ボニボニ

 

My hotelier 162. - ハンサム・ボーイ - 

 




齢70を越えるというのに その人は 驚く程に姿勢が良い。


長い脚をなめらかに運ぶその姿は まさに優雅のひと言につきた。



年に1回だけ使う ロッカーの扉をトン・・と閉めた彼は
足元に小さな紙くずを見つけ 習性に従って それを拾おうとかがみこみ。


そして  そのまま動けなくなった。


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ジニョンは 心地よい眠りが 誰かに揺さぶられていることに気づいた。

柔らかく胸をさすっていた手が 身体の輪郭をなぞりながら下へおりて
筋肉質の男の脚で大きく開けられた 腿の奥深くへ忍び込んだ。


自信満々の長い指が 我がもの顔で入って来て

温かく眠るその場所を いささか強引に目覚めさせてゆく。


・・・ん・・・・・


-どこかで 水がこぼれたのかしら? ぴちゃぴちゃ音がするみたい。

・・・ぁ・・・ぁぁ・・・・


“かまわないよ。 さあ 行って・・”

「・・あぁっ!!」


覚醒と同時に 身体の中を 快感の波が突き抜けた。
ビクビクという甘い痙攣を指で感じて ドンヒョクは にっこり微笑んだ。

「やっと起きた」

「ドン・・・ヒョク・・ssi・・・」
「今日は 眠り姫とメイクラブかと思ったよ。では」
「え・・」


ドンヒョクは大きく1つ泳ぐと まだ震えているジニョンの中へ入った。

意識のピントが合った瞬間 ジニョンは甘い悲鳴を上げた。


「いい声だね。 モーニン♪奥さん」

「・・・ドンヒョクssi・・」

だ・か・ら! それをする時は 同意を求めてって言ったでしょ?
聞いたよ。昨夜 君は“眠りたいから朝にして”と言っただろう?


「もう朝だけどいいかな と ちゃんと聞いた。君は“ええ”と答えたよ」
「寝ぼけていたのよ」
「明・確・に。 はっきり答えた。 動くよ」

「ちょ・・」

もちろん ジニョンの小さな抵抗は ドンヒョクにきれいに無視される。

クリスマスホリディでたっぷり休んだ彼は ジニョンのかなう相手ではなかった。




ひとつになったまま身体を起こして ベッドへあぐらをかいたドンヒョクは
ジニョンの身体を強く抱き寄せると 白い腕を自分の首へ巻きつけた。

「疲れた?」

「・・少し」
「つかまっておいで。僕がしてあげる。それから」


ベッドサイドテーブルへ手を伸ばして ドンヒョクが何かを取り上げる。

ひやりと冷たい感触があって ジニョンの首へチェーンが回った。


「結婚記念日に」
「なに?」
「エメラルド。 良く似合うよ」

スクエアカット、本の形なんだ。 結婚4年目は書籍婚式なのだそうだ。

「4年目の愛しい奥さんへ」

「こんな・・高かったんじゃない?」
「領収書もいる? 大丈夫 元は取らせてもらうから」
「ちょっと・・」

いいだろう? これから休暇なんだし。

上機嫌のハンターは 獲物を優しく揺すり始める。
あんまりハードじゃまずいよな。 始めからくたびれさせては大変だ。




満足そうなハンターが 獲物を裏へ返したとき ベッドサイドの電話が鳴った。


RRRR・・・・

「ド・・ヒョク・・・電・・」
「出ない。メッセージモードにしてあるから」
「だめよ。「急用」かもしれないでしょう?」

「たまには 「休養」を優先させてもいいと思うけどね」

不満げに それでも取った受話器から テジュンの声が聞こえて来た。
切ろう。 受話器を置きかけたドンヒョクの耳に聞こえた声は 困惑げだった。



「・・ぎっくり腰? ベルボーイが?」

「更衣室でかがんだまま動けなくなったそうだ。本人が 救急車を呼ぶのを
 頑として拒んでいるらしい」
「MG&Tコンツェルンの大奥様。 今日来るんだったっけ」
「休日診療所のドクターが待っているから 送ってくれとさ」


