ボニボニ

 

フライト 4

 




ジュニが行く時の あぁって ちょっとかすれた声は素敵だ。


だけど・・ なかなか聞けないんだよ。 

「仲良く一緒♪」が大好きなジュニは アタシと一緒に行こうとするから
ジュニが あぁって言ってる時 アタシは半分意識がない。



だけど今日はアタシの方が 先に鳴き声を上げちゃったので
恍惚の中へ落っこちながら アタシは ジュニのあぁっが聞けた。


「・・一緒にって言っているのに ダメですよ」

ジュニは アタシの首筋や頬に唇を押しつけながら まだちょっぴり不満げだ。
奴のメイクラブは 愛情確認作業なので「わずかな誤差」も気になるらしい。


だけど アタシもだてに2年半も ジュニの奥さんしている訳じゃない。

だって良かったんだもんん~って 甘えた声でふくれてみせると
ジュニはきれいな頬を染めて 「良かったですか」って ご機嫌になった。




「あぁ でもベビーっていいですね。 家中に幸せの匂いがします」
「ハルモニさん 嬉しそうだったね」
「韓国に連れて帰るって言い出しそうで ちょっと怖いです」

それは・・言えてる。 だけど あんなに子ども好きなのに 

自分は ジュニパパ1人しか生まなかったんだね。



「ハラボジさんが早くに亡くなったからかな。 残念だったね」

「ん? ハラボジが亡くなったのは70過ぎだから そんなに早死でもないですよ」
「え?」
「ハラボジが亡くなって家が大変だったので 僕達日本を引き上げたんです」
「へ?」


だって ハルモニさんが大事に持ってる ジュニのおじーちゃんの写真。
あれって せいぜい40くらいにしか見えないよ?

「写真? ・・あぁ韓服の?」
「うんうん」


あはは・・! 

「もう50近い頃の写真です。ハラボジはあまり老けなかったからな。
 あれは ハラボジがアメリカ出張の前に ハルモニの為に撮った物です」
「へ?」
「写真の嫌いな人でしたけど 留守のハルモニが寂しくないようにって」



その出張の帰りに ハラボジの乗った飛行機が 機体トラブルで引き返したのです。

「それがよっぽど怖かったんでしょう。それ以来 ハルモニは大の飛行機嫌いです」
「・・・」


うっひゃ~! ナニそれ? ラブラブじゃん!

留守が寂しいハルモニさんの為に 写真嫌いなのに写真を撮るハラボジさん?


「ハルモニに言っちゃだめですよ。すごく怒りますから」
「言わない、言わない・・・ぷくく・・」


ハラボジは無口で 厳格で 周り中から怖がられていましたけど
主家のお姫様だったハルモニのことは 呆れるほど大事にしていましたから。



「ふぅん・・」

ジュニの話を聞きながら アタシは少し切なくなっちゃった。

そんなにラブラブだったなら ハラボジさんが逝っちゃって
ハルモニさん きっと とても悲しかっただろう。

ねぇジュニ? ジュニとアタシにもいつか そうして別れる日がくるかな・・


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約束した時間に間があったので ホテルを探索する事にした。


