AnnaMaria

 

琥珀色のアルバム 42 軟禁2

 

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綿貫は自分の部屋のドア前にたたずみ、ベルを鳴らそうかしばらく迷ったが、
結局思い直し、鍵を使って入った。

「ただいま」

少々照れる言葉を低い声で言ってみる。
美奈は寝ているかもしれない。

かさばる荷物を抱えながら、そっと中に入ると
キッチン傍の床に奇妙なものがある。
近づくとねじれた妙なポーズが解け、こちらに向き直った。

「きゃ〜、おかえりなさ〜〜い!」

床に敷かれたバスタオルから起き直って、綿貫に飛びつきそうにしたので、
あわてて後ろに下がった。

「荷物があるから、ちょっと待て!」

食料品らしい買い物袋の他に紙袋、茶色の紙包みがある。
テーブルに置かれたひとつを手にとって、
覗き込んだ美奈が大声を上げた。

「わお、お花だ!
 すごい!綿貫さんがお花買って来たわ。
 嘘みたい!信じられない!」

無造作に紙でくるまれた花束を、ためつすがめつしながら、
苦虫をかみつぶしたような綿貫の顔に目をやる。

「コレ、わたしにだよね?」

「むう、自分用ではないが・・」

「うれしいっ!」

あっという間に美奈が抱きついて、身動き取れなくなる。

「苦しいから止めろ。」

「だってホントにうれしいんだもん。ありがとう!」

八重咲きのアネモネ。
紫、濃いピンク、オレンジと、大輪でカラフルな花束である。

「ねえ、どうしてアネモネにしたの?」

「アネモネって言うのか?よく知らなかった。」

「?」

「花にはくわしくないが、花びらがくしゃくしゃしてて、
 たくさんしゃべりそうな花だと思ったから。」

「???それってど〜いう意味ぃ?」

美奈はつっかかりかけたが、花に向き直って止めた。

「でもいいや。
 綿貫さんからお花もらうなんて初めてだし、これが最後かもしれない。」

「そうだな。」

またも一瞬にらみかけたが、代わりに笑った。

うふふ、うれしい!
抱きつきたいほどうれしい。キスしたいほどうれしい。
もっと色々したくなるほど嬉しい!
でもできない。かなしい〜〜〜〜。

両手を挙げて嘆いている。
こいつ、本当にインフルエンザかと疑いたくなる、かしましさだ。

「ね、こっちは何?」

大小、二つ残った紙袋を指差し、今にも覗き込もうとする。

「ああ、約束のモノだ。」

「やくそく?」

「自己管理の甘さから迷惑掛けたから、
 帰ったらでっかい灸をすえてやる、と言っただろ?」

美奈が大きな音を立てて、飛び退った。

「おきゅう?」

「最近はいろいろあるからな。
 使い方に拠っては、けっこう楽しめそうだし・・・」

でっかい目を見張ったまま、固まっている美奈を、
綿貫が楽しそうにながめた。

「お、お灸って熱いんでしょ?」

「そりゃ、火をつけるから、冷たくはないだろう。」

どれ、そんなに興味があるなら・・・

綿貫が近寄って、小さい紙袋を取り上げようとすると
ぱっと一瞬早く、美奈がひったくった。

「ごめんなさいっ!今後、気をつけますっ!
 誰かをつぶしたり、外で倒れたりしません。
 夜中に迷惑掛けないと誓います。
 だから、しないで!お願い!」

「そうか?ひそかにブームになってるくらいだ。
 案外、気持ちいいかもしれないぞ。」

「お風呂の熱いのも苦手なの。ぬるいのにずうっと浸かるのが好きなの。
 お灸なんて止めて。」

美奈の目に涙がにじみ始めた。

ふむ。

「誓いなんてアテにならんものより、一度、お灸を試したほうが・・」

「いやっ!」

またしても美奈が綿貫に抱きついた。

「お願い、許して。」

「・・・・」

べそかき声で美奈が懇願する。

なんだ、つまらないな。

そう言って頭を振り、美奈の握りしめた指をほどくと、
紙袋の中身を取り出し、包み紙を破って小ぶりの箱を美奈に渡す。

『鳳泉湯』
自然の生薬を使った入浴剤。ドクダミ、ちんぴ、クマザサなどを・・

「も〜う、ひどい〜〜〜!」

恐る恐る箱の効能書きを読んだ美奈が、悲鳴をあげて綿貫を叩いた。

「なんだ?だからって誓いを反古にするとは言わないだろうな?」

「う〜〜〜・・・」

いじわるいじわるいじわるいじわる・・どエスどエスどエスどエスどエス・・

美奈のブツブツ攻撃に頭痛がしそうになった綿貫が立ち上がり、
もうひとつ大きめの紙袋を突き出した。

「ほら、コレもだ」
「?何よ」

美奈はいくぶん腰が引けた体勢で、白っぽい薄紙に覆われたものを取り出し、
中身を開けると、うすい水色とサーモンピンクの
キャミソールとフレアパンツのセットが出て来た。

「!!!」

予想していたような声が聞こえなかったので、不安になった綿貫が振り向くと
美奈が目をまんまるにして、インナーのセットを手にしている。

あり得ない!すごい!

