ボニボニ

 

My hotelier 152. - The Tiger Sleeps Tonight① - 

 




「プロジェクトが頓挫したというのは 一体 どういう意味だね?」



そこは六本木の中心部。 
ランドスケープとして有名な 高層ビルの会議室で 
チェアマンは硬い声を出した。

話題は すでにかなりの不動産を取得し終わり 
ヴァリューアッププランが進行している タイのゴルフリゾート計画だった。


「・・それがその。 Y-5地点のホテルが 突然 他社に買収されまして」

今までまったくそんな動きは無かったのに いきなり買収が完了したのです。
説明に立つ担当VPは 信じられないと言わんばかりに手を拡げた。
「まるで ブッシュから虎が出てきたみたいな手際でした」


何をやっているのだ まったく! 

「だが ・・最悪その土地が無くとも 若干の計画縮小で行けるだろう?」

仕方ない 再度プランを組みなおせ。 はき捨てる様に指示を飛ばすと
不機嫌そうなチェアマンは 椅子を廻して爪を調べた。
痛んできたな。 できれば夕方時間を作って バッフィングをしに行かないと・・。


「ところが・・その・・・道付きが・・」

まだ 話は続いていた。 
困惑顔のVPは 途方に暮れたように計画地図をプロジェクターに投影した。

「国道から当該地に至る この道路ですが・・・」
「?」
「私道なのです。 買収されたホテルが所有しています」
「!!」


背中を向けていた椅子が 呆然と こちらへ向き直った。
化け物を見るように開いたチェアマンの眼を見て VPは静かに眼をつぶった。

「計画地が陸の孤島にされたと言うつもりか? ・・今までの投資額はわかっているな?」
「・・・・・」
「どこが買収した?」
「未確認です。が、動いたのは韓国系のエージェントで。 ホテル買収が専門の・・」
「・・あいつか」


まいったな。 それは 本当に虎が出てきたってことか。

「フランクは一体 どこのオーダーを請けたんだ? 大至急調査しろ!」
場合によってはプロジェクト全部 あのレイダースに持っていかれるぞ。


チェアマンはじっと爪を見た。 バッフィングなぞ している状況ではなかった。

こっちが爪を研いでいる間に 研ぎあげた奴の爪が 引き裂きに来る。

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「夜勤続きで疲れているのか? なんて可哀想に・・、ジニョン」

日本が連休だったからね。 僕がソウルへ戻ったら 君と一緒に休みでも取ろう。
顎の下で 優雅に指の長い手を組むと
ドンヒョクはすこぶる上機嫌に PCモニターの中の 愛しい人へ微笑んだ。


ワークスケジュールの統括担当を 買収した効果は十二分だった。

僕が海外出張の間に ソ支配人は規定の残業時間を超過し 注意対象になるだろう。
僕が帰る頃 彼女には 就労規約に準じて有給をとる事が義務付けられる。
ふふ・・・

「・・・・」

密かなドンヒョクの含み笑いに 忠実な部下は片方の眉を上げた。
まったくうちの上司ときたら ジニョンさんと遊ぶ為なら どこまでやるか知れやしない。

ともあれボスのご機嫌がうるわしければ この世はすべて花盛りだ。

仕事のカタもついたのだから 我らが猛虎には 昼寝でもしてもらって
可愛い部下に 羽を伸ばす時間を与えて欲しいよ。
レオはキーボードを叩きながら肩をすくめて 目立たないように首を振った。 





♪♪♪♪ ♪♪♪♪ ♪♪♪~♪

「何だ・・レオ?」

部下の後生楽な鼻歌に シルバーフレームが振り向いた。

「“The Tiger Sleeps Tonight”(虎は寝ている) ・・TOKENSだよ」
慎重な弁護士は 用心深く上司の機嫌を探りながら 軽口を言った。


「虎?それを言うなら “The Lion Sleeps Tonight”(ライオンは寝ている) だろ?」
「状況を より正確に表現してみただけだ。 さぁ!書類がまとまったぞ」

後はクライアントにホテルを引き渡して これで Game Over.
「俺達は 帰国。 ボスにはスウィートハート、俺にはソルロンタンが待っている」
「一緒にするな」

どっちも“食べられる好物”だろ?
そこまで言っては怒鳴られるので レオは 最後の言葉を呑む。
書類をプリントアウトし始めたときに 卓上の電話が鳴り出した。



「?!」

「?・・・ここに俺たちがいると  誰が知っているんだ?」

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ゴールドフォン・リアルティ・アジアリミテッドのチェアマンは
不思議そうに自分達を見るレイダースの 落ち着きように舌打ちをした。
ソファを勧めるでもなく デスクに座って 彼は完全にその場を支配していた。

