Lusieta

 

この場所から ~ふたたびの陽射し 最終章 6~

 

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2006.1.17



 ――――――― side アヤノ





目が覚めたら、4時を過ぎたところだった。

テヤンは隣のベッドで眠っている。

『明日は5時に出発だよ!』 

そういったくせに、テヤンったらぐっすりだ。

もしかして・・・・
彼はあまり眠れなかったのかな?

ずっと起きていて、
明け方近くになってやっと眠ったのかもしれない。



私をあんなに安らかに眠らせたあと、
彼は、いろんなことを思って眠れなかった・・・・

そんな気がする。



夕べ、テヤンがしてくれたみたいにベッドの脇にひざまずいて、
眠る彼の顔を見る。

うつぶせの寝顔、

眼鏡をとって眠る無防備な顔は、ほんとに少年みたい。

慎重に、前髪に触る。

まぶたが少しだけ動いて、慌てて手を引っ込める。


ふふ・・・起きないね。

やっぱり眠れなかったんだね、きっと。


 
          テヤン・・・・・
          
          私、この日に、こんなふうにベッドで寝たのは
          何年ぶりかわかんないくらいだよ。

          テヤンのおかげで、夢も見ないで朝まで寝ちゃった。
          これがどんなにすごいことか・・・・
          わかってもらえるかな。

          ここ数年は、ずっと編集部にいたんだよ。
          忙しくなくても、徹夜で仕事した。

          一人しかいないのに、フロアの明かりをすべて灯して・・・
          煌々とした光の中で、アップテンポなBGMをかけて・・・
          
          そして、その時刻が近づくと、苦しくなった。

          息が苦しくて、
          胸を押さえ、大きく息をしながら、
          片手でキーボードをたたいてたんだよ。

          その時刻をなんとか必死でやり過ごしてしばらくすると
          清掃スタッフや見回りのガードマンが動き始める。
          
          人の気配がすると、心からほっとした。

          そしてまた一日ハードに仕事をこなして
          帰ったらすぐに眠った。

          毎年、そんなふうにしてその日を終わらせてた。


          なのに、テヤン・・・・
          
          今年の私は・・・・・
          今の私は・・・
          この日を、こんなにも違うシチュエーションで迎えてる。

          びっくりだね、ほんとに。

          テヤン、君のおかげ。

          何度も何度も言っちゃう!

          君のおかげで、私は今、
          こんなに穏やかな気持ちでここにいる。



          
          でもね、まさにその時刻に、
          真正面から、カイとミオに向き合うのは初めてだから。

          ちょっとドキドキしてるんだよ。
  
          ねえ、テヤン・・・
          ドキドキしてるの。

          だからテヤンの横に入ってもいい?

          ダメ?

