ボニボニ

 

愛しのプロフェッサー 12

 




プロフェッサー・・・ お元気ですか?

愛する方と 幸せですか?


私は あなたが笑っていたらいいと 
ここで 心から祈っています。

プロフェッサーが どうか幸せで きらめく笑顔でいますように。

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口述筆記をしたテキストと 教授の書いた数式の画像は
スライドショーで見られるようにpptファイルにまとめ上げた。

「・・・・・」「・・・」

素人ながら 私の見る限りでは 良く出来たレジュメだと思ったのに
学生達はデータを読むなり 皆 一様に黙り込んだ。
・・・ぁ・・の・・・?

「これじゃだめだった?」
「Ms.ユナ」


突然。 皆が 弾けるように笑った。 
お互いを手荒く叩き合い 派手な身振りで首を振る。
「な、何?」

あはははっ! Ms.ユナ!
「プロフェッサー・ジウォンは やっぱり凄いよ!!」
「え・・?」
これが『想定質問への回答』だって? とんでもない!
「ここで教授が言っている考え方や “例えば・・”で 書き出した数式が
もう鳥肌モン。 これ自体が 斬新で示唆に満ちたアイデアノートになってる」
「・・じゃあ・・・」

「参加したセンセイ方 驚くぜ」




プロフェッサーの残したものは 彼ら 若き研究者達に
大変な感銘を与えたようだ。

学生達は 教授の教えを効果的に出すシナリオを考え始めた。
「発表が終わるだろ? 続いて 質疑応答」
「そこでお前が おもむろに立つ」
「待て待て! それじゃスティーブンスに最後をまとめられちまう」

奴さんには 彼なりの答弁をしてもらって “追補で”教授の意見って方がいい。



だけど 首尾よく話の最後を引き取れるかぁ?
学生達は喧喧と 会議の進行をシミュレーションしている。
私は彼らにコーヒーを出しながら つい 口をはさんでいた。

・・・“仕込み”をしておいたら?

「え?」
「想定質問の1つを オーディエンスの誰かに質問してもらうの」

それをきっかけに “今の箇所に関して プロフェッサーが説明を”とやれば。
「スティーブンス教授も 不満を言えないと思うわ」
「Ms.ユナ・・、ワォ!」



学生と言う若い人種は 勢いに乗ると とてつもないわね。
会議までの3日間で 私は それを痛感した。

彼らの行動は 目ざましかった。

質問をしてくれる相手を選び 実に巧妙に根回しをした。
それと並行して プロフェッサーのノートに様々な資料やデータを添える。


学生達は まさに寝る間も惜しんで「第2のプレゼンテーション」を作り上げた。
私も 彼らに食事を差し入れ テキスト入力をサポートする。
それは まるで祭りの前の 高揚する準備のようで楽しかった。

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会議当日。 
私は議場のスタッフとして庶務的な事を仕切りながら 会議の様子を伺った。

“サクラ”の教授が 質問をしてスティーブンス教授が回答する。

その後 学生リーダーのロイが立ち
「ただ今の質問に対して 実は・・」と 口火を切った時 
会議場にいる学生達は 占領作戦を実行する 兵士にも似た面持ちだった。



あはははは! 乾杯!! 乾杯!!

「Ms.ユナももっと飲もう! 今日の最大功労者なんだからさ!」
「だめだめ。 もうプロフェッサーのオフィスに行かなくちゃ。 電話がすごいの」
「“議論”の申し込み?」

「そう。プロフェッサーの帰国予定もわからないのに アポイントが10件以上」


どっと 学生達が笑った。
それじゃ ジウォン教授は帰ってきても のんびり朝寝が出来ないな。
しょうがないさ。 「あれだけの頭を 枕に埋めるばかりじゃもったいない」

晴れやかな声を背中にして 私はセクレタリーデスクに向かった。
秘書の着席を待ちかねるように 机上の電話が鳴っていた。
「お待たせしました。 プロフェッサー・ジウォンのオフィスです」


プロフェッサー、今 何をしていますか?

愛する人の傍で・・・幸せですか?

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カランと 氷が音を立てた。 長い指が氷をそっと回した。

プロフェッサーの前に座る高坂は もう随分と杯を重ねて ろれつが少々怪しかった。



「ソニンさんが逝ってから もう13年・・14年か」
お前もそろそろいい人見つけて 身を固めることを考えてもいいんじゃないか?
「僕は 今のままで充分です」

お前みたいな奴がヤモメ暮らしをしていたら 周りが放っておかないだろう。
いい年して 女出入りが多い生活なんか止めといた方がいいぞ。
本当のお前は ジュニに負けない位 一途に惚れるタイプだろ?


