ボニボニ

 

My hotelier 144. - 楽園 - 

 




アクアマリンの海に向かって デッキチェアーが置かれている。

吹き寄せる風に髪を梳かせて サングラスの男は くつろいでいた。 


僕が フランクと呼ばれていた頃  
バカンスは 「退屈」の代名詞だった。
“空っぽになんかなって いったい何が楽しいのだ?” 

せっかく極限まで張り詰めた ゲームの緊張があると言うのに。





そして 今。

空っぽになった僕の中に ジニョンだけが 満ちている。
隣室の天蓋ベッドのすきまから きれいな脚が見えている。
なんて素敵な エンプティ。 このまま 時間が止まってもいいな。


・・・・ぅ・・ん・・・

行儀の悪い白い足が伸びて 気持ち良さそうにシーツをすべる。

My hotelier,  困った君だな 朝からそんな誘惑をするなんて。
「仕方がない。 僕は紳士だ レディのご要望とあれば 断わることはしない。」

口の端を小さく上げて ハンターはベッドへ歩み寄った。
アッパーシーツを持ち上げて そっと隣へすべり込む。
うなじへ唇を押し付け 温かく眠る身体の奥へ 悪戯な指を挿し入れた。
・・・ひっ・・・


ジニョンが小さく跳ねるのを 待ち構えた腕で捕まえる。
「わがままな奥さんだな。 少しは 僕を休ませてくれよ。」
・・え?・・・・な・・に・・?

まったく 惚れた身は辛い。 

ハンターは 勝手なことを言いながら  恋しい人を愛撫する。
きしむ身体はすぐに潤んで ジニョンの息が溶け始める。
・・・もういいかな? 甘い痙攣を確かめてから ドンヒョクが陽気に腿を割った。


「・・・ひどいわ。」
「ひどくない。 愛しているんだ。」

天蓋から下がる 薄い白布が 2人に合わせてふわふわと揺れる
少しむくれたジニョンを抱いて 嬉しげな背中が動いている。
最高だな。 ここにはインカムのコールもない ソウルは 遥かな北半球だ。


“・・・?”

不思議な違和感。 ここには決してあるはずのない匂いがする?
しっかり獲物を抱き直して ハンターがけげんな顔を上げた。
「・・・なあに?」
不機嫌を装っていたことも忘れて ジニョンが 恋人に腕をまわす。

「ん、いや 気のせいかな。  ふふ・・ ジニョン 機嫌は直った?」

------


だ・か・ら 政治家なんかと。 私は 旅行したくないんだ。

「南の島だぞ! 貴君は なんだってキムチなんか喰っているんだ!」
「作らせるの大変だったんだぞ。 検疫で持ち込めないからな。 ・・いるか?」
「いらん! この気温じゃ発酵するだろ? 隣のコテージまで匂いそうだ!」

食いしん坊のジニョンが “分けてくださーい”って来ないかな。
くっくっく・・


「しかし ここはいい所だな。 あのチンピラも ホテルに関してはさすがプロだ。」

リゾート好きの銀行家は 巨体にサングラスで横たわる。
重厚なウッドのデッキチェアの上で 彼はマフィアのボスに見えた。
「国際金融会議にかこつけて こっちへ回って 正解だったろ?」
「まぁな・・。 それにしても ジニョンに会えないなあ。」


まったく あのならず者と来たら 部屋にこもっりきりじゃないか。
ハネムーナーでもあるまいし つくづく けしからん奴だ。

「ジニョンはサーヴィス業だからなぁ。 きっと 日焼けをしたくないんだろう。」
日ざかりを過ぎれば出てくるさ。なんたって ここのレストランは
「ジニョンの好きな・・」「・・・貝がウマい。」
くっくっく・・・

-----


ぞく・・

プールサイドのドンヒョクが 不機嫌そうに眉を上げた。
何だろう? いきなり背中に 悪寒がした。
「・・・気のせいだな。」

楽園の昼は 見事に晴れて ハンターは長椅子でペーパーバックを読んでいる。

可愛いジニョンはマッサージをしに ひとりでスパへ行ってしまった。 
念入りに磨きあげた彼女を連れて 今夜は ナイトクラビングでもしよう。
ここなら いつもより大胆なドレスでも かまわないかな。

ふふ・・

ドンヒョクは 筋肉質な肩を上げて頭の後ろで腕を組む。
通りがかったビキニの美女が 見事な身体へ視線を送った。


「見たか? あいつめ ジニョンというものがありながら 女なぞ誘って。」
「ふん。狩りは奴の本業だからな。 ・・・しかし すごい胸だな。」
「女?」
「・・・いや ドンヒョク。」 

一体何を喰ったら あんな身体になるんだろう。
ジニョンって モムチャンが好きなのかなあ・・


棕櫚でふいた丸屋根が南国らしいバーカウンターに 2つの小山が 並んで座る。
やたらと派手なアロハシャツは ここでは いっそ紛れて見えて
ちらりとバーを見たドンヒョクの眼に 肥った奴らは写らなかった。

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「ねえねえ!ドンヒョクssi!ここのレストラン ロブスターが最高なんですって!」

「・・・・・・」


どうやら うちの奥さんは スパで情報を仕入れて来たらしい。
ロブスターだって?
My hotelier・・・。  君という人は徹底的に 「海に来たらシーフード」なんだな。


