Lusieta

 

この場所から ~ふたたびの陽射し Ⅳ章 サトウ 前編~

 

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――――― テヤン





事務所の車を借りた。
アヤノを迎えに行きたくて。


編集部で徹夜の続いてる彼女、
昨日のメールによると、今日の午前中には解放されるはず。

迎えに行って驚かせてしまおう。
明日は休みだ、そのままどこかに行くのもいい。

車に乗っている間、アヤノはずっと眠っていればいい。
目が覚めたら海・・・というのはどう?

そのまま海辺のホテルをとって、今夜はそこに泊まろう。
オフシーズンの今は予約なしでいける。




この頃あなたは元気がない。
僕といっしょにいても、なんだかボーッとしてるね。

視線を感じて振り向くと、あなたがじっと僕を見てて、
その目が切実で、今にも泣いちゃうんじゃないかと思うほど。
でも、さっと目をそらしながら、から元気で変な冗談を言う。


あの日からだよね。
メグがたずねてきてからだ。

メグのこと、話すべきじゃなかった?
黙っていてほしかった?

でも僕は話したかった。メグとの今日までのこと。
嵐の夜のことも・・・・

それはやっぱりアヤノを傷つけたの?
僕は正直すぎた?


こんなにも二人の間に距離を感じるのは初めてだ。



アヤノ、何を考えてるの? 
何が一番気になるの?
どうしたい?
僕は何をすればいいの?
僕をどう思ってる?


アヤノの、僕への気持ちに不安を感じてるわけじゃない。

僕といっしょにいて、アヤノが幸せかどうかに不安を感じてる。


僕といっしょにいて、アヤノが笑っていないのが怖い。
僕のそばにいて、あなたは何が苦しい?
僕をみつめて悲しくなるのはなぜ?
教えて・・・・



さあ、もうすぐあなたがいるビルに着く・・・

今日はどうしても、あなたを海に連れて行こう・・・


8階の編集部に行ってみたが、アヤノの姿がない。
机に突っ伏してる人や、部屋の隅のソファで熟睡モードの人・・・

徹夜仕事、終わったんだね。
アヤノ、どこにいるの?



廊下を歩いて、ベンディングコーナーのそばまで来ると、おでんのにおいがした。
コンビニのおでんに目がないアヤノ。
直感的にあなただと思った。
そしてそう感じる自分に、つい笑顔になった。


このコーナーは、少し奥まってはいるが、
朝日があたる大きな窓に向かって、
浅いカウンターテーブルが置かれている。居心地のいい空間だ。
何度か二人でコーヒーを飲んだ。

すばやくキスをしようとして、
「誰かが通るよ!」って叱られた。


僕が急に現れたら
びっくりするだろうな・・・・





    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





―――――― アヤノとサトウ




「なにしょぼくれてんだよ。お前も二晩徹夜がひびく年になったかぁ~」

「ほっといて」



偶然コンビニで、同じく徹夜だった7階のサトウにあった。
朝食の調達でおでんを買うアヤノに、後ろから聞きなれた声がした。

「また朝っぱらからおでんかよ」




コンビニの袋をぶら下げ、肩を並べて会社のビルへ戻った。

エントランスを入ったところで若い女の子の足にコンビニの袋が当たって、
サトウが、あたふた謝った。
ちょっとかわいい子だ。

「かわいいな。あんな子、会社にいたっけ?」

「知らないよ・・・・」

「やっぱお前、マジで元気ないな。」

「うん」


「アヤノさん、イケメンのフォトグラファー、ソンテヤン氏となにかあったのですか?」

「ちょっと!声が大きいよ。
 そんなこと、朝から聞かないでよ。
 いっぺんにテンション下がるよ。」

「えぇーー!なんでテンション下がるんだよ。
 まさか、お前らほんとにケンカでもした?!」

「サトちゃん」

「ん?・・・・」

「うるさい」

「はぁ~~」

エレベーター、彼も8階までついてきた。


「俺も8階でこれ食うわ。
 お前もあそこの自販機んとこで食うだろ。
 どうせお前のことだから、デスクの上はぐちゃぐちゃで
 おでん食うスペースなんてねえもんな。」