「ふわ〜!こんなの、どうやって手に入れたの?」

「広告マンなら何でもできる筈だって言ったのはお前だろう?」

「もしかして、綿貫さんが買ったの?」

「教えてやる気はない。」

手に入れたてんまつを思い出すだけで背中がむずむずしたが、
美奈のびっくり顔で少々気分が直り、ジャケットを脱いで、
シャワーを浴びに行った。

居間に戻ると、しまいっぱなしだった陶器のビアマグにアネモネが活けてあり、
美奈が大きな目を開いて花を見つめている。
おしゃべりでも始めそうだ。

「今日はどうしてた?」

髪を拭きながら尋ねる。

「長かった〜!もう退屈で退屈で。
 元気になったのに出られないとなると、
 檻に閉じ込められたみたいで辛かったぁ〜!」

でもね。

くるっと目を動かすと後ろから取り出した、
『アタッシェ・ド・プレスという仕事』の本を見せた。

「本棚を探検してたら、コレ、見つけちゃった。
 わたしにピッタリだった。色々お勉強したの。」

ああ、それか。

「有名な人だ。お見かけしたことがある。日本のプレスの草分けだ。」

「みたいだね。面白かった。」

「よければ、その本、美奈にやる。」

「ホント?ありがとう!」

他にも面白そうな本があったんだけど、
何しろ身体を動かしたくてしょうがなかったから。

「ここで運動してたのか?階下に響くぞ。」

「ううん!だって、こやって・・・」

あっという間に床に降りると、ずりずりお尻で歩き始めた。

「お尻歩きしたあとストレッチして、ヨガやってたところに
 綿貫さんが帰ってきたの〜!
 よかった〜、次何したらいいのか、全く思いつかなかったから。」

「そんなに退屈だったのか?」

「うん、退屈だった。つまんない〜」

ほおづえを付いてふくれている恋人を見る。

部屋から出られずに、パタパタしていた小鳥。
閉じ込めるとつまらなそうに羽ばたきする。
ようやく捕まえて連れ帰ったと言うのに。


「それは悪かった。
 家に送って行ってから仕事に行けばよかったな。」

横を向いて立ち上がろうとした綿貫に、美奈が横からかじりついた。

「違う!
 あなたがいないから。」

半日待っていた背中に、何度も顔をすりつける。

ねえ。
「ここにいるのにあなたがいないって、すごく寂しいんだよ。」

何度か背中から覗き込んだのに、
こちらを向こうとしない恋人の隣から床に降り、
真っ正面から筋肉質なひざにもたれ、両ひじをのせて微笑みかける。

「迎えに来てくれてありがとう。
 ごめんね。本当はすごくすごく嫌だったでしょ?」

至近距離から見上げる視線がまぶしく、
綿貫は近づこうとする肩に手を置いて抑えた。

「仕方ないだろう。」

「心配した?」

大きな目がまっすぐ訊いてくる。

頭の中を一瞬、いろんな映像が横切った。
どこかの店でつぶれている美奈、植え込みに横たわっている美奈、
タクシーを降ろされて吐いている美奈、どこかの男に・・・

「多少な。お前は前科があるから。」

