料理長にとって、シン・ドンヒョクはいけ好かない存在だった。
ハンサムで金持ち、などというのが大体気に食わない。
そのうえあの男は、自分が弟とも息子とも思い 愛してやまない男、
親友ハン・テジュンを苦しめ、あろうことかジニョンをかっさらっていったのだ。
―まったくジニョンもどうかしているな。男を見る目がない。
・・しかし、ここ数日。料理長は、そのドンヒョクが気になってしかたなかった。
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コトの起こりは先週だった。その日こっそり新メニューをリリースした料理長は、
さりげなく客の反応を気にしていた。
「まて、ちょっとその皿、見せてみろ。」
料理長が、皿を下げてきたバスボーイを呼び止めた。
「これ・・・、どこの席だ?」
「サファイアのルームサービスです。」
シン・ドンヒョク・・・。
プレートの上のソースがパンでぬぐわれていた。 料理への賞賛。
「フン。味覚障害ってわけでは・・・ないみたいだな。」
憎まれ口をきくことで、料理長は口元に笑みが浮かぶのをかろうじてこらえた。
別の日。皿の上に魚が半分残っていた。料理長の眉根が寄る。
「ド・・・ いや客は、何か言っていたか?」
「いえ、別に・・・。ああ、厨房からヴィラまでどれくらいかかるかとお聞きでした。」
「!」
魚の端を口に入れる。明らかに火が通り過ぎていた。ボーイが運ぶ間に熱が入ったのだろう。
料理長が激怒したのは、『鯛のポワレ2色の味わい』の時だった。
緑の方だけ、さらりとソースがぬぐわれていた。
「あの野郎・・・。」
料理長にもわかっていた。
その日使った空豆は、素材の出来が良すぎて、
組み合わせた白のソースのホワイトアスパラが、かすんで感じられたのだ。
「・・・上等じゃないか。」
厨房のプロは、血がたぎる様な気持ちを味わっていた。
ある日、料理長に素晴らしいアイデアが浮かぶ。
甘味を、干し柿でつけるというのはどうだろう?
フレンチの中に使う隠し味としては・・・、なかなか素敵じゃないか?
根っから料理の好きなこの男は、うきうきとレシピを練り始めた。
バスボーイが、サファイア・ヴィラから下がってきた。
皿から、銀のカバーが外されるのを
ソウルホテルの誇り高きシェフは、息を詰めて見ていた。
きれいにぬぐわれたプレート。 してやったりと思わずにやける料理長に
伝言がありますとバスボーイが言った。
「何だ。」
「・・・・ブラーヴァ。 そして拍手を、と。」
「は!!」
どこまでキザな野郎だと、料理長は呆れた。
次の日、
料理長が社長室に来月の運営計画を持ってゆくと、ハン・テジュンの傍らで、
ドンヒョクが書類を調べていた。
計画書を社長に渡し、二言三言言葉を交わしたシェフが、一礼して出て行こうとした時、
書類に目を留めたままのドンヒョクがつぶやいた。
「干し柿・・・。」
「!」
「ビンゴでしょう?一日考えたんだ。」
あんな野郎は好きじゃねえ!
どかどかと歩く料理長の足音が荒い。
―ああ、ソ・ジニョン! あいつはホテリアーキラーだ。