ボニボニ

 

My hotelier 59 - 敗北の日- 

 




「ドンヒョクssi? ジェニーは まだ厨房なのよ。送ってあげたら?」


フロントに姿を見せた恋人に 明るく微笑んで ジニョンが告げた。
「こんな時間に?」
「何だか 料理の練習をさせてもらえるんだそうよ・・。」


ドンヒョクが厨房を覗くと  料理長と目が合った。
がらんと片付いた厨房の隅にスツールを置いて 料理長は テジュンと酒を飲んでいた。

「ああ ・・・ジェニーに会いに?」

愛想もなく。 料理長が ドンヒョクを見て言葉を投げる。 
その言葉に テジュンがむっつりと振りかえった。

「・・・ええ。 まだ こちらにいますか?」
何だか 居心地の悪い場面に来てしまったと ドンヒョクが戸惑い顔になった。

あらオッパどうしたの? え? 今日はスクーターだから 送ってくれなくても平気なのよ。
何やらスリ身らしきものを 2本のスプーンで丸めながら 妹が陽気に笑った。
「料理長が ダンプリングの出来を見てくれるの。 オッパも食べていって。」
「・・・いや。 僕は。」


ガタン・・ 

無言のままで テジュンがスツールを1つ引き寄せる。
料理長が コップに焼酎をついで コン・・とテーブルに置いた。
「・・・安酒だけど。」
糸のような眼をハンターに向けて にこりともせずに料理長が言う。

「・・・・・・・・」

ほんの少しの 躊躇の後で  ドンヒョクが厨房に足を踏み入れた。

シン・ドンヒョクが グラスを上げる。
ハン・テジュンは 視線を合わせないままで 片頬で様子を聞いている。
「・・・いただきます。」

そっと横を向いて ドンヒョクが グラスを干す。
コンと置かれたグラスに 今度はテジュンが 新しく酒を注いだ。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」

男が3人寄り集まって 所在なさそうに 焼酎を飲み交わす。 
大好きな人達が 仲良く並んでいる様を ジェニーが嬉しそうに盗み見た。

やがて練習作が出来上がり  料理長が試食する。
「おお~ good! ・・・・・いい味だ。ジェニーは なかなか優れた味覚を持っているよ。」

―正確に言えば この兄妹は と いうことだな。
「テジュンと兄さんにも 食べてもらいなさい。」

「お、美味い。白身魚のダンプリングだよなぁ? ・・しっかりと磯の香りがする。漁師風だな。」
テジュンが にこやかに歯を見せて笑うと ジェニーがほどけるように はにかんだ。

料理長は 感情のうかがえない眼を 理事の方に向けていた。
照れくさそうにジェニーのダンプリングを口に入れたドンヒョクが 戸惑った風に 口を結んでいた。
「・・・・・・・・・・」

―・・・やはり この男は味がよくわかるな。
料理長は 感心してドンヒョクの表情を見ていた。 


ジェニーはダンプリングを漁師風に仕上げる為に 少々の “磯臭さ” を味に隠した。
それは多分何かの干物。 理事がああして黙り込むところを見ると  ・・・東海のスルメだろう。 

「・・・・・・・・」
「オッパ・・?」
「ん? ・・・・・・すごく 美味しいよ。たいしたもんだな。」
ジェニーは 兄の言葉ににっこりと笑うと 片付けの為に 背中を向けた。


― 娘ってものは 父親の懐にヒョイともぐりこめるからな。 息子は・・・そうはいかない・・か。
ダンプリングの隠し味に絶句した男に 料理長は 仕方がないなとため息を投げた。


「・・・・・理事。 花札はしますか?」

唐突に 料理長が言い  かちゃかちゃと花札の箱を取り出した。
その言葉に ぼんやりと テジュンが眼をあげる。 「・・・?」

「いえ・・・。したことがないですね。」
「頭がいいんだから ルールはすぐに憶える。」
札を配りながら 投げ出すように簡単に 料理長がやり方を教える。
じっと聞くドンヒョクが やがて こくりと頷いた。

「レートは 低くしておきますよ。」
「・・・・? 賭けるんですか?」 
「ほんの遊び程度で・・。 こういうことは 真剣にやらないとね。」

焼酎の酔いのせいか 少し頬を赤くした料理長がにこりと笑う。 
細い眼が笑って 人懐っこい顔になった。  

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「あら? ドンヒョクssiが 迎えに行かなかった?」
ジニョンが 帰り支度のジェニーに 声をかけた。

「今日私スクーターだから送らなくていいって言ったの。オッパは厨房で 焼酎飲んで花札してるわ。」
「誰が? ドンヒョクssiが 花札をしてるの?」
ジェニーが呆れた風に鼻を鳴らして かぶりを振る。
「テジュンオッパと3人で。 ・・・賭けているのよ。 ジニョンお姉さん 叱ってやって。」


「料理長と? テジュンssiと一緒に花札をしているの? ・・・・ドンヒョクssiが?」
ジニョンが キツネにつままれたような顔をした。
「・・・・・賭けて・・・ 遊んでいるの?」

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パシッ!

