ボニボニ

 

My hotelier 110. - ウイークポイント - 

 




“ウィークポイント” などというものを 持てるのは
 恵まれた人間の 贅沢だ。


 一匹狼のハンターにウィークポイントなど  あっては ならない。


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モードと美酒を支配する ラグジュアリー・プロダクトグループ『LVNH』が 
小さな企みを  アジアに 仕掛けた。



シンガポールが誇る 高級老舗ホテル 『ラグリマ・アネックス』の 買収劇。


彼らの書いたシナリオは なかなか 狡猾に出来ていた。
まず 日本か韓国のM&Aハンターが この老舗ホテルに狙いをつける。
株が20%近く買い占められた時点で 警戒警報。

スクランブルで 老舗ホテルがパニックになった危機に
『LVNH』グループが ホワイトナイト(=窮地を救う白馬の騎士)として 名乗りをあげる。
禿げ鷹のようなハンターは 『LVNH』グループの財力に恐れをなして退散。

その後・・

アジアの宝石『ラグリマ・アネックス』は『LVNH』グループの手を借りて
お洒落でラグジュアリーな「ブランドホテル」として 再生する。


話題性と友好的買収。 それは一見 巧妙で素敵な作戦だった。


このシナリオが まったく予想外の展開を見せた原因は
『LVNH』のエステート事業部が 秘密裏に手配したハンターが 

“キング・オブ・レイダース”  フランク・シンだったことによる。

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「37%?! わずか2週間で 37%を取得したというのか?」

『LVNH』東南アジア担当プレジデントが デスクを叩く。



「20%未満 ・・15~6%での攻防にするはずだったろう!」
「す・・すみません。」
エステート事業部の役員は 恐縮しきって頭を下げた。


韓国の無名なハンターを使ったのですが 信じられない程仕事が早くて あれよあれよと言う間に・・。
「いったい 何という奴だ?」
「シン・ドンヒョク。  韓系アメリカ人で アメリカン・ネームは   ・・フランク・シンです。」


ガタ・・ン・・

ヴァイス・プレジデントが ぽかん と口を開ける。
プレジデントは 資料のファイルを 取り落とす。
「フランク・シン・・・だと?」
お前 フランク・シンを使ったのか? 一体 何年この世界で仕事をしている?

「買収を止めさせろ! 今すぐだ!」
「そ・れが・・。仕事が始まったら完遂まで一切干渉をしないという契約を結んでいます。
 もしも途中で買収を止めるならば 莫大な違約金がかかります。」


「は・・・。」

フランク・シンというハンターは  決して ゲームを落とさない男だぞ。
奴が 韓国に拠点を移したというのは 本当だったのか。


「どうします? プレジデント?  このままでは『ラグリマ・アネックス』は
 “『LVNH』グループが 内密に雇った” フランクの手に 落ちます。
 友好的買収も ホワイトナイトのイメージアップも パーですよ。」

重役達は ごそごそと 額を集めて相談をする。
やがて中の1人が 韓国財界キーマンの名前を 思い出した。

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「フランク? ふん あのちんぴらレイダースか? ・・・・え?」


『LVNH』東南アジア担当プレジデントからの すがるような電話を 
デブ2は ニヤニヤと聞いていた。
―『LVNH』グループに 大きな恩を売れるチャンスなど めったにないな。

「まぁ・・ 私に お任せいただこうか。」

ドンヒョクのお陰で いい眼を見られそうだな。  デブ2は にこにこ腹を揺すった。

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「・・・・『LVNH』がホワイトナイト? 私のクライアントですよ?」


シンガポール ビーチロード。
はるばる 『ラグリマ・アネックス』のスイートルームを訪れたデブ2は
どうぞと言われないうちに ソファの真ん中へ身を沈めた。


「だから『LVNH』の茶番だったんだよ。 奴ら かませ犬のつもりで虎を雇っちまった。」

君の買収した37%は 我がグループの信託銀行が 買い受ける。
その信託銀行が『ラグリマ・アネックス』にM&Aを仕掛け 
ホワイトナイトの『LVNH』に 敗退してみせるという 筋書きに変更だ。

「馬鹿馬鹿しい・・。負けるゲームじゃない。」


「なあドンヒョク 解ってやれよ。 この茶番が世間にばれたら『LVNH』は袋叩きだ。」
「自業自得ですね。」

ビジネス・ルールの問題です。
違約金を払うから 手を引いてくれ? 

「冗談じゃない。」


お引取りください。 「仕事」が残っておりますので。
なぁボス・・。  小さなレオの困惑を ナイフのような視線で刺して
ドンヒョクは ノートパソコンのモニターを開ける。



カタカタカタカタ・・・・

「『LVNH』だって 君の凄腕を思い知らされたはずだ。 今回の事が全部うまく収まれば
 業界内で 君の評判はまた上がるだろう?」

カタカタカタカタカタカタカタカタカタ・・・・


「つまらん茶番からは利益だけ受け取って さっさと“スウィート・ホームに”帰るってのは どうだ?」

カタカタカタ・・・


「あんなでかい家に 奥さん1人じゃ ・・夜が 無用心じゃないかなあ?」

カタ・・


あ~・・・そうそう。一昨日 ソウルホテルに行ってねぇ。
ソ支配人と会ってきたんだ。 なんだか 寂しそうだったなあ。
デブ2は  さも嬉しげに ヴォイスメモを再生する。

“ソ支配人も 愛しい旦那様がご出張では 独り寝が寂しいねえ。”
“オモ 頭取ったら・・。 たまには 独身気分で 良いですよ。”
“お! じゃあ 今夜あたり一杯どうだい?”


バン!

