ボニボニ

 

JUNIな生活  クラックーひび割れ― ⑤

 




アラームが鳴る前に 眼が醒めた。




ジュニは後ろで アタシの髪を柔らかな寝息で揺らしている。

いつものジュニと アタシのポーズ。
ジュニはアタシに前を向かせて 背中からアタシを包み込む。


そのポーズは そのままジュニの アタシに対する姿勢に似ている。

茜さんの望むように 僕はそれを抱きしめますから。




だけど 昨夜はそうじゃなかった。

ジュニはまっすぐアタシを見つめて 「自分の希望」をアタシに言った。
“僕達のベビーが 欲しいです”




「・・・」

ゴソゴソ動いちゃったからかな。

寝ているジュニの手が動いて 確かめるようにアタシを撫でた。


知っていたんだ。 本当はね 何年も前から気づいていた。

ううん。 それどころか会った頃から ジュニは言っていたんだもの。




“僕の子どもを生んでくれるのは嬉しいですけど 茜さんはまだ17ですから”

“あ! ひょっとして茜さんは産みたいんですか? それなら僕はがんばります!”

“茜さんさえ良ければ 僕は いっぱい子どもが欲しいです”


“ベビーのこと・・僕 ちょっと残念でした”

“だけど 空振りで良かったです。
 茜さんには 幸せな顔で ・・おなかを膨らませて欲しいです”


“ベビーって可愛いです。 あぁ僕 やっぱり子どもが欲しいな”





ジュニは ずっと気を使っていた。 


多分アタシにプレッシャーをかけて 嫌われるのが怖かったんだろう。

妊娠かも?の騒ぎの時 口では空振りで良かったと言っていたけど
ジュニがしばらく凹んだのを見て 奴の期待の大きさに気づいた。


ハルモニさんが「ややこを見たい」と言うたびに ジュニはたしなめていたけれど

ホントはジュニが ハルモニさんより子どもを欲しがっていたんだよね。



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「75℃ォ?! それって発火するんじゃないの? やばくない?」

・・って 真由っぺ。 こっちは華氏だから。


ジュニが会社へ出かけた後 アタシは真由とLINEで話した。
向こうは夜の9時か10時だ。 やっぱり東京とは離れてるんだな。


「気温 75°Fって 摂氏で言うと22℃とかそんな位だよ」
「何ィ? 22℃だあ? それってさぁ ウチのエアコン設定よりずっと下だよ。
 いいかあ~?日本じゃ40℃超える地方もあって 街中風呂ン中状態だぞぉ」

「げ・・・赤道じゃん」

「冗談じゃなくて溶けそうだよ」



LINEの向こうの真由っぺは 相変わらずの陽気さだった。

そんな彼女の相変わらずぶりが 泣きたくなるほど懐かしい。


真由っぺは アタシにつきあって(?)4年まで大学に行った後
親戚の伯父さんが経営している業務用厨房機器問屋に就職した。

タイジってメーカーのフライヤーは上代4万チョイで卓上型だって

揚げ物好き真由は社会人になって フライヤーの域にまで達しているのだった。



「んで? まだ赤ん坊は欲しくないと」

「欲しくないとは 言っていないけど・・早くない?」
「話にならん」
「?!」



大体 高校を出た年に結婚するのが早過ぎじゃん。それで結婚6年目?

「年から言えば早いけど 結婚年数で言えば早くない」

「・・・」


「結婚の見通しも立たない女に 茜は何の相談だ」
「真由っぺ。 ・・・圭太と何かあった?」
「何もないっ!」


何もないから 不安なのだと真由っぺはボソボソ声で言った。

つきあって もう5年くらい。 結婚どころか婚約のコの字も何もないそうだ。




もちろん真由っぺも ぜーんぜんまだ 結婚にリアリティはない訳で
今は仲良くやっているんだから 一応満足らしいんだけど。

「たまにさ。 この先アタシ達 どうなるのかなって思うんだ。
 5年か10年先の未来 圭太の隣にアタシはいるのかなって」
「圭太とそんな話はしないの?」
「結構そのヘンは触らないものだよ。 24歳の男に 結婚の言葉は重い」

「そっか・・」


ホントは「いつかそのうち」って そんな予告編でもあれば
アタシは 「そのうち」が例え10年先でもちゃんと待っていられるのに。

「ただつきあっているという関係は 時々 もろく思えるものだ」


真由っぺは 何か 哲学的な真理みたいにつぶやいた。

茜は ジュニが最初から結婚する気満々だったから
恋人という仲のもろさに 不安を感じたりしなかっただろうけど。


「アタシから見れば ジュニは凄い」

「ぇ・・?」

「たった19歳の若造の頃に 妻を持つ覚悟を固めたんだもん」
「・・・」
「ジュニの覚悟は 若気の勢いとか そういうんじゃない本気だったし」
「・・・」

「そんなジュニが26歳の今 子どもを欲しがるのは不思議じゃない」

「・・・」


それでも 産むのは茜だもん。 自分の気持ちに正直でいれば?