「どうなんだ? 周りに気になる女はいないのか?」
「いません」
「本当かよ。お前 鈍いから」

そうだな。 例えばこの野菜パテが ものすごくウマいとするだろう?
「ええ 本当に美味しいです。 真紀さんはまた腕を上げました」
へへ・・そりゃお前 料理は愛情だから。 って話じゃなくて。

「“これはウマいよ”って 食べさせるとしたら 誰に食わせたい?」
「え?」
「イメージしてみろ」
「う~ん・・・ 秘書かな。大学の」


はぁ~ぁ こりゃだめだ。

酔いの頬を膨らませ 不服げに酒をあおる友の横顔に 
プロフェッサーは微笑んだ。
・・いいんです コウサカ。 僕はこの先も 女性に恋したりすることはありません。

「あぁん?」

愛する女性が苦しんでいる時 のほほんと研究に夢中になっていたような男に 
「人を想う資格は ないですよ」
「ジウォン! 何を馬鹿なことを言ってる。それは違うだろ!」
「コウサカ・・僕 今日は飲み過ぎたみたいです。 そろそろ寝かせてください」


おい ジウォン!!

伏し目がちに立ち上がったプロフェッサーは 友の怒声に 薄く笑んだ。
やっとつくろった笑い顔に 親友は 何も言えなかった。

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「ジウォン教授!!」


成田国際空港で プロフェッサー・ジウォンは振り返る。

見れば 到着ロビーから吐き出されて来た一団の中に 
見知った顔が幾つかあった。
「Wao・・お久しぶりです。 アメリカから?」
「ええ 会議の後MITにまわって。 それにしても教授 素晴らしい発表でした!」

「・・すみませんでした。グレッグがよくやってくれたみたいですね」
「スティーブンス教授? いえ 例の“アイデアノート”の方ですよ!」
「そうそう! いや 凄い着想です」 「?」


声をかけてきた研究者達は 一様に 興奮した表情だった。
何だろう? プロフェッサーだけがカヤの外で 周囲の賞賛に戸惑っていた。

「あーあ! ここで教授が帰国されると知っていたら もう数日あっちにいたのに!」
「MITの教授連中の間でも話題でしたよ」
「また日本に来ることがあれば 是非 うちの大学にお運びください!」




・・一体 何があったのかな?

出発ロビーの椅子に座って プロフェッサー・ジウォンは首を傾げた。
どうやら会議そのものは 成功のうちに終わったらしいけど。

“アイデア・ノート”?

想定質問回答のことだろうか。
Ms.ユナが飛ぶようなスピードで キーボードを叩き続けていた。
「きゃあぁ、プロフェッサー! 消してはだめです!スキャンしてから!」

くす・・・



賢明に取り澄ましているけれど Ms.ユナは 知っているのでしょうか。
彼女は 自分が望んでいるビジネスライクな秘書には程遠い。
くるくる変わる表情と 太陽のように温かな笑顔・・。
「?!」


「僕は・・・変だな」

“これはウマい”と食べさせるとしたら 誰に食わせたい?
「コウサカがあんなことを 聞くからです」
大体 僕はここのところ 彼女以外の人とは物を食べていないです。

「・・だから Ms.ユナの顔しか浮かばない」

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「食事?」

「モールにいい店が出来たンだ。 Ms.ユナも一緒に行かない?」
「うーん・・・でも お邪魔じゃない?」
何を言ってんだよ! 皆 Ms.ユナを誘えってウルセーの何の。

教授も帰って来ないんだし 羽を伸ばすなら今でしょう?
「あはは・・そうね」



会議の為に「共同戦線」を張って以来 私は 学生と親しくなった。

もとより 男子学生の多い理系学部に通う彼らにとって
気軽に話せる女の存在は 彼らには 珍重すべきものらしかった。

枯れ木も山の賑わいって訳ね。 
たまにワイワイ騒ぐのもいいかと 彼らの誘いを有難くうけて
私は 学生の一団と駅の近くを歩いていた。


「あ」
「あ・・れ? おい」「?」
「え?」
・・・!!・・


ぽつん と 人気の無い駅前に スーツケースが置かれていた。
隣のベンチに人待ち顔で 彼は 頬杖をついていた。
「・・・プロフェッサー? 何しているんですか?」
「あ 君達」

オフィスへ電話をかけたんだけど もう 全員帰ったと言うし。
Ms.ユナの車に乗り損ねちゃったから
「キャブでも やって来ないかと思って・・」

「・・・プロフェッサー。 Ms.ユナの携帯番号 知らないんですか?」
「それは知っているけれども・・あ そうか! 電話すれば良かったんだ!」
「・・・・・」「・・・」「・・・・」


ゆっくりと その場の全員がまばたきをした。

今 目の前にいる人は 我々の記憶に間違いがなければ
プリンストンの キラ星の如き知性の中でも 天才と言われる頭脳を持つ。
だけど・・・



「良かったなぁ ここで君達に会えて。 Ms.ユナ?」
「・・・はい」



口の端がきれいに上がり 真っ白な歯がこぼれ出る。
愛しさがこみ上げて胸が詰まり 必死で涙を こらえる私に

ただいま と薄暮の中で プロフェッサーの笑顔が咲いた。

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