「そういえば カンウォンドでは カキとハマグリに当ったね。」
「・・・・・・」
「夜中に救急車で 運ばれたっけ。 心配したな。」 
「・・・・・・」


メタルフレームのすき間から見ると ジニョンの頬が膨れている。
うつむいたうなじに髪がこぼれて ハンターの胸に 愛しさが満ちた。

はぁ・・・

今夜予約したレストランは ラムが旨いと言っていたけれど
羊の足は4本で ・・・・ロブスターの半分以下だよな。
教訓、 『妻の機嫌がうるわしいこと。 それが人生幸福の秘訣。』
「ジニョン? “サシミ”は止めておこうね。まだ休暇は 半分以上あるから。」



「行・き・ま・しょ! ドンヒョクssi♪」

その夜ジニョンが選んだのは ホルターネックのシンプルなワンピース。
腕にビーズのバングルがひとつ、 とてもシックだ。 だけど・・・

ごくり・・と 思わず喉が鳴るのは 背中の開いた服のせいじゃない。
My hotelier,  君の その表情。
“・・・・今夜はやけに エロティックだな。”


「私ね いっぱい食べたいの! 大きいのは これくらいあるんですって!」
ソウルじゃそんなに大きい海老には 絶~っ対 お眼にかかれないもの!!
巨大なロブスターへの欲望に ジニョンの瞳が 怪しく輝く。

・・・そっちか 君の求めるものは。



肉感的な唇を薄く開いて 舌なめずりでもしそうだな。 妖艶な妻の腰を抱えて
ドンヒョクは笑いをこらえている。

ぎらぎらと期待に満ちたジニョンを連れて 歩くのはとても楽しいよ。
出来れば君のお目当てが海老じゃなく 僕なら もっと嬉しいのだけれど。


それでも幸せなハンターが レストランへやって来た。
グリーターに案内された席は奥まって なかなか感じのいい席・・・・・じゃなかった。

「・・・最悪だ。」

パルドン? ムシュー?
「・・・いや 君のせいじゃない。」
「???」

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やあやあ!ドンヒョク! どうしたんだ? こんな所で奇遇だな!!

「オモオモ?! Mr.ジェフィー? オモ! 頭取もご一緒なんですか?」


小山のようなVIPが 2人。
Reservedテーブルの隣の席で 盛大に宴を開いていた。
「どうした? 君らもバカンスか? いやー! これは偶然だなあ。」

はぁ・・・
そんなタワケた言い訳が通用するのは せいぜいソウル市内だろう?
ジニョンを2人から遠い側に座らせながら ハンターは目まいをこらえていた。

「おお~! ジッニョ~ン! そのドレス。 素敵じゃないか。」
「うふん そうですか? ありがとうございます。」
・・・・ゴク・・ン・・・・


「?」
唾を飲み込むトド達に ドンヒョクが 不思議そうに眉を上げた。

「・・・いや その なんだな ソ支配人。」
「何だか ・・・今夜は君 随分・・・・ その 綺麗だねぇ。」

騒ぎまくっていた VIP達が いささかきまり悪そうに静まった。
2人とジニョンを見比べて ドンヒョクは 危うく噴き出すところだった。




テーブルの上に肘をついて 妖艶な女が座っている。

むき出しの肩はスパのおかげで 真珠のように光っている。
組んだ指に顎を乗せて キスを誘うような唇と 猫のようにきらめく瞳。
見たこともないジニョンの姿態に ふたりのVIPは戸惑っていた。

くっくっく・・・


どうやらこいつら「欲望に燃えるジニョン」を 見たことがないみたいだな。
すごいんだぜ。 ・・・何しろ 風呂と海産物にだけは。

「ジニョン? せっかくだから お2人とご一緒しようか?」

ことさら余裕のハンターが 愛しい人に甘く聞く。
ジニョンの視線は 隣のテーブルの 貝やらフルーツをちらりと見る。
その時。 すかざす耳元へ ディーラーが最強のカードを投げた。

“それともここで テーブル一杯になるという特大ロブスターを 2人で食べる?”


「ドンヒョクssi・・あの 私たちはここで2人で。 ・・ね?」
「!!」「!!!」

あんぐり。 思いがけないジニョンの言葉に VIPの顎が 大きく落ちた。
頬を染めた食いしん坊は 恥ずかしげに この上なく艶やかだ。
「そう? ・・・では すみません。 僕たちはこちらで。」
「あ?・・ああ! もうそれは。」「なあ・・。」


南の島のレストラン。 ボーイが 巨大な海老を運ぶ。 

隣の席では トドとカバが ぼんやり口を開けている。

「さすがに 大きいね。」
「うふん・・」
お分けしましょうか? ギャルソンの申し出を ドンヒョクはにこやかに断わった。

ハンターは ジャケットを脱いで カフを2つ折りあげる。
「ジニョン? 分けてあげよう。」
大きな手がロブスターをつかみ 殻の継ぎ目で折り曲げる。
外れた殻から 白い身が見えると ジニョンが甘いため息をついた。



“・・・おい・・・”

“うん・・・”
“・・どういうことだ? ソ支配人の あの色っぽさは?”
こそこそトドとカバがささやく。 ジニョンときたらドンヒョクにメロメロだぞ。

どこが肩だかわからない肩をすくめて VIPはこっそり振りかえる。
ドンヒョクをからかってやるつもりだったのに
こんなに2人が熱々では 当てられにきたようなものじゃないか。



“ふふん。 どうだい僕のジニョンは? 呆れるほどに情熱的なんだぜ?”


片眉をついと上げた男が 隣へ 勝ち誇った視線を投げた。

今夜は 僕の勝ちみたいだな。  「・・・海老の威を借りた勝利でも。」 

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