ボニボニ

 

My hotelier side story - シャルキュティエ  -

 




ハム屋だ ソーセージ屋だなんて 呼んでくれるなよ。

シャルキュトリーという仕事は  屠られた命の上へ 
涙の代わりに塩とスパイスを散らして 
次の命へつなぐ極上の美味を作り上げる 神聖な作業の番人だ。

キュイジニエ(料理人)とは違うんだ。 俺らは 渾身の眼差しで見つめ続ける。
秘伝のエピス・コンポゼ(スパイスミックス)が 
ただの肉を 永く保存の効く 味の宝石へ変えてゆくのを。

-----


晩秋の頃。 ソウルホテルの厨房には 1ヵ月だけ スタッフが増える。

繁忙期に向けて大量の枝肉を購入し ソーセージやベーコンを作る時期だけ
シャルキュティエと呼ばれる 食肉加工のエキスパートがやってくる。

“フランスでは収穫祭の頃になると村々を回って仕事をする 吟遊詩人のような 
 シャルキュティエもいるそうですね?
・・・我がホテルにも 吟遊詩人をお迎えしたいのですが?”

そんな誘い方が気に入って シャルキュティエは毎秋 ソウルホテルへやってくる。



「おぉい! やせっぽち ソ・ジニョン!」
「まあ シャルキュティエ。 今年もそんな季節ですか?」

生意気に旦那をもらったって話だけど お前ときたら 相変わらずの細っこさだな。

「そんな肉付きじゃ いいハムにゃ なれねえぞ。」
「オモオモ! 失礼ね。私を豚と一緒にしないで下さいよ。」
「失礼はお前だろ? お前なんかより ランドレースの方がずっといいケツしてるぜ。」

ラフな物言い。 野牛のような体躯。
だけど 陽気で真っ正直なシャルキュティエを ジニョンは とても好きだった。

毎年 漢江からの風に最初の身震いをする頃 ホテルに現れる楽しい仲間。
彼の方も 明るいジニョンと軽口を言い合うことを 風物詩のように楽しんでいた。


「お前 ちゃんと家でメシ作ってるのか? ジェニーに任せっぱなしなんだろう?」
「失礼ね! ええ・・と。 ・・・・・たまに・は ・・・・作ってます。」
おうおう 枯葉がカサコソ鳴るような小声だねえ。
「ホレ、持って行きな。」「?」

それは見事に飴色をした 光り輝くベーコンの塊。
シャルキュティエの奏でる極上の「詩」。

「タマネギとコイツをいためてよ キャベツは半玉。 胡椒は そうさな20粒だ。」

-----


カチリ・・・。

静かな音でスプーンを置くと ドンヒョクはじっと深皿を見た。
シルバーフレームの中の瞳が 柔い 戸惑いの色を浮かべていた。

「・・・・・・・・・・・」

ジニョンのスープが とても美味しい。 もちろん 喜ぶべき事態なのだけれど。
―いったい・・・何事だ?
良く出来たなどというレベルを超えて 今日のスープは絶品だ。

キャベツにベーコン程度の具。 シンプル極まりない代物が
震えるほど旨いなどということがあるだろうか。  
・・・・ジニョンが 作ったものなのに?


初めて会った時にハンターを魅了した あの見事なクレームを思い出す。

“サラダはパサパサだし トマトは熟れすぎじゃない!”


・・・そうだ。 彼女の言うとおりだった。  
ソ・ジニョンは 決して味音痴ではない。 いや むしろ
いささか嗜好が大衆的過ぎるけれど 彼女が美味しいというものに 大抵間違いはない。



美味が解る人間ならば 不慣れでも そこそこに料理をするものだ。

彼女が毎度見事に塩辛いラーメンを作るのは 「意識の問題だ」とドンヒョクは思う。
ジニョンはどこかで 気持ちの中に線引きをしているのだ。
“料理は 支配人の仕事じゃない。” と。


そのジニョンが 一体どういう風の吹き回しで これほど腕を上げたのか。
ひょっとして  手料理を食べさせたい相手ができたとか? 

