AnnaMaria

 

This Very Night 第24章 -紳士服店-

 

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ジニョンが手にしているイブニング・ドレスは韓国から持って来たものだった。
ドレスが必要になるのは、シカゴの演奏会の時だけだと思っていたので、
シカゴで着替えをした後は、特に気を使って見ていなかった。

だが、学校での演奏会にドレスが必要になり、試着をしてみると、ジッパーの下の部分が壊れて、ちゃんと端まで閉めることができなくなっているのに気がついた。

どうしようと考えてから、ニューヨークに留学していた頃、コリアン・タウンに
洋服の修理もやっているクリーニング屋があったのを思い出した。
たしか以前にも、その店に行ったことがある。


だが、ジニョンが行ってみるとその店は閉店していた。


     ・・・どうしたらいいのかしら。
     今日は祝日でもないし、もう朝の10時半だっていうのに、お店が閉まっているなん
     て。イブニング・ドレスをどこかで急いで借りるにしても、もうあまり時間がない
     わ・・・


彼女はコリアン・タウンを歩き回って、その界隈でドレスを直してくれそうな店を探し回った。
通り沿いに幾つか仕立て屋はあったが、どこも高級そうに見える。

だが、意を決して直してもらえるかどうか聞いてみることにした。
ものは試しと、そういった店の一つに入って行ったが、
彼女がドレスのジッパーの修理を頼むと知ると、店主に断られた。


ジニョンは道ばたにたたずんで、どうしたものか考えあぐんでしまった。
冬の太陽も、彼女が朝起きて最初に感じたほど、美しいものに思えなくなってくる。
だんだんイライラしてきて、落ち着きを失って来た。


     ・・・のどが乾いて来たわ!
     ああ、どうしよう、誰かわたしを助けてくれないかしら・・・


彼女がふと通りのむこう側を見ると、店から人が出てきて彼女の方を見た。
丸顔の親切そうな顔立ちの老人で、彼女に開けっぴろげな笑顔を見せ、
子供を呼び寄せるときのように、こちらに向かって手招きをした。





店の中に座ってからも、ジニョンは自分の幸運が信じられなかった。
老人がシナモン・ティーを煎れて彼女にごちそうしてくれたのだ。
芳醇な香りが立ちのぼり、味はさらに素晴らしかった。


     ・・・おいしいお茶。

     これは本式に煎れてくれたもので、断じてインスタント・ミックスなんかじゃない。
     それにしてもうれしい偶然だわ!
     誰もがシナモン・ティーの味を好むわけではないけど、
     わたしはこの独特の味わいが好きで、大好物の一つなんだもの。
     お茶がわたしの不安やイライラを吹きとばしてくれたみたい・・・


店の主人は年配の無口な人で、だまってドレスのジッパーの部分を縫い付けるのに集中している。
店に積んであるたくさんの服地の匂いが、なぜか彼女に落ち着きを取り戻してくれた。

店の中を見回すと、樫材の棚という棚には、スーツがずらっとかかっていた。
ここは明らかに紳士服専門の有名な仕立て屋で、大変格式の高い店に見えた。
このような店の主人が自分に手を貸してくれるなどとは、彼女は想像もしていなかった。
親切そうな顔、暖かいまなざし、主人が顔をあげたとき、彼女もにっこりと感謝の笑みを返した。



修理が終わると、ジッパーを試してみた。


   ・・・おお!ちゃんと閉まるようになったわ、職人技ってすばらしいものね!・・・


仕立て屋の老主人はメガネ越しにぶあつい記録帳を注視している。
この帳面になにごとか書き込んだようだ。
彼女はちょっと興味がわいて、近くに寄ってみると、
その記録帳には顧客の寸法、時間、日付から、彼女には意味のわからない何かのシンボルまでこと細かく記入されていた。

主人は突如向きを変えると、店の奥に歩いて行き、手にスーツを一着持ってすぐに出て来た。
まるで自分の芸術品を自慢しているようにも見える。
実に素晴らしい手作業の逸品で、カット、生地、職人技などどれも完璧だった。
ジニョンはこんな素晴らしいスーツを一体誰が着るのだろうかと考えた。

主人はジャケットの衿のところをめくってみせた。
彼女は好奇心いっぱいだったが、同時になぜこのスーツを自分に見せてくれたのかがわからなくて、
戸惑ってもいた。

顔を近づけて良く見ると、ジャケットの内側にごく小さな布地が縫い付けられていて、
スーツの持ち主の名前が読み取れた。
おどろいたことに、持ち主の名前が韓国語で書かれている。


     ・・・シン・ドンヒョク。韓国人男性の名前だ!・・・


ジニョンは名前を声にだして読み上げてみた。
この名前の響きがどんなふうなのか試してみたくなったのだ。
それから、手を伸ばしてネームの布地を触ってみた。


     ・・・ふうん、この韓国人男性って誰かしら。
     これはこの人のスーツよね?
     この人とわたしと何かつながりがあったのかしら?
     どうしてここのご主人はこのスーツをわたしに見せたの?

     料金が要らないですって?・・・


ジニョンは困惑しながら店の外に出た。
そこでふりむいて、もう一度店の主人を見た。


     ・・・何でわたしから料金を取ろうとしないのかしら?・・・


だが店内でジッパーの仕上がりを待っていた間にも、時間が経つにつれ、だんだんと来店するお客の姿がふえてきていた。
しかも男性ばかり!
入ってきた男性から一様にけげんそうな顔つきで見られているうち、ドレスのジッパーを直してくれた主人は、本当に自分からお金を取る気がないのだということがのみこめた。

彼女は店を出ると足を速めた。遅れてはならないランチの約束があるのだ。








訳注:ジニョンの飲むお茶をシナモン・ティーとしましたが、原文ではカシア・ティー(桂皮茶)とあり、日本で注文すると出てくる、ミルクティーにシナモンの棒を添えたものより、もう少し桂皮そのものから煎れたスパイスティーに近いものではないかと思われます。



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出典
Original in Chinese by Jenny Lin
Translated into English by happiebb
Translated into Japanese by AnnaMaria

2004/7/15 ~ 2004/7/29, 2005/10/25 dreamyj
2004/8/5 ~ 2004/9/8 BYJ Quilt (by happiebb)
2004/8/8 ~ 2004/9/8 2005/11/30 hotelier 2002(by happiebb)

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