退職した今も年に一度だけ 制服を着る「伝説のベルボーイ」。

かつて 彼のあまりのハンサムさに惚れ込んだMG&Tコンツェルンの大奥様が
私が泊まる日は彼がベルボーイじゃなきゃ嫌と 言ってから約40年がたつ。

ソウルホテルは このお得意様の要望に 延々と応え続けていた。




「まったく、手の空いた者がいないなんて こっちは総ての手足が多忙中だ」

「仕方ないじゃない。 大晦日は忙しいんだもの。
 今年は私たちが家でのんびり過ごしているって 皆 知っているし」

毎年この時期に休暇を取るだけでも 「大ヒンシュクなんだから・・」


「大株主で 理事だぞ 僕は」
「私は一介の支配人です」
「理事夫人だろう?」

「・・ドンヒョクssi?」


はあ・・・。

一通り不満を述べたあと ハンターは深い息をついた。
結局のところドンヒョクは 熱心なホテリアーである妻に弱かった。

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「ホテルへ 戻ってください」


診療所で とりあえずコルセットをした後 ベルボーイは毅然と宣言した。

ベルボーイに肩を貸していた ドンヒョクの眉が少し上がる。
処方された湿布薬を抱えていたジニョンが おろおろと大先輩に駆け寄った。


「ベルボーイ。 今日は寝ているようにって お医者様が言ったでしょう?」

「ソ支配人。 今日は 大奥様がチェックインされる日だ」
「ですから! 大奥様には事情を説明して 今年だけ他のベル・スタッフ・・」
「出来ない」


そんなことが許されるなら そもそも私は定年で仕事を辞めていたよ。

「ソ支配人。 いいやソ・ジニョン?」

「は・・い」

「これはもう 職務の問題じゃないんだよ」
「ベルボーイ・・」
「我々が大奥様に提供しているのは ソウルホテルでしか起こらない奇跡だ」



90歳を越えた大奥様が 私にチップを渡すためだけにやってくる。

かつてマリリン・モンローからチップを貰ったことのある私に
モンローを気取って 50セントを渡すために。


「その時 私が迎えなければ 彼女の奇跡は終わってしまうんだ」
「・・・」

「わかったら ホテルへ戻ってくれ」


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コルセットで何とか立てたものの 歩く事は難しかった。

伝説のベルボーイは唇を噛んで それでも何とか歩こうとした。


「・・・」
「・・・」「・・・・」

とても無理だ。 誰もが 本人もが そう理解した。
誰も それを言えなかった。 諦めようととしているものは あまりに大きかった。



「・・・それじゃ無理だな」


ドンヒョクの声は 場違いなほどあっさりと 明るくオフィスに響いた。

いっせいに非難の眼が向けられたが その眼が いっせいに丸くなった。



スペンサー丈のショートジャケット。 真っ白で糊の効いたシャツ。
サイドにラインの入ったパンツに包まれた脚がとんでもなく長い。

伸びた背筋と つんと上げた顎。

惚れ惚れするほどのハンサムが いたずらそうな顔をほころばせていた。


「・・理事?」
「ドンヒョクssi」
「伝説のベルボーイ。 大奥様はメンクイだ」

僕は 彼女好みのタイプらしい。 「一年くらいは「浮気」するんじゃないかな?」


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年に一度のこの日のために 必ず 大奥様は新しいヒールを買う。

