AnnaMaria

 

This Very Night 第5章 -再会-

 

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ジニョンは、シカゴでとても充実した10日間を過ごした。
シカゴでの演奏は満足できるものだったし、何より自由な空気を満喫できて、
ここ何年間かこんなに楽しい時間を持ったことがない位だった。


     ・・・韓国を出るのがこんなに素晴らしいってわかっていたら、
     もっと早く来るべきだったわね・・・



おばを訪ねるためにバンクーバー行きの飛行機に乗ろうとニューヨークで乗り継ぎをした際、
ニューヨークを雪嵐がおそった。
この雪嵐のために空港は閉鎖になり、全便が欠航になった。



ジニョンはひそかに喜んだ。
この状況を伝えるべく家に電話を入れると、父親は他にしょうがないので、しぶしぶニューヨークでの滞在を許可した。

だが、父親は虫の知らせか、不安を感じた。
ジニョンが「彼」にばったり会うのではないかと恐れていたのだ。

ジニョンの方は大喜びだった、神様が味方をしてくださったのではないかとさえ思った。
父親の「ニューヨークでは乗り継ぎのみ、絶対滞在してはならん!」
というルールも今や何の意味も持たない。

父親の心配はわかっていたが、彼女はジュリア音楽院に留学していた際、丸3年もここに住んでいたのだ。
だからどうしてもニューヨークに滞在したかった。

もちろん、1年前にはちょっとした災難に逢いはしたけれど、
父親が深刻に心配するほどの事は何もないと考えていたのだ。





ジニョンは、ここニューヨークで何カ所か行きたいところがあったが、
まずは、ジュリア音楽院時代の恩師に連絡を取った。

教授は彼女に会えるのをとても喜んでくれた。
自分の弟子が今や韓国の首席バイオリン奏者になっているのだ!
ジニョンの成功を喜び、誇りにも思ってくれていた。

教授はカレッジでの演奏会にジニョンを招待し、もちろん彼女も喜んで出演を承諾した。
ニューヨークにもう少しいられる理由を見つけられて、とてもうれしかったから。





この朝、彼女が起きて窓の外を見ると、雪景色が広がっていた。
雪のひとひら、ひとひらが空中を舞っていて、とても美しい光景だった。

大急ぎで顔を洗うと、大好きなニューヨークでの一日を早く始めたくて待ちきれない気分だった。
まずたっぷりの朝食を食べる、それからビッグアップル*の見物を始めてやろうと考えていた。


     ・・・すごく素敵な一日の始まりね!・・・


バッグをつかむとホテルの部屋を出た。
足取りも軽く幸せな気分でドアを後ろ手に閉めると、向こうでエレベーターの「リン」と鳴る音が聞こえた。


     ・・・あら、急がないとエレベーターが行っちゃうわ・・・


大急ぎでエレベーターに駆けこむと、一人の男性の腕の中にまっすぐ飛び込んでしまった。

顔を上げると、エレベーターの中に二人のアジア人男性がいた。
一人は小柄でずんぐりしていた。

おかしなことに、この男性は彼女の顔を見るなりショックを受けたような顔つきをした。
驚きと信じられない、という表情が浮かべて口をぽかんと大きく開けたまま、
ジニョンの顔をみつめていた。


もう一人の男性は彼女が腕に飛び込んでしまった方の人だった。

ジニョンが彼の方を見上げると、この男性は彼女の腕を強くつかんだ。
男性の腕は長く、大きくて強そうな手をしていた。



エレベーターの中の狭い空間に奇妙な雰囲気が漂った。
ジニョンはもごもごとおわびの言葉をつぶやいた。
彼女が謝罪を述べたのに、その男性はさらに腕を強く掴んだ。
痛みを感じて、少し声を荒げた。


「あの・・・もう、すみませんって申し上げたんですけど・・・。痛いんです!」


男性はすぐに手を放し、そっと謝罪のことばを述べた。
今度は彼女の方がおどろく番だった。


     ・・・この声、この声、すごく聞いたことがあるわ。
     どこでこの声を聞いたのかしら?・・・


彼女はあたりをちょっと見回して壁にもたれた。




エレベーターの狭い箱の中の雰囲気はじつに妙だった。
3人の息づかいとエアコンの音だけが響き、そのほかはしんとしている。
なんだか、呼吸の音がいつもよりもだんだん重苦しく、大きく響いているような気がした。

