子守唄で・・・」

綿貫の指がゆっくりと美奈の唇をなで、たどり、
ひと差し指を一本、唇に差し入れようとしたとき

「・・・銀河をはなれ、イスカンダルへ、
 かっなら〜ずも〜どる・・」

お前の考える大人用ってソレか?

あきれ果てた綿貫の指が止まり、体がすっと美奈から離れようとする。

待って!ごめんなさいっ!

美奈が下から、綿貫の体に抱きついた。


「お願い、ぎゅうっと抱きしめて。
 ぎゅうっとぎゅうっと、すごく強く・・・」


綿貫は少し戸惑った表情をしたが、すぐに美奈を包み、
力を込めて抱きしめた。

もっともっと・・骨が折れてもいい。

ぎりぎり・・・綿貫の腕が締まり、美奈の体が綿貫の胸にうまりこみそうになる。

まだ、まだ離さないで・・・くっ!

苦しい、と言いたくなかった。
痛くても苦しくてもいい。
ほんのわずかでも綿貫から離れたくなかった。
このまま、息が詰まってもいい・・・

美奈も全力で綿貫の体を抱きしめた。

ふいに体に回されていた腕がゆるむ。
そっと背中を撫で、首筋、髪と順番に撫でてくれる。


「お前、まだすこし変だな」

もし落ち着けるんなら・・・お前こそ、少し眠れ。


低い声がなでるように、美奈の体に響く。
だが美奈の求めているのは、そんな癒しじゃない。
この中途半端なもやもやを弾き飛ばして欲しかった。

優しく撫でてくれていた綿貫の腕からすり抜けて、
ベッドの上掛けから頭を沈め、奥へともぐって行く。

綿貫の体がふっと緊張するのを、こすれ合う肌の表で感じ取った。

おい・・・やめろ。

上掛けの中をのぞき込んで、美奈に声をかけた。
美奈の腰をつかんで引き戻そうとした途端、
綿貫自身が温かく呑み込まれ、ぴいんと反り返った。

うっ!

綿貫にも焦ってほしかった。
混乱して、叫んで欲しかった。

やめるもんか。

「美奈・・・」

声がかすれているのを上掛け越しに聞いた。
いい気味だ。もっと煽ってやりたい。もっともっと・・・

うめき声がさらに低く聞こえたところで、さっと上掛けがどけられ、
美奈のからだがすくい上げられる。
どさっとシーツに投げ出されると、重い体がすぐに覆いかぶさってきた。


「よくもやってくれたな。」


綿貫の瞳に見える、切羽詰まった炎が気分良かった。

わたしと同じように混乱してくれた?

すまして訊いてみようかと思っていたのに、
いきなり大きく足が開かれ、すぐに容赦なく入り込んできた。
もっと欲しくて体を震わせると、いきなり奥の奥まで突き通る。

きゃあっ!

あまりに強い刺激に美奈は声をあげた。
綿貫の押さえつける腕はゆるまない。
先ほど抱きしめてくれたのと同じ力で、
美奈を抱えこみ、迷いなく何度も突き上げる。

ああっ、あああっ!

自分の声があまりに淫らなのが恥ずかしかったが、
止めようがない。

体の奥からとろとろと燃え広がるような刺激が這いのぼってきて、
一気に全身を貫くと大きく体が震えた。
目尻から涙がこぼれだす。

もっと、もっと揺すって
わたしの中をあなただけでいっぱいにして・・・

美奈の言葉は声になったのか、ならなかったのか。

くるりと体を返されると、そろそろ・・と背中を撫でられる。
もどかしくて体を動かそうとするのに、がっちりと押さえ込まれたまま、
うなじをくすぐるように責められて、悲鳴が出る。

ねえ、あの・・・

ざわり、と胸の先をまさぐられて、くっと鳥肌が立った。
そのまま、背中じゅうを指先と唇が這いまわる。
肌の表をかすめるたまらない刺激に、思い切りはねあがりそうになる。

