ボニボニ

 

My hotelier 84. - 奪ってゆく男 - 

 




出かける前に 2人の意思確認をしようよ。



「あ・・・・・。  ・・ねえ・・遅く・・なるから。」

「大丈夫だよ。」
万が一 反対されたら もう君を抱けないかもしれないだろう。
「そんな事 あるわけないじゃない。」


最後に越える 大きな関所。
ジニョンの両親に 今日は 会う。
僕の人生に こんな日が来るなんて。 僕自身が信じられない。

白くて すべすべの ジニョンの背中。
散らしたばかりの赤い所有印を ひとつ、ふたつ・・と 唇で数えなおす。


「ねえ・・ジニョン。 君のパパって どんな人?」
・・・2m30cmは 冗談だよね。


「う~ん。うちの父は ・・地中海式よ。」
「え?」
「“親の愛は海より深い”・・ってやつ。 まあ とても子煩悩な父ね。」
「・・・・・。」

なかなかしびれる情報をありがとう 愛しのジニョン。
僕は その子煩悩な父から 娘をかっさらってこなくちゃならないわけだ。
「ジニョン・・。 僕 英語しか話せないことにしようか。」


ぱちくりと。大きな瞳が ハンターを見る。
気の強さでは比類ないほどの男が 居心地悪そうに 照れている。

「その手は 効かないわね。・・・英語の教師なの。パパ。」
「!」
「裕福でもない家なのに 何で 私がネバダ大に留学出来たと思う?
 パパは教師だから 教育の重要性には 信念を持ってるの。 ・・だから
 “財産は残してやれないが 教育だけは 出来る限り与えてやる”って。」


ジニョンの背中に吸い付いたまま シン・ドンヒョクが固まっている。
「ねえ平気よ パパもママも。 私の選んだ人なら 反対なんてしないわ。」
「・・・うん。」

―『家族』という言葉に 向き合う度に  あなたは まだ不器用になる。
「ドンヒョクssi。 それとも 私をあきらめる?」
「それだけは・・ できないな。」

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ソウル市内から 小一時間。 ベッドタウンと呼ばれるこの街に
ジニョンの 両親が住んでいる。
近いと思うと なかなか帰らないの。 親不孝娘が 舌を出した。



「ジニョン お帰り! ドンヒョクさんもいらっしゃい。待っていたわ。」

彼女の母親は 実家の前で 待っていた。
ジニョンに較べると 背が低い。 ・・優しげな 親しみやすい雰囲気のひと。


「初めましてお母様。 シン・ドンヒョクと申します。」
「初めまして! キム・スヨンです。 ねえ ちょっと教えてくれない?」
「・・・・何 でしょうか?」
「“24個のパイの具になっている小鳥”って 何だかわかる?」
「は?」


「もうっ ママ! またクロスワードね?! いい加減にして。」
だって ジニョンの彼は ハーバード大卒なんでしょ?
「だからって・・!!」

「“クロツグミ”じゃないですか?  あの・・マザーグース・・」
「え? あ!そうか! ♪24羽のクロツグミパイに焼かれて・・ね?!
 ああ そうだわ! ク・ロ・ツ・グ・ミと。」
メモメモと ジニョンのママは書いている。


もうママ・・・。 相変わらずのクロスワード・フリークなんだから。
ジニョンの照れた苦笑い。 ドンヒョクが 柔らかく微笑む。

「ドンヒョクさん・・。じゃあねぇ。“ウインクをすると 歩行者が急ぎます”」
「・・・信号機?」
「あ!そうだわ! し・ん・ご・う・き。 やった! これで完成だわ。
 あ・・あら! 私ったら玄関先で。 さあさ どうぞお入りになって。」  


―間違いなく ジニョンは 彼女から生まれたな。
ほんのふた言で 客を温めてしまった。
この女性が これから 僕の3人目の母になる・・・。

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ジニョンの家は 贅沢ではないが趣味が良く 居心地のいい 場所だった。

―ジニョンの部屋と 似た匂いがする。
落ち着かない風にソファに座るドンヒョクを キッチンの母娘が盗み見る。


「ねえちょっと。ハンサムじゃない? どうして早く言わなかったのよ。」
「言ったら ママ 見せに来いって言うでしょ?」
「まあどうかしら この子は・・。 独占欲の強い女は 嫌われるわよ。」
「嫌われないわよ! すごーく愛されてるんだから! ・・・あ・・。」

友達の様な母につられて のろけてしまったジニョンが 照れる。
幸福そうな娘を まぶしげに見て キム・スヨンがつぶやく。
「貴女は すごーく ・・・愛されているのね?」
「ママ・・・・。」

