AnnaMaria

 

セピアの宝石  13-2  「お台場デート」

 

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風が少し冷たく感じられるようになった頃、
仁に手を引かれたまま、大きな建物のエントランスに入った。

前に来た時は、気づかなかったが、
生花が飾られ、ホテルのロビーのように広い空間。

よく見ると、他にも設備があるようだ。

このエントランスのせいで、
どこか他の店に行くのだと思い込んでしまったのかもしれない。
もっとも、あの時は周りを見回す余裕などなかったが・・・。



エレベーターで上階へ、
あの夜以来の、仁の部屋に足を踏み入れる。




相変わらず、すっきりとブルー系に整えられた部屋だが、
昼間見れば、バーには間違えようもない。


ドアから居間までの短い廊下の先、
正面の窓いっぱいに広がったお台場の海が
遅い午後の光に輝いている。



空が広い。



窓に寄って、外にベランダがあるのに気づき、
ようやく仁を振り返る。

仁はドアを開けてから、微笑んだまま、
佳代子が振り向くのをずっと待っていたのだ。


「やっぱり、すごく素敵なお部屋ね。」


佳代子が言うと、仁が近づいてきたので、
あわてて一歩後ろに引いた。

それを見た仁が、ほんの少し微笑む。


「ジャケットを預かろうかと思ったんだけど・・?」

「え?ああ、ありがとう。」


仁が佳代子のジャケットを受け取って、コート掛けにかける。

長い腕が伸び、筋肉がさざ波のように動いた。

仁がこちらに向き直ると、あわてて視線を外し、
持って来た紙袋を差し出した。


「ちょっとだけ、お土産を持って来たの」

「ありがとう。何?
 開けるよ・・・」


大きな手が紙袋の中に消えると、
白い箱をつかんで取り出し、ふたを開けた。


キッシュが3種類と、丸くて小さなフランスパンとチーズ。
オードブルのミニセット。
あと小さなパイが幾つか。

別の黒い箱を開けると、仁の眉が少し上がった。


「う~ん、やっぱりこれを持って来たか・・」


中には、さまざまなフレーバーが加えられ、
彩りゆたかな極薄チョコレートが詰められている。


「佳代子って、定期的にチョコレートを食べないと倒れるのか・・・?」

「やあね。わたしが詳しいのはチョコくらいだから、
 いいかな、と思って持ってきたのに。」


つんと言うと、仁が笑って、


「そうだな、どれも自分じゃ、あまり買わないものばかりだ。
 ありがとう。」


腕を伸ばし、佳代子の両肩にのせると、
みるみる佳代子の体が固くなった。

仁の顔が佳代子の鼻のすぐ上あたりで止まる。
一瞬、ぎゅっとつぶりかけた目を開けて、佳代子が見上げると、
ふわり、口元が崩れた。


「また、こんなに緊張してる・・・」


仁の目が笑っている。


「そんなことないわ。」


そう言う頬の上に、大きな手の甲が優しく触れるのを感じ、
佳代子は、かばうように自分の手を上げかけた。

ごつい左手が右肩にのったままだ。


「また来てくれてありがとう・・・」


まっすぐ見下ろしたまま、仁が言った。


「いえ・・・こちらこそ、またお邪魔しまして・・」


もごもごとつぶやく。

靴を履いていないと、さらに仁との身長差を感じる。



上向いて、間抜けな顔になってないかしら・・・?



佳代子は急に心配になって、口を閉じ、仁の顔から視線を下げると、
目の前に、固く盛り上がった胸があった。
ヘンリーネックの隙間から、仁の肌がのぞいて見える。



うわ!



