ボニボニ

 

My hotelier 153. - The Tiger Sleeps Tonight② - 

 




「失礼。 あぁ、君。 そこの・・支配人さん?」


「・・・・・」


まったく もう。
ぴんと きれいに背筋を伸ばした後姿が立ち止まる。
ヒールを支点にくるりとターンをして ジニョンは声の主をにらみつけた。


「・・・ドンヒョクssi。 私は 勤務中なの」

「“勤務中です、お客様”」
 
まったく 教育がなっていない。
そして僕は今日 君のホテルの大事なゲストだったね。 
「愛する夫に甘えたい君の気持ちはわかるが 公私の区別はつけてもらおう」

「はいはい。ご用ですか?」

「“はい”は1回。 “何かご用ですか? お客様”」
「何かご用ですか! お客様」


カフスが留めにくくてね。 ちょっと やってくれないかな。
「申し訳ございません。お召しかえのお手伝いまでは いたしかねます」
ふぅん・・・
「じゃあ コンシェルジェに頼もう。“妻が”冷淡でやってくれないんだ」


こ・・・の 悪魔。 

そんな事を言いふらされた日には 皆の笑い話になるじゃない。

ぷうっと頬を膨らませて ジニョンは カフスへ手を伸ばす。
カチリとカフピンが留まると同時に 獲物は ハンターの胸にいた。
「!」

「ふくれっ面をするな」

ふわりと唇が降りてきて ジニョンの唇が小さく鳴る。
「それとも 君のふくれっ面が好きな僕の為に 特別サービスのつもり?」
「もぉ・・」

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ソウルホテルの 20時半。


『リアルエステート協会』のレセプションに フランク・シンは招かれていた。


この気難しい男が 無類の愛妻家であること。
妻の職場であるソウルホテルが会場の時に限り たまに人前へ姿を見せることは
韓国のビジネス界に於いて 今や 周知の秘密だった。

ドンヒョクのオフィスには知己を求めて 日々沢山の招待状が舞い込む。

そして 愛するジニョンに“お客様”と呼ばれたくなると
伝説のレイダースは誘いを受けて パーティ会場に現れた。



「他のお客様に見られたら困るでしょ!」

ジニョンは大きな眼を張って警告を発し つんと踵を返して去る。
悪戯な笑顔で恋人を見送って ドンヒョクは すう・・と笑みを引いた。



『Invitation』

主催者の欄へ控え目に記された社名とチェアマンのサイン。
会場の場所を確認して ドンヒョクは 即座に出席を決めた。

「招待」と言うより それは多分 慇懃で含みのある「呼び出し」だろう。

タイのゴルフリゾート・・だっけ? もう僕には終わった仕事だ
しかし相手は 違う見解を持っているのかもしれないな。

何にしても行かなくては。 奴は「僕たちのホテル」に レセプション予約を入れた。



ソ支配人は 集まったVIPゲスト達へ にこやかに愛想を振りまいていた。

My hotelier.  君は 僕の 最大の強みであり 弱点でもある。

僕は ブッシュに身を潜めて 相手の喉を掻き切るのが仕事。
なのに僕の君ときたら その笑顔で 来る人全てを温かく迎え入れる。
「たとえ相手が 友好的な奴じゃなくともね・・」


シャンパンクープを優雅に持って ドンヒョクは悠然と立っている。
その足元に伸びる影には 息を詰めた虎が潜んでいた。

「・・・」

チェアマンがこちらを認める前に レイダースが 彼を視界に捕らえた。
滑るように足を運んで ドンヒョクはジニョンへ親しげに寄り添う。

「もう 邪魔しないでってば」
「していない。 ただ 近くにいるだけだろう?」




周囲を見回すチェアマンは 目当ての支配人の傍に 虎を見つけてあ然とした。

“ソ支配人にまとわりつけば フランクの方から寄ってくる”
その思惑は外された。 支配人をぴたりとガードして レイダースは静かに立っていた。

「・・・自分から歩み寄るような 不利なスタンスは取らないと言うことか」

まいったな。 苦笑いのチェアマンが 虎の元へ歩み寄る。
真っすぐ相手を見据えたままで ドンヒョクがジニョンに囁いた。
「ソ支配人 僕のお客さんなんだ。悪いけれど オフィスから理事用名刺を持ってきてくれ」
「え・・?」

