Lusieta

 

この場所から ~ふたたびの陽射し Ⅱ章 4~

 

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テヤンの部屋に泊まった日から1週間、
私たちは、一分一秒も離れがたい思いに耐えて
いつものように忙しい仕事をこなしていた。

そして、その残りの時間の全ては、
手を触れ合い、キスをし、抱き合うためにあった。

いつもどこか触れ合って、お互いの存在を感じていたかった。





テヤンは、私の仕事が終わると駅まで迎えに来て、
駅から部屋までの道を、
手をつないでゆっくり歩いて帰った。
話は尽きなかった。

テヤンの静かな語り口調の中に、
今の自分の全てを私に伝えようとする熱さが感じられて、
少し怖いくらいだ。

そんな性急さの中に、
テヤンの不安と緊張が見えるような気がして、

旅立つ人をこれ以上心配させてはいけないという思いにかられる。
そして急にがんばっちゃったりする私。

やたらクールだったり、
かと思うと変なハイテンションになったり・・・
私はいつもの調子が狂ってしまって、すごく不自然。
そして結局、苦笑いのテヤンに抱き寄せられて、涙ぐんだりしてるのだ。
バカみたい。


       ・・・・・・全部お見通しだね、テヤン
              
             そうだよ、もう頑張れない。
             私はもうちっとも頑張れなくて、
             
             「寂しいよ、不安だよ、行かないでほしいよ・・・
              だけど、行ってらっしゃい。」
             そんな言い方をして
             泣きながら見送るしかできないんだろうか。

             あまりにも等身大のアヤノ。
    
             もう少し、かっこつけなくてもいいの?

         

「ねぇ、テヤンは、行くのが不安だったりする?
今、何かに緊張してたりする?」

テヤンの腕に包まれながら、
そんなふうに聞いてみた。

「行くのは何も不安じゃないよ。
むしろ興奮してワクワクしてる。」



      ・・・・・ワクワク?
          ちょっとショック。
          早く行きたいの?・・・・
           


「でもね、アヤノを置いていくのがつらい・・・

昼間、ボスの所でみんなと準備してると、
興奮してくるんだ。


きっと彼女を見つけだすぞ。
いい出会いにしよう。
いい写真を撮ろう。
深く切り込んでいこう・・・
本質を感じよう・・・

そんなふうに気持ちがどんどん高まって
ファイトが湧いてくる。

なのに、ふっと休憩時間にアヤノのことを思うと、
もう行きたくなくなっちゃう。」


テヤンがこんなに近くで私の顔をのぞき込んで
口をとがらせて笑ってる。


「それじゃあ、完全に私が仕事のブレーキじゃない!
ショック・・・・」


「アハハ・・・、違うよ。
この二つの気持ちは別々のもの。
同時進行で、並行して走ってる。
どちらかがどちらかをジャマしたりなんてしないんだ。
それが、今度初めてわかったこと。

こんなことは、初めてなんだ。

アヤノ、あなたをひとりにするのがとてもつらい。
あっちに行ってからあなたを思いだして、
あなたがひとりで泣いてるかもしれないと思うと
いてもたってもいられない気持ちになるに決まってる。

でも、それは嬉しいことでもあるんだ。

僕はこれまでにもよく似た政情の国へ行ったし、
危ない目にも遭った。
でも、その時は、ここで死ねたら本望だと思ってた。

そして、そういう危ないところへは、
僕のような身軽な人間が行くべきだと思ってた。

家族があって、頼られて引き留められている人の代わりに
僕のような、待つ人のいない、守るべきものを持たない     
そんな人間が行くべきだって。

でも、違った。

あのね、アヤノ、
僕はこんなにも人を愛して、
こんなにも守りたいものができた。

でも、『だから行かない』じゃなくて
『だけど行く。そしてちゃんと無事に帰ってくる』
なんだと思う。

あっちへ行っても、
『アヤノが待っていてくれる。だから絶対無事に帰るんだ』
そう強く思える、そのことが嬉しくてたまらない。
そのことが、すごく幸せ。」

     
「テヤン・・・                  
簡単にそんなこと言わないで!

『危ない目にもあった』とか、『死んで本望』とか、
そういう言葉聞くだけで、
私の方が死にそうなんだよ!」


「ごめん! あーーごめん。
無神経だった・・・
でも、ほんとの気持ちなんだ。
僕が言いたいこと、わかる?
うーーん、なんて言えばいいかな・・・」



       ・・・・・あーーやっぱりもう困らせるのはよそう。
           ゴメンって言わせるのはやめよう。
   
           アヤノ、ちょっとは強がれよ!
           やせ我慢しろよ。
       
           いいかげん、泣いてばっかいるなよな!・・・・
           調子乗って甘えすぎ。



「ふふっ、いいよ。
ちょっと怒ってみようかなと思っただけ。
私だってちょっとは免疫できてきたから。

ちゃんと気持ちわかったよ。

嬉しい。ほんとに嬉しい。
そんなふうに思ってもらえて。

だから、ほんとにほんとに
絶対元気で早く帰ってきて。」


「はい、了解しました。」


そう言いながら、抱きしめる手に力を込めて
私の頭に頬を寄せてる。
私はテヤンの胸に閉じこめられて
心臓の音を聞く。
  

「テヤン、そんなに身軽だったの?