こんな間近に、たくましい筋肉の張りを見せつけられて、
また、別の方へと目を逸らす。

半分、体をよじって、無理矢理、窓の方に目をやろうとすると、
両肩をつかまれ、ぐいっと仁の方に向け直された。


「どこ見てるんだ。」

「・・・・どこ見ていいのか、わからないのよ。」


佳代子が仁の胸の下あたりを見ながら、正直に告げた。

仁の指があごにかかって、顔を上に向けられる。

かすかに笑った顔。


「俺だけ見てればいいんだよ・・・」


あっという間に唇が降りて来た。

背中に、柔らかく腕が回されるのを感じとると、
とても目を開けていられない。

目を閉じて、固く締まった腕の中で、キスを受ける。

2度、3度、柔らかい唇の感触が伝わると、
佳代子の体も固さを失い、ぐんにゃりと仁の胸に添って行った。


ようやく唇が離れると、ぎゅっと抱きしめられて、
ほてった頬に、隆々とした胸が押しつけられ、
仁の声が低く響いてくる。


「この前、ちょっと強引に連れて来たから、
 もう来てくれないかと思った・・・」

「ちょっと?・・・かしら」


胸に顔を埋めたまま、からかうように言ってみる。


ふむ・・・


仁は佳代子のあごに手をあて、また、顔を上向かせた。


「今日は・・・『佳代子の方から』、来てくれたんだよな。」


にやりと笑う。

また、この自信満々の顔だ。
ちょっと憎らしい。


「そうよ。
 折角遊びに来てあげたんだから、お行儀よくしてね。」


ドキドキする心臓をおさえて、何とか言い返すと、
仁はしばらく佳代子の顔を見つめていたが、
ふっと微笑んだ。


「お行儀よく・・ね。むずかしい・・。」


仁の大きな手が考えるように、
佳代子の背中を上へ下へと撫でていたが、不意に離れた。


「じゃ、お行儀よくコーヒーでも入れることにしよう。」





キッチンの方に引っ込むと、カウンターにある
コーヒーメーカーのサーバーに水を注ぐ。


「そうだ。丁度いいから、初級ラグビー講座と行ってみようか?」

「え、い、いきなり・・?」

「なんだよ。本気でラグビーを理解したいんじゃないのか?」

「ううん、本気だけど、でも・・・」


返事の続きも聞かないまま、ソファの方へ案内された。
壁の一部を開くと、TVのディスプレイが現れる。


「仁のプレーが録ってあるの?」

「俺のって言うより、ゲームを録ってあるんだ。
 後で反省のため、何度も見返すからね・・・」


リモコンを操作すると、すぐにゲームの映像が現れた。

グリーンのジャージでフィールドを走る選手たちの姿が映ったところで
画面を止めると、コーヒーカップを持って来てくれる。


「さて・・・各ポジションの役割ってわかる?」

「う~ん、実はあんまり・・・」


佳代子は、いきなり始まったラグビー講座に戸惑っていた。

こんなことなら、もっと予習してから来るんだった・・・。
ぜんぜんわかってないのが、バレバレじゃない。

秘かに、冷汗を流す。


「俺のポジションは知ってる?」

「10番、スタンドオフ・・・」

「ありがとう。知らなかったらどうしようかと思った。」


仁が面白そうに笑った。


「もちろん知ってるわ。試合だって何度も見たもの・・・」

「得点システムは知ってるよね?」

「う~ん、たぶん・・・」


それからは、仁のていねいな説明が続いた。
得点システム、主な反則、15人のそれぞれの役割・・・。

説明が終わる度、具体的にVTRの画面で確認させる。
ようやく、佳代子にも選手それぞれの意図が見えて来た。


「仁って説明上手ね。わかった気になるわ・・・」

「わかった気って何だよ。
 ホントはわからないのに、そんな気になるってことか?
 
 自信なくすなあ。
 子供相手のコーチもしていたのに・・・」


「そうじゃないわよ。
 何度、ルールブック読んでもピンと来なかったの。
 でも、各ポジションの役割は、いっぺんには覚えられそうもないわ。
 15人って多い・・・」


佳代子が情けない声を出すと、仁が笑った。


「あとは試合見て、好きにならないとね・・・。
 佳代子はラグビー嫌い?」



「ううん、嫌いじゃないわ。
 会社に入るまで、全く興味なかったんだけど
 うちのチームの試合観戦に行って驚いたの。

 だって、ガツン、ガツンって体同士のぶつかる音が、
 スタンドまで響いてくるじゃない?
 あの音はお腹に響くわ・・・。
 すごい迫力だと思ったし、あんなことして良く大丈夫だとも・・

 あ、ごめんね。」


佳代子は思わず、口に手を当てたが、
仁は楽しそうに笑っただけだった。


「別に謝ることはない。

 俺は試合では、スクラムに入らないが、
 練習中、スクラム組んで押していると、みしみし音がして、
 今にも体中の骨がバラバラになりそうな気がする。

 でも、体が直にぶつかり合う感覚を体験してしまうと、
 他のスポーツは何だか薄く思えて、
 ラグビーから離れられなくなったんだよな・・・」


 ラグビーを語っている時の仁は、すごく素直だ。
 好きでたまらない、という気持ちが伝わってくる。

 表情も熱中している少年のようで、
 目がキラキラ輝いて、生き生きしている。

 佳代子がぼ~っと見とれていると



「こら、聞いてる?・・・」


不意に、仁がきゅっと佳代子の頬をつねった。


「痛っ!
 あ、ああ、聞いてるわよ。もちろん!」


大急ぎで口元を締めると、仁に向き直った。



どうだか・・?

疑わしそうな目つきだ。



「ま、ちょっと説明が長過ぎたかな。」



窓の外をちらっと見ると、いつの間にか、
空が金色に染まり出している。



おいで・・・。



仁の声が響いた。

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