ボニボニ

 

My hotelier 60 - 臥薪嘗胆- 

 




サファイア・ヴィラの22時。 ジニョンが ふいと立ち上がった。


「ねえ ドンヒョクssi。 ・・・私 今日は帰るわ。」
「え!ちょっ・・と待って。 ・・・どうして?」
モニターから慌てて顔を上げたハンターが うろたえた。 

「・・・忙しいんでしょう? これだけ片付けてしまうからと言って もう随分経ったわ。
 忙しいのに 私の為に無理をしないで。 また来るから 今夜はお仕事を片付けたほうがいいわ。」

バッグを 取り上げるジニョンの腕を ドンヒョクが慌ててつかまえた。 


「すまない! 頼むから帰らないで。 僕が悪い。 30秒で終えるから・・帰らないで。」
「ドンヒョクssi・・・?」
「仕事じゃ・・・ ないんだ。」
「え?」

PCの前に戻ったドンヒョクが かたかたと何かタイプする。
画面に “あなたの負けです” のメッセージと 対戦者のコメントが上がってきた。
“いいんですか? 38連勝でストップですね・・”

ぱたん・・。 ノートPCを 閉じる。ドンヒョクの横顔がぎこちなかった

「ジニョン・・・ 本当にごめんなさい。気分を害しただろう? ・・・悪かったよ。」
ドンヒョクは恋人を抱き取って ソファに腰をかけた。


「練習の為に オンラインで対戦してたんだ。 ・・・・・・その ・・・・花札。」
いったい何事かと首を傾げていたジニョンの眼が まじまじと恋人をのぞきこむ。
「・・・・・・ひょっとして・・・この前 料理長に 負けたから?」

血も涙もないハンターが 眼を泳がせて 横を向く。
恋人の耳が 少し赤くなっていた。

「ドンヒョクssi・・・・」

― 本当に 負けるのが嫌いな人ね。これじゃ まるで子どもだわ。


「38連勝。もったいなかったわね。」
呆れたジニョンが恋人をからかうと ドンヒョクが とんでもないと抱きしめた。

テーブルの上には 花札のケースが置かれている。
ジニョンが そっと手に取った。 

「私も花札できるわよ。 家では お正月に皆が集まった時やるくらいだけど。 
 お餅を賭けたりするの。  ねぇドンヒョクssi? 上手くはないけど私と・・する?」
「“私とする?” なんて言われて 僕が断わるわけ ないだろう?」
「ドンヒョクssi! またそんな言い方。」

パタパタと花札を配りながら 突然ハンターが 嬉しそうに眉を上げた。

「ねえ ジニョン。 君 今日幾らくらい持っている?」
「お金? 12万何千ウォンかな? あんまり ・・ないけど?」
「じゃあ・・形だけ賭けようよ。 こういう事は 真剣にやったほうが面白い。」

― My hotelier  君の借金がかさんだら 身体で返してもらおうかな・・。
今日の迫り方を見つけたハンターが いそいそと ゲームを始めた。

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伏兵は・・・・・  意外な所に いるものだ。

「・・・・・・・」
「うふふ。 ドンヒョクssi かわいいワンピースが買えちゃうわ。」
シン・ドンヒョクの負け分は 今宵60万を超えていた。
「上手くないって・・・言ったよね?」
「ウソじゃないわ。 でも 強くないとは 言ってないでしょう?」


確かにジニョンは 花札が上手くない。まるっきりの運まかせだ。
・・・・だけど 彼女の場合。 驚異的に 「引き」 が強かった。

奇跡の様に 都合のいい札を引きあてる。 まるで 花札の山の中に召使が住んでいて
彼女の望む札を探しては  うやうやしく出してくるんじゃないかと思うほどだ。
「やった!3役! どうする?ドンヒョクssi。また勝ちね。」

― こんなのないよな・・・まるで神がかりだ。
「あ!」

“弁天さんが来ちゃったよ。こりゃ 俺達のツキが 落ちるな。”
 “私が来た途端に 止めなくってもいいでしょう?”

