AnnaMaria

 

This Very Night 第4章 -一年後-

 

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「ソ・ジニョン、あなた本当にぐずなんだから!
 早くしなさいよ!ほら、ほら!」

「わかった、わかったから、そんなにせっつかないでよ・・・わかってるわよ!」

イ・スンジョンに追い立てられ、せき立てられて、ジニョンはまた軽い頭痛を感じた。




1年前にニューヨークから韓国に帰ってから、彼女はやっと健康を取り戻し、四肢の動きも自由になった。

以前より話すスピードが少し遅くなったものの、生活はほぼ元通りになりつつあるが、頭痛だけは別だ。
頭痛がいったん始まると、あまりの酷さに自分で自分の頭を切り落としたくなるほどだった。

ニューヨークで行方不明になっていた8ヶ月間のことは、一つも思い出せなかった。

全くの空白期間。

彼女がその8ヶ月の間どこにいたのか誰も教えてくれないし、
その話題を持ち出すとみんなが微妙に彼女の問いをはぐらかす。

イ・スンジョンなど、おしゃべりで秘密など胸にしまっておけないタイプなのだが、
このことに関してだけは妙に口が固い。
ジニョン自身も、その時のことを思い出そうとすると、決まって頭がずきずき痛んでくるのだ。





コンサートホール。

深呼吸をして立ち上がり、スカートのひだを直すと、ジニョンは舞台に向かって歩いて行く。


     ・・・拍手が・・・会場中にとどろくのが聞こえてくる・・・
     拍手はいつもわたしの心と神経をしずめてくれるわ・・・


彼女はやや内気な女性だが、舞台で演奏している最中はとても落ち着いた気持ちでいることができた。


     ・・・スーパースターのように堂々と演奏しよう。
     拍手も喝采もかならずわたしを癒してくれるのだから・・・


どっしりした栗色のベルベットのカーテンの影から静かに歩みだす。
優雅に上品にお辞儀をして、ほっそりした首のくぼみのところに正確にバイオリンをのせる。
右手が最初の音色をしっかりと響かせる。

その音色は、このシーズンの演奏の美しい始まりを告げる音となった。



彼女のバイオリンの最後の音色が消えると、一瞬コンサートホールは静寂に包まれる。
そして、一瞬ののち観客が拍手を送り始める。
割れるような拍手、ホールを揺るがすように鳴り止まない拍手が響く中、
彼女はゆっくりお辞儀をして、舞台を後にした。


楽屋ではジェウォクが待っていた。
彼女のそばにかけよって、頬に軽くキスをすると

「すばらしかったよ、ジニョン!」

「ありがとう」

ジニョンはちょっと心の痛みを感じて顔を伏せた。

少し困っていた。
米国から帰国して以来、自分がどうしてもジェウォクに愛情を感じられなくなっているのがわかった。


かつて彼に対して抱いていた未熟といってもいいような愛を思い出すことはできても、
あの8ヶ月、自分ではまるで思い出せない8ヶ月を過ごして米国から帰国してからは、
二人の関係は彼女にとって全く違うものに変わってしまった。

ジェウォクがプロポーズをした時、自分がどうしても彼とは結婚できないことがわかったのだ。

自分でも正確にはどうしてなのかわからない。
わかっているのは、ただ「はい」という返事ができない事だけだった。


断るまでの時間稼ぎのために言い逃れをし、
双方の両親が間に入って、早く結論を出すようにと迫られるまで、
彼女はずるずるとこの問題を引き延ばしていた。

ついに意を決して、ジニョンが父親に自分がジェウォクとは結婚できない旨を告げると、
父親の顔に痛ましいような、とまどったような表情が浮かぶのが見えた。
今でもその表情をはっきりと思い出せる。


「ジニョン、おまえは自分の今していることがわかっているのか?
 お前が米国で行方不明になっている間、ジェウォクがどんなにお前を心配して、
 落ち込んでいたか見ていたら、とてもそんなことは言えまい。

