ボニボニ

 

JUNI それからstory 25

 




「高坂 茜。」

「はい・・。」

緩やかな音楽が流れる中へ アタシは すっと立ち上がる。


壇上に進むと校長先生が 優しい表情で証書を差し出す。
少し震えて手を出すと 穏やかな口元が 小さく「おめでとう」と祝ってくれた。

今日 アタシは 卒業する。
手の中にある1枚の紙は この学校でアタシが過ごした時間のエンドマーク。
長いようで過ぎたら短い 高校生活が 今 終わった。

一礼をして振り返る。 
ちらりと保護者席へ眼をやって アタシは 危うく噴き出すところだった。 
 

・・・・(T个T) ・・・・・

パパ。 その顔 面白すぎ。 感きわまってるのはわかるけどさ。
パパの横ではスーツ姿のジュニが ビデオカメラを覗いている。
ファインダー越しにアタシの視線を見つけたジュニは こちらへ愛しげに笑いかけた。

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式が終わると 卒業生は皆 なんとなくチャペルの前に集まって
仲のいい友達同志 本番のローブ姿で写真を取り合った。

チャペル前には 桜の樹。

この日散る為に植えられたように 淡い紅を風に乗せる。
はらはらと舞う花びらの中で アタシたちは さんざめいていた。 


「茜! 一緒に撮って~!」
「茜!茜! アタシも♪」
「・・・・・・・・・・・・。」

アタシ こんなに仲良しがいたっけ?

どいつもこいつも アタシと写真を撮りたがる。
奴らの狙いは ミエミエだ。 「あっ! ねえ~? ジュニも入って~。」

はいはいと ジュニはとても愛想がいい。
茜さんのローブ姿と一緒に写るのは嬉しいですって ほくほく顔で呼ばれて来る。
「ジュニは茜と~ぉアタシの真ん中ね! 2人の肩を抱いて~!」
「こうですか?」
「きゃ~ん♪」

「・・・・・。」
いいけどね。 冷たいアタシの流し目に ジュニはきょとんと不思議そうだ。
自分がモテるということに関して コイツは まったく無頓着だよ。
「あっ茜さん! シスターがいらっしゃいました。 ねえ・・? 茜さん。」

“・・・僕たちの式。 ここのチャペルがいいですよね?”

そっと ジュニが耳打ちをする。
アタシは 赤くなっちゃったけど「うん」と 小さくうなずいた。
・・・だけど ここでその問いに答えたことは 間違いだった。



アタシのウエストに手を添えたまま ジュニはシスターにご挨拶をする。

「本日はおめでとうございます。 ・・ジュニさんも 良かったですね。」
「ありがとうございます。 シスターにここでお会いできて嬉しいです。」

ジュニってば まったく行儀がいい。
奴の上品な物言いに シスターは 呆れるくらいのメロメロ顔だ。

「ところでシスター?  僕たち 今日はお願いがあります。」
ジュニはきれいな頬を紅潮させて アタシへ “ねっ?”って目配せをする。
まるで大得意の子どもみたい。 だけど・・・何が “ねっ?”なんだっけ?

「まあ 何でしょうか? ジュニさん。」
「茜さんが卒業したので 僕たち 結婚式を挙げることにしました。つきましては
 こちらの教会で 結婚講座を受けさせていただけませんか?」



げ・・・・!!


周囲の友が 一斉に 止まった。
ジ・・・ジ・・ジュニってば このタイミングに あんた。

「まあ 随分早いご結婚ですね。 でも それはおめでとうございます。」
ありがとうございます!!
「未熟者ですが 神の御名に恥じないよう 茜さんと2人で幸せな家庭を築きます!!」

「・・・・・。」

ああ 忘れてた。
こいつってば 世界の中心で思いっきり愛を叫びたいヤツだった。

友達も そのオカーサマ方も ガッコの先生も ごーっそり揃ったチャペルの前で
ぐっとこぶしなんか握っちゃって 堂々 ジュニは宣言する。
頼むから その勢いでチューしないでね・・・。 アタシは がっくし肩を落とした。



ねえねえジュニ! ホンット~に 結婚すんの?!
「はい本当です。 僕 とても嬉しいです。」
「え~ぇ、もったいないなあ・・! その若さで 茜の毒牙に・・。」

誰の毒牙だって? 美穂と美咲は左右から ジュニを引っ張りっこして聞いている。
パパとママは一足先に帰り 謝恩会から2次会へと アタシたちは浮かれている。
そして悪友どもに誘われるまま ジュニは 一緒についてきた。



