僕は恋の熱にうかされた高校生のように、僕の女神に目が釘付けになってしまった。
先ほど楽屋に行ってジニョンの姿を見た瞬間、頭の中が真っ白になった。
息をするのも忘れてしまう程だ。
10代の頃に逆戻りしたみたいに、ただ突っ立って君を見つめたまま、
次にどうすれば良いのかもわからない。
僕の心は君でいっぱいで、君だけで占められてしまった。
他には誰も、何も目に入らない・・・。
僕のバラ、僕の美しいバラのつぼみは今、満開に花を開いて咲き誇っている。
本物の女性となった、その美しさには息を呑む。
君がこんなにドレスアップした姿を見たのは初めてだ。
今夜はイブニングドレスで盛装し、薄めのメイクをしている。
ドレスは明るい色調の赤で、肩がすっかりあらわになったデザインだ。
なめらかな生地が君のほっそりした体を上品に、そして優雅に包み込み、
透明感のある白い肌をきわだたせている。
絹のような黒髪はまとめて結い上げられ、ベルベット素材の髪留めで留めてあった。
繊細な足もとは女らしいヒールの靴にそっと包まれている。
君のなめらかなふくらはぎに青い静脈が透けて見え、それは僕に白い翡翠に走る線を思わせた。
僕はとつぜん、この官能的なふくらはぎにキスをしたくてたまらなくなった。
君はふりむいて僕を見ると、にっこり微笑んでこちらに近づいて来た。
君が近づいて来る一歩ごとに、僕の心臓の鼓動も激しくなってくる。
君は立ち止まると、僕の額に軽くキスをしてくれた。
君は誘惑の女神なのだろうか?
君のキスに身も心も征服されて、もう僕は完全に君の虜だ・・・・
午後の演奏はすばらしかったし、君の奏でるバイオリンの音色は僕の心の糸をかき乱した。
一体どうやってこの地上に降り立ったのだろう。
君は天から舞い降りた天使?
僕の可愛い誘惑の女神?
それとも僕の愛しいバイオリニストかな・・・。
ご覧よ、みんなが君の奏でる音楽の世界にいかに引き寄せられているか。
ご覧よ、みんなの目が舞台で妙なる音楽を奏でる君の美しい姿に、いかに目を奪われているか。
僕はステージに駆け上がって、この体で君の姿を隠したい。
もの欲しそうな、食い入るような目で君を見ている、他の男たちの視線にさらしたくない!
僕の頭の中をとんでもない考えがふとよぎる。
二度と僕の元から飛んでいかないように、君を永久に閉じ込めて翼を隠してしまいたい!・・・
演奏会が終わると、会場の外で君を待った。
それほど長く待っていたわけではなかったが、僕にとってはまるで永遠のように感じられた。
やっと君が現れた。
学校の門に体をもたせかけている。
変だ、君の表情が痛々しい・・・。
僕は何かに締め付けられるような気持ちで、君のそばに走りよった。
僕を見た途端、君の目に涙が浮かび、両手を伸ばして僕の首に手を回してくる。
この動作で僕は以前、君がよくこうやってすがりついて来たのを思い出した。
僕は君をしっかりと抱きしめると、
「どうしたの?話してごらん。いったい何があったんだ?・・・頭がまた痛む?」
とても心配だ。
君が首を横にふる、涙がこらえきれずに君の頬の上をころがり落ちていく。
「わたしの足・・・足をケガしちゃって!」
言葉が続かない。
僕は君のきゃしゃなあごに手をそえて、そっと上向かせると、君の顔をじっと見つめた。
ジニョンはすすり泣いた。
「さっきわたしが出てくる時、すごく混んでいて、あの女の人・・・」
君の手の動きが太った女性の形をあらわしていた。
「あの人、ひどく不注意だったの。わたしのこと踏んづけたの。すごく痛かったわ。
それなのに謝りもしなかったのよ!」
僕はひざをついて、君の足を見た。
しゃがみこんで、スカートの裾を静かにめくる。
思わず息をのんだ。
何ということ!君の足が少し変形している。
ハイヒールのストラップが切れて、ヒールにも傷がついている。
君の美しい足はひどい傷を負っていて、皮膚も切れ、出血までしていた。
よく見ると、くるぶしが腫れているようにも見える。
どこのデブ女がジニョンをこんな目にあわせたのだろう!
