AnnaMaria

 

This Very Night 第3章 -聞き届けられた祈り-

 

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ドンヒョクはジニョンを別の私立病院に転院させた。
そこは、患者の記録の秘密を厳重に守るところだった。

街中に彼女を連れ出すこともやめた。
彼は厳しく彼女のガードを固め、目を離さないようにし、
できれば彼女の記憶がこのまま戻らないようにと強く神に祈った。

ドンヒョクはもちろん自分の身勝手をわかってはいたが、
どうしてもこのまま彼女を自分のそばに、ずっといつまでも置いておきたかった。
その一方でレオに、彼女についてもっと詳しい情報を得るよう指示を出した。

やがて情報が集まって、二人の元に届けられると、
レオは彼女の書類を見てあぜんとしてしまった。



レオが報告した。


「ソ・ジニョンは韓国国立交響楽団の首席バイオリン奏者だ。
 昨年アメリカで演奏旅行を行なっており、公演の日程をこなした後、
 彼女はプライベートで滞在を何日か延ばしたらしい。
 以前アメリカのジュリア音楽院に留学していた時に知り合った、
 昔の友人を訪ねるためだと言っていたそうだ。

 そして、ある雪の夜に行方がわからなくなった。

 在米の友人の方は、もう彼女が韓国へ帰ったものと思い、
 韓国に戻った楽団の同僚の方は、彼女がまだ米国に滞在していると考えたようで、
 行方がわからなくなってから捜索にかかるまでの貴重な時間を、
 彼らはこうして逸してしまったようだ。

 現在は韓国大使館が彼女の居所を突き止めるべく、捜索しているし、
 彼女の家族も米国にやってきて彼女の行方を探している。

 それから・・・ソ・ジニョンは婚約中だったという報告もある・・・」


レオは続けた。


「ボス、俺が考えるに・・・これはやっぱりどうも・・・」

ドンヒョクは答える代わりにレオの鼻先でドアを思い切り閉めた。





ドンヒョクは家の前まで帰って来ていたが、すぐには家に入らずにいた。
ふと見上げると、2階のバルコニーでジニョンがバイオリンを弾く姿が見える。

バイオリンの音は悲しい音色で、彼女はこの美しい調べを奏でるのに没頭しているようだった。
ドンヒョクは知らず知らずに音楽の調べに溺れていき、いつのまにか目に涙があふれてくる・・・

どの位そうしていたのか、突然彼は自分の頬の涙を優しくぬぐってくれている、
彼女の小さな手を感じた。
と、そのまま彼女は優しくキスをして、彼の涙を唇でそうっと乾かし始めた。
それから、彼の髪をやさしく撫でて、いつも自分がそうしてもらっているように、
彼のことを慰めようとしているようだった。

彼女の唇からゆっくりと言葉が出てくる。


「ドンヒョク、泣かないで・・・泣かないで・・・」


ドンヒョクは今にも彼女がどこかへ飛んでいってしまいそうな気がして怖くなり、
彼女を強引に腕の中に抱き寄せた。
強く、強く抱きしめ、彼女が少し不安な気持ちになるほど強く抱きしめた。





劇場ホールでの出来事があってから、ドンヒョクは彼女を公共の場所や
人が集まる場所に連れて行くのを極端に恐れるようになった。
彼女が退屈で文句を言ったときは、人の少ない田舎や、
もっと他の人目につかない場所にだけ連れて行った。

その間も彼女をしっかりと見守り、決して目を離さなかった。

彼女の会話の能力もずいぶん改善されてきて、
彼の耳に甘いささやきを聞かせてくれるようになった。


「ドンヒョク、あなたがいなくて寂しい。早くおうちに帰ってきて」

「とっても愛してるわ!」

「ドンヒョク、仕事に行かないで、わたしの傍にいて!」


ドンヒョクは彼女の言葉のひとつひとつを全部録音しておきたくなった。
そうすれば、いつか考えたくない未来にも、再生してまたこの声が聞けるだろうから。



彼はこのところいつも、真夜中に目が覚めるようになり、
そうした夜は彼女への想いで自分が壊れてしまいそうな気持ちになった。

彼女の寝室に行って、眠っている彼女のそばに横たわり、ただただ見つめていた。


     ・・・ぐっすり眠っている君は、言葉では表せないほど美しい・・・


ドンヒョクは寝顔にキスをすると


「君は僕のことをすっかり忘れてしまうの?
 忘れて・・しまう?・・・僕の恋人・・・・」


と、ささやいた。


     ・・・このまま時が永遠に止まってくれたら・・・。





ある日、レオが難しい顔をしてやってきた。


「ボス、向こうが俺たちを見つけたよ。
 これ以上彼女をここに置いておくことはできない。
 だが、ボスが彼女の命を救ってくれたことで、先方も法的手段に訴えるつもりはないそうだ。
 先方の言う期限は今から2週間後だ。ボス、2週間あるぞ」