怪訝な口を開きかけて ジニョンは 息を飲み込んだ。
決してこちらを見ない彼は 氷のような視線で 眼前の相手を見据えていた。

「あ・・、はぃ理事。 今すぐお持ちします」
「急がなくて いい」

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「二度と こんな呼び出し方をするな」

鋭利に光る刃のような眼が 挨拶しかけたチェアマンを刺した。
「・・フランク」
「もう一度やったら貴方は終りだ。どんな手を使っても 追い落としてやる」

ゴクリ・・とチェアマンが喉を鳴らした。
この男なら本当にやるだろう。どうやら私は 奴の地雷を踏んだらしい。
「悪かった。 ただ 私は聞きたかったんだ。どうして我々を狙った?」

あのホテルを取られれば こっちは陸の孤島だ。
「環境アセスはまだ途中なのに。 保護動物のことまで知っていた」
保護地域となれば開発には規制がかかる。我々の投資した土地は 二束三文だろう。

「こんなやり方は酷いじゃないか。 我々は 何か君の怨みを買ったのか?」



ドンヒョクは カフをずらして時計を見た。ジニョンが戻るまで あとどれ位だろう?


「僕の受けた依頼は “ヴァリューアップして転売出来るホテル”だった」
「?! ・・では あのホテルでなくても良かったということか?」
「Yes.」

あの場所は 周辺環境と開発ポテンシャルを読んで 僕が選択した。
買収に着手して調べるうちに 奥の土地を陸の孤島にしてしまうことに気づいた。

「貴方達のプロジェクトもその時知った。 ・・追い詰めるつもりではなかった」

貴方達がどう出てくるにせよ こちらが交渉に有利すぎる。

「そちらにアドバンテージをやりたくて調査していた・・」

それで 保護動物を見つけた訳か。 
「でもどうやって? アセスメントを別個にしたのか?」
「ジョギングが習慣でね。偶然 見かけた」
「は・・・、運まで使いこなす方法を知っているってことか」 


完敗だな 我々の被害は甚大だよ。 プロジェクトチームごとレイオフものだ。
「・・・・・」
「藪の中にいた虎の尾を踏んだのか。運が悪い」
チェアマンは薄く笑うしかなかった。 せめて 君に狙われたのでなくて良かったよ。



「遅くなりました! すみませんチェアマン。 お久しぶりです♪」

走って 往復したのだろう。 ジニョンは 息を弾ませて戻ってきた。  
肩を落としたチェアマンには 満面の笑顔がまぶしかった。

「・・ああ そうするよ。 あの時は世話になったね」
ソ支配人は理事に名刺を渡し にこにこと2人を見比べる。
愛想のいいホテリアーの視線から ドンヒョクはそっと眼をそらした。

お仕事の話がありそうね?  心得たジニョンがそっと離れた。


「いい子だよ。 良い選択をしたな 君は」
ソ支配人の後姿を柔らかく見て チェアマンが独り言のように言った。
今 自分に出来ることは これ以上何もなさそうだった。



“・・・・ホテルを・・買いますか?”

「え?」
「僕のクライアントは 転売して 適正な利益さえ出せればいいんです」

そちらがホテルを買うのなら ルートをつけましょう。
ゴルフリゾート計画は 保護公園付きの環境リゾートになるでしょうけどね。


だが・・相手はこっちの土地を買い叩いてくるだろう?
「クライアントは 保護動物のことを知りません」
「!!」
相手は中堅の投資ファンドです。
「利益さえ出るなら 大手リアルティに恩を売るのも 悪くないと思うでしょうね」

いいのか? ドンヒョクの意外な申し出に チェアマンは眼を丸くした。
君が我々を追い詰めれば 莫大なコミッションも取れるだろうに。
「でかい狩りを諦めて 我々を 助けてくれると言うのか?」

「・・・虎も たまには昼寝をしますよ」

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ソウルホテルの中庭を チェアマンの車が滑るように走る。


本館を見上げる坂道で 車を停めさせた男は ウィンドウを半分下げた。


夜の中の ソウルホテルはきらめく灯りの箱だった。 
私を救ってくれたのは 結局このホテルというわけか?

低く安堵の息を吐いて チェアマンはシートに沈み込む。



その頃 虎は獲物をくわえて 機嫌よく寝床へ帰るところだった。

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