「あたりです。悪かったね。」

ふたり、少し背の高い椅子に腰掛け、テーブルにあれこれ並べる。

「しかし、なんで朝からおでんかな~。」

「しつこいなぁ。好きなんだからしょうがないじゃん。」

「・・・・・・」


急にサトウが真顔になった。
窓の外を見ながら訊いた。

「ほんとに好きになったのか。あいつのこと。」

「えっ?」

「好きなんだな。
 お前が・・・・あいつを好きになったんだな。
 そうなんだな。」

「サトちゃん」

「よかったよ・・・・・
 お前が・・・・・・また・・・・誰かを好きになれて。」

「うん・・・・」

「・・・・・・」

「サトちゃん・・・」

「ん・・・・・・」

「ありがと・・・」

「うん。」

「・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・」

「いろいろ、ありがとう。今日まで。
 いろいろ・・・・・ごめんね・・・・・」

「なんで謝るんだよ。謝るなよ、バ~~カ。」

「うん・・・・・・」


「・・・・・・・」

「・・・・・・・」



サトウは沈黙が苦手だ。


「17日、今年はいつもよりたくさん人が集まるんだ。
 別に、来なくてもいいけど、毎年のことだからこれだけは渡しとく。」

「うん。ありがとう。毎年幹事だね。永久に幹事?」

「かもな。カイにかこつけて会えるのを、みんな毎年楽しみにしてんだ。
 今年あたり、アヤノが顔出したらあいつら喜ぶぞ。
 俺がアヤノを独り占めしてるって毎年ガーガー言われてんだよ。