そう言えば、テヤンの今のことはいっぱい聞いたけど、
今までのことはなんにも聞いてない。

ふふ・・・テヤン、あなたの過去を知りたいな。

今日までずっと、待ってる人も、守るべきものもなかったの?
そんなことないでしょ!」

「過去か・・・・」

「うん。テヤンはなんで日本に来たの?」

「うーーん。
話せば長――くなるから、帰ってきてからゆっくりね。」

「え? そーんなにすごいドラマなわけ?」

「うん、アヤノなんかひっくり返っちゃうよ。」

「あら、この私をひっくり返らせるのは、簡単じゃないよ!」

「いや、ひっくり返らせてみせる。
覚悟しといて。」

「わかったわ。」


       テヤンといると、
       何をしていても楽しいのに、

       ちょっとしたきっかけで
       急に不安になって
       苦しくなって・・・・

       我慢してもバレバレだし
       困るよなぁ。

       いつまでも話はつきなくて、
       眠ったりしたくない
       

   

でも・・・、眠ってしまう

愛し合ったあとのテヤンの胸の中で、
私はいつも気持ちよく眠ってしまう。

タフなテヤンに翻弄されながら、
『明日足が立たないほどに愛されて
そのまま仕事を休んでしまいたい』などと考えた。

仕事を休んで、一日中愛し合いたい。
ずっとこうして重なり合ったまま、
朝になって昼になって夜になって・・・・
そんなことを夢想した。


でも、朝になったら、やっぱりちゃんと足は立つので
仕事に出かけなければならなかった。

その時が、毎朝、毎朝、離れがたくてつらく・・・・
永遠の別れのような気がして涙がこぼれ、
自分でもあきれて笑い泣きしながら、
テヤンに送り出された。


テヤンも毎日、出発準備のためにスタジオに通い詰めた。
そして彼は、毎晩私が眠るのを見届けてから
あれこれと溜まった仕事を処理したり
出発のための自分自身の準備をしているようだ。


唯一ふたりで死守した日曜日、
一日中愛し合うという私のナイショの夢想は・・・・
かなわなかった。

だって、私が目覚めた時、
もうテヤンはベッドにいなかった。


コーヒーの香りと、
カリカリベーコンの香りが混ざって漂ってきた。
テヤンは鼻歌なんか歌ってる。

「さあ、アヤノ、起きて。
今日は忙しいよ。」

早々に朝食を済ませて連れて行かれたのは
ショッピング。


テヤンのための買い物をしようと言っても、
そんなの私が仕事してる時間に自分だけで行くと言い、
私のためのモノや、二人で過ごすためのモノばかり買った。

どれもこれも、今わざわざ買わなくてもいいようなモノばかり。

ペアのマグカップや
テヤンの部屋でいっしょに聞くためのCD
いっしょにくつろぐときのクッション
私専用のスリッパ・・・・
私のバスローブ・・・・
そんなものばかり。

