フランク・シンのオフィスの電話が鳴った。
「ヨボセヨ? ドンヒョクssi。 お仕事中に、ごめんなさい。」
「ジニョン ・・珍しいな。何かあった?」
「・・・あなたのオフィスの近くに、ええと、ハンガラムというビルがある?」
その時、街を救急車が走り、受話器の中からもサイレンが聞こえた。
「ジニョン! ・・・近くにいるの?」
VIP宿泊客の忘れた書類。会議に必要と頼まれて、届けに来たのだと言う。
ドンヒョクに教えられ道順を確認したジニョンは、サンキューと言って電話を切った。
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ドンヒョクの脳裏に、ヒールを鳴らして走るジニョンが浮かぶ。
―きっとそうだ。今、君はボウタイを揺らして走っているのだろう。
お客が自分を待っている時、君は走らずにはいられない。 My hotelier、車に気をつけて。
“お待たせしました。お客様”
“ああ、助かったよ。ソ支配人”
―どこのまぬけ男だ、ジニョンに届け物をさせるなんて。
―ああでも、忘れ物を持ってきてもらうという手はいいな。憶えておこう。
オフィスが集まるこの街で、わずか1ブロックほど離れた場所に
ソウルホテルから抜け出してきた僕のかわいいジニョンがいる・・・。
こらえ切れなくなって、ドンヒョクが席を立った。
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「ヘイボス?どこへ行くんだ?」
「ちょっと・・、ジニョンを連れてくる。」
「ジニョンさん? 彼女がボスに会いに来たのか?」
「いや・・・、仕事で近くまで来たらしい。」
呆れるレオを尻目に、ジャケットを抱えたドンヒョクが駆けていった。
数分後、制服姿のスレンダーな女性が、押し込まれるようにしてオフィスに入ってくると、
秘書やスタッフは、にこやかなボスの姿に眼を見張った。
「あ、あの・・初めまして。私、ソウルホテル支配人の ソ・ジニョンです。」
「ジニョン・・まったく。
“ソウルホテルの”はないだろう? 君の所属は、いったい何時になったら
“シン・ドンヒョクの”になるんだろう?」
とろけそうな笑顔でドンヒョクが笑い、ジニョンを自分の部屋へ連れて行く。
・・・・あのボスが、笑う?
驚愕と戸惑いを隠せないスタッフ達を横目に見ながら、レオが眼をつぶった。
「レオ!しばらく電話は繋ぐな、それからコーヒー。・・・で、いいかい?お茶かな。」
オフィスで見るソ支配人は、スーツが似合ってクールだと
ドンヒョクは上機嫌に眺める。
「座って。」
椅子に座ったドンヒョクが、恋人に向かって腕を拡げた。
「皆が、・・見ているじゃない。」
ジニョンがきゅっとにらんで、ガラスのパーテーションに目配せをする。
「大丈夫。あのウォールはミラーグラスだ。在室中、外から中を覗けないようになってる。」
さぁと促されて、ためらいがちにジニョンが恋人の膝に乗ると、
ドンヒョクが嬉しそうに腕を廻した。
きれいなオフィス・・・と、ジニョンが周りを見廻す。
そのアゴをつかまえて、ドンヒョクが恋人を自分に向かせる。
「オモ・・・」
「映画のラブコメディみたいだろ?ジニョンさん、オフィスラブはこうでないとね・・。」
まつげを伏せた優しい顔が近づき、ジニョンは唇をふさがれた。
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「あ~あ、キスまで始めちゃいましたよ。一体どうするんですか?」
スタッフがびっくりして見詰めている。
「見ない振りしててやれ。 『ジニョンさんで遊ぶ』のが、ボスの生甲斐なんだ。
丸見えなんだから、ボスだってアレ以上はやらないさ。」
やれやれとため息をついて、レオが書類をめくる。
「 “この壁、向こうからは見えないんだ。” とかなんとかウソ言って
後で怒らせるつもりなんだよ。」
パーテーション越しにドンヒョクが眼で笑いかけ、レオはしぶしぶウインクをした。
―まったくあれじゃ、ティーンエイジャーだ。
・・いつまでじゃれてるつもりかね。
「・・ボスって、ものすごく怖い方だと思っていましたけど、違うんですね。」
ジニョンを膝に乗せ、嬉しそうに何か話しているボスを見ながら、新しく入った秘書が笑う。
その言葉に、レオがきっぱりと、首を振った。
「いや、間違いなく、『ボスはものすごく怖い方』だよ。」
PCを開いて、諦め顔のレオが言う。
「・・・でもな、月が出ると、違うモノに変身するんだ。」