頭取が ビクリと身体を固める。
眼鏡の底を白く光らせ シン・ドンヒョクが 刃の様な眼で にらみつける。

「あ・・こ・・・断られたよ・・。 帰って “君からのメールを見るのが楽しい”そうだ。」
ひくり・・。 ハンターの目元がわずかに揺れる。
「当然ですね。 私の“妻”は 貞淑です。」
「も、も、・・・もちろん そうさ。  シン・ドンヒョク。」

だけどな。
「ソ支配人というホテリアーは お客様に それはそれは 優しいのだよ。」
その優しさに付けこむ奴は きっと 後を 絶たないだろうなあ・・。


は・・。 
椅子に沈んだハンターが ゆっくりと 眼をつぶる。
ああ そうなんだ。  僕の たった1つの ウィークポイント。
まったく君は そんなにも無防備で ・・・温かい。



「取得株式37%。 当日相場に20%を乗せて 買っていただきましょうか。 もちろん 違約金も。」

「助かるよ シン・ドンヒョク! これで 私の顔が立つというものだ。」
ハンターの気が変わらないうちにと 頭取が急いで 契約書を取り出す。
金額を確認したレオが ヒュウ・・ と 小さく口笛を吹いた。


「頭取に ウィークポイントを突かれるとは 思いませんでしたよ。」

さらさらとサインをしながら ドンヒョクが 口の端を薄くあげる。
―まったく このタヌキめ 腹の立つデブだな。


満足そうな頭取は 慎重にサインを確かめる。
「シン・ドンヒョク。 守るものが出来ると そこはどうしても弱点になるものだよ。」
それから 頭取は真顔になって まっすぐハンターに向き合った。


「・・・その分 守る者が出来た奴は 強くなる。」


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サファイア・ハウスの 午後10時。

ジニョンが 家に帰って来た。


カチャリと鍵を開け エントランスホールに明かりを灯す。
鼻歌まじりにリビングへ向かい カチリ とスイッチにタッチした。
「お帰り。」

きゃあああっ!      あ? ・・・・ドンヒョクssi?


ああ 驚いた。 心臓が止まるかと思ったわ。

「それは 危なかったな。 新婚早々 妻に先立たれるところだった。」
ソファに長い脚を組み ハンターはじっと妻を見る。
「帰国予定は 来週だったでしょう? ・・どうしたの?」


ジニョン? こっちへおいで。 
差しのべられた手を取って 横に座るジニョンが 小さく首を傾げる。
「君が・・ 心配になって。」
「え?」

カチ・・ ヴォイスレコーダーが再生を始める。

“ソ支配人も 愛しい旦那様がご出張では 独り寝が寂しいねえ。”
“オモ 頭取ったら。 たまには 独身気分で 良いですよ。”
“お! じゃあ 今夜あたり一杯どうだい?”


「!」
「・・僕がいないと すぐに ロクでもない奴らが すり寄ってくる。」


オモオモ何よこれちょっと聞いてドンヒョクssi私絶対あなたにやましい事なんかしていな・・
機銃掃射のように弾け出す 可愛い人の言い分を
大きな腕で包み込んで ハンターがキスに閉じ込める。
「・・んん・・・。」

いいんだ ジニョン。

君を 疑ってなんかいないよ。 だけど
「少しだけ ショックだったかもしれない。 ・・・独身気分で 楽しい なんて。」
「た・・楽しいなんて 言って・・いないわよ。」
「・・・・。」

「あなたがいなくて 寂しいなんて お客様には 言えないじゃない?」



・・・・本当は そりゃあ ・・寂しかったわ。
「・・・・。」
早く帰ってこないかしらって その・・。
「・・・・。」

視線をそっと逸らしたままで ハンターは じっと静まりかえる。
怒って・・いる の?  My hunter。  ・・・ねえ? 私 本当に 寂しかったのよ。

「1人で寝ると ベッドが 冷たかったわ。」
「旦那様が 恋しかった?」
「え? あ・・の・・ ええ・・そう・・ね。」

― その言葉を 待っていたんだ。

きゃっ!
「それでは 奥様。 君の寂しさは 僕が早速埋めてあげよう。」

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「・・あ・・あ・・・   ねえ・・・ドンヒョク・・ssi。」
「うん?」

僕は君の ホワイトナイトだからね。 困ったことなら なんでも言ってくれ。


「もう・・おしまい。」
「遠慮しなくて いい。 君の為に シンガポールから 飛んできたんだ。」

まっすぐに 射抜くような 強い視線。
磔にされたジニョンは 怖々と 夫を見上げる。


「ドン・・ヒョクssi? ・・・私のせいで 何か・・お仕事が・・あ・・ 上手く行かなかったの?」
「いや。 予定より 早く終わったよ。」
「・・・じゃあ ・・その ・・あ・・ぁ・・  ・・損・・をしたの?」
「いや。 報酬は多くなったくらいだ。」


何だかドンヒョクssiに 悪いことをしたような気がして つい 甘えてみたけれど
ええと・・?
じゃあ 何か 問題があるのかしら?

大きな腕に 抱かれながら ジニョンはきつねにつままれたように 首をひねる。


―・・しかし よく考えてみれば  今回のことは 悪い取引ではなかったな。
  デブ2の顔を立ててやるのも この先 損になる話じゃない。


じゃあ ジニョンは ウィークポイントじゃなくて ボーナスポイントだったかな?

「・・あ・・・・ な・・に・・?」


何でもないよ。 さあ 行って。
愛しい 愛しい 僕の“弱点”。
どうやら僕は “ウィークポイント”を持つという 贅沢ができるようになったみたいだ。 


笑みを浮かべたハンターは ゆっくり髪を撫でながら ジニョンのこめかみにくちづけていた。

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