― 料理長が言ったのは そういう意味だったのか・・・・。

まったくジニョンという生き物は 僕の想像を いとも軽々と くつがえして見せる。
でも 不思議だな。 ジニョンに負けるのは・・・嫌じゃない。
― まあ・・・、 君には 始めから負けているから。


「ひどいな 結局マイナス72万ウォンだ。 賭けようなんて言わなければよかった。」
いささか呆れて ドンヒョクが笑う。 
これじゃ 厨房へリベンジに行く前に フロントで返り討ちじゃないか。

「あ!そうだ ドンヒョクssi。 お金はいらないわ。 身体で払ってくれない?」

― ジニョン。 君は弁天じゃなくて 優しいマドンナだ。
 君からそんな言葉が聞けるなんて。・・・ぼくは幸せ者だな。
「それは もう・・・。」


「今月のバンケット収支の表計算が めちゃくちゃになっちゃって もう全然判らないの。」
「・・・・・・・・・・・・。」
「これは・・・ほら 理事のドンヒョクssiじゃなくて 私の恋人として・・内緒で ね?」

にっこり笑ったドンヒョクが ゆっくり笑顔を引いてゆく。

「・・・・・・・喜んで 手伝わせていただくよ。
 知ってた? 僕 MBAも持っているんだ。 たぶんお役にたてると思う。」
「ホント? 嬉しい! 約束。」

可愛いジニョンが 白い指を立てる。 僕が指をからめて親指で判子を押す。
「ジー・・・。」
契約印をコピーした途端 ハンターに素敵なアイデアが浮かんだ。


「・・・・ねえジニョン。 君 僕のコンサル代って時給いくらだと思う?」
「え・・?」
「今日の負けは72万ウォンだ 。僕を1時間使うには 残念ながらそれじゃ足りないな。」
「え・・・・・?」

足りない分は ジニョンでいいからね。
「きゃっ!」
やっと今日のゴールに持ち込めた。 ハンターが 満足そうに獲物を抱えた。

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“勝てるゲームしかしないのは 負けるのが怖いからですか?”

・・・・・・あ・・・・ドンヒョクssi・・


ジニョンが 顎を高く上げる。
ハンターの唇が 首筋から その顎へと滑りあがっていく。

― そうだね ハン・テジュン。
僕はきっと 負けるのが怖かったのだろう。
負けてしまったら たった1人で 奈落に落ちるような気がして。

「ジニョン・・愛してるよ。」
「ん・・・・・」

― ハン・テジュン。 あなたが 負けを恐れないのは 
自分自身と支えてくれる人達の存在を 信じているからなのかもしれない。
僕は 今回大負けをした。 でも、
負けから這い上がるのは ・・けっこう 悪くないものだ。

「だけど絶対・・・次は 勝ってやるからな。・・ハン・テジュン。」

ばちん!
「!!」

うかつにも 考えていた事が口に出て。 
ドンヒョクの顔半分に ジニョンの手形が 綺麗についた。
「・・・・最低。 こんな時まで 花札の事を 考えているなんて・・」  
 
もういや帰るわ頭にきた離してよいやだってば。
愛しいジニョンが ばたばた跳ねる。大人しくなるまで押さえていなければ。
「どいてよ もう。 怒ったんだから どいて! シン・ドンヒョク!」
「ごめん!愛しているから許して。 ・・・・許してくれるまで離さないから 早くあきらめて。」

ぷりぷりのジニョンを押さえつけながら ドンヒョクが微笑む。


『臥薪嘗胆―がしんしょうたんー』
男が復讐を忘れないために 痛い薪の上に眠り 苦い胆をなめた。 中国の昔むかしの物語。
ノ・ジュヨンとハン・テジュンに 絶対のリベンジを誓ったのに。 ・・・僕ときたら
柔らかなジニョンの上で 甘い肌をなめている。

“だけど ジニョンは ドロー(札引き)の神様だ”
考えてみたら 貴女は 本当に「引き」が強い。
ソウルホテルを助けるために たった一人で海を渡って
間違いなく テジュンと僕を 引いてきた。


・・・ずっとこうして抱いてたら 君の力が伝染しないかな?


練習の次は 神頼み。 ハンターは着々と 駒を進めていた。

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