ボニボニ

 

My hotelier 104. - 指輪の女 - 

 




「う・・・そ・・・・・。」



ショーケースを覗きこみ ソ・ジニョンは思わず叫ぶ。
178万ウォン? ひゃく ななじゅう・・・はちまん?


神経痛が出てしまったお得意様に代わって 買いにやって来たガラス玉。
『安いガラス玉』だって言ったじゃない・・・。 お金を取りに帰る時間 あるかしら。
「仕方ない。カードで ・・あ! だめだわ。」

カードは事務所のバッグの中じゃない よりによって・・。
途方にくれて 店の前に立つと 
ワンブロック先に ドンヒョクのオフィスがあるビルが 見えた。


Ring Ring Ring・・・♪

携帯が 奇妙に 軽い音で鳴る。
シン・ドンヒョクが どんな時でも必ず取る着信音。 

「ジニョン! 珍しいね。 今は仕事中じゃないのかな?」
「ええ・・。 あの ドンヒョクssi オフィスにいます? 今 近くに来ているんですけど。
 ちょっと・・・・・お金を 貸してくれない?」

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ビルのエントランスに ジニョンが もじもじ入って来た。


「Mr.シンのオフィスに お伺いしたいのですが。」

総合受付の女性は ちらり とジニョンの服装を見る。
制服に コートを羽織ったその女性は  デパートか銀行の女性社員に見えた。
「失礼ですが どちら様でしょうか?」


ええと・・。  どう 言えばいいの? この場合。

“ソウルホテルの”ソ・ジニョンですと言って 前に叱られたわ。
“シン・ドンヒョクの妻”です というのも 恥ずかしい。
「ええと・・ ソ・ジニョンと申します。」


所属を言わない来客に 受付嬢が いぶかしげな眼を向ける。
ドンヒョクのオフィスをコールして来客を告げると 
電話の向こうが ドタバタと騒がしくなった。
オフィスのスタッフが 慌てたように返事をする。
「ええと。 ボスが 今 そちらへ行きました。」


―え・・・? 

受付嬢が 唖然とする。 ボスって・・まさか Mr.シン?


「・・・あの こちらへ いらっしゃるそうです。」
「あ はい!  すみません。」
信じられないものを見るように 受付嬢が ジニョンを見る。
ほどなく ポゥン♪・・とエレベーターが開き シン・ドンヒョクが降りてきた。
「ジニョン!」
「ドンヒョクssi・・。」


ごめんなさいね お仕事中に。  あの・・
「だめだな。 話は僕のオフィスに来ないと 聞いてあげられない。」
さあ おいで。 ハンターが妻の肩を抱く。
その時受付嬢は Mr.シンと同じ指輪が 女性の指に光っていることに気がついた。


―な・・んで? 

2人の姿が エレベーターに消える。
きょろきょろと周囲を見回して 受付嬢が 受話器を取る。 



「本当に 同じ指輪?」

「多分。 彼の指輪って 端にちょっと色が入っていたでしょ?」
・・・でも。  だって その女 どこかの会社の制服を着ていたんでしょ?
“財閥令嬢”が その辺で働いているってわけ?

「そんなの知らないわよ。でもね・・・。」
「なに?」
「Mr.シンは エレベーターから ・・ものすごい笑顔で “駆けて”きたわ。」
うそ・・。 
“アイスマン”の Mr.シンよ? 人違いじゃないの?


女が本気で伝達する噂は 光速で ビルを駆けめぐる。
ドンヒョクが ジニョンをオフィスに連れ込んだ頃には 複数のフロアで
「Mr.シンと同じ指輪をした女性」のことが 囁かれていた。

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まったく いい加減にしてくれよ。

呆れ顔のレオが モニター越しに 
乳白に曇ったパーテーションをながめている。
オフィスの中でドンヒョクは 札束を餌に 新妻のキスをせびっていた。


「・・・もう! いい加減にして ドンヒョクssi!」

「ジニョン・・?」
「お客様が 欲しがってらっしゃる 1点もののブローチなの! 
 売れちゃったら大変なのよ。 もう結構です! あなたには 頼みません。」

ぷうっと 派手なふくれっ面。
ジニョンが 踵を返して 帰りかける。
その背中に聞かせるように ハンターが 電話で話し出す。
「“ガレリア・クリスタル”の支配人を頼む。 ・・シン・ドンヒョクです。」


ぴくり。

ジニョンが うなじを見せて立ち止まる。
―このアングルから見るジニョンは 最高に セクシーなんだ。
受話器を片手に デスクに腰かけたハンターは 愛しい人をじっと見つめる。


「ええ テディベアのブローチです。 そう 店頭に出ている奴。
 178万ウォン? ああ、それです。取り置きして下さい。どうもありがとう。」
「・・・・。」
そっと 電話を切った後  ドンヒョクが 妻の背中に声をかける。
「怒らせたのなら謝るから。 ・・僕に頼まないなんて 言わないでくれ。」
「・・・・。」

