Lusieta

 

この場所から ~ふたたびの陽射し Ⅲ章 5~

 

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「でもね、このあとは・・・・

 うまく話せるのか、自信がない。

 聞いた話じゃないから・・・・

 ちゃんと覚えてる話。

 リアルに思い出しながら・・・・

 僕は話せるのかな。」



「・・・・怖い?」


「・・・・うん。」

  

  
ぼーっと、宙をながめてるテヤン。


「ねぇ、今日はもうここで止めておこうか。

 次の話はまた今度に・・・・」


「ダメだ!」


「えっ?」



        ねぇ、テヤン・・・・

      さっきから、どちらかが「止めようか」って言うと
  
      どちらかが「ダメ!」って言って・・・・

      なんだか

      じゅんばんこ・・・だね・・・・・




「今日じゃなきゃダメ。今日じゃなきゃまた話せなくなる。

 アヤノには、もっともっとつらい話になるけど、

 でも・・・今日じゃなきゃ、今日アヤノに聞いてもらわなきゃ、

 もう・・・・・

 二度と話せない気がする・・・・・

 アヤノ、聞いてくれないかな。

 僕の話、聞いてくれないかな。」



最後の言葉が、遠慮がちにすこし小さくなる。



        テヤン、教えてって言ったのは、私。

        無理やり聞き出そうとしたのは私なのに

        今度はテヤンがこんなに“お願い”してる。



「うん・・・・わかった。

 テヤンが苦しそうなのがイヤだっただけ。

 すぐくじけてごめん。もう言わない。

 はじめる?」


「うん。」



そのとたんに・・・・

なんというタイミング・・・・

私のお腹が「グーーー」っと鳴った。


二人、口をあんぐり開けて顔を見合わせた瞬間・・・

また「グーーーー」っと鳴った。

私は両手で顔を覆い、

テヤンは「アハハーーーーー!!」っと笑った。



      テヤンが・・・・

      笑った・・・・




「女王様、お腹すきましたか?」


「えっ?・・・・・ぁ・・はい・・・」


「ご夕食は?」


「まだです。」


「えっ? まだなの?」


「時間なかったの。」


「僕のために、時間なくなった?」


「うーーーん、そうか・・・な・・・」


「・・・・・」


「・・・・・」


「アヤノ、ありがと・・・」


テヤンがクルッと私を回して彼の正面に向ける。


「ふふ・・・なんだか久しぶりに顔見た。
 ずーーっとアヤノのこと、ここに閉じ込めたまま話してたんだね、僕。
 苦しくなかった?」


そう言って長い指で、私のおでこにかかった髪をそっとかきあげる。



      苦しかったよ。
       
      テヤンがかわいそうで・・・・


     

「女王様、ではなにを召し上がりますか?」


「えっ?」


「ブレイクでございます。

 お腹がすくと、考えが悲観的な方向にまいります。
 すぐ涙が出てしまいます。

 ブレイクいたしましょう。
 なにを召し上がりたいですか?」



        テヤン、うれしそう・・・・

        ブレイク?

        すてき!