ああ、もう、・・

ずぶり、と重い感触で、ついに後ろから挿しこまれると
どうしても声が抑えられなかった。

ゆっくりした動きがだんだん激しくなり、
ペースをゆるめずに走り出すと
二人とも息が切れて、倒れ込むまで求め合った。





今度こそ、綿貫にしっかり包まれながら、うす目をあける。
綿貫の胸、匂い、背中に回された腕の重さ、
すぐ近くに感じる温かい息・・・。

ああ、どこにも行きたくない。
ここからどこにも。

無理矢理に洗い流したようなやましさをため息にこめて、
ゆっくりと息を吐きだし、目の前の肌へ口づける。

だいすき、だいすき、だいすき・・・・
あなただけ、大好き。

声に出したつもりはなかったけれど、綿貫の手が動いて、
またしっかりと抱き寄せてくれた。

しあわせ、しあわせ、しあわせ・・・・。
今がいちばん幸せ。
どうか、あなたもそうでありますように。





「綿貫さんって、お休みの日は何をしてるの?」


綿貫が買ってきてくれたパンとコーヒーで、朝食(昼食?)を済ませると、
うらうらと洩れて来る陽射しを浴びて、ぼんやりソファに座っていた。

昨日、いきなり沢山歩いたせいか、美奈の足首がまた少し痛んできた。
ひねったところを痛めた、とまでは思わないが、
調子に乗って、いきなり歩きすぎたかも。

綿貫はCD棚のところに行って、曲を選んでいる。


「何か注文あるか?」

「う〜〜ん。心が澄んできれいになれるような音楽・・・」

「・・・・」


冗談で言ったのだが、綿貫がかけてくれた音楽は、
繊細な旋律とピアノが心地良いきれいな音楽だった。


「すごい!これきれい・・。どうしてこんなぴったりなのを選べたの?
 魔法みたい。」

「じゃあ、そういうことにしとこう」


綿貫が、めずらしく素直にほほ笑んだ。

音楽からつむがれたイメージが徐々に部屋の中を染めて行くみたいだ。
美奈がひざを抱えながら、ソファの上で丸くなっていると


「さっきの質問だが・・・」

「え?ああ、休日ね。洗濯とかクリーニングって以外の話よ。」

「CDショップに行く。本屋に行く。ごくたまに映画を見る。
 ごくごくたまに『骨董市』に行く。」

「こっとういちぃ?」


ふんふんとうなずいていた美奈は、意外な単語に体を起こした。


「叔父貴が古道具屋だって言っただろう?
 主な商売としては、海外のものを扱っているらしいが、
 自分の趣味として、日本の古美術にも造詣がある。

 そのせいで少しだけど、小さい頃から古びたガラクタ類を見て来た。
 母親なんかは、叔父貴の持ってくるものを『古くさくて、埃っぽい』と
 あまり歓迎してなかったけれど、俺は割に好きだったな。」

ふうん・・・。

ベッドのわきでいつも眠そうに半眼にしている、木彫りの猫を
綿貫が持って来た。

「古くても、こいつは怖くないだろ?
 ものによっては持ち主の怨念がしそうなのもあるが・・」

美奈は受け取って、猫のざらついた背中を撫でた。

初めて綿貫の部屋に泊まったときに、目についたのがコレだ。
とぼけた顔と眠そうな表情のリアルさが、面白い。

「誰かの名作?」

「さあ・・・どうかな。」


この部屋は殺風景だし、お前は忙しくてロクに部屋にいないだろうから、
こいつに留守番してもらえ、って。

「へえ。何か綿貫さんのことわかっちゃってるんだ。
 いつか会ってみたいなあ。」

隣にいた綿貫が、ふっと美奈に顔を向けた。
しばらく、30秒ほどじっと見ると、また顔を正面に戻した。

「そのうちにな・・・」

猫は眠そうにそっぽを向いている。






参考BGM:いろのみ「Sketch」




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