ドンヒョクは思わず両手で顔を覆った。

レオはその指のすきまから涙がこぼれ落ちるのを見た。


     ・・・ふだんはあれほど冷静で、人を寄せつけないこの男。
     だがいったん恋に落ちたら、その恋の仕方までがまた激しい。

     今は彼女にぞっこんほれ込んで、自分でももうどうしようもない有様だ
     奴の愛はあまりにも強いから、その強さ、燃え上がるような激しさで、
     自分自身をも焼き尽くして、破滅しかねない・・・


レオは心配だった。





ドンヒョクは仕事を全て止めてしまった。
貴重な一分一秒をジニョンと共に過ごしたかったからだ。

彼女の方は、ドンヒョクが仕事に出かけずにずっと家にいてくれそうだとわかると、
うれしがってサルのように彼にのぼりついた。
彼にしがみついたまま、何もさせないようにしている。


「ドンヒョク、すてき。ドンヒョク、わたしの傍にいて」

「そうだね、僕も永遠に君の傍にいたいな」





ドンヒョクは彼女を山から海にいたるまで、あらゆるところに連れて行った。
彼の方はただ彼女を見つめて、彼女の輝くような、見ているものまで笑顔にするような微笑みを見つめて、何時間も過ごした。

一緒にシャワーも浴びた。
彼女の繊細な体の曲線やくぼみ、あらゆる全てを1インチ刻みに指先で確かめ、
心に焼き付けておきたかった。

彼女の香りやかぐわしい息を憶えておこうと、やわらかい唇に何度も何度もキスを繰り返す。
いつも、いつでも抱きしめて、自分の腕の中にいる本物の彼女の感触と温もりを
心に刻みつけておこうとした。





ジニョンを家族の元に返すことになっている日の前の晩、ドンヒョクは彼女に声をかけた。

「ベイビー、こっちへおいで。すこし話があるんだ」


ドンヒョクは彼女を優しく抱きしめると、彼女の目をじっと見つめた。


「僕は明日仕事に行かなければならない。
 今度はこの前のときより、もう少し長くかかりそうなんだ。

 だから、今度は君をともだちの家に送って行くことにしたんだよ。
 そこの人たちはみんないい人で、君のこともとても大切にしてくれるから。
 だから、泣かないで、いい子にしていなければいけないよ、わかったかな?」


彼女は自分のおや指と人さし指をたてて、二つの指の間にすこし距離を空けた。


「このくらい、さよなら?」

ドンヒョクは二つの指の距離をもうすこし広げた。


「もう少し長くかな」

「さよなら?でも・・・わたし、さびしくなるわ」

ドンヒョクは自分の心がはかない花のようで、誰かに一枚一枚その花びらをむしり取られていくような痛みを感じていた。


     ・・・この耐え難い苦痛!・・・


彼はもっとしっかりとジニョンを胸に引き寄せて、強く抱きしめたまま言った。


「僕もだ。僕も君がいないと、いつも寂しくなるよ」





次の日、ドンヒョクは彼女の髪を梳かしてやった。
絹のような髪、こんなにも美しい光沢を放っている。
服を着るのにも、一枚一枚手を貸していく。
彼女はまるで子供みたいに、手を伸ばしたり、ドンヒョクの言う通りにあっちへ向いたり、
こっちへ向いたりした。

彼女の支度がすっかりできると、こちらを向かせて顔を見る。
そのまま彼女の唇を熱っぽくふさいで、柔らかい唇を飢えたように吸いつくした。
彼女の息、彼女の唇の味、そんなものを最後に憶えておくために。


     ・・・いつまでも、ずっと君のことを記憶にとどめておきたい・・・


車の中で、ドンヒョクが手を触れると、彼女の小さな手が冷たくなっているのを感じた。


「ドンヒョク、わたしこわい。行きたくない。行きたくないの」

「いい子にして、僕の言う事を聞いて」





先方との取り決めで、韓国大使館の前でジニョンの引き渡しを行なうことになっていた。
ドンヒョクが車を止めると、すでに入り口付近に小さな人だかりができていた。

彼は大使館の渉外担当者を呼んで来させて、告げた。


「彼女は以前、脳に強い衝撃を受けて以来、極端に人混みを恐れている。
 入り口前から、家族以外の人をどかしてほしい。
 でないと、僕は彼女の引き渡しに応じられない」



