ボニボニ

 

My hotelier 167. - リファレンス・オンリー - 

 




頭取は バンク・オブ・ソウルの重役フロアへ 悠然とした足取りで入って行った。

ボスの姿が現れたことで フロアが一斉に起動し始める。



秘書が読むスケジュールを聞きながら 革張りの椅子へ巨体を沈めた彼は
アメリカン倶楽部のレセプションが今夜と聞いて眉を上げた。

「何か 留意することがあったかな?」



“コール社の新ソウル支社長がご出席なので ご挨拶をお願いします。プロフィールはこちらです。TG電子のイ専務は 先週お孫さんがお生まれになりました・・”

「あぁそうだった お祝いを言わないと。祝いは贈ってあったかな」
「はい」
「ありがとう。他には?」

「今夜は Mr.フランク・シンがご出席です」
「!」

・・ぁの・・。 Mr.フランクがご出席の場合は お知らせするようにと以前。

「ああ もちろん。 本当にドンヒョクが来るのか?」




珍しいこともあるものだと 頭取は 尊大な頬をゆるめた。 

フランク・シンことシン・ドンヒョクは 今や韓国経済界のスターだった。

世界を股にかけるM&Aのトッププロは 多忙と気難しい性格の故に
めったに人前へ出て来ないこともあって 半分伝説化された存在になっている。

会場がソウルホテルでもないのに あの虎が出てくることは珍しい。




「今夜の会には何か 奴の獲物になるようなことがあったかな?」

「Mr.シンは 奥様ご同伴で来られます」
「なっ・・?!」


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いったい どういう風の吹き回しだろう?

愛妻ジニョンに関しては 吝嗇なほどに独占欲の強いあの男が
彼女の親衛隊がうようよいるような場所へ 妻を連れて来るなんて。



稟議の書類を積んだまま 頭取は首をひねっていた。

ともあれ 今夜はジニョンを餌に あのチンピラと遊ぶチャンスだ。



好機を前に頭取は 1人の政治家の顔を思い浮かべた。

後から知ったら 怒るに違いない。 出し抜いてやりたい気持ちはあるが
最近 奴も大変そうだし 息抜きをする時間も欲しいだろうな。

「・・・」



仕方ない。 

頭取は受話器を取上げた。 まったく私は友人甲斐のある男だ。
極めて親しい者にしか伝えられていない電話番号を押す。

2コールの後で 相手が出た。 


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「バンヤンツリー クラブ&スパ」は ソウル初の会員制クラブリゾートだった。


南山の麓に佇むホテルは いかにもバンヤンツリーらしい豪奢で洗練された内装と 
スィートルームにプール付きという リゾート感覚で話題になった。

とりわけ 「ザ・クラブ」と名づけられた会員制のエリアは 

近くにソウル市内の喧騒があるとは思えないほど ゆったりした空間だった。




「おおかたジニョンが このホテルを視察したいと言ったのではないかな?」

「あり得る。 いや きっとその線だ」


リゾートタイプのこのホテルに 泊まるだけなら奴も大歓迎だろうが。

「おそらく“レセプションが見たいの”と ジニョンにねだられたに違いない」

「で? 奴は渋々 妻のガードか。 ククク・・・」
「そして 私は可愛いジ・ニョ~ンとアーバンリゾートで熱いダンス。ククク・・」

「な、何を勝手なことを言っておる! ダンスするなら私が先だ!」

「君はダンスが苦手だろう? 息が切れるから」
「私が教えてやらねば 貴君には今夜のチャンスはなかったんだぞ!」




レセプション会場の真中で 小山の様な身体を寄せて 
大人気ないVIP2人は 喧々と 順番を争っている。

その時入口周辺がざわめき 人波の向こうにすらりとした男の姿が現れた。

「おい ドンヒョクだ」
「ん?」

・・ぉ・・・




大物2人が 黙り込む。

久しぶりに姿を見せたハンターは あきれるほどに悠然と 優美な姿で現れた。


今年らしい短めの丈のジャケットを リゾートに相応しく着こなした男は

スリムな身体にサンドレス風のワンピースをまとった美しい妻を
自分のものだと誇示するように しっかり 腕を回してエスコートしている。

もとより強気と高慢なほどの自負が 服を着ているような男ではあったが
今夜のドンヒョクには もうすでに「勝ち抜けた」と言いたげな自信が見えた。


「何だ? チンピラめ やたらと機嫌がいいぞ?」

「いつもならジニョンを触らせまいと ピリピリしているはずなのにな」 
「?! をいをい! こっちへ来る」
「我々を見たら 即座に 出来るかぎり 遠ざかろうとする奴が?」