「来い・・・っと!ホラ引いた!悪いな役が高いぞ。 こりゃ理事にご馳走様だ・・なぁ。テジュン?」
「はは 白身魚のダンプリングどころか あわびが喰えますね。」

花札となると性格の変わる料理長が 陽気にやじる。
テジュンは 歯ぐきを見せて笑っている。
負けの込んだハンターは  むっつり 眉根を寄せていた。


「ドンヒョクssi・・・?」

私服に着替えて 厨房を覗いたジニョンが 呆然と男達を見る。
いい歳をした男達が いたずらを見つかったような顔をした。

「あ~あ、弁天さんが来ちゃったよ。こりゃ 俺達のツキが落ちるな。 ・・・もう 止めるか。」
料理長が さも残念そうに 場をかき混ぜた。
「まぁ。 私が来た途端に 止めなくってもいいでしょう?」

やめだやめだと料理長が立ち上がり テジュンが パタパタと札を片付ける。
「もお・・・ いじわるね。」
ジニョンが ぷんと 頬を膨らませた。

慣れた仕ぐさの男達の中で 何だか 1人ドンヒョクだけが ギクシャクと椅子を立つ。
そこへすかさず 料理長の声が飛んだ。

「理事!  “負け” 分は20万ウォンだよ。」
「!」

ドンヒョクが 杭で打ち付けられたように動きを止める。料理長が にっと笑った。
ジニョンがうろたえて 先輩に抗議をする。
「り・・・! 料理長! ホテルで賭けなんて ちょっと! テジュンssi!」

パサ・・・

ドンヒョクが 無言のままで小切手シートを取り出し サラサラと数字を書き付ける。
その姿をにんまり見た料理長が さも嬉しそうに 追い討ちをかけた。
「・・・いつもニコニコ現金払い。 悪いね。信用がついたら小切手で良しにしよう。」
「!」
憤然としたハンターが 拳銃でも出すように 札入れを取り出し
枚数を確認して 料理長にスイと差し出した。

「・・・・領収書は出ないよ。 “お客様”。 またのご来店をお待ちしています。」 

くっくっく・・と 後姿の テジュンが笑い
その背中に 氷の視線を投げつけたドンヒョクが くるりと踵を返して厨房を出て行った。
「ち、 ちょっと・・! ドンヒョクssi?  ねえ何よ もう! 料理長もテジュンssiも!」
ジニョンは  恋人と残る男達を交互に見て 慌てふためく。
わはは・・と 賭博師2人が 大笑いをした。

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「ねえ・・・ねえ!待って ドンヒョクssi!」

後ろから 恋人が呼んでいる。 愛しい人のもつれたヒール音に ハンターが歩を緩めて振りかえる。
「ドンヒョクssi! ねえ私 もう終わりなの。食事に行かない?」
「ジニョン?」
「・・はい?」
「花札というのは ・・・・どこで買えるのかな?」


え?え?花札? うろたえる恋人を いささか乱暴にタクシーに詰め込んで
すってんてんのハンターが 街へ向かう。

「ドンヒョクssi・・・。 20万ウォンって・・・ずいぶん・・・大負けしたのね。」
「タクティクスに疎かったのが敗因だ。 でも 次は絶対に負けない。」
真直ぐ前を見据えたままで 勝気なハンターが再起を誓う。
そのまなざしの真剣さに 思わずジニョンが吹き出した。
「ジニョン・・・?」 

―ドンヒョクssi。 ・・・・遊び仲間が出来たみたいね? 

厨房を覗き込んだときの 子どもの様な恋人の顔。
 
ふわりとジニョンの身体が寄って ドンヒョクの唇で キスがちゅっと音をたてる。
「!?」
あ然と恋人を見つめるハンターに ジニョンが いたずらそうに眼を見張った。
「今度は負けちゃだめよ。 やられた分は 倍にして取り返していらっしゃい。」

ことん・・とジニョンがもたれてきて ドンヒョクが 慌てて肩を抱く。
―僕が負けたのに ジニョンの機嫌が ・・・何だかいいな?
何にせよ 恋人が積極的なのは嬉しいことだ。 負け男がやっと機嫌を直す。

「ジニョン? じゃ・・とりあえず キスも倍でお返しを・・・・。」

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料理長は にこにこと  “素人さん”から巻き上げた金を数えていた。

「冗談で言ったら 本当に払ったな。 これで皆でぱあっと納涼会するか。」
「いいですね。でも あいつは負け嫌いだから 絶対またやろうって 言ってきますよ。
       ドンヒョクのことだから 研究してくるんじゃないですか? ・・次は 手ごわそうだな」
「本気のマネーゲームばかりしてた奴には 負けないさ。 こっちは遊びなんだ。」
「あいつ・・ 仲間と遊んだりしなかったでしょうからね。」

子どものように口惜しげに 負けていった男を 2人が笑う。

笑いが収まると ハン・テジュンが問いかけた。
「・・・でも なんだって急に 花札になんか誘ったんですか?」
「ん・・・・。」

にっ。 料理長が  糸のような眼で笑った。



「ドンヒョクは アボジが恋しくなっていたみたいだから。アジョシとヒョンが遊んでやったのさ。」

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