ボニボニ

 

My hotelier 4 - ここに住む理由 -

 




「ココ・シャネルは、死ぬまでパリのホテル・リッツに滞在し続けた。」
「・・・・・」

「チェルシーホテルに住んだ人間にいたっては、
バロウズ、クーンツ、パティスミスにサム・シェパード、後は誰だったかな?」


開け放したバスルームのドアに持たれて腕組みをしながら、
シン・ドンヒョクは独白の様になめらかに語る。

ブクブクと泡立つジャグジーの中では、
タオルで髪を上げたジニョンが、唇を噛んでドンヒョクを睨んでいた。


「・・・本当に、ここに住むつもり?」

「ふくれっ面美人のコンテストがあれば、間違いなくジニョンが優勝だな。」

「・・・私が出るまで、そこで見ているつもり?」

「いや。レディの入浴を覗くほど、僕は失礼ではないよ。
湯上がりに、ペリエ&ライムでも用意してあげようかな?」

爽やかなブルーのシャツをふわりとひるがえし、ドンヒョクは
軽い足取りでリビングの方へ消えて行った。

その姿を眼で探りながら、バスタブからジニョンが滑り出てくる。
洗面所のクロゼットを開けると、中には真新しいバスタオルとローブが
ぎっしりと詰まっていて、ジニョンをあ然とさせた。

「オモ! 何・・・よ、これ?」

「ああ、ハウスキーピングの方達が入れ代わりに来ては置いて行くんだ。
・・・もうすぐ冷蔵庫にも入れなければならないな。」

イ・スンジョン!!

『Don't disturb』 の札の向こうに、眼をパチパチさせたイ支配人の顔が浮ぶ。
今は、休暇開けの事を考えるのは、止めよう。
とりあえず眼前の難問から片付けようと、目眩をこらえてソ・ジニョンは思った。

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「言ったでしょう。サファイア・ヴィラの一泊の宿泊料金は
私の一か月のお給料より高いのよ!そんな所に「住む」ですって?
企業ハンターか何か知らないけれど、貴方の金銭感覚は馬鹿げているわ。」


-大振りのグラスにつがれたペリエをごくごくと飲む愛しいジニョン。
 僕は、何があろうと、ここに住む。
 これは、僕が長い時間考えて出した結論なんだよ。


ドンヒョクは、ジニョンを包み込むように微笑みながら
なおも言いつのろうとする彼女の手から、グラスを取りあげた。

「君も支配人と言うからには・・・」

愛する人に向かって、彼の口調はあくまでも優しい。
「『費用対効果』、という言葉は知っているだろうね?」
「え・・・?」

「ジニョン、少し考えてみてくれないか? 例えばね・・・、
僕が、自分の社会的なステイタスに相応しい物件を手に入れる。」

「・・・」

「そこをそれなりの家具で満たし、ハウスキーパーとコックを雇い、
セキュリティシステムを万全にし、設備のいいスポーツジムと
品の良いBarの会員となるとしたら・・いくらコストがかかるだろう?」

「・・・」

「ソウルホテルの料金は、決して高くない。」

「シェフの魚料理は最高だし、ハウスキーパーはきれい好きだ。
シルバーウェアとクリスタルは綺麗に磨き上げられているし、
バーテンダーは実に見事なブルーマルガリータを作る・・・。」

怒りに満ちてドンヒョクを睨んでいたジニョンの眼が揺れる。
次々発せられるドンヒョクの言葉は・・・、ソウルホテルへの最大の賛辞だわ。
おまけにそれを語る彼の言葉は熱がこもって、まるで愛の告白みたい。

ジニョンは嬉しさと誇らしさに身体が震えた。
自分のホテルを愛してやまない、この美しいホテリアーにとって、
ドンヒョクの言葉は、抗いがたい魅力に満ちていた。

そしてドンヒョクは、愛しいホテリアーの表情の変化に
満足しながら、神父の言葉のように厳然と言う。

「僕はここに住む。ソウルでここ以上に素敵な家は、ない。」
「でも・・・」
「でも? 君が嫌なら、すぐにでも僕と結婚して新居に移ればいい。
僕だってホテルで僕達の子どもを育てるつもりはないからね。」

「うーん・・。結婚、するまで?」
「結婚するまで。」

「うーん・・・。」

「もう、この話は、終わりだ。
いつまでバスローブの隙間から脚を見せつけているつもりだ君は。」
「え?・・・あ?!」


イ先輩。
このバスローブったら、ちょっと丈が短いわ。

せっかくお風呂に入ったのに、
また身体が汗ばむような事になってしまうじゃない。

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”おまけに、どんな事にも機敏に対応してくれる
ソウルホテルのフロント支配人は、いい脚しているんだ・・・”
なんていったら、怒るだろうな。

少しずつドンヒョクの身体に慣れてきたジニョンがとても可愛い。
滑らかな胸に唇を這わせながら、恋人の柔らかい声を
ドンヒョクはうっとりと聞いていた。

 -ねえ、ジニョン。

  僕はどうしてホテル専門のハンターになったのだろうって考えてみたんだ。
  ビジネスは単なるゲームだと言ったけれど、
  本当は、僕はホテルが好きだったのかもしれない。

  僕には家がない。世界中のどこにも僕の居る場所がない。
  そんな僕に、ホテルは一夜の家をくれる。
  だから僕は、ホテルが好きだったのかもしれない。

 -ねえ、ジニョン。

  君の為に、このホテルを手に入れると言ったけれど、
  僕は心の底で、君とこのホテルの両方を、欲しがっていたのかもしれない。

  ここは、僕が見つけた一番温かい家だ。

  そして、ジニョン。
  君はホテルが結晶して出来た妖精みたいなんだよ。

  「見て!このグラス。クラックが入っている。危ないわ。」
  君が自分を名乗る前に、僕は君の中のホテリアーを見つけた。

 -・・・ずっと、こうしていたいな。

ジニョンの細い腕とソウルホテルに抱かれて、
ドンヒョクはゆっくりと、温もりを味わっていた。

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