自分はかつて他社にいた頃 一度だけ この男のクライアントになった事がある。

法外なフィーを取るくせに 最低限の敬意しか払わない奴。
驚くばかりの短期間で 完璧に仕事を片付けると
愛想もなく 発注の礼1つも言わずに 次の仕事へと消えていった。



「フランク・シンが アジアで狩りをしているという噂は 本当だったんだな」
「・・・・」

尊大ぶる相手の物言いを聞いて ドンヒョクは 薄く眼を伏せて笑った。
どうやら部下のVPは レイダースへの対応を間違えたらしい。
その眼がもう一度上がった時 チェアマンは VPがヘマをしたことを感じた。
 

「・・・どうして 私の居場所がわかった?」

質問に答えず 問いだけが来た。
シルバーフレームの底が白く光り 虎が 身を低くして身構えていた。
敵へプレッシャーを掛けることに慣れきった男の 冷たい迫力に VPが顔色を失った。

「君は・・その! 上質を好むだろう」 

だから この街にいるなら ホテルは多分ここと当たりをつけたのだよ。

いささか慌てたチェアマンが 言葉を選んで取り繕った。
ドンヒョクは 初めて気づいたように ゆっくり視線をチェアマンへ向けた。

「ご無沙汰しています。 会社を 移られたのですね」
「私を 憶えていてくれたのか?」
「記憶力は悪くないほうです。 お座りになりますか?」



やっとソファへ招かれて チェアマンは少し息をついた。

この虎が一度くわえた獲物を 横取りする事は不可能だろう。
だけど何か 突破口はないか・・。
困惑しながら辺りを見回し チェアマンは 隣のデスクに眼を留める。

レオのノートPCの隣に アンバー色のホテル用ボールペンが転がっていた。
目立たないようにプリントされたロゴタイプを 男は ぼんやり読み上げた。
「・・・ソウルホテル」
「!」

ソウル市街から少し離れた 静かでいいホテルだったな。 ホテルは あれくらいが寛げる。
何気なく世間話をして チェアマンがフランクに同意を求める。
驚いたことにレイダースは 笑みとも言えそうなものを 口元に浮かべていた。

「あ! 君の奥さんの所か! いやぁ・・・」

ソウルに行くと あそこに泊まることにしているんだ。バーが好きでね。
ちらりと表情を伺うと 氷の瞳が微妙だった。
チェアマンは 精一杯の友好を この機会に賭けてみた。


「そのぉ フランク・・。 君の口が堅いのは承知している」
君を雇ったのが誰かは 聞かない。 せめて 教えてくれないだろうか? 
君のクライアントには 我が社と交渉する余地があると思うか?
「・・・・・」



・・・・私だったら そちらの持っている土地を売りますね。

僕に言えることは それくらいです。 お話はもういいですか?
一瞬 甲冑が脱げたように見えた フランクの扉がそこで閉じた。

チェアマンは奥歯を噛みしめて それでも礼儀正しく いとまを告げた。

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サファイア・ハウスの夜中過ぎ。  ドンヒョクは 静かにドアを開けた。

寝室をのぞくと シーツの上に きれいな脚が散らばっていた。

ジニョンはうつぶせで枕を抱いて ささやかな寝息を立てている。
無防備極まりない恋人の寝姿に 暗がりの虎は ほくそえんだ。


・・・ねえ ジニョン? 
恋する娘の86%は うつぶせになって寝るものと どこかの探偵が言っていた。 
「照れるね。 どうやらうちの奥さんは 僕に夢中みたいだな」

いそいそとシャツを脱いだ男は 静かにベッドへ忍び込む。
・・・ぅ・・・ん・・・?・・・

怪訝な寝顔を 大事そうに撫でて ドンヒョクが恋人を愛し始めた。 





「今 何と言った? 計画地に保護動物?」

チェアマンがVPの報告に振り向いた。 環境アセスメントの中間報告で
開発予定地に 特別天然記念物の集団生息地らしいものが見つかったという。
冗談じゃない。 そんなものが出てきたら リゾート開発は不可能・・・ 

「!!」


“私だったら そちらの土地を売りますね”

・・・・あの男の言った意味は こういうことだったのか?
チェアマンが 呆然と宙を仰ぐ。




その頃 ソウルの茂みの中で 虎は 眼を細めて眠っていた。

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