「はい、セブンイレブンのから揚げ棒のから揚げ半分コ(テヤンと)と
 おでんと、メロンパンです。」


「ぷーーーーっ」



       テヤンが・・・・

       また笑った・・・・



「わかりました、女王様。

 ではご一緒に、夕食の調達にまいりましょう。」


「はい。・・・ふふ・・・」




・・・・・・・




坂道を登りきって交差点を渡ると、目指すコンビニ。

振り返ると、夜景が広がっている。

思った以上に高いところにいるんだって、いつも実感する場所。

信号を待つ間、いつも二人振り返って街の灯を見る。


「きれいね。」


「うん。」



     いつもの食料調達なら、楽しい散歩だけど・・・

     二人手をつないで歩いて

     信号で立ち止まって夜景見て
     
     いつもと同じだけど、いつもと違う


     いつもより、ちょっと寒くて、
     いつもより、うんと泣きそうで、
     いつもより、テヤンの手があったかい・・・

     そんな真夜中。



「きれいだけど・・・お腹すいた。」


「ん・・・・んふふ・・・」


つないだ手を、テヤンがちょっとだけ揺らして

「青だよ」って言った。

ひっぱられて小走りで信号を渡る。



「おでん、おでん・・・」


「ねぇ、アヤノ、『おでん君』って知ってる?」


「おでん君?・・・なにそれ?」


「リリーフランキーだよ。」


「リリーフランキーは知ってるよ。『東京タワー』でしょ。
 おでん・・・・って、なんで?」

「ちがうよ『おでん君』だよ。」


「なんだそれ?・・・・」


「ふふ・・・・こんどゆっくり教えてあげる。」


「なんなの?・・・・」


「今度、平日の夕方に僕と一緒にテレビ見てくれたら
 教えてあげる!」


「なんだよそれぇ~。自分だってそんなお休みなんか取れないくせに!」


「ふふ・・・わかったよ。
 今度DVDいっしょに見よう。 ねっ!」





    ・・・・・・・・・・





しらたき・大根・厚揚げ・あらびきソーセージ・はんぺん・たまご・・・・・

メロンパン・・・・から揚げ棒を半分コ・・・・ツナマヨのおにぎりを追加。

ぱくぱく食べて、ちょこっとおでんを取り合って

なんでもない話をして、

テヤンが「アハハーー!」って笑って・・・

ちょっとだけイチャイチャしたりして・・・・





そして、ブレイクが終わった。

終わっちゃった。

また・・・始まる・・・・・




片付けて・・・・
           テーブルを拭いて・・・・
                          コーヒーを淹れる・・・・




テヤンが、なぜかアルバムを棚にしまった。


振り返って

「やっぱり今日は見ちゃうと話せなくなりそう。
 いつかまた。」


「うん」

      そうなんだね。

      わかった。




・・・・・二人はまた定位置に収まって、




「再開します。」

「はい。」



          こころの中で、気合を入れる



「父は日本で名の知れた企業の跡取りだったらしい。

 日本に帰って、結婚したい人がいるって話したけど、
 当然のように許してもらえなかった。

 半軟禁のような状態になって、そんな中でもなんとか出した手紙は、
 祖母たちの手でせき止められてしまって、母の元には届かなかった。

 その後、やっと両親を説き伏せた父は何度も訪ねてきたんだそうだ。

 誠実な人だったんだね。
 きっと、ほんとに母のこと愛してたんだ。

 でも、母は入院していたから、
 外国に行ってここにはいないと、祖父母は言ったらしい。

 僕は・・・・

 僕は隠されて・・・

 流産したことにされた。」


「・・・!!」


「それを聞いたとき、僕はものすごく混乱してしまった。

 真実をゆがめて、僕をこの世にいないものにしてまで、
 僕のほんとの両親を引き裂くなんてことできるのかって・・・

 でも一方で、そんなことをした二人は、
 僕を温かく精一杯の愛情を注いで育ててくれた二人でもあったわけで・・・


 でも・・・・
 祖父母がそこまで日本人を拒むことには理由があったんだ。

 僕の祖父母の年代は、子どものころ日本の占領下で
 むりやり日本人としての教育を受けていた。

 そして・・・
 祖父の父親と祖母の一番上の兄は、労働力として日本に連れて行かれて、
 二人ともその地で亡くなっていたんだ。

 その日まで知らなかった事実だった。

 それでも・・・
 それを理解して許すには、僕はまだ未熟すぎた。

 なにをどう考えたらいいか全然わからなくなってた。

 自分がバラバラになっていく気がした。 

 予断を許さない一進一退の病状なのに、
 それを聞いてから、僕は祖母に素直になれなくなってた。

 倒れたときは「オンマー!、オンマー!!と呼びかけて
 手を握って、体をさすって、
