Lusieta

 

この場所から ~ふたたびの陽射し Ⅲ章 1~

 

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夢を見ていた・・・・・


私は、いつもの慣れ親しんだ町並みを歩いていた。
見慣れた風景、なんの不安もなく歩いていたのに、急に慌ててきょろきょろし始める。

自分の家が見つからない。
「あれ?・・・あれ?・・・」
ぐるぐると同じような場所を歩き回って、
迷路に迷い込んだようにパニックに陥る。


つぎの瞬間、私はしゃがみ込んで何かを探していた。
何を探そうとしてるのか、自分でもわからない。


足が痛い。裸足だから?

その折れた柱の下に探しているものがあるようだけれど、届かない。
手が届いても、それが何なのかは・・・・知らない。


手が痛い・・・足が痛い・・・冷たい・・・
喉がかわく・・・


     見つからないからもう探すのはあきらめようと決める。
     でも、あきらめることが悲しくて・・・私、泣いてる?


あきらめたくなくて・・・でも手が痛い・・・足が痛いから・・・
    
喉がかわいて・・・・水を飲んでくるね・・・・



     ダメッ!・・・・水を飲みに行ってはダメ!
 
     行ってはダメ・・・・ダメーーーーー!

     グラスがはじけ飛んで・・・ 壁が倒れて・・・

  
   

「イヤーーー!!」
声をあげていた。

「アヤノ、どうしたの? アヤノ・・・」

「あ・・・・」

「汗かいてるよ。いやな夢見た?」

「・・・・・・」

「アヤノ・・・」

テヤンが心配そうにじっと顔をのぞき込んでいた。汗ばんだ額を撫でながら。


言葉よりも先に涙が溢れた。
悲しいから? いや違う。
去年までは涙なんて流れなかったから・・・

テヤンがいるから?
うなされて目覚めた時に誰かがいてくれる経験は初めて。

いつも暗闇のなかで一人汗ばんだ体を抱きしめて
朝まで震えていた。



1月の声を聞くと、毎年々々同じような夢を見る。

世の中はめでたいお正月。
しかし、この11年の間、1月という冠を被った31日間は、
私にとってただじっと耐えてやり過ごす日々でしかなかった。


テレビはつけなかった。
きらびやかな正月番組もいやだった。
そして正月が終わると震災特集があちこちで放映される。


実家にも帰らない。どうしても話題がそこに行ってしまうから。
みんなどうして平気で思い出話をして、ハデに泣いたりできるんだろう。

帰りたくなかった。
1月だけは。

「大丈夫?」

「・・・・・・」
だまって頷くしかできなかった。

テヤンがいる。

私の1月に、テヤンがいてくれる。

「おとといも、こんなだったね。
 何でもないって言ったね。でも違うでしょ。
 ほんとは何? 何があったの?
 おしえて、アヤノ。」


言葉がみつからないまま、涙がとまらない。


テヤンの目、ほんとに心配そうで、
一人じゃないって実感する。


悲しいんじゃない。嬉しいんだ・・・と思う。
目が覚めた時に、テヤンがいてくれる。
この1月にテヤンがいてくれて、一緒に神戸に行こうと言ってくれる。


そして、神戸に行って、きっとそのあと私の夢は変わる、そんな予感はある。

でも、やっぱり・・・・今はまだ、いつもと同じ1月の夢。

「うまく説明できるかどうかわかんないんだけど・・・・・」

「うん・・・・」





    ・・・・・・・・・・・・・





テヤンが私を抱きしめてる。
頬を私の額にくっつけてる。
髪に指を入れ、梳くようになでながら、
静かに・・・・独り言のように、彼がつぶやく。

低い、くぐもった声が、胸にしみていく。


「アヤノに会うのに、なんで11年もかかったんだろう。
 会う運命だったのなら、
 なんでもっと早く会えなかったんだろう。

 もっと早く会っていたら、こんなに長い間苦しい時間を過ごさせたりしなかった。
 もっと違う1月を二人で過ごせたはずなのに。
 なんでだろう。
 こんなに長い間、あなたは一人で耐えてたの?」


