ボニボニ

 

JUNIな生活  クラックーひび割れ― ⑨

 




パーティーはまだ続くみたいなので ジュニとアタシは帰ることにした。

遠巻きにアランへ挨拶をして アトリエの外まで出たところで
人の輪を抜け出してきたアランが 後ろから アカネ!と呼び止めた。



ジュニが ゆっくり振り返る。

アトリエの光を背中にして アランの顔は暗くて見えない。
だけどアタシは 奴がまっすぐ ジュニを見つめてるのがわかった。

こぼれんばかりのアカネ色のアーチが アランの広げた羽根みたいに見えた。


・・だめだよアラン そんな風に見ちゃ・・・ 




「帰るのか?」

「うん。 アラン!サイコーに素敵なショーだった。 どうもありがとう」
「ええ 素晴らしかったです。楽しい時間をありがとうございました」

「・・・・本当に?」


「? ええ。 僕モードの事はわかりませんが 今日はとても美しいものを
見せてもらったということだけは解ります」 
「・・・・気に入った?」
「とても。 今度は 我が家のパーティーにもいらしてください」

「・・・・・ぅん・・」



じゃあな アカネ。 今日はサンキュー 来てくれて。

アランはアタシの腕に触れると 頬を寄せてチュッと 真似だけのキスをした。
この国だったら何でもない 親愛程度のご挨拶。

アタシは一瞬息を呑む。 ジュニの顔から 微笑みが消えた。



「?」

「・・・・・」


振り向いたアランはジュニを見て そのまま 氷になったみたいだった。
アワアワしてるアタシの前で ジュニは アランと見つめあう。

「ジュ・・ジュニッ!」

「・・・・」



は、早く言わなくちゃって だけど何を?! 

アタシがオロオロしているうちに ジュニの青い焔が揺らめく眼を
魅入られたように見ていたアランが フッと 悪魔みたいに笑った。


「ジュニ・さん」

「・・・・・」

「僕は あなたの奥さんに 恋愛感情を持っていないよ」

「・・・・」


と言うより どんな女性にも そういう感情を持つことはないんだ。

「僕は そういう種類の人間」

「・・・」




ジュニが止まった。 信じられない。

青い焔が 深い息を吐き出すように退いて行く。
とても静かに眼を伏せたジュニは すみません と小さな声で言った。

「僕は あなたに失礼をしたようです」

「そんなことはない。 ・・あなたは」




ゲイに嫌悪感を持っている?  アランが上目づかいに聞く。
ジュニはゆっくり首を振って いいえ と柔らかく微笑んだ。

「同性しか愛せないと言うあなたは 少し 不器用かもしれません。
だけど 僕はそれ以上です」


僕は たった一人しか愛せない。 「ひどく不器用な人間です」

「・・・」

「フフ・・こんなことは ほぼ初対面のあなたに言うことではありませんね」



ジュニがこちらを振り向いた。 行きましょうか茜さん。

「それでは これで失礼します。 今日はとても楽しかったです」



アタシの背中を手で支えて 石の階段をジュニが上り始める。
階段を半分まで上った時 アランが明るい声をかけた。

「なあっ! 今度は あなた達のパーティーに呼んでくれるんだろう?」


「是非いらしてください。 待っています」


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・・僕は 駄目ですね。 

「僕のせいでアランさんに プライベートな告白をさせてしまいました」


ベッドのジュニは枕にもたれて 落ち込んだような表情で言った。
アランのアトリエから帰った後 ジュニは 少し沈んでいた。

アタシがベッドによじ上って シーツを四つん這いで進んで行くと
のろのろと顔を上げたジュニは 手を伸ばしてアタシを抱き寄せた。

「この先も いいですか?」





アタシの手がシーツをつかむと ジュニは その手を捕まえて

シーツからそっと引き剥がして 自分の首に巻きつける。

2人の間に少しの隙間も 作りたくないみたいな今日のジュニは
きっと何か 心の中の 囁きに怯えているのだろう。


アタシはジュニの ポンデリングみたいな腕から上に少し抜け出すと

ジュニの頭を腕に包んで ささやかな胸の谷間に抱いた。


「ねえ ジュニ?」

「・・・」
「愛してるよ。 アタシはずっと 変わらない」
「ええ・・」



幸せです。 ジュニはアタシの胸の谷間に くしくし顔を擦りつける。

だけどこの時ジュニはちょっとだけ 嘘をついていたんだとその後知った。


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その時アタシの眼が醒めたのは 本当にたまたま 偶然だった。

時間も判らないほどの深夜に ジュニがベッドにいなかった。

ジュニは夜中に ヨーロッパやアジアの相場をチェックすることがたまにある。
だからアタシは気にもしないで トイレへ行こうと寝室を出た。




暗い夜に 聞こえないくらいの 囁き声がただよっていた。


ジュニの静かな深い声。 話している相手は 多分 ハルモニさんだね。

いつもはそんな事しないのに アタシがドアの前で立ちすくんだのは
ジュニと話すハルモニさんの声音が 何だか 聞き慣れなかったからだ。



「・・ダメですよ。 茜さんに そんな事を言っては」

“?”