 ジェウォクは本当にお前のことを愛して、気づかってくれているんだよ。
 お前はいつか、今のお前の行動を後悔する日がくるぞ」

「そうなの。だったら、わたしが米国にいる間にどうして探しに来なかったの?
 彼にもわたしの居場所が分からなかったのが理由?」

「それは、それはだね・・・」

父親はたちまち口ごもり、その問いに答えるのをまたしても避けた。





結局、結婚は中止になった。

「ジェウォク、ごめんなさい。自分でもどうしてだかわからないの、でもわたし・・・」

ジェウォクは彼女を優しく見つめると

「ぼくは待ってるよ」

とだけ告げた。

     ・・・ジェウォク、ああ、何故わたしを叱ってくれないの?
     どうしてわたしにそんなに優しいの?
     あなたがもっと怒ったり責めたりしてくれれば、わたしもずっと気が楽になるの
     に・・・

ジニョンはひとり自分の中でつぶやいていた。





ジニョンの頭痛の回数はだんだん頻繁になり、それに伴って痛みも増してきた。

医者の答えはこうだった。

「ソ・ジニョンさん、あなたの脳の中に血の塊があるのですよ。
 ちょっと微妙な位置にあるので、今すぐ、手術して取り除くにはリスクが伴うのです。

 もちろん、すぐにあなたの命を脅かすような位置にあるわけではありませんが、
 やはり何らかのリスクは存在します。おそらくそれが痛みを引き起こすのだと思われます。
 我々にできるのは、痛みを和らげたり、ある程度コントロールすることだけで、
 完全に痛みを取り除くことはできないのです。

 鎮痛剤を何種類か処方しましょう。
 でも、あなたご自身でもよく気をつけて、気持ちをゆったり持つように心がけて下さい。
 あなたはまだ独身ですから、妊娠に伴う問題については申し上げません。
 状況が許すようになれば、脳から血の塊を取り除く手術をしましょう」


     ・・・これは一体どういうこと?
     わたしの頭の中に時限爆弾があるって言うの?
     だから、わたしは妊娠もできないし、子供も持てないってことなの?・・・


ジェウォクの両親はこの事情を知り、ジニョンが結婚を取り止めにしたことに、
ほっと安心したようだった。
それでも、ジェウォクは以前と変わらない優しさで彼女に接してくれている。

「ジニョン、僕は子供は要らない、君が欲しいだけなんだ。
 君が手術を受ける時、僕もそばにいたいんだよ」

そうジェウォクは言った。

だが、彼の気遣いと優しさは返ってジニョンを追いつめ、
彼女はその分息苦しくて自由に息がつけないように感じていた。





夜になると、ジニョンはたくさん夢を見るようになった。

最初は、すこしぼやけたような感じだったが、この頃ではだんだん夢が鮮明になってきたようだ。


     ・・・ある人がいて、わたしには何故かそれが男性だとわかる。
     彼がわたしの名前を優しく呼ぶ。
     時には愛を示すように、かなり親密な調子で呼びかけてくる。
     低い声で、いつも優しくゆっくりと呼びかける・・・

     ・・・そのうちに手を伸ばして、わたしに触れてくる。 
     わたしの体の上を動く彼の指先さえ感じられるわ・・・

     ああ、なんておかしな夢なんだろう。
     この頃では、あれは夢ではないんじゃないかとさえ思えてくる。
     頭痛が始まるといつも彼の影がうかんでくるの、すごくリアルに・・・

     誰?・・・あれは一体誰なの?・・・


ジェウォクとはまるで違う外見だった。


     ・・・ジェウォクはどちらかと言うとスポーツマンタイプでがっしりしているけど、
     夢の中に現れてくる彼はすらっとしていて、アメリカ人エリートのような都会的な外
     見で、いつも注文仕立ての高そうなスーツを着ているわ。
     わたしには彼の顔以外、全部はっきり見える。
     ああ、あの顔が見えたら、とこんなに願っているのに!・・・

     彼はいつもわたしの名前を呼んでいる・・・

     「ジニョン、ジニョン・・・・」

     夢の中でその悲しそうな声が、繰り返し繰り返し聞こえてくるの・・・



彼女はこの夢の事を誰にも話していない。
たぶんただの変わった夢なんだろうとも考えていたからだ。
それに、他人に自分の頭がおかしくなっているのではないかと思われるのは嫌だった。