 必死で回復を祈っていたのに・・・

 翌朝の僕は別人みたいだった。

 ベッドの脇にボーッと立って祖母を見てるだけだった。

 そして、病室に二人きりの時、祖母が目を覚ましたんだ。

 僕をみつけて、『テヤン・・・』って言って
 弱々しい手を伸ばした。

 
 僕は・・・その手を握ってほおずりして抱きつきたい気持ちと・・・

 その手を払って、恨めしい思いをぶつけたい衝動とが、

 頭のなかでぶつかっていて・・・・

 もうわけがわからなかった。
 苦しくて、苦しくて・・・

 そのままあとずさりして、病室を飛び出してしまった。



 祖母に甘えていたんだと思う。
 自分の中のぐちゃぐちゃを、そんな態度で表して・・・・
 駄々をこねていたんだ。



 祖母に問いただされた兄が前夜の顛末を話して、
 呼び戻された僕はあらためて病室で祖母と対峙した。

 祖母は、ぽろぽろ涙を流して、何度も何度も謝った。

 「悪かったね。ごめんよ・・・ごめんよ・・・
  自分たちのわだかまりに、あんたたちを巻き込んだ。

  ミヨンにも、テヤンにも、ほんとにかわいそうなことをした。」って。

 それしか言わなかった。

 何も言い訳しなかった。

 ほんとはずっと後悔してたんだと思う。


 なのに・・・・
 そんな祖母を見ても僕は・・・・
 何も言えなかった。

 どんな言葉を言えばいいのかわからなかった。



 祖母は急にとても小さくて弱い人のように見えた。
 死にそうな病を抱えてそこにいて、ただただ僕に謝ってた・・・



 兄たちが独立し、祖父が亡くなってからはずっと二人で暮らしてきたんだ。

 そんな一番大切な人を、いきなり遠くに感じてしまって、
 そういうごちゃごちゃのすべてを、もう僕は抱え切れなくて、

 叫びだしそうになっていた。
 もう狂いそうだった。

 ぎりぎりだった。

 目の前で謝る人を、ボーッと見ていた。

 そしてまた、黙って病室を出てしまった。



 次の日、容態が急変して祖母はあっけなく逝った。

 僕は、祖母に一言も声をかけないまま、逝かせてしまった。

 死んじゃうなんて思わなかったんだ。

 こんなに早く逝っちゃうなんて、思ってもみなかった。
 今は重い状態でも、必ずよくなると・・・
 だからあんなにひどい態度をしてしまって・・・・

 こんなふうに別れがくると知ってたら、
 あんな態度で祖母を傷つけたりしなかった。

 ほんとに、あんなふうに逝っちゃうなんて、
 誰も予想してなかった。

 あまりにも急なことで・・・・


 交代でずっと誰かがそばにいたのに、
 たまたまそのとき誰もいなかった。

 祖母は・・・一人で寂しく逝ったんだ。

 最後、あまりにも、寂しすぎた・・・」



「・・・・・・・・」






      テヤン・・・・

      つらいね。

      テヤンは今どんな顔してる?

      そんなふうにぎゅっと私を抱えてるのは、

      苦しいから?

      それとも・・・・
      
      私に顔を見られないように?

      私も・・・・

      今この顔を君には見せられないよ。

      テヤン・・・・

      苦しい? 



「僕はもう自分がほんとに狂ったと思った。

 そんなふうに祖母を逝かせてしまった後悔でいっぱいだった。

 もう自分をこの世界から消し去ってしまいたかった。

 頭を抱えて、叫びながら部屋を転がりまわった。
 そこらじゅうのものを投げて壊した。

 何も知らないでいたかったって。
 問いただしたりしなければよかったって。

 自分を責めた。
 苦しくて・・・
 自己嫌悪の思いに押しつぶされそうで・・・
 息ができなかった。



 祖母はどんなにか悲しかっただろう。

 孫であり、息子だった僕。

 愛してくれた。
 惜しみなく愛情を注いで、たくさんのことを教えてくれた。

 陽気で、元気で、面倒見がよくて・・・・
 いつでもニコニコ笑ってた。



 ほんの3日前までそんなだったんだ。


 声がきれいで、歌が上手だった。



 ・・・・・・大好きだった
         
            ほんとに・・・・・・」





        テヤン・・・・

        最後の言葉はかすれて消えた。




        でも・・・

        急に大声で、君は叫んだ。

        テヤンが・・・壊れたかと思った。




「あぁーーーー! 

 アヤノーー!

 僕は最後まで話すからー!」



       



息を詰めて、声が漏れないように、

肩が震えないように注意を払って泣いていた私、

いきなり「アヤノーーー」と呼びかけられて、

ビクッと体が動いてしまった。

やっとのことで、「うん。」と言った。

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