やっと入り口付近から群衆がいなくなると、ドンヒョクはジニョンが車から下りるのを手伝った。
彼女の手を取ると、さっき人が集まっていたあたりまで話をしながら進んで行く。

二人は中年のカップルの前で立ち止まった。
婦人の方は、ジニョンと同じ目をしていた。
その婦人はかなり気分が高揚しているようで、涙を流していた。
ドンヒョクはジニョンの手を彼女の母親に手の中に預けて、
その年配の婦人にかるく会釈をすると、背を向けて歩き出した。


「ドンヒョク!あなた・・・あなたすぐもどって来て!」


ドンヒョクは立ち止まろうともせず、振り返って彼女の姿を見ようともしなかった。
代わりに、立ち去る足を速めた。

ジニョンはすぐに何かを感じ取って、彼の後を追って走り出したが、
彼女の行く手をはばんだ中年の男性に止められてしまった。
彼女はますます恐ろしくなって、叫びだした、


「ドンヒョク!ドンヒョク!わたし、こわい!」


シン・ドンヒョクの体に震えが走った、彼の運ぶ足の一歩一歩がさらにさらに重くなった。
彼が車にたどりついたとき、彼女の叫ぶ声とむせび泣く声が聞こえてきた。


「ドンヒョクはわたしがいらない!ドンヒョクはもうわたしがいらない!
 どうして?・・・どうして?」


ドンヒョクはレオに車を出せと叫ぶと、その場をあとにした。





「一体この子はどうしたと言うんだ?」


ジニョンの父が母親にたずねた。


「とにかく何も食べようとしないし、飲まないの。
 お医者さまはもう精密検査は終わらせたみたい。
 とにかく、バイオリンを弾く以外のことは何もかも全て忘れてしまっているようだわ。

 あの子の目には、シン・ドンヒョクだけが自分の知っているものなのよ。
 あのシンという人が言ったところでは、あの子の行方がわからなくなった夜、
 あの子は強盗に会って頭部を銃撃されたそうなの」


「だが、彼はあの子が韓国人だと言うことが始めからわかっていたんだろう。
 なんで8ヶ月もの長い間かくまうような真似をせずに、
 私たちにすぐ連絡を取らなかったんだろう。

 イ・スンジョンに、彼はジニョンを自分の妻だと言ったそうだ。
 二人はもう夫婦同然の関係になったということか?」


ジニョンの父がさらにたずねた。


「いいえ、お医者さまの言うところだと、あの人はあの子に節度を守って大切に接してくれて、
 あの子の面倒もそれはそれは良く見てくれたようよ」


ジニョンの母親が答えた。


「そうか、それなら彼は私たちにとって救い主だったんだな。
 感謝の気持ちを表すためにも小切手を送っておいた方がいいだろう」





レオは目の前の人物を見つめた。

シン・ドンヒョクはジニョンが行ってしまった後、まるで変わってしまった。
彼が暗い中で座っていても、レオには何日もひげさえ剃っていないのが見てとれた。
まだ数日しか経っていないのに、ドンヒョクは自分の過去の世界の暗い影のようになってしまった。


     ・・・これが、女たちが競って落とそうとしていた、
     あのハンサムなシン・ドンヒョクだと言うのか?・・・


レオは少し驚いた様子で言った。


「彼女のご両親がボスに小切手を送ってきているぞ。
 決して少なくない金額だ。
 ボスの今までの行為に対して感謝と補償の気持ちをこめたものだと言っていた」


ドンヒョクはしわがれ声で怒鳴った。


「破れ!」

それから、そっと続けた


「彼女は・・・彼女は大丈夫なのか?」

「ご両親はそれについて話をされなかった。だが・・・」


ドンヒョクは顔を上げた


「だが、何だ?」


彼の取り憑かれたような視線がレオを射抜いた。


「彼女は病院にいる。
 病院にいる人たちの話では、彼女は入院させられているようだ。
 食べるのも、飲むのも一切拒んで、ただ泣いているそうだ。
 家へ帰りたい、帰りたい、と叫び続けている。
 ボスに会いたいんだろう。
 今、彼女がすごく弱っているのがわかるよ」


うう・・う・・・

レオは一瞬、自分の耳を疑った。

だが、本当だ、あのシン・ドンヒョクが泣いている。
自分の両手に顔をうずめて、泣いている。
涙が流れて床に落ちた。


「ボス、ボス・・・」


レオは心から気の毒に思った。だがどう言って慰めていいのかわからなかった。





「ボス、電話だ。ジニョンさんの父親からだ」


ドンヒョクは受話器を取った。


「ミスター・シンですか?こちらはジニョンの父です。
 助けて欲しいのです。
 あなたが以前あの子を良く連れていった場所を教えていただけませんか。
 しょっちゅう行っていたところを残らず教えて欲しいんです。
 しばらく目を離している隙にジニョンが病院を抜け出してしまいました。
 もう6時間になります。私は・・・」


