Lusieta

 

この場所から ~ふたたびの陽射し 最終章 1~

 

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2006.1.16

―――――― side アヤノ



京都を過ぎた

あと30分足らずで神戸だ。
時計は3時になろうとしていた。

これからの2泊3日の旅、自分がどんなふうになるかわからない。
それが一番の不安。

朝それぞれに仕事を片付けて、ホームで待ち合わせて正午過ぎの新幹線に乗った。
にぎやかに駅弁を食べたまではよかったが、
目的地に近づくにつれて、口数がだんだん少なくなってくる。

テヤンが私の手をとって、両手で包んだ。
大きな肩にもたれてリラックスしようとする。

「アヤノ、いつか京都、旅行したいね。」

「うん・・・・いいね。」

「行ったことある?」

「ん・・・・・・」

「カイさんと?」

「・・・・・ん・・・」

「そっか。」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」





     - - - - - - - - -



前夜、2泊の旅の計画を立てようと、ノートを広げるテヤンだったが、
ただボーッとして生返事をしてる私を見て、
小さく息を吐き、ペンを置いて抱き寄せた。

何も言わずに、ただ胸にもたれている私の髪をなでていた。


「テヤン・・・・」

「ん?」

「私、情けないね。」

「そんなことないよ。」

「これから2日間、私が急に黙ったり、泣いたりしても気にしないでね。
 多分、私、あちこちで泣くから」


「わかった。心の準備しておきます。
 大丈夫だよ。僕に任せて。

 アヤノ、前に言ったでしょ。二人で神戸に行くって決めたとき。
 神戸で、ずっとあなたを抱きしめて歩くって。」

「うん。」



         そうだった。私はテヤンに抱きしめられてあの街に足を踏み入れる。

         いや・・・・
         ダメだ・・・・



「テヤン、ダメだ。」

「えっ?」

「テヤンに抱かれてやっと歩けるんじゃだめだよね。」

「ん?」

「私、ふらふらしないで、自分ひとりでちゃんと立って、
 カイとミオのところに行かなくちゃね。」

「そう?・・・」

「うん、そうなの。
 やっとテヤンに支えられて来るようじゃあ、がっかりだよ、きっと。
 かっこよく、元気にいかなきゃ。」

「アヤノ・・・」

「はい。」

「そんなに背筋伸ばさなくていいよ。
 『はい』なんて返事しなくていいよ。

 アヤノは、こういうとき、いつも気負っちゃうよね。
 それもいいと思うよ。ここ一番がんばろう!っていう気合は大切だから。

 でもね、神戸にはそんなものいらないよ。
 もうカイさんも、そのまんまのあなたをよく知ってるんだ。
 神戸に降り立ったとたんにフニャフニャになって泣いちゃったって
 どんなふうになったって、アヤノが来たことを喜んでくれるんだから。

 ほら、力抜いて。」


「・・・・・・・・」


「でも、もし予想に反してあなたが元気いっぱいでハイテンションの場合も、
 僕の手は離さないでね。

 人がいっぱいで、僕は迷子になりそうだよ。
 はぐれるのはイヤだから。
 『アヤノーーー』って泣くかも・・・」


「・・・・んふ・・・」



        テヤン・・・・
        ありがと。
        やさしいよね、テヤン。
        あらためて言うまでもないけど。

        でもさ、そんなこと言ってくれちゃうと・・・
        私はもうすでに・・・・泣くんだよ・・・・




こんなにもテヤンに守られながら、

私はあの街に足を踏み入れる。






  - ― ― ― ― ― ― ― ― ― 




 ――――――― side テヤン



新神戸駅を降りたらすぐにタクシーに乗った。

これから山にでも登りそうないでたちの二人。
お気楽なバックパッカーにも見えるか。


アヤノがドライバーに住所を告げる。
今もはっきり覚えてるんだね。さらっと口から出る番地。

タクシーが止まるとアヤノはきょとんとしてる。

「ここ・・・ですか?」

「そうですよ。」

「え? ここじゃないと思うけど。
 ○○商店街の端っこの道を・・・・」

「あぁ、お客さん、震災のあと初めてですか?
 商店街はもうないし、この辺は都市計画で、
 大きな道がついて全然変わっちゃってね。」

ドライバーがすこし気の毒そうにあなたを見てる。


「ホントにここは・・・・・」


あなたはくいさがってもう一度ドライバーに住所を確認した。
そしてまだ不満顔なままタクシーを降りた。


二人が降り立ったそこは、広い道路と、それに負けないくらいの広い舗道。
街路樹と大きな花壇がきれいに手入れされている。
花壇のなかに、小さなオブジェが静かにたたずんでいる。

おしゃれな街のおしゃれな舗道。

「あっ?!」

あたりを見回していたアヤノが走っていった先は、
祠に祭られた、僕の背丈ほどの観音像だった。
ろうそくが灯され、線香が供えられている。
その奥が、小さなお寺だ。

「アパートの裏側の道ひとつ隔てたところにあったの。このお寺。」

裏手に墓地がある。

「あのお墓は前からあった?」

「うん。」

「じゃあ・・・・」

「アパートは・・・」

またアヤノがさっきのところに戻った。

「このあたり・・・・かな・・・」

そこはさっきの花壇だった。

呆然として立ちすくむ肩に触れようとしたとき、
あなたが言った。


「わぁ、いいところだ。年中花が咲いてる。

 いつも花に囲まれてる。

 いいところ・・・

 よかった・・・・」


しゃがみこんで、花をなでてる。


「遅くなって・・・・・

 ・・・・ごめんね・・・」


かがんで後ろから肩を抱いた。

「ぅ・・・」と小さい声が漏れて、
あなたが、顔を覆って泣いた。




この街は、1月17日という明日を前にして、独特な雰囲気に包まれている。

普段は何気なく元気に毎日を送るたくさんの人々が、
同じ日に、いっせいに大切な人の命日を迎えるなんて。
不思議で、残酷な現実。


鎮魂のために多くの人が訪れて、
街じゅうが厳かな空気に包まれてるようだ。


しゃがみこむ僕たちの後ろを行き交う人々の中にも、
きっと同じ悲しみを抱えてこの場所で暮らす人がいるだろう。

そっと共感のまなざしを向けて、一瞬思いを寄り添わせて
そして通り過ぎていく人がいるかもしれない・・・・



アヤノは、
なかなかそこから立ち上がることができないでいた。

冬の太陽のひかえめな陽射しが、二人の背中をそっと温めていた。

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