「あれはわたしが酔っぱらったんじゃないよ。
 相手がつぶれちゃったんだもの。」

「トラブルに巻き込まれているには違いない。」

「そうだね。」しょぼんと答える。

美奈が、脚の間にむりやり体を割り込ませた。

「来てくれてほっとしたけど、ちょっと怖かった。
 めちゃくちゃ怒ってて、
 二度と許してくれないんじゃないかって。」

入り込んで来た美奈の背中を支えながら、あの時のQを思い出す。
驚いた顔、心配そうな、残念そうな表情。
迎えに行かなかったら、果たしてこいつはココへ戻って来ただろうか?

「お前、まだちょっと体が熱い。」

へへへ。

「じゃあ、キスできないね。ホントはハグもしちゃダメなのかな。」

そう言いながら、すべすべした頬をすり寄せてくる。

「・・・・」

「触るだけならいい?」

「どこを?」

美奈が笑い出した。

「どこにしようかな?ここ?それともココ?」

ひんやりした手が綿貫のシャツの中に入って来て、なで回す。

「こいつ!」

動き回る両手をつかみ、手の持ち主を床に押し倒した。

「キスしちゃダメよ。ウィルスが伝染るもの。
 こんな時にインフルで倒れていられないでしょ?」

痛いところをつかれて、綿貫の手が一瞬止まった。
が、再びそっと動き出し、美奈のTシャツを押し上げた。

「ウィルスの伝染らないところへ、すればいいんだろ?」

白く盛り上がった胸があらわになり、たちまちに唇がかぶさる。

「ああん!」

うめき声を立てた美奈の両手を固めて、頭上に押し付ける。
ふわっと肌が香った。

「風呂に入ったのか?」「うん」

少々ゆるいスウェットパンツを楽々と押し下げると、下着はなく、
いきなり真っ白な腰が現れる。

「きゃあ!えっち!」

「きれいにしたんだろ、バレリーナ。ちゃんと見せろよ。」

ゆるいカーブを描く腰から見事な脚まで、そろそろと手を這わせる。

「元バレリーナよ。現役を引退してるの。
 まだ関節は柔らかいけど。」

くくっと喉の奥で笑い、綿貫に白い脚を巻き付けた。

誘うような唇にたまらなく口づけたくなったが、我慢した。
その代わり、他のところへ容赦なくキスを落とす。
白かった身体がバラ色に染まる。
美奈が綿貫の体にしがみついて啼きだし、ついに二人で床を転がった。

むきだしの美奈の躯が、じかに冷たい床に当たるのが気にはなったが、
どうしても止まれない、我慢できない。
床に伏せた背中をたどって、後ろから胸をつかむと、
両手であたためながら、白く実った尻を割り、体を押し入れた。

美奈が声を上げる。
綿貫からもうめき声が漏れる。
さらに奥まで突き通すと美奈の躯が大きくわなないた。
恐ろしいほど快かった。

誰にも渡したくない。

こんな顔は見せられないと、ひたすら後ろから美奈を責める。
白い背中が反って背骨の淡い影が浮かび、
自分の下で肉が震えるのを感じると
暗い喜びに満たされ、信じられないくらい嬉しい。

あ、あ、あ!どうしよう・・ああ!