 クソーー!ほんとにひとり占めするヤツが現われてしまった。ハッハー」




『カイの会』なんて・・・なんのひねりもないダジャレみたいなネーミング。
サトウが毎年作り続ける往復はがきの案内状。

ラグビー仲間によるカイを偲ぶ集まりは、今日まで1度も欠かさず続いている。
これはひとえにサトウの勤勉さと、
カイに寄せる、変わらない熱い思いによるものだ。

アヤノは、毎年サトウから案内を手渡され、毎年行けないでいた。
今日初めて、みんなに会いたいと思った。


「サトちゃん、いろいろありがとね。」

「おぅ・・・」

「行こうかな。」

「え~~! マジかぁ~~!! おぅ!そりゃいい!
 東京からいっしょに行くか?」

「実はね、彼といっしょに神戸に行くことになってるの。」

「あ・・・・そうなのか。
 すごい・・・・・あいつ、いっしょに行ってくれるのか。
 すごいじゃん。」

「話せば長くなるんだけど・・・・彼は・・・・
 う~~ん、サトちゃんには話さなきゃね。
 でも今度ゆっくり話すね。話すのにエネルギーを要するから。」

「勿体ぶってなんだよ。まあいっけど。

 だけどおまえ、とりあえずやっぱりおかしい。
 めちゃめちゃ暗いし。ほんとに、けんかでもしたのか?」

「ううん、してない・・・・」

「そんならなんだよ。」

「ちょっと・・・・・」

「ふーん・・・・まぁ、いっけどな。他人の恋の悩みなんて聞きたくもないし。」

「強いて言えば・・・・・」

「やっぱ、言うのかよ!」

「やきもち・・・かな?」

「はぁ?」


「バカだよね、私。
 私のほうが圧倒的にややこしくて、過去を引きずってるのに・・・・
 なんでうじうじ気にしてるんだろ・・・・

 信じたらいいだけなのに。
 いや、疑ってなんかいないけど・・・

 なんか、彼女の気持ちもわかっちゃうっていうか、
 つらいだろうなって・・・・
 ずっとずっと、思い続けてきたんだろうなって・・・

 あーーなんだろ。やきもちっていうより・・・・」


「オイ! あいつ女がいたのか?」

「違うよ!! テヤンはそんなんじゃない!!
 ・・・・・はぁ~~~~」

「はぁ~~~、ため息はこっちだよ。重症じゃねえかよ。

 おまえなぁ、ここは朝日が燦々とふりそそぐ明るいビルの8階だぞ~。
 これじゃグダグダの居酒屋トークじゃねえの。しかもおでんだし。」


「だってぇ~~
 はぁ~~ごめん、サトちゃん。私、何言ってんだろ。」


「やっぱ、もうこの年で二晩連続徹夜は厳しいよな。精神構造を壊すよな。
 おまえ、もう帰れ。終わったんだろ。もう寝ろ。
 明日は休みだ。

 ちゃんと寝てないと、考えが悲観的になってくるんだ。
 っていうか、おまえ、今の時点でもう思考力ないだろ。」


「そりゃそうだよね。あのルックスで、あの優しさで・・・
 もてなかったはずないもん・・・・」


「おぇ! おまえなぁ、人の話全然聞いてねえし。

 俺はお前に2回もプロポーズしたんだぞ!
 そんな男を相手に、よくもまあぬけぬけと・・・・

 おい・・・・こら!・・・・アヤノ・・・・
 寝るのか? 寝ちまうのか? おい・・・・・

 はぁ~~」





     ・・・・・・・・・・・・・・・・・






――――― テヤン




壁が途切れて、コーナーを見渡した・・・・


       『俺はお前に2回もプロポーズしたんだぞ!
        そんな男を相手に、よくもまあぬけぬけと・・・・

        おい・・・・こら!・・・・アヤノ・・・・
        寝るのか? 寝ちまうのか? おい・・・・・

        はぁ~~』




あまりの驚きで、その場に立ちすくんでしまった。

誰だ・・・・

並んだ二つの背中。

隣の男性はかなり体が大きい。

アヤノはテーブルに上半身を完全に預けている。

彼は・・・・アヤノを見ている。



"おまえ"って言った・・・
2回のプロポーズ?・・・・



彼は、じっとアヤノを見つめている。

眠る彼女に、なおも何か話しかけているけど、ここまでは聞こえない。
あきれたようにふふっと笑いながら・・・・何をささやいているのだろう。


      あっ!・・・・・


彼が、おずおずとアヤノの髪に触れた。
額にかかった髪を、手の甲ですくい上げた。
そのまま髪をなでて・・・・ほんの一瞬。頬にふれた。


もう一度小さい声でささやいた言葉が、今度はわかった


『アヤノ』って言ったんだ。



そして自分のコートを、アヤノの肩にかけた。
あなたを起こさないように、慎重に。


そのしぐさに、あなたを大切に思う気持ちが溢れていることを、
僕は痛いほど感じてしまう。


わかるんだ。僕には・・・・


めまいがしそうだった。
その場を動けなかった。


彼は、眠るアヤノを守るように、
ただそこに座って、窓の外を眺めていた。
時々彼女に向けるまなざしが、切なさをたたえているのがわかってしまう。

静かな光景。
眠る女と、守る男。



それを見つめたまま、僕は足に根が生えたように立ちすくんでいた。


やっとのことでその足を床から引き剥がして、交互に後ろに持っていった。
振り返って動き出すと、あっという間に小走りになり、
エレベーターが待てずに、一気に8階から階段を駆け下りた。

ただただ足を動かしていた。息が苦しかった。




「おぉ~、テヤン。今日はなんだ?」

エントランスまで降りたところで声をかけられぎょっとした。

「朝からビルの中でジョギングか?

 お・・お前・・・どしたの?
 顔、青いぞ。」

編集長が、とても驚いた顔で僕を見ている。

「こんにちわ。どうも・・・・」

それだけで、お辞儀をして出てきてしまった。

「はぁ? テヤン! お~い、コラァ~~」



ビルの外に出て早足で歩き、
駅に近づいてはじめて今日は車で来ていることを思い出した。


「ふふっ・・・」

笑えた。こんなに気持ちが動転してたんだな。


冷静になりたい。
ゆっくり考えよう。
そう念じるように胸の中でつぶやきながら、きびすを返してビルに向かった。




アヤノの気持ちを疑ったわけではなかった。
信じている。

でも・・・あの時見た彼の態度の中に、
その思いの深さと真実を感じてしまったから・・・



きっと彼はサトウという人だ。
前にアヤノが話してくれた。

彼女をこの会社にひっぱってきた人。
ふるさとの生活を終わらせ、アヤノに社会復帰をさせた人。
カイさんの親友。

そして・・・・彼女を想う人?


この11年の間、彼はあなたを気遣い、守ってきたのだろう。
そして愛してきた。
二度プロポーズを?
すぐそばにいながら思いを遂げられずに・・・
それでも大切に守ろうとしてきたのだろうか。



苦しい。
彼の気持ちが自分の胸に迫って苦しい。

でも・・・アヤノは渡せない。
僕は、アヤノを誰にも渡すことはできないんだ。




ビルに戻って地下駐車場に行くためにもう一度エレベーターホールに向かうと
ドアが開いたとたん飛び出してきたのはアヤノだった。

ぶつかりそうになる両肩をぐっとつかんでとまらせた。

アヤノ・・・・
ポカンと口を開けて、目を見開いて僕を見た。



「あ・・・あのね、さっき8階まで来た? 
 私、サトちゃんと話してたら、うっかり寝ちゃって・・・
 編集長が・・・・・」


「アヤノ」


「ん?・・・・」


「海に行かない?」


「・・・・・・」


「海、行かない?」


「・・・・・行く。」

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