AnnaMaria

 

セピアの宝石  19-2

 

sepia_title.jpg




仁はよく食べてくれたが、いつも通りではない。
よく食べる時の半分も行かないだろう。


ラグビーで大量のエネルギーを放出した後、
いつもより、ゆっくり食べ物を口にしているようだった。
食事中は、あえて仕事の話に触れない。


「差し入れのつもりで持って来たの。
 残りは夜でも、明日の朝にでも食べて・・・」


残ったものをまとめながら、佳代子が言うと、
ありがとう・・・と仁が答えて、すっかり雨になった外の景色を眺めた時、
小さくあくびをした。


「仁、昨夜は何時に寝たの?」

「う~ん。気がついたらソファで寝込んでて、6時だった。
 4時までは覚えてたんだけどね。」

「そんな状態でラグビーやって、大丈夫なの?」


額にかかってきた髪をかきあげながら、


「別に大丈夫だったじゃないか・・・」


佳代子に向かってウィンクをした。


そう言えば、仁はビールを飲まなかった。
まだ、仕事をするつもりなのね。



明るい部屋で改めて見てみると、やはり少しやせたのがわかる。

体つきは変わらないが、頬とあごの線が違う。
食欲も落ちているのだろう。



佳代子がざっと片づけをしている中、
仁はすぐにテーブルにノートPCを開き、
大量の資料を広げ始めた。


「片づけが終わったら、一緒にコラムをやっつけよう・・・」

「ええ。」


仁の言葉が胸に痛い。
彼の負担を考えずに、他のコラムまでも押し付けたのは自分だ。

コラムになど、かかずらわっている状態でないのは重々承知しているが、
いったん引き受けた以上やり通すしかないのは、
どんな仕事でも同じだ。

それでも、なるたけ仁の負担を減らしたかった。



とはいえ、佳代子に仁のマレーシア赴任中の出来事がわかる筈もなし、
ラグビーに関する知識は相変わらずお粗末、と来ては、
助ける要素もあまりない。

出来上がった原稿の校正と、
ラグビー入門コラムのおまけ編を、
仁に頼らずに、佳代子が自力で仕上げること位だ。


仁は、自分の原稿の下書きを佳代子に見せると、


「今回は、マレーシアを例とした、世界のラグビーの競技状況と、
 日本ラグビーの現状をちらりと書いた。
 これでいいか?」



ざっと目を走らせると、細かい言葉使いの誤りが幾つか目についたが、
こんなものは、自分が適当に直せばいい。


「すごくいいと思う。
 サッカーと違って、ラグビー人口がこんなに多いなんて、
 普通の人は知らないもの。」

「英国植民地主義のおかげなんだろう。」


仁はにっこり笑うと、佳代子を覗き込んだ。


「佳代子の『おまけ』は?」



「二つくらい下書きしたから、ちょっと目を通してくれる?
 あんまり実際と違っているとマズいから・・・」


佳代子の「はじめのい~っぽ」は、
ポジションを類型化して、面白おかしく分析し、
ラグビーを取っつき易く思ってもらうことだ。


「『ナンバー2』
 スクラム最前列真ん中『フッカー』のポジションは、左右を巨体に挟まれ、
 スクラム内にボールを足で掻き入れる役。
 大きな男たちのひしめく、狭い場所での仕事には、
 長いより短めの『足技』が有効。

 足は短くともすばやく、プレッシャーに強く、
 押しが強いのに、マメで器用な性分のせいか、
 仕事にも女性にも抜け目がない(人が多い?)」


読み終わると、仁は、


「うえ!すっげえ独断と偏見。
 これって、もろ、うちの短足『山本』のことじゃないか。」


「だって他チームの選手、あんまり知らないんだもん。
 これから録画されているのを少し見て、参考にしてみるわよ。
 仁は仕事してていいから。」


ちょっと疑わしげな目つきの仁をテーブルに戻し、
自分は書棚に組み込まれた、TV画面の方へ行く。

HDDに入っているのは、ラグビーの試合ばかりなのに呆れた。


「ラグビー以外ってないの?」


仁が顔を上げて、


「右の棚の一番下にある引き出しにDVDが入ってるよ。
 好きなのを見たらいい。」


右の棚の一番下の引き出し・・・、あ、これね。
中には、DVDがぎっしり詰まっていた。



何げなく取り出したDVDのタイトルに、



「2005年12月、東芝府中戦」
「2004年1月 三洋電機戦」「2007年、交流試合」・・・



何だ、これじゃ同じじゃないの、と
引き出しに戻そうとすると、下の方から、


「ワケあり巨乳はGカップ」
「Maid in Heaven」
「からみ、からまれ、からみあい」・・・


きゃ~~~~っ、仁!こんなの見てるの?

佳代子の叫び声に、仁が顔をあげて笑うと、


「なんだ、佳代子は見たことないのか?
 良かったら好きなのを見て、勉強しとけよ。」
 

「こんなの見たくないわよっ!」


「嘘つけ。一回くらい見てみたいだろ?
 何なら、何本か持って帰って研究してもいいぞ。」


コレを家のドコで見ろって言うのよ!




佳代子のつぶやきにも、もう仁は反応しなかった。
資料とPC画面に集中している。



ああ。こんなことで騒いでいる場合じゃないよね。



佳代子は反省すると、怪しいDVDを引き出しにしまい直し、
自分のMPプレーヤーに繋いでいる、イヤホンをTVに接続して、
音を消し、仁の邪魔にならないようにした。

とにかく、わたしもここで仕上げてしまおう。




2時間・・・くらい経ったろうか?