小さく息を吐いて、
抱きしめる腕にまた力を込めるテヤン。少し苦しい。


「でも会えたからいい・・・ちゃんとテヤンに会えた。
 11年は、そのためにあったの。
 もっと早く会っても気づかなかったんだよ、きっと。

 11年たたなきゃ、お互いにみつけられなかった。
 ・・・・そう思う。」


      ほんとにそう思う。

      今だから、こんなふうに引き合う何かが二人に生まれたって思う。



「1月は、いつもどうしてたの?」

「じっとしてた。仕事して・・・・
 お正月、みんな休みたいでしょ。だから、その分引き受けてフル稼働・・・

 作家先生のお守りとかお尻叩きとかもあるし、この時期は大事なの。
 ほんとは休んじゃダメなんだよ。印刷所も休まないしね。」

「・・・・」

「ん?」

テヤンは何も言わないで、私の髪に顔をこすりつけてる。
またぎゅーーーっと抱きしめられて・・・

「テヤン・・・苦しい・・・」

「あっ・・・ごめん・・・」

よく考えたら、二人とも裸だ。
そして、すごく密着したまま赤ちゃんみたいに、よしよしされてる。
さっきからずっとだ。

「アヤノ。」

「ん?」

「僕が11年分愛してあげたい。11年分あなたを守りたい。
 11年分安心させたい。
 でも無理だね。あなたはちゃんと一人で頑張って乗り越えてきちゃった。

 途中で、悲しいって泣かせてあげたかった。
 大丈夫だよって抱きしめてあげたかった。

 夢を見て目覚めたときに、そばにいてあげたかった。
 汗も涙も、僕がぬぐってあげたかった。

 11年も・・・・長すぎた・・・」


テヤン、少し変だった。
どうしたんだろう。
こういう時、いつでも早く切り替えて話を明るく持っていくはず。
楽しい方向に・・・・

“じゃあ今年の1月はもっと違う1月にしようね!”とか
“もう大丈夫、僕がいるからね”とか・・・

なんか、しつこく悔やんでるね、テヤン。
どうしたのかな?


「僕、あなたが急に消えてから、あちこちの病院を探したんだ。」

「えっ?」

「もっともっと諦めないで探せばよかった。」

「えっ?」

「あの時から、今日までずっとあなたのそばにいたかった。
 あなたと愛し合って、あなたを守って生きてきたかった。

 もっと一生懸命探せばよかったんだ。
 好きだって言えばよかった。行かないでって、抱きしめればよかった。
 僕はあなたがいないとダメだって・・・・
 僕から離れないでって・・・・・」

「テヤン・・・・」

「ちゃんと言わなきゃ伝わらないんだ。
 愛してる気持ちはすぐに言わなきゃ・・・
 間に合わなくなるんだ・・・
 なんで言わなかったんだろう・・・」

「テヤン・・・・」


えっ・・・?
テヤンが泣いてる。

静かに・・・・・
声を殺して、でも・・・
肩が震えてる。
どうしたの? どうしたの? テヤン・・・


私はテヤンの胸に押しつけられていた顔を持ち上げて
テヤンを見た。

テヤンは苦しそうに目を伏せた。

テヤンの両方の頬を挟んで、涙を拭った。

「どうしたの? テヤン。
 何が苦しいの? 
 テヤン・・・・悲しいことがあるの?
 言って・・・・私に言って・・・

 テヤン、テヤン・・・・」

君はぼーっと私を見た。

「あ・・・ごめん。
 ごめんごめん・・・・」

「テヤン?」

「ふふ・・・」
テヤンは小さく笑った。


     無理してる・・・


「ちょっと感傷的になっちゃった。
 アヤノが愛しすぎて・・・」

そんなふうに言って、「ハァー」と息を吐いて
また私をその固くて広い胸に閉じこめた。

 
・・・・テヤン、ウソだ。
あなたの胸に、急にこみ上げてきたものを教えて。

何を思って、何を悔やんで泣くの?
そしてどうして今、我慢したの?
どうして封じ込めたの?

私に甘えて泣いて欲しい。

抑えないで。
フタをしないで。
        
     

「うそつき。」

「・・・・」

「うそでしょ。ほんとはちがうでしょ。」

「ん?」

「私の気持ちはいっぱい聞きたがるくせに、
 ぜんぶぜんぶ言わせようとするくせに、
 なんでテヤンは、ほんとの気持ちを教えてくれないの?

 君を悲しい気持ちにさせているものはなに?」

「・・・・」

「前に言ったじゃない。
『僕の過去を知ったらアヤノはひっくり返っちゃうよ』って」

「・・・・そんなこと、言ったっけ・・・」

「言った。」

「ハハ・・・いくらなんでも大げさすぎるよ。」

「自分が言ったんでしょ。」

「僕、バカだよね。」

「うん、バカだけど・・・どうしたの?」

「アヤノ・・・」

「テヤン、私は君の力にはなれない?
 助けにならない?
 君のこと、知ってはだめ?」

「アヤノ・・・」

潜ってる水から浮上してくるように、テヤンの胸から抜け出してはい上がる。
大きく息を吸い込む。

そして彼の頬をガシッとつかんで・・・・
ちょっと甘くないキスをする。
体育会系キス。

     ・・・・体育会? どんなキス?・・・
        わからない、今名前つけた。
        じれったさと愛おしさが混じった・・・でも色っぽくないキス



「テヤン、もう一度聞くけど、
 君のこと、知ってはダメ?
 話したくない?」

少しの沈黙のあと、テヤンがクスクス笑う。

「なんで笑うの?」

「ごめん、なんだかアヤノがすごく真剣で・・・・
 ほんとになんにもないんだから。
 心配させてごめん・・・

 ほんとに話すようなことは何にもないんだ。
 だってもともとアヤノの話をしてたのに、どうして僕の話になったんだっけ?」



びっくりした。
テヤン、まだウソついてる。
どうしたの? なんで?

こんなごまかしかた、したことない。

テヤンじゃない。
誰?・・・・


「君・・・・誰?・・・」

「えっ?・・・」

「そんなこと言う人、テヤンじゃない。」

「えっ?・・・」

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