年代物の内装がシックなロビーや ピアノのあるラウンジを見てまわる。

ノーマンロックウェルの絵が掛かる レトロでシックなバーを覗くと
驚いたことにミンジュさんが 独りでカウンターに座っていた。


「ミンジュ・・さん?」

「あら茜様。 坊ちゃまも」
「ハルモニは?」
「お休みです」


グラスにうつむくミンジュさんは 秘密をばらすみたいに薄く笑った。
旦那様と・・・。

「え・・?」

「ふふふ それは冗談ですけど。 でもたまに そんな時があるんですよ」
 
お休みの時や 寛がれている時に 大奥様が誰かと話しているような
柔らかい光に包まれて それはお幸せそうに微笑んでいらして。

「周りの者は そういう時 “旦那様がご一緒のようだから”と言って
 お邪魔しないように 離れているんです」


まあ・・そう理由をつけて サボらせていただいている訳ですけど。

そういうと ミンジュさんは指で グラスの氷をそっと回した。
そんな仕草をするミンジュさんは オトナのいい女って感じだった。



「・・アタシも 見たことあるかもしれない」

げ。  心の中でいったつもりが 口に出して言っちゃった。

「え?」
「あの・・リバティ島に行くフェリーのデッキで・・」

うっとりと光に包まれて ハルモニさんは「そうだね」って言ってた。
まるで 誰かが耳元へ囁いた声に うなずき返したみたいに。


「・・・」

アタシの顔をまじまじと見て ミンジュさんはにっこり笑った。




ハルモニが“いちゃついて”いるのなら 僕らも一杯やっていきましょうか。

バーテンダーさんが近づいてきたので ジュニはアタシをスツールに座らせた。
1時間もすれば食事だからと 軽くスプリッツァーを注文する。


少しのお酒にぽーっとしながら アタシはまだ さっきの事を考えてた。

仲のいい夫婦も一緒には死なないから 残される方は寂しいだろうな・・。



「あの・・さ・・。 ハラボジさんは 病気で亡くなったの・・?」

「ええまあ、病気というか。 脳溢血で倒れて 急死だったと聞いています」
「!」

しまった! アタシは唇を噛んだ。 

なんてことを 不用意に聞いたんだろう。
ジュニは オモニが突然死したのに! バカバカバカ!


アタシは 自分の顔から血が引くのが感じられるほど青ざめた。

ジュニはアタシの顔色に気づいて 眉を上げると優しく笑った。



「大丈夫ですよ 茜さん」
「ご・・・ごめ・・! アタシったら・・・」
「本当に 大丈夫です」


ふわり・・。 ジュニは腕を回してアタシの肩を抱き寄せた。
茜さんが 僕のことを大丈夫にしてくれたじゃありませんか。

ちゅっ と小さな音を立てて ジュニがこめかみにキスをした。

カウンターの中のバーテンダーさんが グラスを拭きながらウィンクをした。




「だけど ハラボジに頼りきりだったから ハルモニはひどく嘆いただろうな・・」

ぽつんと ジュニがつぶやいた。
もしかしたらジュニも アタシみたいに 「いつかそんな日」を思ったのかもしれない。



「いいえ。 大奥様はご気丈でした」

「?」「!」

ジュニとアタシは飛び上がった。 一瞬 ミンジュさんのことを忘れていた。
ミンジュさんは背筋を伸ばして 真っすぐ前を向いていた。

「旦那様が どうしても逝くまいとなさるのを 大奥様が送られたんです」



「・・医者が臨終を告げたのに。 また動くんです 心臓が」
「・・・」
「呼吸も脳波も止まったのに ドクンって。 医者もこんなはずはないと驚いて」
「・・・」
「何があろうと 大奥様を置いて逝けなかったんでしょうね」


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“良いのだ ジホ。 ・・・お前は もう先に逝け”


無理にもこの世に留まろうとすれば お前は化け物になってしまう。
もう逝け。 先に彼岸へ行って 私を迎える用意をしておけ。

“来世も私が花嫁だ。 私が逝く時に迷ったり戸惑うことがないよう 先に逝け”


--------



「大奥様の声が聞こえたみたいに それきり 心音が絶えたんです」

「・・・」


旦那様はきっと あの世へ行かれて すっかりご用意をされたのでしょう。
何でも 準備の良い方ですから。

「待ちきれなくて 今はああして 大奥様に寄り添っておられるんですね」

「・・・」「・・・」


静かにグラスを取り上げて ミンジュさんはお酒を飲んだ。
ジュニは カウンターの上に置いたアタシの手をそっと握った。

「行きましょうか。 そろそろジウォン様達も こちらへ向かわれる時間です」


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何だかアタシは静かな気持ちで ハルモニさんのスィートへ行ったけど 

ハルモニさんは・・・「ド元気」だった。




あぁ来たねミンジュ これはどうだいって 大きなバスケットを調べている。

「どうって 大奥様。・・・何がですか?」

「だから ジョナを入れて帰るのに ちょうどいいんじゃないかねえ」
「は?」
「ジウォンの奴は 考え事すると 何でも忘れてしまうんだから」



その間にそーっと連れて帰っても どうせアレはわかりゃしないよ。
ハルモニさんってばご機嫌で あ~あ~ 誘拐企ててるよ。

「ハルモニ・・」



ジュニは はー・・・ってため息をついた。 「ハ・ル・モ・ニ」

ジョナにはまだパスポートがないし 飛行機に乗れない月齢ですって
いやジュニ。 問題は そーゆーコトか?



「パスポート? ええクソ そんな物くらいお前が申請すればいいだろう」

「だめです」
「なんだい。融通が利かないね」
「そんな所に融通が利いたら 大変なことになります」

「仕方がないねえ じゃあ 偽造か・・」
「もっとだめです!」



ゴゴゴ・・って ハルモニさんとジュニは 盛大に鼻を突き合わせている。


あのぉ そろそろジュニパパ達が来るよ。 
アタシは 一応 言ってみた。

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