怒りがむくむくと湧き上がってきて、誰かをぶちのめしてしまいそうだ・・・
顔をしかめると僕は怒った調子でたずねた。
「どの女だ?」
君は首をふった。
「いいの。お願いよ、わたしをホテルまで送って下さるかしら?
あの女の人は単に不注意だっただけで、わざとやったんじゃないのよ。
忘れて・・・。あの人、わたしを踏んづけたのも気がついていないと思うわ」
その時、君の目が僕らのすぐ側を通り過ぎた女性の方に向いたのを見た。
ものすごく太った女性だった。
なるほど、不注意だったのは罪ではないかもしれないが、
僕の大切なジニョンを傷つけたのだ!
十分だ、罪は償わせてやる!・・・
僕は君を抱き上げて、車まで運んだ。
その間中、また君をこの腕に抱ける喜びをかみしめていた。
もし怪我をしていなかったら、
君は僕がこんな風に抱き上げるのをきっと許してはくれなかっただろう。
そして・・・・もし、僕が君の足を心配しているこんな状態でなかったら、
このまま君を抱いて、世界が終わるまでずっとずっと歩き続けたい・・・。
痛ましい君の顔を、愛をこめてじっと見つめていると、僕の心臓も裂けてしまうような気がする・・・
君はふと顔を上げると、
「わたしのバイオリン・・・わたしのバイオリンがまだ楽屋においたままだわ。
ね、お願い、取って来て下さらない?」
「もちろんだよ。おとなしくして車の中で待っていて。すぐに戻ってくるから」
ジニョンは車の中に座って、足をそっとおろした。
さっき足が踏まれた時のことを思い出したが、あの時は、あまりの痛さに涙がたちまち目にあふれて来た。
まず最初に頭に浮かんだのは、フランクを探すことだった。
フランクを探して、なぐさめて欲しかった。
・・・ああ、どうしよう、わたしはもうこんなにも彼を頼ってしまっているんだ
わ!・・・
フランクの車が停めてある場所の近くで、ちょっとした騒ぎがあった。
ジニョンが窓から、騒ぎの起こっている方に目をやると、人が沢山集まっているのが見える。
だが、それが何なのかはまるでわからなかった。
しばらくして、フランクがジニョンのバイオリンを持って車に戻って来た。
彼はなんだか不思議な笑顔をうかべていたが、ジニョンは気づかなかった。
「さあ、まず医者に行こう、君のケガを見てもらわなくては!」
とフランクが言った。
それを聞くと、ジニョンは眉をしかめて情けない声で言った。
「ああ、そうするしかないのね・・・」
車が別の車線に入ろうと旋回して方向を変えた時・・・
・・・あら・・・あれは何かしら?何が起こったの?・・・
ジニョンは目をこすって、もっとよく見ようと車の窓に顔を近づけて外を見つめた。
夢中になってしゃべっている女性達のグループは自分たちの行く方向にも、
誰と歩いているかにも、まるで注意を払っていない様子だ。
その中に、ジニョンはさっきの犯人の女性の姿が見えた。
ジニョンの足を踏んだ太った女性を取り囲んでいるグループは、一様に近くの学校の池の泥にまみれていて、
お互いに引っ張り合い、無礼を非難し合っていた。
それはまったく痛快なながめだった!
・・・一体全体何が起こったっていうの?・・・
ジニョンはとつぜんフランクの方を振り向いた。
急にわかったような気がした!
フランクはひとさし指を唇に当てると、いたずらっぽい表情を浮かべた。
いかにも秘密めかした調子で、
「しーっ・・・誰にも言っちゃいけない!」
「全く!なんてことかしら!」
ジニョンは自分のおでこを軽くたたくと、それでもつい噴き出さずにはいられなかった。
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出典
Original in Chinese by Jenny Lin
Translated into English by happiebb
Translated into Japanese by AnnaMaria
2004/7/15 ~ 2004/7/29, 2005/10/25 dreamyj
2004/8/5 ~ 2004/9/8 BYJ Quilt (by happiebb)
2004/8/8 ~ 2004/9/8 2005/11/30 hotelier 2002(by happiebb)