まだ少し機嫌をそこねた顔をして ソ支配人は 振りかえらない。
おずおず近づくハンターは 横から顔をのぞきこみ 大丈夫かな?と抱きしめる。
「君が 頼みごとをしてくれるなんて珍しいから 嬉しかったんだ。」
「・・・・・。」
「悪かった・・。」

許して くれないかな?
ジニョンのうなじに ドンヒョクの甘い謝罪が吸いつく。
ソ支配人は 吐息をひとつ。 抱かれた腕の中で ゆっくりと振り向いた。 

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ほんのり頬を赤らめて ソ支配人が廊下を歩く。
華奢な腰を抱きながら シン・ドンヒョクが寄りそって歩く。


エレベーターホールに 2人が来た時
「!!」
そこに並んだ女性の1人が 派手に書類を滑り落とした。
「オモオモ! 大変! 大丈夫ですか?!」


ジニョンが慌ててしゃがみこんで せっせと書類を拾い集める。

「まあ こんなに。 ねえ ドンヒョクssiも拾って!」
「え? あ うん・・。」
ドンヒョクは 長い脚を折って 言われるままに書類を拾う。
書類を落とした張本人は 具合でも悪いのか 呆然と立ち尽くしている。

「これで全部ね? 大丈夫ですか? ・・・あの お加減でも?」
「え? あ・・す・・みません。」

♪ポゥン・・

エレベーターのドアが開く。  じゃあ ありがとうドンヒョクssi。
「下まで送って行くよ。 いや・・ホテルまで送ろう。」
ダメよ 仕事中でしょ? もう戻って。
ジニョンに背中を押し返されて ドンヒョクが不満顔で ホールに残る。


「乗らないのですか?」

書類とともに立ち尽くす女性たちへ ジニョンが にっこり小首を傾げた。
「あ・・いえ・・。 どうぞ。」
それでは とソ支配人が 開延長ボタンを離す。
ドアが閉まる 寸前に こらえきれないハンターがエレベーターへ滑り込んだ。

「オモ!」
「やっぱり 下まで送ろう。」
「もぉ・・・。」
「ふふ・・・ ジニョン キスしようか?」

新婚夫は 狭い所で ここぞとばかり妻に迫っていた。

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「たまげたわね・・。」

上のエレベーターホールでは 女と同僚が 呆然と話す。
「信じられない。 ・・Mr.シンが しゃがみこんで書類を拾ってたわ。」
「“ねえドンヒョクssiも拾って!” ・・だって。」
「氷のドンヒョクに向かって あんなことを言えるなんて・・・。」


Mr.シン。
奥さんをいそいそ追っかけて 行っちゃったわね。
「・・あれが 政略結婚?」
「ちょっと ・・違う感じなんじゃない?」
「・・ていうか。あれがMr.シン?」 
「ちょっと ・・違う感じなんじゃない?」

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「もぉ! だめだってば。 人が見るもの。」

クローズボタンを押していれば ドアは開かないよ。
「ジニョン?」
「え?」
「君は “だめ”と言うけれど。 “いや”とは 言わないね?」
「!」

ジニョンの顔に 朱がはしる。
真っ赤になった隙につけこんで ハンターが妻を抱き寄せる。
「キスしか しないよ。」
「それ以上は “いや”です。」

それは残念 でも僕は紳士だ。  妻の嫌がることを 今は しない。



「? このエレベーター遅いな?」
「フロアについていないの? 開かないわね?」
グランドフロアの エレベーターホール。
1台のエレベーターのドアが開かない。


ポウン・・・

やっと しぶしぶ ドアが開く。
「・・・・・。」
「・・・・・♪」
うつむいて赤い頬の女性に そっと手を添えてハンターが降りてくる。

「もうここで・・。 あの・・ 助かったわ。ありがとう。」
「It’s my pleasure♪ また いつでもどうぞ。」
何が It’s my pleasureよ。 きゅっと 可愛くにらみつけて ジニョンが小走りに去ってゆく。
ぴらぴらと 胸のところで手を振りながら 愛妻家が妻を見送っている。


―さてと お楽しみは もう終わりか。

踵を返すドンヒョクから 笑顔が すうっと引いてゆく。
愛しいジニョンは 帰ってしまった。
むっつり乗り込むエレベーターの中。
ブレイクの終わったハンターは やっと 仕事のことを思い出す。


片手をラフにポケットへ挿して うつむきがちな考えごと。
シン・ドンヒョクの周囲には 声もかけられないオーラが揺れる。


―・・・・・さっきのデレデレと 同じ 人?

エレベーターの 隅にたまった女達は 
静まりかえる長身の男を 目玉だけで 見つめていた。

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