彼女はちらりと2人の男性を見た。
背が低くて小太りの男性は・・・・相変わらず口をぽかんと開けたままで、
ショックを受けたように、ジニョンから目を離さなかった。

もう一人の男性は背が高くて、存在感があった。

横目でちらっと見ると、彼の顔にはなんだか冷たいところがあるように見える。
でも、それは彫刻のような顔立ちとくっきりした輪郭のせいかもしれない。


     ・・・まあ、こんなエレベーターの中でもサングラスをかけているのね・・・


サングラスのせいで彼の視線が見えなかったが、なんだか彼も自分の方を見ているような気がした。


     ・・・たぶん、思い違いでしょうけど・・・


ジニョンは彼の唇に目をとめた。
彼の唇の端がひきつって、少し震えているように見える。

ああと、思わず彼女は首を振って否定した、


     ・・・気のせいだわ、ちょっとした目の錯覚よね・・・
     このすごく目立つほどハンサムな人の目に、
     わたしったら、何だか厚かましくて図々しい女だと映っているかもしれないわ
     ね・・・


そう考えると、何だか恥ずかしくなり、頬のあたりが赤くなってきた。

相変わらず、エレベーターの中の空気はどこか変で、気まずいものだった。




「あなたはソ・ジニョンさんではありませんか?」


小柄な方の男性がついに口を開いた。

今度は彼女の方が口をあんぐり開ける番だった。


「あの、わたしをご存知なんですか?」

「あなたは韓国国立交響楽団の首席バイオリン奏者ですよね?」


ジニョンは米国で自分を知っている人に出会うとは考えてもいなかった。
しかもこんな状況で・・・。
彼女は当惑してうつむいてしまい、とてもではないが、あの背の高い方の男性を盗み見るなんてできなくなった。


「お仕事でいらしたんですか・・・?」

小柄な男性はなおも質問してくる。


彼女はちょっと微笑んで、わけのわからない緊張感をほぐそうとした。
なんでだかはわからないが、自分は今ちょっと上がっている。
首の後ろの当たりの皮膚に鳥肌が立っているのを感じて、少し冷や汗が出て来る。
片手を上げてちょっと髪をなでつけ、同時に自分の緊張もしずめようとした。


「わ・・・わたし、アメリカでの演奏のご招待をお受けしたんです」


その時、もう一人の男性の呼吸がまた速くなったような気がした。
彼女が話すと、彼は息をするのも苦しいように見えた。
彼の手は彼女の立っているすぐ側にあり、細かくふるえているのが見える。

つい、彼の顔を見たくなって、またちらりと目をやると、
サングラスをかけているものの、彼が自分をじっと見ている熱い視線を感じたような気がした。


     ・・・エアコンがうまく機能していないんだわ。
     だって何だか生暖かいし、空気も新鮮でなくて変に蒸し暑いくらい・・・


彼女はそう考えて軽く咳払いをしてから、言葉を続けた。


「雪嵐のせいで、飛行機が全便キャンセルになってしまったんです。
 だから、急にニューヨークに滞在するはめになっちゃって・・・。
 折角だからこの辺りを少しまわってみようと考えているんです」


再び沈黙が訪れた。じつに気まずい沈黙。


     ・・・なんだって、このエレベーターはこんなに長くかかるのかしら・・・


とジニョンは考えた。

やっとメイン・ロビーの階に到着して、彼女はほっと安堵のため息をついた。

エレベーターのドアが開くと、すぐに外に飛び出した。


     ・・・これ以上あの狭い箱の中に、妙な雰囲気のまま閉じ込められているなんて耐え
     られない!・・・


彼女は後ろから


「ソ・ジニョンさん!」


と呼ぶ、あの低い声を聞いたような気がしたが、聞こえない振りをした。

彼女は真っ直ぐホテルを出て、当初の「ホテルで豪華な朝食を取る」という計画はあきらめることにした。
ボリュームたっぷりの朝食にちょっと後ろ髪を引かれる気分だったが、
そのままホテルの外で待っていたタクシーに飛び込んだ。


彼女は猛獣にねらわれた獲物のように逃げ去ったのだ。








*ビッグアップル・・・ニューヨークのこと



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出典
Original in Chinese by Jenny Lin
Translated into English by happiebb
Translated into Japanese by AnnaMaria

2004/7/15 ~ 2004/7/29, 2005/10/25 dreamyj
2004/8/5 ~ 2004/9/8 BYJ Quilt (by happiebb)
2004/8/8 ~ 2004/9/8 2005/11/30 hotelier 2002(by happiebb)

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