「だけど お前はそれで良いのか? 幼い頃からの夢だったではないか。
 耳にタコが出来るほど 言うていたぞ 茜さんに良く似た男の子と・・」

「僕に良く似た女の子。 茜さんに似た女の子と僕に似た男の子が欲しい」


「私が産めなんだ分までも ややこをたんとこしらえて
 2人ぼっちのこの屋敷を にぎやかな声でいっぱいにすると言うた」
「子どもの頃の無茶な夢です ハルモニ。 茜さんには茜さんの人生がある・・」

「だけど 茜はお前と歩くと言うたのだろう? お前のややこを産むと」
「・・茜さんには 追いたい夢があるのです」
「追えば良い。 ややこは 夢に向かう励みになろう?」

「・・・」


育児はお前がすればよいし 私に預けるなら願ってもないことだ。

「何なら そちらへ最高の乳母を連れて移住しようか?」

「ハルモニ・・」
「子を産むるには限りがあるぞ。 私がどれほどもう1人 いや2人
ジホのややこが欲しかったことか」

「ハルモニ・・」



諦めてくださいと低い声が言う。 ハルモニへ言っているはずの声は
ジュニが まるで自分自身に刻みつけているように聞こえる。

・・アタシは 気配を押し殺して ドアの前をそっと離れた。


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「すみません。 僕 今夜は遅くなります」

昨夜(今朝と言うべき?)の会話が嘘みたいに落ち着いた声でジュニが言った。


「お仕事 忙しいの?」
「そうですね。 茜さんはどうぞ先に寝てください」

「・・ぁのぅ ジュニ」

すっと ジュニの手が伸びて アタシの顎を捕まえる。


んくんくんくんく・・・・・

・・ぷぁ・・


カクン とアタシの膝が落ちる。 ジュニが素早く抱きとめた。
ごめんなさい茜さん。 今朝は僕 本当に時間がありません。


「お話は帰ってから。 明日の朝では間に合わないですか?」

「ううん 大丈夫。 急ぎじゃないから・・ゆっくり話そ」
「ええ。 愛しています 茜さんも?」
「愛してる。 ・・あのっ! ホントに愛してる」

「? 今日は大サービスですね? フフ」

「・・・」




行ってきます。 

最後におでこにキスをして ジュニがドアから出て行った。

アタシはバイバイと振った手を グーに握ってずっと立ってた。


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“夢みたいだったなぁ あの笑顔!からかうように触れる手 ベルベットボイス”


アランは 指先にグラスをぶら下げて うっとりした顔で宙を見つめる。

ここまで幸せそうな人なんか めったに 見られるもんじゃない。
アタシはつい笑っちゃう ヤツが宙に見てるのがジュニだという事実はさておき。



授業が終わって教室を出ると なんと アランがロビーで待ってた。

お前ヒマか?って一応聞いて アタシをズルズル連れて行く。
ジュニの話をしたいんだろう。 よりによって「アタシ」を相手に。



それでも 今夜はジュニも遅いから 奴につきあうことにした。

マリエラさんの店に近い サイケデリックな内装のカフェ。
ジュニとはこういう店に行かないから ちょっと新鮮な気持ちになった。

「アカネ。 ・・あの人 神経症なのか?」

「ぇ?」


グラスの氷を見つめたままで アランがぽつりとつぶやいた。
嫉妬深いとか そういうんじゃないな。


「あの人 何に怯えてるんだ?」

「・・・」


P.T.S.D.があるの。 

あまり言わないジュニの秘密を アタシは アランに打ち明けた。
アランの声が 心の底から心配している声だったから。


ジュニは小さな 子どもの頃に 心が壊れるような経験をしたの。

「アタシが偶然 その時のジュニを ケアしてあげることが出来て・・。
だからジュニは アタシを失くす事を異常な位に怖がっているわけ」

「・・・」



そしてアタシは そんなジュニが アタシに嫌われまいとして
何も言えないのをいいことに ジュニの夢に気づかない振りをしている。

“諦めてください” ジュニの声は それは悲しそうだった。


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男にしては華奢なのに アランは すごくお酒に強かった。

身勝手なくせに気のつくヤツが まめにお代わりを聞くものだから
アタシってば 普通なら飲まない位の量を飲んで けっこう酔っぱらった。


酔い醒ましに歩こうぜ。 店を出るとアランが言った。
アベニューならコップも流しているし 。

「俺は お前を襲わない。 管轄外だからな」

「もぉ アラン」

軽いノリのアランの言葉に アタシは思わず笑ってしまう。
アタシは ちょっとはしゃいだ気分で アランとフラフラ夜道を歩き

ソーホーの端まで来たところで 女性と一緒のジュニに出会った。




「?!」「え・・? あれ? ジュニさん?」

「・・・」



何だろ これ。 
ジュニがアタシの知らない美人を エスコートして店から出てきた。

仕事で遅くなる・・んだよね? その店 レストラン・・だよね?



ジュニはアランをじいっと見て その眼を ゆっくりアタシの方へ
お酒で赤くなったアタシの頬を見つめて 静かにまばたきをした。

「・・ここで 何をしているのですか?」

「ぁの アランとノリータで飲んでたの。 ジュニが遅いって言うから」

「そうですか。 アラン」

「! ・・何?」
「茜さんは かなり酔っています。キャブを拾ってくれませんか」



美人がジュニの袖に触れて ねっとりした眼で目配せをする。

ジュニは 路肩で待っていた黒塗りの車に 冷たい顔で歩み寄ると
美人を先に車へ乗せて ドアをつかんで振り向いた。


「・・ねえ ジュニ」

「茜さん。 帰ってから 話をしましょう」




ピシリ・・・ と 小さなクラックが夜の空気に入った気がした。

ジュニと美人を乗せた車は ネオンの街へ消えて行った。

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