ボニボニ

 

JUNIな生活  クラックーひび割れ― ②

 







ベッドからすべり出て行くジュニは ネコ科の獣を思わせる。


180㎝の筋肉オトコなのに 重さなんか ないみたいだ。

ジュニは静かにベッドルームを出て シャワーを浴びてデスクに座る。
マルチスクリーンのPCは ずっと世界をモニターし続けている。




ビジネスの世界へ行ったジュニは 止まらない世界を相手にしている。


インド、香港、シンガポール、上海・・

ジュニが眠りにつく間にも 世界のどこかでマーケットは動き続けるから

わずかな休息を取っただけで ビジネスの狩りへ戻って行く奴は
なわばりを調べる獣みたいに モニターで世界を確かめる。




ジュニがデスクに集中する頃 アタシはもぞもぞ ベッドを抜け出す。

シャワーを浴びてキッチンへ行き 電動ポットがお湯を沸かす間に
ちゃかちゃか 卵を溶いたりする。


“茜さんはスケジュールが違うのですから 気にせずちゃんと寝てください”

ジュニは言うけど。 そしてホントは 寝ていたい自分も確かにいるけど。

悲しいかな アタシには高坂真紀の 『ママの呪い』がかかっている。

“朝ご飯は ちゃんと食べなくちゃ”



「おうちご飯」に 冗談じゃなく 命を掛けてきた母に育てられたら

ご飯を食べずに家を出ることは パジャマで地下鉄に乗ることに近い。



もしもアタシが寝ていたら ジュニはアタシを起こさないように
そっと部屋を出て行って 街角でコーヒーでも飲むんだろう。

“カフェも多いし デリもあります。 茜さんは無理をしなくていいです”



ごもっともだよ ジュニ。  問題は あたしのママの呪いだ。

かくして アタシはオムレツを作り (ホントはジュニの方が上手い)
ジュニはくすぐったそうに照れながら オットみたいにそれを食べる。


・・夫 だけどさ。


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課題の提出が終わったので ノリータへ 服を見に行った。

North of Little Italy.  つまり リトルイタリーよりも北のほう。 


ソーホーは プラダやヴィトンが並ぶ“メジャー”な街になっちゃったから

新進ファッションクリエーターのブティックや モードなセレクトショップは
ノーホー(つまりソーホーの北)だとか ノリータに多くなってる。 



ロシア正教会の体育館で 毎週末 若手デザイナーがマーケットを開くし

自分でデザインした帽子を路上で売るアーチストもいる。

ここには チャンスをつかもうと頑張るクリエイターたちの熱があって
それは もがいているアタシを すごく元気にしてくれる。 


中でも「マリエラ5D」というお店が アタシの今No.1お気に入り。

値段が高いから いつもは見るだけだけど。 くくく・・・
なんてったって今日のアタシは ジュニの無敵カードを持っている。

パーティーへ行くと決めたから このさい服を買っちゃうのだ! 