それなら いいわ。

シューシューと 湧きだしたケトルをおろしながら
横顔の母親が微笑んで ジニョンの胸を 熱くした。

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「遅いわねえ・・パパ。 いったい何処へ行ったの?」

ジニョンが時計を見上げて言ったのは それから2時間も後だった。

形ばかりの挨拶の後は おしゃべり母娘がまとわりついて 
ドンヒョクは ジニョンが幼稚園のお遊戯会でやった役まで 
記憶の中に 叩き込まれた。


「変ねえ? 買わなくちゃいけない本があるって ちょっと出たのよ・・。」
「もう パパったら! 娘が彼氏を連れてくる日に 本なんかいいじゃない。」
ジニョンが盛大にふくれっ面をして ドンヒョクが そっと恋人を見る。
娘を見る青年の 愛しげな眼差しに スヨンが にこやかに安堵した。


「そうねえ・・ 電話してみるわ。」
困惑顔のママが 父親の携帯を呼び出す。
「もしもしパパ? ねえ何処にいるの? ドンヒョクさんが ずっとお待ちよ。
 ・・・え? ・・・まあ! パパ!」

あんぐり開いたママの口。 ジニョンとドンヒョクが 何事かと見上げる。
「パパったら! ・・もう 何言っているのよ! ちょっと!」
切っちゃったわ。 呆れたようにスヨンが 眼をつぶる。
「パパ・・どうしたの?」
「え・・。  あ・・あのね。・・・あの・・。」


思わないわけではなかったけれど。 僕は 認められないのかもしれない。
無理に微笑もうとしながら おずおずと ドンヒョクが口を開く。
「あの僕は ・・りっぱな経歴 というわけにはいきませんから・・。」

バン!

テーブルを叩き伏せるほど強く打って ジニョンが 受話器を奪い取る。
ものすごい勢いで 番号を打つと 
電話の向こうに捕まえた父親を 火の出るように怒鳴りつけた。


「パパ! 一体どういうつもり!ひどいわ!  ・・・・え?」
ぱちくり と ジニョンの眼が ドンヒョクを見る。
「?」
「・・ドンヒョクssiに 替われって・・?・・。」


これほど緊張する電話を 人生のうちで取ったことはない。

シン・ドンヒョクは まったく相手の手の内が見えないまま 話しはじめた。
「初めまして。」
「君が シン・ドンヒョクか。」
「はい・・。」

教師だという その人は  低く 良く通る声をしていた。

「君は 娘を 愛しているのか?」
「はい。 僕はジニョンさんを愛しています。」
はあ・・ と 電話の向こうに ため息が聞こえる。


「シン・ドンヒョク。」
「はい。」
「私は 娘の結婚相手について たった一つだけ 条件を出したんだ。
 “私の眼をまっすぐに見て ジニョンを愛していると言うこと”だ。」
「・・・。」
電話を通しても 感じる温かな声。 この人は良い父であり教師なのだろう。

「・・つまり。君が 私に会った時点で ゲーム・オーバーなんだ。
 君は その条件を 楽々とクリアするだろう。」
「はい。 ・・・え? ・・あの ・・・つまり?」
「だから 私は 君に会わない!」


プツン! ツーツー・・

どうしたの? パパと何を話していたのと ジニョンが心配顔でのぞく。
「くっ くくく・・・。」
「ドンヒョクssi?」

―最高だな。ソ・ジニョン。 君の家族は 最高だ。


「お母様。 お父様の行く本屋を教えてください。」
「私・・あの 一緒に。」
「いいえ。 僕が1人で行きます。」

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朝のランニングより軽やかに ハンターが 見知らぬ街を走りぬける。


ソ・ジョンミン。 愛しいジニョンの 父親。
これから 僕はあなたを 追い詰める。
申し訳ないが このゲームだけは 引き下がるわけにはいかないのです。

メインストリートの 大型書店。
初めての店を 迷いのない足取りで シン・ドンヒョクが進む。
目指す書架を見つけると そこにいた男性の前へ 確信と共にすらりと立った。

「・・・何か?」

いぶかしげに誰何する人へ ハンターは まっすぐ眼を向ける。
「僕は ジニョンさんを 愛しています。」
「うっ!」
「結婚を ・・・許していただけますか?」


はあ・・・ と 深いため息が またひとつ。
「どうして 私がジニョンの父親だとわかった? 写真でも見たのか?」 
「いいえ。」
「じゃあ・・何故?」


戦う者がするべきことは 敵を知る事です。
ドンヒョクは 男性が読んでいた本を 指さす。
『Merger and Acquisition』


「M&A。 それは ・・・僕の専門です。」
「・・奪っていくのか。」
「永遠に。」

はあ・・・。 今日3回目の そして最後の 大きなため息。
敗戦の将は腕をひろげ 自分より少しだけ背の高い 娘の恋人を抱きしめた。


「今日から 君は 私の息子だ。」

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