ボニボニ

 

スジニへ 6

 


案ずるより産むが易しだよ なあ タルビ!


産まれたばかりの双子を抱いて チュムチは浮かれ切っていた。

熊の手ほどもありそうな 無骨な男の掌の上で 
むにむにと動く新生児たちは 信じられないほど小さく見えた。

に・・握りつぶしちまいそうだ。

とはいえ しっかり持たなくては 大事な赤子を落としてしまう。
恐々と さんざん抱き方を試した末に チュムチは子どもを置くことにした。

「王様たちは 何とかなったみたいだぞ」



「本当?! 王様が スジニさんのご寝所に通っているの?」

「ああ。ま、王様も立派に男だから。嫁さんに貰えば そりゃぁなあ・・」
「そう」

良かった、それが一番いいわ。タルビは我が子を抱き上げた。
あのお2人が添えたのなら こんなにおめでたいことはないもの。

タルビの隙を窺っていたチュムチが 子を抱く妻に腕をまわした。
こうすりゃ子どもごと しっかり抱けるってものだ。
抱きしめた腕の中から 赤ん坊と母親の香が匂い立った。

い、いいもんだな。 

無骨者は他愛もなく やにさがった笑みを満面に浮かべた。

-----


数日の後。 宮からの出産祝いを携えて スジニがチュムチの家へ来た。


「タルビオンニ。 いっぺんに2人のお宝だって?」
「お妃様」
「やめてやめて! スジニでいいよ」


「ああ・・・可愛い。 産まれたばかりの児は 本当に小さいよね」

子を育てたことのある女の手つきで スジニは赤ん坊を抱き上げた。
そうだった。 彼女は 王太子様を女手ひとつで8つまで育てたのだと
今さらながらに タルビは思った。

「うふふ。 スジニさんもそのうちね」
「え?」
「赤ちゃん」
「・・・・・」
「?」

風がいきなり吹き止んだように スジニの動きが静まった。
タルビはそんな彼女の背中を けげんな顔で伺った。
「スジニ・・さん?」



ふわりと赤ん坊を褥に戻して スジニは 伏せた眼で微笑んだ。
「王妃と言っても アタシは 妃を装っているだけだからさ・・」
「!」

それは・・と思わず言いかけて タルビは強く唇を噛む。
自分は酷いことを言ってしまったらしい。 おろおろと気が動転した。


タルビの困惑に気づいたスジニは 白い歯を剥いて ニッと笑った。
「チュムチが赤ん坊を自慢することったらさ! もう 見ちゃいられないよ」

自分が産んだ訳でもないのに こーんなに 鼻高々でさ・・
スジニは面白おかしく チュムチの身振りを真似る。

かろうじて 取ってつけた笑顔で応えながら タルビの胸は 痛んでいた。

― お2人は・・・・



白将軍に双子が生まれて 宮は 祝い気分を重ねていた。

軍議の場に立った武将たちも 楽しげに軽口を叩き合った。
「2人もいっぺんになんて。 チュムチもまあ 強欲だよ」

「何を 言うか」

俺は 飯も3人前。 戦場での働きに至っては 10人前はあるんだ。
「赤子がたった2人ぽっちじゃ 間尺に合わないってモンだろう」
「それじゃ 我らが王様ならいっぺんに6つ子か?」

ドッと 粗野な男たちが笑う。
微笑みながら聞き流していた王に いきなり皆の視線が寄った。


「・・何だ?」

「赤ん坊のことですよ! 王様も将軍に負けていられないって話で」
「あぁ・・。 そうだな」
当たりさわりのない笑顔で タムドクは書類へ眼を落とす。
視線をそっとめぐらせて スジニがその場にいないことに安堵した。


婚儀が終われば 次は子どもか まったく世話焼きな話だ。

―あれも 周りの者から こんな話を聞かされるのだろうか?

そう考えると胸が痛む。 書類に気を取られる風を装いながら 
タムドクは スジニを思っていた。


うつむいた王の表情には わずかな苦悩がにじんでいた。

チョロは そしらぬ風に窓外を見ながら 王の顔色を見逃さなかった。

-----



婚礼の熱を断ち切るように タムドクは国を統べていた。

一旦は退いた近隣諸国も 着々と再軍備を進めている
諸国へ散った諜報使からは そんな情報がもたらされていた。



戦、そしてまた戦。

人間同士が殺めあう争いを終わらせ 平和を成すにはどうすれば良い。
タムドクは じっと考えていた。
民が笑う豊かで幸福な国を 王は どうやって作れば良いのだ。


神物の力は 天へ返した。
 
ただ人として この地を治め チュシンの安泰を築かねばならない。

対処すべき問題は無限にあった。 日々の仕事も山積していた。
真摯な 若き国王は じっと自分の役目を考え続けていた。



「・・・・失礼します」

深く 静かな声がした。 扉が開く音も聞こえなかった。

机上から眼を上げるまでもなく カンミ城主 とタムドクは認めた。
「珍しいな。 何か話でもあるのか?」
「トヤが 自分の胸を刺したそうです」

ガタンッ!