記事を仕上げながら、試合を見ているうちに、
いつしか、仁のプレーに惹き付けられていた。

大柄な選手たちの中でも埋もれることなく、
明らかな精彩を放ち、ずば抜けて加速がよく、
バックスに的確なパスを出しながらも、常に何か叫んでいる。



もっともっと・・・
ああ、もっとよく見ておけば良かった・・・。



今とは少し、髪型の違う仁を見つめ、
佳代子がなかば画面に魅了されていると、
不意に肩の上に何かが乗った。

仁の大きな手だ。
振り向くと、仁が立って微笑んでいる。

イヤホンを外して立ち上がり、仁に向き直った。


「一区切りついたの?」

「まあね。」


仁の言葉は少なく、表情も疲れていて、目の下に隈が浮いていたが、
それでも微笑もうとしていた。



「お茶でもいれる?」

「いや・・・」


何かを抑え込んでいるような仁の表情を見ていると、
不意に広報室で聞いた、常務の手ひどい批難の言葉が思い出された。

どんなに悔しかったろうと胸がいっぱいになったが、
同情なぞ、仁は望んでいないだろう。

そうなら、これまでに愚痴の一つもこぼしている筈であるが、
そんな類は一言もない。

不用意ななぐさめの言葉をこぼさないよう、
自分の表情を読まれる前に立ち上がって
こちらからそっと仁に抱きついた。





甘い言葉も、焦らすような愛撫もなく、
いきなりベッドに押し倒された。

その後の時間も性急でかなり乱暴だったが、それでも構わなかった。

一時の慰撫でも、快楽でも、
わたしがあげられるものなら、何でもいい。

その為に多少は苦しい思いくらいしても・・と、覚悟していたが、
無言のまま乱暴に、まるで犯すように交わる仁でも
刺激的で怖いほど魅力的だった。

野生の獣が本能のまま襲ってくるように、
佳代子に対し何の斟酌も見せなかったが
荒い息を吐き、汗を飛び散らせて、
しゃにむに向かってくる仁を美しいとさえ思ってしまうのだから、
我ながら、どうしようもない。

あっと言う間に最初の絶頂を迎えたが、
仁はまた直ぐに起ち上がり、
態勢を変えて、佳代子を自分のひざにのせ、
佳代子の目をじっと見据えながら、今度はゆっくりと揺らし続ける。

相変わらず、言葉はひとことも漏れなかったが、
激しく上下する胸と、首すじに光る汗が光って、
収まらない興奮を伝えた。

目を背けまいと、なるべく仁の目を見ていたのだが、
そのうちに耐えられなくなって、後ろにのけぞると、
大きな手に包まれ、ゆっくりまさぐられていた胸の先を唇がふくむ。

喉の奥から声が漏れて、たまらず身をよじるのだが、
しっかり背中を抱え込まれていて、放してもらえず、
もう一方の手が、胸の先をつまむようにこすり出すと、
どうにも耐えられなくなり、叫び声をあげた。



もたれかかるように前に倒れると、
仁が唇を重ねてくる。

相変わらず仁の分身が突き刺さったままで、
なめるように、むさぼるように唇を吸われ、
容赦なく舌がねじこまれ、かき回される。

苦しくて、唇を離してしまいそうになるが、
ほんのわずかの息継ぎだけ許すと、すぐにまた唇をふさがれ、
身動きしようにも、しっかり抱えこんでいて動けない。

仁の肩も胸も汗に濡れている。

息づかいと、二人のこすれ合う音だけが響き、
広いはずの部屋が、狭く濃密な空間に変わったようだ。

やがて、うめき声が低く発せられ、
また佳代子を仰向けにベッドへ押し倒す。
そのまま一気に駆け上がると、
いっとき、体がきしむほど強く抱きしめられる。

ずっしり重くなった体が佳代子の横に沈んでしまうと、
佳代子は、自分もまた身動きできない位、震えているのがわかった。


やっと優しさを取戻した、無骨な手が、
佳代子の肌をそろそろとなでて行く。

二人とも、まだ息が荒い。

その熱い息が、佳代子のふるえる首筋を通って、
うなじを這い、耳たぶにキスをした。



「ごめん・・・佳代子」


佳代子の背中にゆっくりと触れながらも、
仁はベッドに沈み込んだまま、動けないようだ。


「ううん、だいじょうぶよ・・・仁。」


半ば重なり合って、二人でじっとしていると、
少しずつ体からふるえが収まり、やがて遠くかすかに消えて行った。


佳代子は何とか仁の方に向き直り、今度は自分が仁の髪をなでる。
近くにあったタオルで、仁の額や首筋に流れる汗を拭い、
胸毛の先に溜まっている汗の玉も拭いた。

ゆっくりとお腹に手を這わせ、何度も何度も優しくなでて行く。


「おい。
 そんなことをしても、しばらくは無理だぞ・・」


仁が目を閉じたまま、うめくように言う。

佳代子は笑って手を止めると、


「そんな望みは持っていないから安心して・・。
 気になるなら、止める?」


と仁のお腹から手を放しかけると、
仁が佳代子の手をつかみ取って、自分の胸に戻し、


「いや。撫でてもらってると気持ちがいい。
 やめないでくれ・・」


くすりと笑ったが、仁には聞こえなかったろう。

そのまま、仁の広い肩、黒い毛におおわれている胸、
お腹をゆっくりと撫でていく。

何度も何度も撫でているうちに、仁の呼吸が静まり、規則的になってきた。
やがて、まぶたが気持ち良さそうに閉じて行く。

ラグビーの疲れもあるのだろう。
いつもは、佳代子より先に寝入ってしまうような男ではなかったが、
今は、自分の指の下で、おとなしく寝息を立てている。



仁を休ませる手伝いが少しでもできたことが、
佳代子にはとてもうれしかった。

 ←読んだらクリックしてください。
このページのトップへ