レトロな鉄枠のドアを開けて ショップの中へハローと言うと

すっかり顔見知りになったマリエラさんが 派手な笑顔でハイと言った。



「アカネー! 新作の写真を撮りに来たの?」

「えへへ・・それもあるけど。 今日は ドレスを買おうと思っています」
「まあ!」

それはお客様 失礼しました。 マリエラさんはオーバーゼスチャーで
サックスフィフスアヴェニューの店員さんみたいに 気取った挨拶をしてみせた。



実はアタシ N.Y.でも 「JUNI.」のバイトを続けている。

面白いと思ったN.Y.の クリエイターやセレクトショップなんかを
タカミさんへレポートする仕事。


レポートと言うとオーゲサだけど 写真やデータをラインで送って

「これがすっごいカッコいいんです~」とか。ほぼ おしゃべりって感じ。


だから本当は バイトとかってお金を貰うのも気が引けるんだけど。
タカミさんは 「茜ちゃんというフィルター」にお金を出すと言ってくれて

・・それは アタシにとって涙が出そうに 嬉しい励みになっている。




そんなワケで「マリエラ5D」には さんざん取材をさせてもらった。

マリエラさんは F.I.Tの学生であるアタシに すごく優しくしてくれる。


おまけに彼女は なんと「JUNI.」(ブランドの方ね)を知っていて。 
タカミの服は好きだと言う。 前から チェックしていたそうだ。 

だから時にはタカミさんの方から マリエラさんへ情報が来たりして

アタシは 間に入ってるだけだけど ほんのちょっぴりギョーカイな気分。




「ドレスを買うなんて どこへお出かけ?」

「ジュニの・・あ、オットの方のね。 仕事関係のパーティーです」

「ステキ! 茜の“ビジネスプリンス”?!」
「ぇ? あ・・ははは・・・」



まったく。 タカミさんといい マリエラさんといい。

ジュニの名前を聞いただけで チョコを舐めたみたいな顔になる。

マリエラさんなんか 「タカミの創作ミューズを見たい」と言うから
一回ジュニを連れて行ったが最後 もう とんっでもなく気に入ってしまった。 

・・・まあ 気持ちはわかるよ そりゃ。




「それなら これは? 茜にぴったり!」

マリエラさんがチョイスしたのは 鮮やかなブルーのワンピだった。


えりのつまったマオカラー。 襟元をチャイナボタンで1つだけ留めて

その下は胸の真ん中位まで シンプルなスリットが入っている。

全体が細身のプリンセスラインだから 前から見ると品よく地味で
昔の家庭教師風な感じだけど・・うわぁ ベアバックじゃん。


「マリエラさーん これって ホルターネックじゃないですかぁ。 
先端技術のシンポジウムと言ってたから コレは少々マズイかも」
「だってぇ パーティーでしょ? ホルターネックと言っても 背中は
やっと肩甲骨が出る位だし。 こんなの お葬式にも着ていけるレベル」

・・って。 マリエラさんとこのお葬式って いったいどんだけ派手だよ。



それでも 彼女が勧めるだけあって ラインがすごく綺麗だった。

サファイアブルーが艶やかなのに清楚で シンプルに見えてどこか違う。

見るうちにどんどん欲しくなって アタシはついに陥落してしまった。
これにしますとカードを出すと マリエラさんがチュッとキスの真似っこをした。


「Enjoy yourself! 楽しいパーティーをね!」



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これでいいかなとドレスを見せたら ジュニは 1分絶句した。


「・・ぁの だめ?」

「いいえ。 とてもきれいです!」
「?」
「きれいな茜さんで。 すごく 嬉しいです・・・・」


何なの? 語尾の そのテンテンは? 何か言うことあるんでしょ?

アタシはギリギリ片眉を吊り上げて 「機嫌悪くなるゾ」のアピールをする。
ふんわり困った顔のジュニが むき出しの肩をうっとりと撫でた。



「アボジとパーティーへ行った時みたいに 肩が出ていて 素敵です。
 あの時の茜さんよりセクシーで エスコートするのが嬉しいです・・けど」

「けど・・?」

「あの 僕はパーティーの前に1コマだけ プレゼンテーションを聞く予定です」
「プレゼン・・って 研究発表?」
「はい」 


興味深いテーマなので これだけはチェックしておきたいと思っていました。
そっちは会議用ホールですから 客席は多分 学生とか研究者とか。

「つまり研究関係者ばかりです。 セクシーな茜さんは目立つなって」


げっ・・・

そりゃまあ ジュニは仕事だから。 聞かなきゃプレゼンテーションを。


「じゃあさ! アタシは後から行って ロビーかどこかで待ち合わせようよ」

「だめですっ!」
「&%$▲◎#?!」



・・そうだった。 

ジュニは 「アタシをエスコートしてお出かけする」のが大好物。
特にパーティーなんていった日には・・。 ロビーで待ち合わせは 論外だ。


「じゃあ ストールを持って行こうか」

「?」
「肩にストールをはおってしまえば ハイネックの服に見えるでしょ?」

「はおって・・」


いきなり ふわりとジュニが笑った。 アタシの胸がドキン!と鳴る。


おーっきな花が咲いたような 金のシャボンがはじけたような。
まったく こいつの超絶オーラには 何年たっても眼を奪われる。

ジュニは真っ白な歯を見せて そのままで大丈夫ですと溶けるように笑った。



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・・・つまり コレをしたかったワケだ・・



プレゼンテーションの座席に着いた時 アタシは思わず半眼になった。



会議用ホールは 大学の教室みたいに 階段状に席が並んでいた。

ジュニはベアバックのアタシを連れて ほぼ最前列(!)まで降りて行った。

他の席にいる学生や研究者風のおじさんは チラリとこちらを振り向いて
パーティードレスのアタシの方を ぎょっとしたように二度見する。



もぉ~ジュニ! やっぱり大丈夫じゃないじゃん!

アタシがガオ眼でにらみつけると 涼しい顔で周りを見まわした奴は
すらりと自分の上着を脱いで アタシの肩を包み込んだ。



「空調が効いていますから 着てください。ストールよりは重いけれど」って。 

口では申し訳なさそうに言うけど 顔中 ニコニコになってるし。

おまけに座ると ジャケットの中へ手を差し入れて
周りに見えないのを幸いとばかり 腕を回して腰を抱き寄せた。



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