重厚な椅子が 大きな音を立てた。 
タムドクの眼が噛みつかんばかりに チョロの沈んだ顔を射た。
「先程 城のカグンから使いが来ました」
「死んだのかっ?!」
「いえ。 ただ傷が存外に深く 回復はまだ危うい状態だそうです」


「・・・愚かなことを」

王の顔が苦痛にゆがむのを チョロは じっと見つめていた。

この王は 自分を損なうことよりも 他者の痛みが耐え難いのだ。

そんな心根を持ちながら 何万もの民や兵の王であるということは
一体 どれほどの負荷だろう。



「・・・カンミ城主。 お前は 城へ行ってくれないか?」

しばらく黙考をしていた王が 抑えた声でチョロに告げた。
私が行ければ良いのだが 今は うかつに国内城を動けない。
「宮の侍医を連れてゆけ。 ・・いや 若いおなごなれば 医女が良いか」

決して トヤを死なせてはならない。

医術を尽くしてあの娘を救い 我が言葉を伝えよ。
「死ぬことは 何としても この王が許さぬとな」



「死んでいった両親の分まで トヤには 生きる義務があるのだ。」

その場に彼女がいるように タムドクは チョロへ語りかけた。

軽々に我が身を虚しくして あの世で父母に 何とつぐなう気だ。
父と母が 命を投じてまで残してくれた人生を
みすぼらしくも終えましたと 言ってみせるつもりなのか?

「生きよ。 存分に生きることが 逝かれた者のなすべきことだ」



人と睦み 子をなして 命を先へ継ぐがいい。 
或いは技術を 知識や技芸を 次の世代へ手渡すがいい。
日々に笑い 愛しみ その生涯を懸命に生きよ。 

「2人のお陰でこれほどに幸せでしたと 父母へ 伝える時までな」 
「・・・・・」


チョロは静かに 思う眼でタムトクの言葉を聞いていた。
「必ず 申し伝えます」
しかし 一礼をした彼は そのままそこへ立ち続けていた。
「どうした・・?」


「・・・・もう1人・・」
「?」
「今の言葉を伝えたい方が もう1人 おられます」

深い森の大気のように 澄んだ視線がまっすぐに来た。
無言のままに問うて来るチョロに タムドクは わずかにたじろいだ。

“貴方に だ”


人へ言ってやれることが どうして ご自分に言えないのだ。
貴方こそ 日々を笑い 愛し合えばいい。
あの人との幸せをためらうことが 正しい事と思っているのか?

出来るものなら この自分が 彼女の手を取ってやりたいのだ。
美しい青年は憤っていた。 それでも 彼の想い人は 
切ないまでにタムドクを想い続ける。

「・・・・」



チョロは 口を開かなかった。 ただひたすらに問うていた。
樹海を抜けてゆく風が 2人の男の間を 流れて行った。

眼をそらしたのはタムドクだった。 そむけた頬が 惑っていた。


我が王は 自分の為に生きることに かくも臆病でおられる。
眼の前で悩む美しい王を チョロはただ 痛ましく見つめていた。
「・・・行きます」

ゆっくり1つまばたきをして チョロは 静かに踵を返した。

すらりとした後姿が扉の向こうへ消えて行く時 王は まだ眼を伏せていた。

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「トヤが・・?」


カンミ城での惨事を聞いて スジニは暗い顔をした。
「助かると 良いのですが」
「・・そうだな」

寝台の端に腰を下ろして タムドクは 膝の間で手を組んでいる。
スジニは床に座布団を置き 王の足元に控えていた。  

その夜は 王妃の寝間にアジクが来ていなかった。
あれがいると 場がなごむのだが・・と 
タムドクは 彼女の為に残念に思った。



眠れぬままにタムドクは しばしば スジニの部屋を訪れた。
睦まじい王と王妃を装うためだと 自分とスジニに 言い訳をした。

内心では もう判っていた。

かつて宮の一室に 彼女の姿を探したように 
自分は スジニを傍に置きたいのだ。

笑い合う者などいなかった自分が 心から笑えた その相手を。



大方の場合 王妃の寝間には アジクがもぐりこんでいた。

それが 2人には救いだった。
甘やかに子を寝かしつける妃を見ることは 王の少ない楽しみだった。
眠りの水際にいる子どもの 火照った頬は愛らしかった。


柔い繭に包まれたような女と子どもの寝姿は 巣穴にこもる獣に見えた。

椅子に座って 2人を見るタムドクは 
自分が 母子を敵から守る 雄の獣になった気がした。

その子が 今夜はいなかった。

アジクのいない寝間の中で スジニは 少し所在なげだった。
自分の寝所へ戻ろうか。 何度かそう思いながらも
タムドクは その場を動けずにいた。



“・・もう1人・・ 今の言葉を伝えたい方がおられます”

胸の底まで見透かすような 穏やかな瞳を思い浮かべる。
あの瞳が伝えていたことを タムドクは遠慮がちに考えていた。


「自分が望むこと」などを したこともないタムドクだった。

「何が望まれるか」を必死で思い 努力し続けてきた王だった。

己の心が・・望むこと? 
惑う男は盗むように 足元にいる女を見た。



スジニが 小さなくしゃみをした。 

布団を敷いているとはいえ 石の床は冷えるのだろう。
タムドクはためらいなく立ち上がり するりと上着を肩から抜いた。


スジニの背へ絹衣をかけた瞬間 自然に 身体が動いていた。 
絹衣ごと胸に抱き入れて その髪へ頬を押しつけた。

「! ・・・王・さ・・」
「しばしだ」
しばしの間だけでいい。 スジニを 腕に抱きたかった。

「許せ」 
誰に向かって許しを乞うているのか タムドク自身も判らなかった。
頬をつかみ 唇を奪った。止めようのない衝動だった。

タムドクの指の間を 温かい水が 流れ落ちた。
それが涙だと気づいた瞬間  王は 弾かれたようにスジニを離れた。



スジニは 静かに泣いていた。



「惑うた。 ・・・忘れてくれ」
スジニの涙にうろたえて 王は 自分の衝動を恥じた。



タムドクは 部屋を出て行った。 

扉に向かってうつむいた背中が 一瞬だけ立ち止まり 闇へ消えた。



スジニは1人 床に座って 掌で涙をぬぐっていた。


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