          ダメだよね。

          ダメだよ・・・・ね・・・

          大丈夫、
          困らせたりしないよ。

          テヤンのやせ我慢を応援するよ。

          あぁ・・・テヤンのやせ我慢を応援するために、
          私もいっぱい我慢してる・・・

          ふふふ・・・・
  
          テヤン・・・・

          つらいよ。






テヤンの顔のすぐそばのシーツに、頭をのせてみる。


          あ・・・・・


うつぶせテヤンの目が、ぴょこっと開いた。

至近距離で目が合った

奥二重のまぶたがぱちぱちして
状況把握中のようだ。


「あ・・・おはよ。
 なんで先に起きてるの?」

「おはよう。
 なんでって・・・・失礼だなぁ。

 私だって、たまには先に起きたりもするんだよ。」


「ふふ・・・エライ。」


テヤンの腕がすっと伸びてきた。
私の髪をクシャクシャかきまわす。

そして・・・

そのまま私の頭をそっと抱えた。
あぁ・・テヤンの匂いに包まれる・・・・


「アヤノ、今日が来たね。」

「うん。

 テヤン、連れてきてくれて、ありがとね。」


「昨日から、そんなに何回も言わなくていいよ。

 僕だって、アヤノのおかげで、この日が孤独じゃなくなった。」

頬をくっつけながら、まだちょっとかすれた小さな声で
耳元にささやいた。



         テヤン・・・・

         君も、その重さに耐えて、
         毎年この日を迎えていたんだね。



ブランケットの上から、変な体勢で君を抱きしめた・・・つもり・・・

もうすぐその時刻がやってくる。


「テヤンと二人で、この日を迎えられて、
 ほんとにうれしいよ。」

「うん。」

「テヤン」

「ん?」

「こんなにくっついてたら、つらくならない?」

「ん・・・・はじめっから、つらい。」

「ふふふ・・・」

「アヤノ、せっかくやせ我慢してるんだから、
 あんまり僕を刺激しないでね。」

「わかってるんだけどね、

 テヤンのやせ我慢を応援するために、
 私もとっても我慢してるんだよ・・・・・

 だから・・・ふふ・・・
 そのうち爆発して、押し倒しちゃったらごめんね・・・」


「・・・・・・」

「ん?・・・・」

テヤンが私を抱える手をほどいて、いきなり仰向けになった。

両腕を抱えて・・・
「あぁ・・・・押し倒されたい・・・うぅ・・・」

芝居じみた切ないまなざしでこっちを見て、

「アヤノさん、我慢のあとには、夢のような幸せが待っています。

 そのときまで、がんばりましょう!」

「はぁ?・・・・」

「ねっ・・・・」

「あ・・・はい・・・がんばりましょう。ふふ・・・」

「では、大急ぎでシャワーに行ってきます。」

「はい。」



あぁ・・・

こんなふうに冗談を言いながらその時刻を迎えられる・・・・

うれしいな。





なのに・・・・

私は、ふと思い出してしまった。


5時少し前・・・・
ちょうど今頃・・・
ミオがぐずって起きたころのはず・・・・

私、あの時・・・
枕もとの時計を見たんだ。




     ・・・・そんなふうに
          ふと・・・思い出してしまった・・・・
 



・・・・・・・




私は寝不足で、なかなか目が覚めなかったみたい。


目を開けると、
カイがミオを抱っこして、背中をトントンしてた。

ミオの背中にベビー布団をすっぽりかけて
その上から、トントンして・・・・


『あ・・・ごめん・・・』って言うと

『いいよ。もうちょっと寝てなよ。

 ほら、おっぱいがなくたって、
 パパの抱っこで泣き止んでくれたよ。
 えらいぞ、ミオ・・・パパもえらい?・・・ミオ・・』


そんなふうに言って、ミオのおでこにキスした。

私は、起き上がり、
カイの背中にくっついて、肩越しにミオのほっぺをつっついた。

『ミオちゃん、おっぱいいらないの?』

『いらないみたいだ。パパの抱っこで満足なんだ。
 ねっ!ミオ。』

カイがそう言ったとたんに、ミオは泣き出しちゃって、

『ほ~ら、やっぱりおっぱいだね。』
って言うと、

カイは
『あぁ~あ、つまんねぇ。』
と言いながらミオを渡して
ミオにおっぱいをあげる私を、後ろから抱きしめていた。

コクコクおっぱいを飲むミオを覗き込んで、

『あぁ~俺もおっぱい出たらなぁ~!』

『あはは、なんだよそれ。』

『さみしいなぁ~~』

『ふふ・・・よしよし・・・』

『あ・・・今のよしよしには心がこもってないな。』

『えっ? ふふ・・・そんなことないよ。』

『じゃあ、態度で示してよ。』

『ん?』

『ミオのおっぱいが終わったら、
 ほんとに僕のこと、よしよしして。』

私とミオを一緒に抱きながら、
耳もとで、そんなわがままを言っていたカイ。

『ふふ・・・はいはい・・・』



私はうれしくて、ちょっと顔が熱くなった。




・・・・・・・・




ずっと忘れていたシーンが

急にすごい勢いで、目の前に迫るようにしてよみがえった。

ミオが懸命に私のおっぱいを吸うあの感覚までが・・・・





私は両手で顔を覆って、床にうずくまった。

「あぁ・・・・あぁ・・・」

体が震えてとまらない。


もう何もないのに。

カイもミオも、あのアパートも・・・
なにもないのに・・・・


なんで記憶だけは、こんなに鮮明に、
二人をよみがえらせるの?



苦しいよ・・・もう何もないのに・・・

もう、いない・・・

もうどこにもいない

どこにもいないよ・・・・

・・・・カイ・・・ミオ・・・






「アヤノ!! どうしたの?!・・・アヤノ!!・・・」


「あ・・・あぁ・・・
 ・・・・テヤン・・・・テヤン・・・」



そうだった。

テヤンと一緒に・・・・

そうだった・・・・



夢中でしがみついたテヤンの胸は、まだシャワーのしずくで濡れていた。


「あのね・・・あのね・・・・

 ・・・思い出したの・・・・・思い出しちゃった・・・・


 カイが抱っこして・・・ミオが・・・・

 私、ミオにおっぱいあげたの・・・・

 ミオが・・・私のおっぱいを飲んで・・・

 カイが・・・あぁ・・・あぁぁ・・・・


 もう・・・どこにもいない・・・・わかってるのにね・・・・

 どこにもいないのに・・・・なんでこんなに・・・・・

 いないのにね・・・・どこにも・・・・

 カイも・・・ミオも・・・・・」


あとは言葉にならなかった。

「う・・・・うぅ・・・」


テヤンの腕にぎゅっと抱きしめられて・・・・


「ごめんね・・・ごめんね・・・一人にしてごめん・・・

 アヤノ・・・僕がいる・・・・僕がいるから・・・・


 アヤノ・・・・アヤノ・・・・ずっとずっと・・・・・

 僕がこうしてアヤノを抱きしめててあげるから・・・


 大丈夫・・・・カイさんもミオちゃんも、目には見えないけど、

 アヤノといっしょにいるんだよ・・・・・

 二人はちゃんと見てくれてるよ・・・・


 大丈夫・・・・大丈夫・・・・アヤノ・・・大丈夫・・・」




テヤンの必死な声が聞こえる・・・

テヤンの大きな胸とかすれた声に包まれて・・・・

悲しいけど・・・苦しいけど・・・・どこか安心していて・・・・



ただ「テヤン・・・・テヤン・・・・」と呼びながら

子どものように泣いていた。

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