卒業式なんだからさぁ・・ 女同志で騒ごうよぉ・・・

小さい声で不平を言ってみたけど もちろん 級友たちに却下される。
「ジュニと一緒に遊ぶチャンスを アタシたちから奪う気っ?!」だって。


それにしても・・・。

スーツ姿の今日のジュニは いつもよりちょっと大人に見えて
口惜しいから言いたくないけど 腰が抜けそうに カッコイイ。

長い指をきれいに組んで ジュニは上機嫌で話をしている。
話題が結婚のことになると 笑顔が“ピッカーッ!”と光って 幸せそう。

・・そんなに喜んでいただけるなら アタシも ヨメに行く甲斐があるってもんだ。



その晩 アタシたちは 馬鹿みたいに陽気な卒業祝いをした。

カラオケボックスの大部屋で アユからゆずから 総棚ざらえだ。
酒も飲まずに 皆して まるで泥酔状態で
やっとお店を出たときには 真由なんかロレツが怪しかった。


「じゃあね!茜! ばいば~い! 結婚おめれとう!!」
「うん・・おやすみ。 また 今度は大学で会おうね。」
「・・・ん・・おめ・・れ・・とう・・・。」
「真由・・・?」


真由が ボロボロ泣いていた。 ・・いったい どうしたの?

「幸せに・・・なってね・・ 茜。」
美穂は他の大学へ行って 茜は ジュニと結婚する。
・・・アタシたち 皆 大人になっていくんだな!
「それが 悲しいわけじゃ ないんだけどさ。」


“もうアタシたちは 少女でも ジョシコーセーでもないんだぁぁぁ・・・”

夜空に向かって投げるような 真由の言葉が 心にしみた。
そうだね。 悲しいわけじゃない。
だけど やっぱり何かが終わった そんな 切なさが胸をしめつけた。



家への道を歩きながら ジュニは 指をからめて手を握る。
春の夜はまだ冷えるから 手の温もりが気持ちよかった。

「・・・茜さん? 結婚のこと。後悔していませんか?」
「してないってば。」
ジュニは何度も何度も どうしてそんなこと言うの?
「いいのかな って。」

真由さんたちと一緒の茜さんは ひと群れの きれいな熱帯魚みたいです。
僕はそこから茜さんをすくって 自分の水槽に入れてしまう気がします。

「僕の この幸せが 茜さんの何かを奪うなら ・・・嫌だなって。」

ふ・・・
ジュニは笑って眼を伏せる。 僕は ちょっと偽善者だな。
「こんな事を思うくせに でも やっぱり結婚したいんです。」

アタシは 夜を見上げてみる。
道端の小さな公園には場違いに大きな桜があって 静かに花びらを散らしている。

「違うよ。」
・・え?
「アタシ 水槽なんかに入らない。」

アタシたちは今まで 環礁(ラグーン)の 穏やかな浅瀬に群れていたんだ。
今日からは 平和な珊瑚の囲いを出て 本物の海へ泳ぎだす。
「ジュニと。」
ジュニと一緒に 群青の 果てない海を目指して行くんだ。


ざっ・・と ひと撫での突風が来て 夜一面に 花びらを撒いた。

「わあ~っ きれいだぁ。」
「・・・・。」
「ジュ・・?」
ジュニが アタシを引き寄せて アタシは温かな胸に埋まる。
トクトク刻まれる ジュニの鼓動。 
これからアタシは この音を 自分の人生の時計にしよう。

ありがとう。 茜さんと未来を歩くことは こんなにも素敵なことです。

はあ・・と柔らかなため息を1つ。 ジュニの大きな手が アタシを撫でた。

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「お・・。 帰ったか。」

家に帰ると パパとママが 2人でワインを飲んでいた。

普段から仲のいい両親だけど しみじみ2人で娘の卒業祝いをしていたのかな。
お酒を飲むと眠くなるママは トロンと溶けそうな顔をしていて
パパが ジュニも一緒にどうだ?って ワイングラスを出してきた。

テーブルを囲んで 4人で座る。
パパはアタシとジュニの顔を交互に眺めて まあ何だよなって ・・・何よそれ。


「お前たちの 新居だけどな・・。 2人が学生の間は ジュニの部屋でいいだろ?」
1LDKだけど平米数は結構あるし 当分飯は家で喰えばいいし。
学生の本分は勉学だから。 家事の方は おままごと程度からやればいいさ。

