ボニボニ

 

スジニへ 11

 



夜具を抜け出たタムドクが うつ伏せた妃を 愛しげに撫でた。

「宮へ行く。 お前は ゆっくり寝ておれ」 

「・・・もう平気です」
ふらりと身体を起こしかけたスジニへ 王は 歯を鳴らして牽制した。
「で・・も・・・。 本当にもう 大丈夫ですから」


やっと お前を妻にしたのだ。 

「しばらくは 蜜の時を過ごそう」
王は 男の顔して笑い スジニに眼顔で言い聞かせる。
言葉を失くして恥じらいに染まる頬を 温かな掌が撫で回した。

「よいな? そこで待て」



タムドクはその日の寝間から 侍医も女官も遠ざけた。

傷の手当ても 湯を使うのも 器用な王がやってのけた。
「これでも私は 国内城一と言われた染物師の弟子だ」
布扱いなど手のものと言い 確かに 見事に包帯を巻いた。


「・・お、王様! 王様がそんな事をしてはだめですよっ」



スジニは 慌てふためいて逃げていた。

ふ・・、勿論 誰にでもしてやるわけではない。

「何せお前は“高句麗王の寵妃”だからな。ほら 脚を出せ」
「じ、・・自分でします」
「恥ずかしがる事はない。 お前の裸なぞ 存分に見た」
「!!」

それでも 脚をあらわにすると タムドクの眼に笑みが浮かんだ。
「良い景色だな」
こうしてお前に誘われては 可愛がってやりたくなる。

しれしれと高く眉を上げて タムドクが スジニをからかう。
戯れるうちに愛しくなって 
王は また絹衣を脱ぐことになった。



タムドクと睦み合う毎に スジニは 自分に驚いていた。

男女のことなど知らない身体が 彼に応えるすべを知っていた。

大事な包みを開く手つきで タムドクがスジニの衣を解くと
柔らかな乳房はふるふると 恋の相手を呼ぶように揺れた。

愛撫にため息をこぼしながら 喉が 猫に似た鳴き声を立てる。
タムドクは その響きを音さにして スジニの中で共鳴した。


2人は温かな肌を合わせて 互いに身体をすりつけた。

あたかも それは相手の中に 
自分のいるべき場所があり 何とかそこへ戻ろうと 
たどり着こうとしている様だった。

やがてタムドクが たった1箇所 相手に入れる場所を見つける。
彼が中へ入り込むと スジニは甘やかな息を漏らして
2人は やっと自分達が 世界を取り戻したような気持ちになった。

「王様・・」
「うん?」
「・・王・・・さ・・ま・・」
「ここだ。 失くさぬように 呼び続けろ」 


幾千年の遥か昔に 2人の間へ 刻まれたこと。

スジニは とめどなく王を呼び続ける自分の声を 呆れたように聞いていた。

-----



「一命を取り留めた」と 確かに侍医が言ったにもかかわらず

次の日になっても 宮に王妃の姿は見えなかった。


王は 執務室へやって来ると 手早く諸事に指示を与え
稟議に いくつか意見を述べて 
周囲との会話もそこそこに 妃の部屋へと戻っていった。

どんな時も王の傍に従う スジニの姿がないことに
誰もが 落ち着かない気持ちでいた。

部族長たちは 沈着な王が 気がかりそうに後宮へ向かう様を見て
あれやこれやと気を揉んでいた。




渡殿を足早に歩いていた王が 人影に気づいて 眼を上げた。

庭へ視線をやったまま 柱にまぎれて影のように チョロが立っていた。
「カンミ城主」
「・・・・」
「どうした?」

「・・・・・・ぁの・・」
悪いのですか? チョロの 問う声がかすれていた。 
どうにも不安を抑え切れなかった。


タムドクは 一瞬 虚を突かれた顔になり やがて照れた笑顔になった。
眼だけで お付きの者を払う。

淡い笑みを浮かべた王に チョロは 意外そうな顔をした。
「すまぬ。 これはどうも・・そなたに 心配をかけた様だな」
「・・・・」
「まこと 王には あるまじき事なのだが・・」
「?」


「女色に 溺れておる」

泰然とした太王が 眼を伏せたまま 微笑んだ。
それは 男も心惑うほどの 馥郁とした色香だった。

常には爬虫類の如く落ち着いているチョロが きょとんと丸くまばたきをした。
「・・女色・・・」
「カンミ城主」
自信に溢れた眼を上げて タムドクは 自分に出した答えを告げた。



「スジニを娶った」

「・・・・・」
タムドクの瞳に翳りはなく 胸のすくような笑顔になった。
「すまない。 許せ」


「許せとは・・ 何のことですか?」

「カンミ城へ あれを取り返しに行った時・・」
そなたは 私に聞いたではないか 「お前の恋人か」と。
「男は 気になる女の事でなければ あんな風には聞かぬものだ」
「・・・・」


王と城主は向き合った。 森の 湿った風が流れた。

チョロは自分を見るタムドクが 今日は 眼を逸らさない事に気がついた。
思い惑うこの王は しかし 心を決めたら 何があろうと揺るがない。

“・・どうやら僕の想い人は 幸せに なれるみたいだな”


チョロが すぅと身体を引いた。
その横を王は通り抜け スジニの待つ寝間へと向かう。
思わず チョロは振り返り 立ち去ろうとする王へ問いを投げた。


「・・彼女は 貴方の恋人ですか?」

ああ そうだ。 振り向かぬままにタムドクが言った。
「愛しうてたまらぬ」 

2人の男は離れて行く。 その両方が 笑んでいた。

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「ねえ スジニさんの容態。 ・・そんなにお悪いの?」

久しぶりに兵站蔵を調べながら タルビが 心配そうな声を出した。
チュムチは双子をあぐらの中に寝かせて 片手で顎をしごいていた。

「・・それがなあ・・」

侍医の野郎に様子を聞くのだが 何とも 言葉をにごらせるんだ。

「大事ではない とは言うんだがなぁ? 誰も部屋へ寄せつけねえ」
「もう2日・・3日ですよね。 ひょっとして 麻痺でも残っているのかしら?」
「ヒョンゴ先生も 随分と気に病んでいるのだがなぁ」



