ボニボニ

 

My hotelier 166. - ウェブ - 

 




世界の総てを 

己の知能と実力で 切り開いてきたシン・ドンヒョクにとって

愛しい人が自分の子どもを産むという 重大極まりない局面において 
指をくわえて見守るなどということは とうてい 飲み込める話ではなく。



・・かくて彼は 愛妻ジニョンの周囲に 

自分ではセーフティーネットと呼ぶ 巨大なウェブ(蜘蛛の巣)を張りめぐらし
全身全霊で半身を守る 強力な守護神になろうとしていた。




「No」

that is all.  話は終わった。


ドンヒョクは 眉も動かさずに モバイルのスケジュールへ眼を戻した。
人に命令することが習慣となっている男の頑とした態度だった。

ソファへ沈んだドンヒョクの前に きれいな脚が仁王立ちになる。

ジニョンの 怒りに燃える眼は 限界近くまで大きくむかれていた。




「目玉がこぼれ落ちるよ ジニョン」

「休暇に“した”ですって?! 私・の・仕事を?!」 
「明日は検査だから」


冗談じゃない! 明日は打合せがあるのよ! いったい何の権利があって・・

「権利」
「!」
「僕の権利を 確認したい?」
「そ、そ・・」

組まれた長い脚を解いて ドンヒョクがいきなり立ち上がった。
ぺたんこ靴のジニョンの前へ 夫の長身がおおいかぶさるように立つ。

思わず後ずさりしたジニョンは よろけて 彼に抱きとめられた。




「ほら また転びかける。 気をつけてもらいたいものだな奥さん」

「なっ、ド・・ンヒョクssiが 急に立ち上がるから」
「座っている者が立つかもしれないということは 十分想定すべき事態だ」
「・・・」

笑わない瞳で見つめたまま ドンヒョクの片手がジニョンを抱き寄せた。

「僕がホールドすれば 安全だろう?」



君の中には ベビーがいる。 

それは君の子であり 同時に 僕の子でもある。
僕には産まれて来る我が子の 状態を把握し適切な保護を与える権利がある。

「だからって! いきなり・・仕事を休めだなんて」


まず検査。 現況把握はつねに最優先事項だからね。 

「明日 何かあったらどうする? 産科医は 評判のいい女医を選んでおいたよ」
「もぉぅ ドンヒョクssi・・」
「ソ・ジニョン」
「?!」

「“僕たちの”ベビーだ。 そうだろう?」




ジニョンと僕の大切な 愛の結晶。 ドンヒョクの声が低くなった。

My hotelier. お願いだから 今回だけはホテルを2番目にしてくれないか?

強気の硬い殻からこぼれ出てきた夫のもろさに ジニョンの怒りが 少し揺れる。
うるんだ瞳のハンターは 頬をそっとジニョンの頬に寄せた。




「嬉しい分だけ・・心配なんだ。 君とベビーのことがさ」

「そ・れは・・・・まぁ・・」
「検査して 僕を安心させて欲しい」
「・・・」

うなじで 不安げな息が揺れる。 本当に仕方のない人ね My hunter.
恵まれなかった過去の分だけ 幸せに対してこんなにも臆病になる。



は・・・とジニョンが息を吐いた。

「ま、今月は 勤務時間超過だったし」 

ジニョンの白い腕がのびて ドンヒョクの首に抱きついた。
緊張を解いたハンターは 嬉しげに喉を鳴らして愛しい妻を抱きしめた。

「検査入院。 予約しておいたから♪」

「入?!」


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「すごいわ。 ここって ホテルじゃないの?」



病院を訪れたイ・スンジョンは 居室のドアから豪勢な廊下をふり返りつつ入って来た。

「まあぁ~! お部屋もまるでリゾートホテル。 何 これが病院?」

「マタニティセレブが選ぶ人気ランキングNo.1だそうよ。コンシェルジェもいるの」

お食事はメインダイニングで “フルコースディナーもいただけます”。
「わぁ・・。 ひょっとして支配人もいる?」
「まだ見てないけど いても驚かないわね」



まったく。 ドンヒョクssiにまかせると 何でも大袈裟になっちゃうんだから。

「ともかく ここは検査だけ」
「あら そうなの?」
「仕事をしながら通える所じゃないわ」

プレママ教室とかエクササイズとか 出産までカリキュラムがい~っぱいだし。

「まぁ。 だけど バラ300本が納得しないんじゃない?」
「う~ん・・・そこよね。 困っちゃう」



ネゴシエイトに関しては天才と言っていい彼を いったいどうやって説得しよう。
ため息をつくジニョンの肩へ スンジョンがポン!と手を置いた。

「?」

「うふん♪ 実は 社長から伝言があるの」
「テジュンssi・・から?」
「ええ。 “ソウルホテルは 働くママを応援します”って」

「?」

「まぁアタクシも貴女がいなくちゃ淋・・コホン、仕事が増えて困るしね」
「そうよね」
「大体 ジニョンから仕事を取ったら何にも残らないもの オホホ!」

「ちょっ イ先輩!」


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ソウルホテルのエントランスに シルバーメタリックのジャグワーが停まる。


すらりと降りたドンヒョクは 若いドアパースンに鍵を渡しながら

こちらへ歩いてくるミスターソウルホテルの姿を見て 微笑んだ。


「今日はコンサルでしたね 理事? お車は どちらへ廻しましょうか」
「ここが終わったらジニョンの病院へ行くから。 5時には正面玄関へ」
「かしこまりました。それからガーデナーが お帰りの前に寄って頂きたいそうです」