美奈が高く啼くのと同時に、綿貫も白く燃え尽きた。


ぐったりしている美奈をベッドに運び、
少し迷って綿貫も並んで横たわった。
たちまち美奈が躯を寄せてくるのを、抱き取って胸に包む。

ねえ。
甘い声がささやく。

「あなたが好きよ、大好き。」

綿貫の表情は変わらなかったが、だまったまま
手を伸ばして美奈の髪を撫でた。
美奈は目を閉じて、うっとりとされるままにしている。

綿貫がくしゃくしゃ、と髪を乱暴に掻き回すようにすると、
パッと目を開けて、綿貫をにらみつけ、

「うんもう!いい加減にして。」

と、唇をとがらせる。
その言葉で初めて、綿貫の表情がゆるみ、
口元に笑みに近いものが浮かんだ。

その顔を見て、美奈もぷっと噴き出し、
顔全体を崩して笑いながら、ぎゅうっと抱きついた。

目を閉じて、愛しい男の匂いを吸い込み、
鼻先を首すじにぐりぐりとすりつける。

「う〜〜ん、いい気持ち。
 もっとしっかり抱きしめて・・・」

恋人が相変わらずだまったまま、自分の背中に腕を回し、
それでもしっかり抱きしめてくれると、
美奈は幸福なため息をついた。

男らしい躯にしがみついたまま、顔をあげ、急かすようにじっと見つめる。

「ねえ・・?」
「・・・・」

だまったまま、綿貫が美奈の顔に視線を下ろして見つめる。

美奈は綿貫のあごの先に、小さくひとつだけキスをすると、
ため息をついた。

「しょうがないな。
 あなたが恥ずかしくて言えないなら、
 わたしが代わりにたくさん言ってあげる。」

笑いを含んで、からかうような表情を浮かべたまま、

「お前が好きだ、大好きだ。
 お前を見ているだけで幸せで、うれしい。
 抱きしめると、もっと幸せだ。

 お前が本当に可愛いくてたまらない。
 お前のためなら、どんなことでも、何でもしてやり・・・」

そこまで言ったところで、

「コラ!調子に乗るな。」

綿貫の手が美奈の唇をふさいだ。
美奈はひるんだ様子がない。
大きな目をくりくりさせて、

「でも本当でしょ。
 わたしが好きでしょ。
 可愛くてしょうがないでしょ。
 何でもしてあげたいでしょ?

 知らないの?
 言葉って魔法なのよ。
 もう、わたしが言ったから、
 あなたは魔法にかけられちゃったのよ。
 
 ほら、わたしのこと、
 好きでたまらなくなる、たまらなくなる・・・」

美奈が人差し指で、男の目の前にぐるぐると渦巻きを書き出した。

「ますます、あなたは好きになる、
 もっとあなたは好きになる・・・」

ぱっと手首をつかまれた。
そのまま、おしゃべりな唇をふさがれる。
重ねるだけでは物足りなくて、
たちまち貪欲なキスになり、舌が絡まり合った。
一瞬、唇が離れた隙に美奈が笑い出した。

「あ〜あ、キスしちゃった。知らないよ、伝染っても。」

しばらくはクスクス笑いながら、目を開けてキスを受けていたが、
執拗に自分を犯す唇に抵抗できずに目を閉じると、
そのままキスに溺れていく。

言葉を塞き止められると、男の方が饒舌かもしれない。
がっちりと手首をつかまえたまま、
甘い入り口を深く、どこまでも探って行く。

うごめく舌と、よく動く唇と、間にもれる熱い息にあおられて、
美奈の奥でまた小さく火がついてくる。

でも恋人に抱きつこうにも、がっちり動きを封じられていて、
近寄れない、もどかしい。

唇がやっと離れると、美奈の言葉は宙に消えたまま、
うるんだ目は綿貫をじっと見つめていた。

「おしゃべり美奈・・・」

ほんのり笑った綿貫がやっと手を放し、美奈の頭を胸に抱き込むと、

「だって・・・・」

あなたが言ってくれないから・・・。

美奈は唇をかんで、綿貫の胸に頬を寄せる。

口に出さなくたって、やっぱり思いは同じよ。
あなたが好き、大好き。
こうしているだけで、息が止まりそう・・・。

今度は無言の思いが通じたのか、綿貫の腕がやわらかく締まって、
美奈を捕まえ、こじ入れるとゆっくり揺らし始めた。
躯の奥に生まれた小さな波が寄せては返し、次第に大きくなってくる。
大きくなって頂点に達しそうになると、ゆらりと形を変え、
違う刺激を送り始める。

泣きそうな顔で見上げると、綿貫が口元をゆるめた。

「死ぬほど退屈だったんだろ?
 これからじっくり付き合ってやる。覚悟しとけ。」
「・・・・」

美奈の返事は言葉にならず、喉から漏れただけだった。




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