兵站蔵の入口に座り 夫婦が小声で話していると
ぱたぱたと子どもの足音がして アジクが 女官に追われてきた。
い、いけません! ・・太子様。

「しろ・しょうぐん!」

「・・お? これは王太子様。 どうなされた?」
「しょうぐんは コグリョでいちばん つよいのでしょう?!」
「あぁ? まあ そうだろうな」


“ぼくに たたかいをおしえてください!”

眼を赤くにじませたアジクが 必死の顔でチュムチに頼む。
チュムチは妻を見やってから 痛ましそうに子どもへ言った。

「ひょっとして太子様は スジニ・・お妃様の仇を討とうと思っているのか?」
「そうだ!」


タルビが口を手でおおった。 チュムチの眼に もろもろと涙が湧いた。
「・・・太子様。 仇なら きっと白将軍がとってやる」
「ほんと?」
「ああ」
「じゃあ! じゃあ はやくきて! 父上をやっつけて!」


ち・ち・うえ?

タルビが丸い眼を向けた。 ・・父上って 王様のこと?
「そうだ! 父上はイモに ひどいことをしているんだ!」
「ん?」
「ぼくはおへやにはいっちゃだめで イモは 中でないているんだ!」

「・・?・・・」「・・・・オモ!」



チュムチは丸太のような腕を組み 髭をつかんで固まった。
あぐらの中の赤ん坊たちはすやすやと 脚を揺りかごにして眠っていた。

「えー・・・と。 イモが・・泣いているのだな?」

「父上が いぢめているんだ!」
「あー・・・。 それで? 王様は 何か言っているか?」
「スジニスジニって やさしそうにいうけど。 でも イモはないてる」
「ほほう・・」


お止しなさいよ。 
事の次第を察したタルビが 赤くなってチュムチの腕を叩く。
今や ニンマリ笑ったチュムチは 赤ん坊を両腕に立ち上がった。

「よぉし! 太子様のお言いつけで 白将軍が戦おう」
「あなたっ!」
「皆を 心配させた罰だ。 ・・・ま、ご回復の祝い代わりに」 


タルビへ赤子を押しつけて チュムチはマサカリを取り上げた。

アジクを片方の肩へ乗せ ニッと不敵な笑みを浮かべる。
「お妃さまを“いぢめている”のか」
・・それは 王様が怪しからんなぁ。

嬉々とした髭面を輝かせて チュムチは後宮へ歩き出した。

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「王様は おられるか?!」


野太い猛者の大声が 夜具の中まで響いて来た。
「!」
「うむ? ・・・チュムチか?」

王は 女の白い胸から顔を上げ スジニは慌てて掛布を引き寄せた。
「な・・何でしょうか?」
「さあな?」



シウ族の英雄は 自慢のマサカリを肩に担いでいた。

傍にはアジクがへばりついて 寝間の戸を 上目に睨みつけていた。

「高句麗王に申し上げる!王太子様が 陛下に仇討ちをなさりたいそうだ!」
このチュムチは 我が太子様を 助太刀申し上げる!
「いざ! 尋常に勝負いたそう。お出ましあれ!」

「・・一体 何を始めたのだ? あいつは」

絹布の海へ深く逃げる妃の裸身を 惜しむように撫でてから
王は自分の衣を羽織って 将軍の呼ぶ外へ 扉を開けた。


「・・どうしたチュムチ? 仇討ちだと?」


ニッと笑った白将軍は それは楽しそうだった。
妹とも思い 愛するうちのスジニを 泣かせてもらっちゃ困るよなあ。

「太子様はお心を痛めておられます! 王様がお妃様を“いぢめる”とか」
「・・・なんと・・」
「朝っぱらからお妃様は 寝間にこもって泣いているそうです!」


「!」「!!!」

戸口の王と夜具の中のスジニが 2人ながらに絶句した。
真面目ぶったチュムチの顔を 王は まじまじと見つめていた。

「あー、このチュムチの刃を30回避けられたら 勘弁してもいいですがぁ?!」
「・・・・10回にまけぬか?・・」
「寝てばかりいると身体が鈍りますぞ。 30回!」


どうやら 私は随分と 周りに心配をかけたようだな。

愉快そうに息を吐いて タムドクが妃を振り向いた。
夜具で身体を包み込んで スジニは 朱に染まっていた。

「わが妃よ。 私が怪我をしたら 今度は お前が看病する番ぞ」




ひらり と欄干を飛び越えて 王が後宮の庭へ立つ。
周りの護衛は何事かと チュムチと王を見つめていた。

「あぁ・・子どももおるし 刃物は止めて 素手でやらぬか?」
「雄牛の角を引き抜くこの俺に 素手で挑もうと言うので?」

「悪かった。 心配をかけた・・な!」

王の言葉が終わらないうちに チュムチの腕が飛んできた。
タムドクはひらりと身をかわし すばやい蹴りを相手に決めた。
「グフ・・・」
「頼むから お前は泣くなよ。男を慰める嗜好はない」



どたばたと 大の男がやりあっている。

唖然と見ていた周囲の兵も 王と将軍の見事な戦いに
荒くれ男の血がたぎって ヤンヤの喝采を送り始める。

そっと寝間の窓を開けて 呆れたスジニはため息をついた。



戦う2人を見るうちに 少し 視界がにじんで見えた。


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