「・・ガーデナーが?」

「今夕斬りたてのバラを ジニョンさんのお部屋へお持ち頂きたいそうです」
「バラ?」
「何でも “芳香が胎教にいいバラ”だとか・・」

「それはそれは♪」




そしてロビーを行くドンヒョクは ヘルスセンターのトレーナーに呼び止められた。

「あ、理事! ソ支配人の 妊娠週数はおわかりですか?」
「え? いや。 正確な週数は 今日確認してくるつもりなのだけれど」


わかったら 教えてくださいね。 「特別のスケジュールを作らなきゃ」

「?」
「ソ支配人。 仕事以外の事はてんでやる気がないんだから お尻を叩かないと。
 マタニティビクスにアクアビクス あ! 栄養指導もしますよ!」
「・・・」



スタッフオンリーの扉を押して スタッフヤードに滑り込む。
シン・ドンヒョクは物思う顔で 行きかうホテリアー達の中を歩いて行く。

その長身へ 四方から次々に明るい声が飛んだ。


「赤ちゃんにはオーガニックコットンがいいですよぉ理事。
 ハウスキーピング担当から 超・超・お勧めのブランドがあるんです!」

「理事~! ソ支配人は 酸っぱい物が食べたいって言いません?
 妊婦と赤ちゃんに最高のコンフィチュールを作ったから 試してください」

「おい!そこの男! ジニョンが腹ボテだって? ・・オホン
 レストランの次回ディナー企画は 『身体に嬉しい夏のスペシャリテ』だ」





「・・・」


「どうしました理事? 経営内容に 何か問題でも?」
「?!」

面白がるようなオ支配人の声に ドンヒョクは ビクリと我に返った。
視線を上げると 総支配人とテジュンが興味深そうに覗きこんでいた。


「失礼 いや問題はありません。業績も立派なものです」
「お! オ支配人。 鬼のコンサルタント様に褒められたぜ やったな」
「ええ。 我がホテルは 優秀なスタッフが頑張ってくれてますから」

「・・・」

「あー ところで理事。 ソ支配人は いつから休ませるおつもりですか?」
「・・・」

ジョブ・ローテーションを組みなおさなきゃな。 


「理事のことだから ジニョンには早々に休暇をとらせるおつもりなんでしょう?」

「・・・」(だから 私の妻を呼びすてにするな!)

いつもの切れはどこへやら 口の重くなった理事を見て オ支配人が微笑んだ。
“ソウルホテルは 働くママを応援するんですよ 理事”




「早めの休暇ですか。 妻は 動いているほうがお産が軽いと言っていましたがね」
「・・・」
「仕事人間が急に休むと気持ちが沈む とも言っていたな」
「・・・」

ポーカーフェイスをつくることも忘れて ドンヒョクが戸惑い 視線を下げる。
まったくジニョンのこととなると どこまでも余裕がなくなる奴だ。

うつむいてしまったドンヒョクに テジュンは小さく肩をすくめた。


「まぁでもほら今はマタニティスポーツとか ソレ用のカリキュラムもあるし」
「ソ支配人が スポーツなんかしますかねぇ」
「・・・」



“ビリヤードも 出来ないんです”
“仕事以外で得意なことは?”

“・・・ありません”



「・・・」



---------




ドアをノックすると 居室の中でバタバタと慌てて動く音がした。

けげんな顔のドンヒョクが 部屋の中を覗いてみると
ジニョンは 仕事のファイルらしきものを シーツの下へ隠したところだった。


「オモオモ! ド、ドンヒョクssi? 早かった・・のね」

「今日は ソウルホテルのコンサルだったんだ」
「あ、ああ!そうか そうね。 あ! け、検査は終わったわ。順調ですって」
「そう・・」



ジニョンはどぎまぎと身づくろいして 「安静にしていた人」を演じている。
ドンヒョクは静かにベッドへ近寄り そっと シーツをめくり上げた。

「きゃっ!!」

「・・・」
「ド、ドンヒョクssi! これはね!ちょっと・・この間に読んでおこうかと」
「・・・」


すっと ピンクの花束がジニョンの眼の前に差し出された。

「?」
「ガーデナーから 君へ」
「オモ」


バラへ手を伸ばしたジニョンの身体を すくうようにドンヒョクが抱きしめた。

「?! ド・・ンヒョクssi」


My hotelier 忘れていたよ。 

僕がウェブを張りめぐらさなくても 君は 出会った始めの時から
ホテリアー達が織り上げた ホスピタリティというウェブの上を 

そのきれいな脚で 自由自在に動き回っていたんじゃないか。


「トレーナーが マタニティ・エクササイズのメニューを作ったそうだよ」
「ぅわ・・」
「コンフィチューリエから トマトとレモンのジャムを預かっている」
「聞くだけで酸っぱそう♪」

・・・ジニョン・・



ドンヒョクは腕の中の半身を 愛しげな眼で撫で上げる
君を守ろうとしてくれる ホテリアー達は 完璧だよ。

「後は 君がお得意のドジを踏まないように気をつけることだな」

「な・・!私がいつ」
「つまづいて プールへ落ちた支配人」
「!」
「年中その辺にぶつかって 青アザを作っている」
「・・・」

「これからの君は “Handle with care(取扱注意)”だよ」
「チッ・・」


荷物みたいに言わないでよ。 僕のかけがえのない荷物だよ君は。
ちゃんと手元に戻ってくるか これから僕は毎日心配しなければいけない。



ドンヒョクは 愛しい恋人をため息とともに抱きしめる。

そんなに強くじゃ苦しいわ ジニョンが嬉しげに文句を言った。

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