ボニボニ

 

JUNIな生活  クラックーひび割れ― ⑩

 




ジュニと女性を乗せた車が 角を曲がって見えなくなると 

いきなり 街の騒音が レベル5個くらい大きくなった。



一瞬 固まっていたんだな。 
酔いの中からアタフタとアタシの正気が戻ってくる。 

眼を伏せたジュニの冷たい表情 ガラスみたいに硬質な瞳。

・・大・・変・・・・

「アタシ 帰らなきゃ」




「・・アカネ!」

振り向くと 夜の街角に立つアランは 困ったような顔をしていた。

「理由があるんだ」 

「ぇ?」

「“たった一人しか愛せない”んだろ? あの人は 嘘を言ったりしない」
「アラン」
「信じてやれよ あの人のこと。 きっと 何か理由があるんだ」

「・・・」



ネオンで輪郭の揺らめくアランは ゲンコを強く握りしめてた。

アタシに取り乱すなと言うヤツは アンタこそと言いたいほど真剣だった。


クス・・・ 

こんな時なのに アタシはちょっぴり笑ってしまう。
恋敵のくせに アタシ達の仲を心配するなんて いいヤツじゃん。


「アランは・・自分のせいで大事な人が 壊れてしまうのを見たことがある?」
「?」

「アタシはある。これでもアタシ ジュニと一緒にいろんな事を越えて来たんだ」



ジュニは 右手を奪われたら 左手でアタシを抱こうとする。

空高くまで飛べる羽根があるのに それでアタシを包もうとする。

「出力1000%でアタシを求める 制御出来ないモンスターロボットなんだ。
 そんなジュニが 他の女とどうこうなんて 疑ったりなんかしないよ」

「それじゃ・・」

「心配なのは ジュニがアタシを アランに任せて行ってしまったこと」
「?」


アランがゲイだからとか アタシを信じてるとか そんな事は理由にならない。 
いつものジュニなら あの状況でアタシを置いて行くことはありえない。

「そうしようと思っても“出来ない”の。 ・・だから 早く帰らなきゃ」

「・・・」


アタシのために もう二度と ジュニを壊したりしない。

だからアタシは たった18でジュニと結婚したんだもん。




アランはキャブを拾うだけじゃなく 家までアタシを送ってくれた。

キャブを降りてお礼を言うと アランはまぶしげにアパートを見上げた。


「ここが あの人の住む家かぁ。 ・・何階?」

「14階。 あの人のじゃなくて ジュニとアタシの住む家だからね」
「性格の悪い女だな。 ・・本当に 大丈夫なのか?」
「ん 頑張る」



Good Luck.

お前があの人と別れたら 俺が 家へ遊びに行けないから。

アランは 自分勝手なんだか優しいんだか 判んないような励ましをくれた。


---------



部屋に入って 灯りを点ける。  窓を開けて 夜空を見上げる。

ビルの影が夜空の裾を 角ばったデコボコに切り取っている。


ずいぶん見慣れたマンハッタンの景色。

世田谷の住宅街に住んでたアタシは ある日現れたジュニのおかげで
いつのまにか こんなに遠い所まで来ていたんだ。


“すみません この辺の方ですか? 高坂さんというお宅をご存知ないですか?”

「・・・」





ねぇジュニ?  アタシね 怖かったんだ。 

この街で働き出したジュニは 大人で リッチで 完全無欠で。


アタシがどれほど一所懸命 自分の足で歩いたって
到底 ジュニと並べるはずなんかなくて。

このままアタシがママになったら 「ジュニの子どもの母親」が
アタシの第一代名詞になってしまう。

そんな自分を アタシはいつか嫌いになるんじゃないのかなって。


・・そして

アタシが自分を嫌いになったら ジュニは 苦しむんだろうなって。


--------




ジュニは静かにドアを開けて うつむいたまま部屋へ入って来た。

目の前にアタシの足があるのに気づいて 表情のない顔を上げる。


・・茜さん・・・



「茜さん ちゃんと帰れたんですね。 良かった」

「良くない」
「ぇ?」
「仕事で遅くなると言った夫が どうして女とレストランから出て来る」

「・・ぁあ その事は」


「キ・チ・ン・と 説明してもらいます」
「!」

「アタシはジュニの奥さんなんだからねっ!!」




まわれ右をして リビングへ向かう。 

ジュニはきょとんとまばたきをして それから ほどけるように笑う。


リビングの中へ入ったところで 後ろからジュニに抱きしめられた。
遠慮がちに包み込む腕を 捕まえて アタシは眼をつぶる。

アルマーニスーツを着ていても 伸ばしたこの腕は変わらないね。

それからはあーって息を吐いて アタシはジュニの腕に噛みついた。


痛たたたた・・・!  「茜さんっ!」





抱かせてくださいって 絶~~~対 やだ!