ジニョンは韓国をしばらく離れたい、あまりにも過剰に自分を心配する人たちから逃げ出したいと思っていた。


     ・・・みんなの気遣いも心配も息苦しいだけだわ・・・

だから、シカゴ交響楽団での客演の招待が来るとすぐに承諾した。
両親からこんなにも激しい反対にあうとはそれほど予想していなかったのだ。




母親は泣いて、頼んだ。

「お願い、ジニョン行かないで!
 2度とお母さんを心配させるようなことはしないで、わかった?」

父親は激怒した。

「お前は小さい時はいつもいい子だったのに、大人になったら急にこんな風になって!
 何だって、こんな大切なことを決める前に父さんたちに何の相談もしてくれなかったんだ?
 ニューヨークでどんな目に会ったのか忘れたのか?怖くないのか?」

「でも、わたしニューヨークでは乗り継ぎをするだけよ、シカゴに行くんですもの。
 そりゃ、この前のときは事件にあったけど、単に運が悪かったのよ。
 大丈夫、気をつけるって約束するわ!」


ジニョンはたいてい両親の言うことには従い、決して反抗的なタイプではなかった。
だが、今回は自分の主張を曲げず、どこまでもゆずらない。

     ・ ・・どうしても、ここをしばらく離れる必要があるのよ・・・


彼女は解放されたかった。
このゴタゴタと面倒から逃れるための場所を求めていた。
父親はついに折れ、ジニョンの方も父親から押し付けられたルールを受け入れなければならなかったが、とにかく行けることになった。

演奏旅行に出かける前に、頭痛をしずめる鎮痛剤をもらうため、病院に行った。

「ソ・ジニョンさん、再発の危険とも見られる兆候がいくつかあります。
 帰国したら、かならず、できるだけ早く来診して下さい。
 たぶん、もうこれ以上手術を先延ばしにできないでしょう。
 米国から帰ったら、とにかくすぐにここに来て下さい」

医者の言葉を聞いて少し怖くなったが、韓国を出て自分だけの自由と場所を満喫できるという喜びに、彼女の不安と心配はすぐに隅に押しやられてしまった。





空港でもまだ両親は、米国に着いてからの彼女のして良い事と、してはいけない事をくどくどと繰り返していた。
ジェウォクも彼女を行かせたがらなかった。
そうしているうちに、ジニョンの飛行機の搭乗時刻となった。

飛行機がいったん離陸すると、彼女の心は籠から放たれた鳥のようにのびやかな自由を感じた。

     ・・・自由と解放を感じるってなんて素敵なことなんだろう!


父親がニューヨークについて警告していた言葉がふいによみがえった。
ニューヨークにはシカゴへ行く際の乗り継ぎだけで、絶対に足を踏み入れないようにと
厳重に警告していた。


     ・・・お父さんはニューヨークにゴジラでもいると思っているのかしら?・・・

とジニョンは、おかしくなって笑った。

他にも、ただ無事を知らせるためだけでも、家には毎日電話を入れなければならない。
もちろん、彼女の体調を確かめる意味もあった。


ジニョンは丸一ヶ月に及ぶ旅行の計画をもう立ててあった。
ニューヨークで乗り継いでシカゴへ飛び、演奏のため10日間滞在する。
あとの20日間は、バンクーバーにいるおばを訪問するつもりだった。

彼女の大好きなおばで、おばのところに行けばとてもくつろいだ時間が持てるだろうと考えていた。


     ・・・う~ん・・・外国の空気の匂いがする、ついに来たんだわ・・・



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出典
Original in Chinese by Jenny Lin
Translated into English by happiebb
Translated into Japanese by AnnaMaria

2004/7/15 ~ 2004/7/29, 2005/10/25 dreamyj
2004/8/5 ~ 2004/9/8 BYJ Quilt (by happiebb)
2004/8/8 ~ 2004/9/8 2005/11/30 hotelier 2002(by happiebb)

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