「結婚も子どもも 片方だけが望んだって出来るもんじゃないし」


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アタシはLINEを切ってから しばらくスマホを握りしめたまま
ソファの上に片膝を立てて 親友の言葉を思い返した。


“自分の気持ちに正直でいれば?”

真由っぺは 少し 怒ったようだった。

“結婚も子どもも 片方だけが望んだって出来るもんじゃないし”



真由はアタシに まだ結婚を考えられない圭太を重ねたのかもしれない。

人は立っている場所が違うと ものの見方も変わってくる。

真由の話を聞いていた時は 5年もつきあって何も言わない圭太が
覚悟の決まんない奴だなって もどかしいような気がしたのに。


・・・アタシも 似たような奴だったワケだ。


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地下鉄から地上へ駆け上がると マンハッタンの四角い空が青かった。

ノリータは相変わらず 年若いニューヨーカーでにぎわってた。


アタシは いくつか気になっているショップの店頭をチェックした後
やっぱり「マリエラ5D」の 古めかしい鉄枠のドアを開けた。

「!」



お店の中へ足を踏み入れるなり アタシはその場でフリーズした。

アラン・ウェイの切れ長な 冷たい眼差しが正面にあった。


「・・・」

「・・・」


「あらぁ アカネ!」
「ハァィ。 ・・マリエラさん」


マリエラさんへ挨拶すると アラン・ウェイがけげんそうに眉を上げた。

何なの?何なの?この男って。 確かに 凄いオーラだけど

オーラで言えば超テラ級の奴を アタシは家に飼ってるんですからね!
(正確に言うと 養われてるのはアタシだけど)



「・・マリエラ 誰?」

って ちょっとあんたね。


アタシを冷やかに見据えたままで マリエラさんに聞くなっ!

何だかムッとしちゃったので アタシはアラン・ウェイをねめつけた。
人の名前を知りたいンなら 自分が先に名乗ったらどーだ?!(知ってるけど)


「アタシはアカネ・コーサカ! 日本人よ アラン・ウェイ」

「僕を?」
「アタシもF.I.Tだもん。マーチャンダイジングマネジメントを修了したとこ」
「へえ」



へえ・・ですかよ。 

そりゃまあ デザイン科スターのあんたとは違うけど
これでも一応 アタシの方が先輩ってことになるんだから!

ちょっと怒った勢いで アタシはつんと顎を上げる。

アラン・ウェイはそんなアタシを まじまじと珍しそうに見て・・笑った。



「それでか。 あのワンピース 結構きれいに着こなしていたな」

「?!」

「びっくりしたよ。先端技術のワークショップ会場に マリエラ5Dのドレスを
 着てくる奴がいるんだから」
「マリエラ5Dの服だとわかったの?」
「俺がトワルにピンを入れた」
「ぇ?」

「インターンでしばらくここに居たんだ」


マリエラのデザインは悪くないんだけど 作り手に似て色気が足りないんだ。
だから俺がピンを入れたと アラン・ウェイはしれっと言う。

怒るかと思ったマリエラさんは ゲンコで彼を小突く真似をして

まったくコイツの傲慢さにはまいるわと 陽気な笑顔を見せた。


「なあに アランは先端技術に興味があるの?」
「色彩と視覚に関する研究だったからだよ」 

「へえ・・その辺あなた 真面目よね」


2人の会話を聞きながら アタシはなるほどとコクコクしてた。

あの時アラン・ウェイがじっと見たのはマリエラさんのドレスのせいか。



「おい お前。 アカネだっけ?」

「?! そうだけど 何?」

あーもう! コイツの傲慢さに釣られて どんどん応対がラフになる。
クールビューティーが聞いて呆れる アラン・ウェイってとんでもないなぁ。


「あの人は その・・誰?」

「誰?」

「ほら お前にジャケット・・・を・・」



むっとしたようなアラン・ウェイの顔が いきなりボンッ!と赤くなった。

ぇ? ・・・え?  えええええええ?!!!!


男女構わず 一目で落とす(ただし本人無自覚のまま)男を夫にしていると
こんなことは 冗談じゃなく「年に何回も」あることだ。

しかしアラン・“傲慢”・ウェイまで? まあね デザイナーはそっちが多い。



口の悪い傲慢男が言うだろう 罵詈ゾーゴンに身構えながらアタシは言った。
「一緒にいた彼のことなら イ・ジュニ アタシのハズバンド」


What’s ?!  husband?! NOOOOOOOOO!!  ドガガラガシャーン! 


って アラン・ウェイのバックに雷が落ちた。(気がした)

お前があの人の結婚相手だぁ?!というアランは 想定外なほど仰天していた。

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