マグカップやクッションを選ぶときの
うれしそうな顔がまぶしい。

君の部屋にたくさん私のモノを残して
ひとつひとつに「元気で帰ってくる」と、誓いでも立ててるような
そんな切実さを感じてしまう。


「ねえ、私のことはもういいからさ。
テヤンの準備をいっしょにしようよ。

私が寝てから自分の準備してるでしょ。
テヤン、寝不足でどんどん疲れた顔になってるじゃない。」

「僕のことはいいの。アヤノがいるときは、
僕の時間は全部アヤノのもの。
アヤノのために過ごす。
アヤノとのことだけ考える。
そうさせて。」

      
「じゃあ私に『何したい?』ってきいて」

「アヤノ、何したい?」

「テヤンのために時間を使いたい。
私の時間は全部テヤンのもの。
テヤンのために過ごしたい。
テヤンの準備を手伝いたい。
そして、私といっしょに眠って欲しい。」

テヤンは苦笑いをして、私を抱きしめた。

「ありがとう。」

「私のお願いをきいてくれますか?」

「はい。」

「じゃあ、はじめに何する?」

「ほんとにいいの?」

「うん。言って。」

「じゃあベッドに。」

「えっ?・・・テヤン、違うでしょ!」

「僕のために時間を使ってくれるんでしょ。
今日しなきゃいけないことは、ほんとにもうないんだ。

これからずっとあなたとベッドにいて、
そのままいっしょに眠りたい。
いいでしょ。」

「テヤン、まだお昼過ぎ・・・・」

「あっちに行くとね、
重い機材担いでたくさん歩かなきゃいけないんだ。
じゃあ、ちょっと練習。どっこいしょ。」

そんなこと言って、テヤンは私を担ぎ上げた。

「キャーーー!!」


一日中愛し合いたいという私のナイショの夢想は
こうして半日分かなえられてしまった。

じたばたしながら、ほんとはうれしくてたまらない。


そう。
私たちはそれから、何度も愛し合った。
お互いの体に約束を刻みつけるように。



テヤンの裸の胸に、たくさんの跡をつけたい。
テヤンの腕を噛んで、入れ墨のように濃い印を刻みたい。

狂うほど待っている私を思い出すように、
血の滲んだ印を。

そして、それが消えるまでに帰ってきて。


なのに、テヤン、私は君に翻弄されるばかりで・・・
溶けてしまってばかりで・・・・
思うように動けない。

いたずらをしかけようとするのに、
君はすぐまた私の潤んだ場所を探りに来て、
やすやすとまた溢れさせ、
私に声を上げさせる。

「いやだ・・私だけ・・・恥ずかしい・・・
ねぇ・・・一緒に・・・・テヤン・・・」

「アヤノ・・・
あなたに尽くしたい。あなたに幸せを感じて欲しい。
何度でも。
どう?・・・・アヤノ・・・
ねぇ・・・幸せ?」

「あぁ・・・すごく・・・
すごく・・シアワセ・・・
テヤン・・・・・あぁテヤン・・・
だから・・・もう・・・・」

恥ずかしい声を上げて、今日何度目かのその姿を
私はテヤンの前にさらした。

満足そうな彼が、やっと私の元にやってくる。

「アヤノ、あったかいね。
あぁ・・・アヤノ・・・」


走り出した情熱は止まらないのに、
あと数日で、それは行き場を失ってしまうね。


テヤン、君も私も、ひとりぼっちの夜に
このひとときのことを思い出して、
恋しくなったりするのかな。
悲しくなったりするのかな。






     ・・・・・・・・・・・・・・・・
   

  


買い物しまくりの私たちが、
最後に買ったのは“お守り”だった。

出発前夜、突然テヤンが「お守りを買おう。」と言い出して、
帰り道に出ていた露店にしゃがみ込んだ。

なぜか私のために買ってくれた「お守り」、
チョーカー、3300円。
私からテヤンへの「お守り」、
皮のブレスレット、2700円。

「さあ、これからこの二つのお守りに、祈りを込めに行こう。」


近くの教会で、彼は私のチョーカーを
私は彼のブレスレットを、両手でつつんで祈りを捧げた。

「これってプロテスタントのやり方?」

「ううん全然。今思いついた。」

「なーんだ。」

「これが一番思いがこもるよ、きっと。」

何を祈ったかなんて、言う必要はなかった。
それぞれの思いが確かにそこに込められたと
信じることができた。


彼に手を引かれて祭壇の前に立つ

またいつものように、大きな手で涙を拭かれた。

そして、チョーカーが私の首につけられた。

私も彼の手にブレスレットをつけようとするけど、
また今日も手が震えてうまくできない。

晩秋の夜の寒さのせい?
それともテヤンを失うのがこわくて?

テヤンが手伝ってくれてやっとつけると、

彼が、わざとらしく咳払いをした。

「わたくしソン・テヤンは、
無事に仕事をやりとげ、アヤノのもとに
元気に帰ってくることを誓います。」

じゃあ私も・・・

「わたくしタマキ・アヤノは、
ソン・テヤンと遠く離れている間も、
彼を愛し、彼の無事を祈り、
そしてよく食べ、よく眠り、よく笑い
元気に仕事をして
彼の帰りを待つことを誓います。」

テヤンの頬に涙が落ちる。
手を伸ばして、私の指でそっと拭う。

されるままのテヤンが、照れて笑う。

私はおどけて
「では、誓いのキスを」と言って
背伸びしてキスした。

「あーー、今僕がしようと思ってたのに!
でもいいや、続きは部屋で。

寒かったね、
早くあったかいところへ帰ろう」

テヤンは、自分のコートの中に私をすっぽり入れて抱えながら足早に歩いた。
私は、ただ彼にしがみついていた。
時々からだが宙に浮くかと思うほど、がっちり抱えられていた。



         ・・・・・テヤン、
             明日になると、この腕が解かれて・・・
             私は震えたまま、
             ここにうずくまってしまうのかな・・・


             ううん、違う。

             よく食べ、よく眠り、よく笑い・・・・
             元気に仕事して・・・・


             テヤン・・・・
     
             待ってるから。





・・・・翌朝、テヤンは旅立った。

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