ふふん・・

「ごきげんよう♪ 素敵な夜ですね」


「?%&#!」
「ぉ・・おお ドンヒョク! 君も 相変わらず活躍しているようだな」
「ビジネス?」 

・・まぁ 仕事はいつも通りです。 
含んだ物言いのハンターは そちらの話には乗ってこない。

とはいえ何を言い出すでもなく  ただ 途方もなく機嫌が良かった。

「?」「・・?」



フリュートグラスが並んだトレーを捧げてギャルソンが傍を通りかかる。

美酒に目がない頭取が いそいそとグラスを2つ取り上げた。

「さあジ・ニョ~ン♪ まずは 乾杯しようじゃないか」
「まあ ありがとうございます頭取」


ウマいこと点を稼いだな。 Mr.ジェフィーが歯ぎしりをする。
その時 すいと手が伸びて ドンヒョクがジニョンからグラスを取り上げた。

「!」「?」

 

通り過ぎるトレーから素早くジュースを取ったドンヒョクが
シャンパンを奪われたジニョンの手に 代わりのグラスを押しつける。

だめだよ 奥さん♪  君はこっち。

「もぉ。 平気よこれくらい」
「君がYesでも 僕はNo。 議席は50:50だけど ・・話し合う?」
「もぉ・・」

「?」「??」



どこか不可解なハンターとジニョン。 トドとデブ2が不審げに眉を寄せる。
落ち着き払ったドンヒョクに ジニョンは内心ムクれていた。

“まったく 楽しそうなんだから・・”


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恥かしいから あちこちへ子どもが出来たと吹聴して回らないでね。

「恥かしい?」

「だって! 何というか ドンヒョクssiがあまりその・・」
「ジニョン? 僕らは愛し合う夫婦だ。 ベビーが出来たと言うまでもなく 
 周囲は 僕らが熱心にメイクラブにいそしんでいると思っているんじゃないかな?」
「もぉ だから! ともかく 子どものことは 聞かれたら言う位にしておいて!」

「ふぅん・・」



聞かれたら ね。 

片眉を上げたドンヒョクは ひどく素直に愛妻の申し出をのむ。

そして ジニョンの嫌な予感通り ハンターは至極楽しそうに
ジニョンが決めたルールぎりぎりのゲームに身を投じた。


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「ジ・ニョンがパーティーに顔を出すなんて。フフフ・・敵状視察だろう?」
 
「え? えぇまあ。 ・・勉強をさせていただこうかと」
(ドンヒョクssiが行くって言い張ったのよ!)

「まったく君は仕事熱心だな。しかし おかげでジ・ニョ~ンとダンスが出来る♪」



Shall we dance ?

鼻の下を伸ばした政治家が ドンヒョクを横目でねめつけながら
これみよがしにジニョンの前へ むっちりと大きな手を差し出す。

ドンヒョクは 淡く微笑んだまま シアサッカーを巻いたハムのような腕を止めた。



「?!」

申し訳ないのですが・・。 

「妻は今 リファレンス・オンリー(閲覧専用)です」
「なに? 貸出し禁止だと言うのか? 親睦パーティーのルール違反じゃないか」
「本当にすみません」

ドンヒョクは きらめくような笑顔になって ジニョンの腰へ腕を回す。


「妻は少々ナイーブな時期で 何かあっては困るものですから」
「ドンヒョクssi!」
「おや 君は踊りたかった? しようがないな。 それでは 少しだけ僕と踊ろう」
「オモ」

「?」「・・・?」




見せるだけ。 

子どものようなハンターは 愛しい人を抱いて踊る。

むっつりと見つめる政治家の眼は ドンヒョクのホールドを見つめている。
いつにも増して大事そうに 決して 誰ともぶつからないように。


「・・そういうことか」

「ん? 何だ? 何か判ったのか」
「ああ・・。 我々の聖地奪還が いよいよ難しくなったということだ」
「うん?」

「見ろ。 あのチンピラのホールドのしかたを」
「自信満々だな」
「ああ。 ・・そして 恐々としておる」
「ん?」


チンピラめ やっと望みを叶えたか。 ワイフに教えたら喜ぶだろう。


眼の効くトドは堂々と立ち ドンヒョクを見て鼻を鳴らす。

頭取は まだ太い首を傾げて 気がつくまでにもう1ヒント欲しそうだった。

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