「女の香水の匂いがする!」

「す、すみません! あの人がもたれて来るから・・僕は何も・・茜さん!」
「あんな高級レストラン。 アタシは行ったことない!」
「仕事ですから・・・あの!週末・・明日!明日連れて行きます!」


どたばた取っ組み合ううちに ジュニの眼の中に光が戻って来る。
ジュニの両頬をええい!とつまんだら ここぞとばかりに抱き上げられた。

「あぁねひゃん いはいでふ」

「降ろしてよ!」
「あめでふ」


ジュニは顔のひと振りで アタシの手を振り払うと
宙釣りに抱き上げたまんまのアタシを うるうる顔の眼で見つめた。

「愛しています。 知っているでしょう?」

「知らないよ。 ジュニは酔ったアタシじゃなくてセクシー美人を送ってった」



あぁ 茜さん・・


ジュニはアタシを抱き上げたまま どんどんベッドへ歩いて行く。 

「あの時は 僕 もう少しで心がちぎれそうでした」



ぽふん とアタシをベッドへ落として ジュニは上着を横へ放る。
ネクタイを首から引き抜きながら どうしようもないな・・とジュニが言った。

「わかっているんです。 僕のせいで 茜さんは人生の時計を早めた」


学生結婚をして 僕と一緒に 日本を離れてこの国まで。
それでもやっと目標も見つけて 茜さんの世界を作り始めています。

「今度は僕が待つ番なんだと 何万回も 自分に言い聞かせたんです」

「ジュニ」



だけど アランのアトリエで見たあれこれは 僕には無縁の世界でした。 

「僕の知らない世界にいる茜さんを 尊重しなくてはいけないのに」
「ジュニ・・」
「茜さんが新しく作った絆も 認めなくてはいけないのに」

「?! それであの時 アタシのことをアランに頼むと言ったの?」

「辛くて もう少しで吐くところでした」




いつまでも 茜さんを離せない。 

どうして僕は こんなにも不器用な人間なのでしょうね。

ぽつんとジュニがベッドへ座る。 大きな背中を力なく丸めて。
アタシは あの日と同じように 腕を広げてジュニを抱いた。


「茜さん」

だいじょぶ・・

「“アーちゃんはジュニのお嫁さんになって ジュニをずっと抱いてあげるよ”」
「!」

だってアタシは たった5歳で 1個しかない愛を見つけたんだもの。



こんなに大きなジュニの背中。 アタシの腕はまわりきらない。

そしたら 腕の中のジュニが振り向いて アタシをしっかり抱きしめた。


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美人について問いつめることを 絶対! 忘れないようにする! 

ジュニがいっぱい揺らすから アタシは 自分に念を押した。


だけどジュニの硬いものが 嬉しげにアタシを掻きまわすから
このままだとアタシ 溶けちゃって バターになるかもしれないな。




それは いらないってボソボソ言ったら 切れ長の眼がまんまるになった。

「だって茜さん まだベビーは・・」
「わ、わかんないのっ!」 


ちゃんと覚悟が出来てるのか 自分でもよくわかんないんだけど。

「結婚する時もわかんなかったけど・・今は 良かったって思ってるから・・」

「茜さん・・」

「良かったって 後で思えるように頑張ってみるコトも・・アリかなって」
「僕 全力で協力しますっ!」
「それは・・ハナからわかってる」

「あぁ 茜さんっ! ありがとう!」




もの凄くもの凄くいいですって そういう感想は言わないでよ。

ジュニは小さく口を開けて うっとりと腰を打ちつける。


「ああ僕 永遠にこうしていられそうです」

って いやジュニ。 それじゃ アタシが壊れるから。





いくつもアタシが行っちゃうのを ジュニが嬉しげに見つめる。

アタシはもう一回 腕を伸ばして いっぱいにジュニを抱きしめた。

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