ドンヒョクは話を終わりまで聞かず、車のキーをつかむと外に飛び出した。

ニューヨークの街中を端から端まで、ジニョンの姿を求めて探しまわる。
自分が前に連れて行ったことのある場所は全部まわった。


「ジニョン、どこにいる?」




雨が降っていた。

ジニョンはうちへ帰る道を探していた、そして自分の家族を探していた。
道に迷った子犬のように、怖くて、寒くて、傷ついていた。
でも、彼女はあきらめず、がまんして探し続ける。


     ・・・わたしのおうちをみつけなきゃならないわ・・・


「ドンヒョク、どこ?」





ドンヒョクは劇場の近くの大通りで彼女を見つけた。
ずぶぬれで、靴も片方ない。
歩き続けてきたせいで足から血が流れ、唇は寒さでほとんど紫色になっており、
顔色は真っ青で血の気がなく、ガタガタとふるえている。

通行人がみな驚いて彼女を見つめている。

ドンヒョクは自分の大きな強い腕で彼女をすくいあげて、しっかりと抱きかかえた。
彼女はドンヒョクを見ると、弱々しい微笑みを浮かべてみせた。


「ドンヒョクわるい、ドンヒョクわたしがいらない」


そう言うと、意識を失ってしまった。
ドンヒョクは彼女を家に連れて帰ると、すぐに医者に連絡を取った。





「彼女はかなり衰弱しており、ショックを受けています。
 もし、熱が出るようなことがあったら、すぐに病院に連れて行かなければなりません」


ドンヒョクはレオにジニョンの父親に電話を入れるように言った。
彼女を自宅で介抱してはいるが、快くなったら必ずそちらに送り返すという約束も伝えさせた。



熱はなかったが、ジニョンは寒いと訴える。
夏の終わりが近づいていたが、ドンヒョクはヒーターの目盛りを最高に引き上げて家を暖めた。
だが、まだ彼女は寒いと言う。

ドンヒョクはジニョンを抱きしめて、自分の体温で彼女を温めた。
彼女はドンヒョクの背中に腕を回して、体をぴったりと彼にくっつけてきた。
まだ、つぶやいている。


「ドンヒョクわるい、ドンヒョク、わたしがいらない、わたしがいらない・・・」


彼はジニョンを強く抱きしめた。


「僕が君のことを要らないなんてどうして思うの?
 僕は君が欲しい・・・君が欲しいんだ。

 ・・・僕・・・僕は君が快くなったら、君と結婚しよう。
 僕は君に永遠にそばにいてほしいんだ・・・」



そのうちに彼女の体が熱くなってくる。熱が出てきたようだ。
ドンヒョクはすぐに彼女を病院へと連れて行った。




医者の言葉は頼りなかった。


「我々としてはベストをつくしましたが、患者があまりに神経質になり、
 恐怖を感じて動揺したことが、以前の痛みの引き金となったのでしょう。
 もし熱が治まらないようだと、このまま目を覚まさないかもしれませんし、
 昏睡状態のまま死亡する可能性もあります」


そこにいた誰もが医者の言う事態を受け入れず、また受け入れられる筈もなかった。



ドンヒョクは死人のような足取りで病院を出た。
ひざをがくんと落とし、地面にそのままひざまづき、はるかな天に向かって大声で祈った。


「大いなる神よ、お願いです、彼女の命をお救い下さい。
 もし彼女が命を取り留めることができたなら、僕のことを忘れてしまっていても構わない!
 彼女をお助け下さい。どうか、お願いいたします!・・・」


レオでさえ、ドンヒョクのため神に祈りを捧げた。
レオの目にも涙がうかんでくるのが感じられた。





「ボス!彼女は意識を取り戻したぞ!ご両親の姿を探している。
 韓国への帰国を希望しているようだ。
 だが、ニューヨークでの出来事は忘れてしまっている。
 俺も彼女に会ってみたが、俺が誰だかわからないようだった」


レオが言った。


ドンヒョクは何も言わなかった。
ただそこに黙ってじっと座っていただけだった。

ソ・ジニョンはそれから一ヶ月以内に米国を離れることになった。




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出典
Original in Chinese by Jenny Lin
Translated into English by happiebb
Translated into Japanese by AnnaMaria

2004/7/15 ~ 2004/7/29, 2005/10/25 dreamyj
2004/8/5 ~ 2004/9/8 BYJ Quilt (by happiebb)
2004/8/8 ~ 2004/9/8 2005/11/30 hotelier 2002(by happiebb)

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