だって マリリンを気取るなら モンローウォークをしなくちゃね。


力の萎えたその足に ちょっと辛いピンヒール。
だけどいいの。 ホテルでは私のハンサム・ボーイが 腕を貸してくれるから。



ぞろぞろとおつきを従えて 大奥様がエントランスホールにやってきた。

フロントの前には 彼女だけのベルボーイが すらりと立っていた。


「ごきげんよう ハンサムさん」

「大奥様・・」

いつもなら駆け寄ってバッグを受取る彼が その場を動かなかった。
不思議に思いつつ差し出したバッグへ 横から きれいな手が伸びた。



「?!」

驚いて振り返った大奥様に ドンヒョクが静かに笑いかけた。
ぽかん・・と 口を開けた彼女は 相手がソウルホテルの理事と思い出した。


「いらっしゃいませ」
「ま・・あ 理事さん。 どうなさったの?」

「相変わらず素敵なモンローウォークですね」

「んまぁ・・女性の後姿を見るなんて失礼よ」
「申し訳ありません。あまりに魅力的なので つい」
「なかなかお上手ね」

「マダム?」

「ええ」


僕は マリリン・モンローからチップを貰ったことはありません。
ですが ジュリア・ロバーツと踊った事はあります。

「いかがです? 今年は40年目の浮気で プリティ・ウーマンになりませんか?」

「?!」


大奥様は絶句したまま 眼の前のハンサムを呆然と見た。
ふと気がつくとフロント前のベルボーイは この事態に一歩も動いていなかった。

「・・・」

「・・・」

大奥様は 周りを見回す。 フロントスタッフも ギャルソンヌも
ドアの外ではドアマンまでが 心配そうにこちらを見ていた。

あらあら・・・


「・・ベルボーイ?」

「はい! 大奥様」
「ごめんなさい。私 今年はこちらのハンサム・ボーイに案内してもらうわ」
「・・・はい 大奥様」

それじゃあ これ。

お義理の様に小さいバッグを 大奥様はドンヒョクへ手渡す。
その足元のハイヒールが ソファに埋まって 少しよろけた。



「ようこそ ソウルホテルへ」

「きゃっ!! ちょ、ちょっと!」

いきなりドンヒョクの大きな腕で 大奥様が抱き上げられた。
大奥様は 慌ててドンヒョクの首へ腕をまわしてしがみついた。



「プリティ・ウーマンならこうでないとね? さあ ご案内します」

「まあまあまあ・・!」
「大奥様!」
「?!」

ベルボーイの声に ドンヒョクが大奥様を抱いたまま振り返る。
伝説のベルボーイは どこまでも見事にハンサムな顔で言った。


「今年は諦めます。 けれど! 来年は必ず 私にご案内させてください」

「・・・ふふ。 来年また新しいヒールを買わなきゃね」
「はい」


ソウルホテルの客室廊下を 長身の男が陽気に歩く。

腕に抱かれた大奥様は こっそりドンヒョクに耳打ちをした。


「・・彼 どこか悪いの?」

「ご心配なく。 2~3日安静にすれば治るそうです」
「良かった。 じゃあ私 ちょっと儲けちゃったわね」
「え?」

「50セント。 ホテリアーは チップは受取らないんでしょう?」

「え?! 大奥様の50セントを 彼に見せびらかすつもりだったのですが」
「何を言っているのよ。 規則でしょ? 支配人に怒られるわよ」
「・・はあ 当てが外れたな」



おっほっほ・・


大奥様の華やいだ笑いが ソウルホテルの廊下に響く。

その後からぞろぞろと おつきが邪魔しないように付いていった。

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「うふ♪」


なかなかやるわね ドンヒョクssi。

ロビーの隅に立ったジニョンは 夫の献身に感心していた。
ソウルホテルの奇跡の為に 彼がこんなことしてくれるなんて・・。


「何が ソウルホテルの為にだよ」

「オモ? テジュンssi・・」

“あれ”が そんなに殊勝な事を考えるタマだと思っているのか?

「え?」

「勤労報酬を要求しやがった」
「え?」
「お前の休暇、延長だ。3日」
「え?」



ソウルホテルの客室廊下を ハンサム・ボーイがゆっくりと行く。

大奥様とドンヒョクは 眼を見合わせると笑い交わした。


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hotelier sidestory -ベルボーイ- に出て来た彼のお話でした。

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