・・・・当然それは 僕以外にありえないのだが。

------


厨房裏の外庭に ジニョンがこそこそとやってきた。

シャルキュティエはそこにいて 少々むくれて座っていた。


「ごめんなさい!! ちょっとお客様に手間取って。 ・・待った?」
「お前ぇなあ・・。 俺を待たせるなんざ 10年早ぇぞ。」

ほれよ これ。 麻薬の密売でもする様に 男が包みをジニョンへ渡す。
「ストラスブール・ソーセージ。 野菜と煮てポトフにしても旨いぜ。」
「ポトフね!どうもありがとう。」
ドンヒョクssi きっと驚くわ。 今朝のスープだって 眼を丸くしていたもの。

それにしても ジニョン。 
「お前少し痩せたんじゃねぇか?何キロだ?」
「やぁねぇ。 ・・ん~と 48かな? きゃっ!」

肉屋の野太い腕が伸びて よいしょ とジニョンを肩へ担いだ。
「せいぜい46だな! 忙しいばっか言ってねぇで ちゃんと食わねえと身体壊すぞ。」
パンパンと まるで枝肉を値踏みするように 無骨な掌がジニョンを叩く。
「ちょおっとぉ もう・・・」

ジニョンの笑顔が 途中で凍った。「オモ・・・」
上質なスーツの背をまっすぐに伸ばし 腕を組んだハンターが立っていた。
「・・・変った所に座っているね。 ジニョン?」

抑えた 冷静な声の中に 虎の気配が潜んでいる。
豪胆で知られるシャルキュティエが 思わずごくりと喉を鳴らした。


「そちらはどなたかな?」

・・・ジニョン? 旦那か? 「え?・・ええ。」
こそこそとした2人の会話に ドンヒョクの片眉が高く上がる。
見たことも無いほど 強い視線。  野牛の瞳が困惑に揺れた。

「あ、あの! 彼はシャ、シャルキュティエなの! 今の時期だけ厨房に来て 
 仕事をしてくれるの! 担いだだけで肉の重さがわかるのが自慢で・・・。」
「シャルキュティエ?」
「私がその ちょっと痩せたって。 ・・・心配してくれて。」



指の長い美しい手が すいと宙へ伸ばされた。 
「返してもらおうか シャルキュティエ。」

チンタ・セネーゼでもイベリコでも 世界の銘豚を好きに仕入れたまえ。僕が払おう。
だけど そのやせっぽちを料理されては困るな。
「彼女は 僕の一部なんだ。」

「・・・・・」
呆然としたシャルキュティエが 肉でも手渡すように ジニョンをよこす。
愛しい人を取り戻して やっと ドンヒョクが笑顔を見せた。

―これが 噂の理事さんかい。 まるで野生の虎みてえだよ。

命拾いをした気がして シャルキュティエはそっと息を吐いた。
「シャルキュティエ。」
うわ! は、はい!

「ジャンボンスフレは 作れるか?」「と・・得意でさ。」
今晩 ジニョンとフォーシーズンズへ行くから 出してもらおうかな。

「は・・。」
塩茹でハムの裏漉しとペシャメル、メレンゲで作る肉のスフレ。
手間がかかるので 近頃は作るレストランも少ないそれを オーダーするとは。


―今年は少し長くいるか。なかなか 面白そうな理事さんだ。

去ってゆく長身を見送りながら シャルキュティエは笑みを浮かべた。

-----


サファイアハウスへの 帰り道。 ジニョンは 首をすくめている。

「感心しないね。人妻が男の肩に。」
「シャルキュティエは もう孫がいる年よ。」
「孫がいる男となら 物陰で 密会してもいい。」


だからあれは・・・。 
言い返しかけたジニョンが 言葉を呑んで唇を噛んだ。
絶品料理の 味の秘密が ドンヒョクssiにばれちゃうじゃない。


口をつぐんだ恋人のお尻を 陽気な指がからかうようにつねる。



My hotelier.  明日はソーセージでも出てくるのかな。
ジニョンの秘密には知らないふり。 ドンヒョクは 口の端だけで笑っていた。

 ←読んだらクリックしてください。
このページのトップへ