「・・・え・・・?!」

パパの言葉を聞いたジュニは 呆然とした顔で 声を揺らした。
「僕の 部屋って・・・。 茜さんと一緒に 住むのですか?」
「嫌か?」
「とんでもないです!!」


う・・わ~・・・ ジュニの頬が真っ赤になった。

「ぼ、僕・・ とりあえず籍だけ入れると言うから それだけかなって・・・。」
「あぁ? だって入籍すれば夫婦なんだから 一緒に住むだろうよ?」 

嫁にやった娘の面倒まで見ていられるか。 とっとと 引き取りやがれ。
固まるジュニを不機嫌な横目でにらんで パパは いささかヤケ気味に言った。

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「どうしよう・・。 ドキドキしすぎで 心臓がもたないです。」

死なないでよ ジュニ。


卒業式の翌日。
アタシは ジュニの部屋にいた。
ジュニは動物園のクマみたいに うろうろ部屋を往復している。

「この部屋で茜さんと暮す。 ・・・あぁ 考えるだけで興奮します。」

もう68回位 往復したな・・・・。
抱いたクッションに顎を乗せて アタシはソファからジュニを見ていた。
奴は2人の結婚を 言葉どおり「形だけ」と思っていたらしい。
一緒に暮すって聞いて以来 ジュニは ・・・半分壊れている。

「茜さんっ!!」
「うわっ! ・・何?」
「・・・おそろいのマグ 買いましょうか。」
「は?」


いきなり 新婚生活の展望が広がったジュニは まったくとっ散らかっている。
僕の生活用品は可愛くないです。 アレッシのケトルでも欲しいですか?だって。
「いらないよ。 南部鉄瓶があるじゃん。」
「・・・・ふ、ふりふりのエプロンは?」
「あのねぇ。」

はあぁ・・・
ポフン と ベッドに座ったジュニは 切ない眼をして腕を拡げた。
「・・何?・・」

来てください。 愛しい瞳がアタシを呼んで アタシは ちょっと口を尖らす。
それでも近くまで近寄ると じれたジュニが抱き取りに来た。

「茜さん? これからは 僕と 暮すんです。」
「・・うん・・。」
「よく平気ですね。」
「平気じゃないけど ・・・実感が 今ひとつ湧かなくて。」


一人っ子で育った私は 親以外と暮らしたことがない。
誰かが 生活の中にいるって いったいどんなものなのかな。


よく考えたら 困るよねえ。
結婚したら 一緒の部屋でしょ?
美容液パックとか 眉のムダ毛抜きとか どうするんだ?
「・・・・・・。」

“どれどれ僕が抜いてあげます。” ジュニなら ちょっと言いかねないな。
「・・・・・・。」


たくましい腕がアタシを倒して ふわり と青いシーツへ埋めた。
気づけばジュニは 覆いかぶさって 怯えるような眼をしている。
「ジュ・・ニ・・?」
・・・・どう・・したんですか?
「え?」

茜さん 何を考えているんですか? 何だか 難しい顔をしています。
不安な視線を揺らしながら ジュニはアタシを探り見る。
「・・何を・・・考えているんですか?」


ムダ毛の話。

なんて 気安く言えないくらい ジュニの身体が震えていた。
おずおずと指を額に伸ばして アタシの髪へ指を入れる。
「・・・ジュニ?」
「茜・・さん。」

こんなにも こんなにもジュニには 幸せが大きい。

無くしてしまったらって恐怖が 呆れる程にふくらんで
アタシの一挙一動を 怯えた眼で 追い続けるんだね。
ジュニの中にいるあの日のジュニは 今も ぶるぶる震えている。

「ジュニ。」
アタシは ジュニへ腕をまわす。 ジュニは首に巻きつく腕を見つめる。
「パパたちに 頼んでさ。 式を早くしてもらおうか。」
「・・・え?」

学生の身分だから 式も衣装も 簡単でいいよね。
「いつか ジュニがお金持ちになったら すごいの着せてもらうよ。」
「茜・・さん。」


ぱあぁと ジュニが花開く。 
あぁ・・・本当に ジュニはきれい。 アタシはうっとりしてしまう。

アタシがジュニに惹かれるのは ジュニがこんなにもきれいだからだ。

奴のきれいさは特別で 決して 外見のことじゃない。
ジュニの中にあるまっすぐなもの 透明なものが染み出して
眼には見えないけど宇宙線みたいに 皮膚まで超えて 光を放つ。


「早く 結婚しよう ジュニ。」

アタシは もう一度ささやいた。

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