ボニボニ

 

My hotelier side story - グリーター  -

 




ソウルホテルのシガー・バーには グリーターがいる。


レストランの入り口に ゲストを迎えるグリーターを置く店は多いが
小ぶりなシガー・バーにというのはあまり聞かない。

創業者だったチェ会長が このホテルにシガー・バーを置いた頃。
ソウルでシガー・バーを知る人など ほんの一握り。
訳のわからない客が パブと間違えて入るので 人払いを兼ねて彼が置かれた。


あれから 30年。


まだこの入り口に立つ彼は 古くからの得意客に 
老いた執事のように愛されている。
少しだけ首を傾げるような 独特の立ち姿。

彼に 「お帰りなさいませ」と言われること。
それは 上質な大人の男と呼ばれるのに等しかった。

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フランク・シンという若者を この店の入り口に迎えた日を
グリーターは 忘れない。


「ようこそお越しくださいました。」


初見のゲストに贈る彼の挨拶を 氷の眼をした男は きれいに無視した。

―大したもので ございますな。
グリーターは舌を巻く。 若くして 大変な威圧感。
 

案内された席に 身体を沈めたハンターを
グリーターが そっと窺う。


アメリカから来た富豪らしく
最高級の『ダビドフ』を 無造作にフラットカットして
ハードリカーを合わせて くゆらしている。

その後も時折 彼はやってきた。
「お帰りなさいませ。」
入り口で出迎えるグリーターを 無表情に受け流して案内を待つ。


シガーを楽しむ男達はふつう 
ゆったりと煙の向こうに流れる時間を愛する。
その顔には ひと時の安らぎが浮かぶものだ。

しかし フランク・シンの場合は 違った。
その眉根は 容易に開かない。

―シガーにも安らげない程の 修羅の中にいる男か?

刃物のような緊張感をたたえて シガーをくゆらす男。
グリーターは 黙って背中で見守っていた。

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「ソ支配人?・・・ソ・ジニョンか?」


かまびすしいホテリアー達の噂に グリーターは眉を上げた。

フランク・シンという客は ホテルの買収合併に来たハンターで
くるくると表情の変わる 愛らしいあの娘を
だまして 利用したのだという。

「・・・修羅の中に棲む男 か。」

温かい花のような微笑のジニョンを想って
グリーターは 痛ましい顔をそっと振った。 

「・・・酷い事を するものですね。」

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「お帰りなさいませ。ミスター・フランク。」


ある晩グリーターの挨拶に その男は 衝かれたような まばたきをした。
「・・ああ・・。」
「?」

いつもの席に座った彼は 
いつもと違う シガーを選ぶ

―な・・んだ? 『ロメオ Y ジュリエッタ』?

ワインを合わせて。 ・・・ぼんやりと シガーを燃やす。
その顔は切なげで 混乱を紫煙で包んでいる。
氷の眼は潤み 持って行き場のない悩みに 鎧の下の若さが見える。

―こ・・れは・・・・まさか・・。

「・・恋・・です、か?」


黙って入り口に立つ グリーターの背中が 少し微笑む。
氷の眼をした 帝王のようなあの男は 
どうやら 私達の可愛らしい花に 心を溶かされてしまったらしい。


やがて 彼はシン理事となり

ソウルホテルに住み着いた。

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「お帰りなさいませ。シン理事。」
「ああ Mrグリーター。 いい夜だね。」


いつもの席に ゆったり座るドンヒョクは 
それは熱心に シガーを選ぶ。
今日はなんとハバナグラスに ポートワインを合わせている。

親しみやすそうな理事の笑顔に 思わずグリーターが声をかけた。

「お珍しく ・・甘いチョイスをなさいましたね。」

よくぞ聞いてくれました。そう言いたげにハンターが笑う。
「シガーの甘い香りが好きだと。 ジニョンが言うんだ。」


おや まあ ぬけぬけと・・・

照れもしない男の言葉に グリーターが呆れる。
恋人を胸に抱く時のために シガーを炊きこめているわけです か。
年代物のポートワインを舐めたら それは キスも甘いことでしょうなあ。
 

―やれやれ まったく骨抜きですね。


「ふっ・・。」

ソウルホテルのシガー・バー。 
その入り口近くに グリーターが立つ。

氷の眼をしていたハンターは ゆらゆらと甘く煙っている。 
「ああ Mrグリーター。 いい夜だね。」
さっき 理事は言っていた。



「ええ。 ・・いい夜でございますね。」


誰にともなく グリーターは 首を傾げて薄く笑った。

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