Lusieta

 

この場所から ~ふたたびの陽射し 最終章 8~

 

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2006.1.17

―――――――― side アヤノ






今日はとても一日が長い。




プレートに刻まれた3人に会ったあと、
1日分くらいの濃さの体験を終えた気持ちだった。

通りがかりの店で遅い朝食をとった。



「テヤン・・・」

「ん?・・・・」

「教会に行くの、もう少しあとでもいい?」



次の、これまた濃厚な体験・・・いや・・・
濃厚な"追体験"プログラムに突入するためには、

少しのインターバルが必要だった。
ただ放心している状態・・・・そんな時間がほしかった・・・


「じゃあメリケンパークに行こう」


朝食をとった店から、歩いて15分ほどで着いた。

テヤンにひっぱられて彼の歩幅に合わせてると、
けっこう汗ばんでくるものだ。


冷たい潮風が心地よく感じた。


「はー、気持ちいい~!」


ほんのしばらく前にいた、あの厳粛な場所と、あまりにも違うこの感じ・・・


でも・・・
この切り替えが必要だって、今は感じてる。
自分自身が、体の中から、そういう充電を求めてる。

次の、大切な場所に向かうために・・・



「テヤンと一緒に汗かいたのって、初めて会った日以来だね。」

「えっ?・・・そう?・・・
 僕はしょっちゅうアヤノと汗かいてる・・」


「え?・・・」


テヤンが耳元にささやいた。

「ベッドで・・・」だって。



はぁ~~・・・・

     何言ってんのよぉ~

こんな広々としたさわやかな青空の下で・・・



「あ・・・・ダメだ。

 アヤノ、だから僕を刺激しないでって言ったでしょ!

 うーーー、今すぐキスしたくなっちゃった。

 あーーーあぁーーー!! めちゃめちゃキスしたい!!

 うぅ・・・・・」



      テヤンってば・・・・

      これじゃちょっとあぶない人になっちゃってるよ。

      しかも、それがなんで私のせい?


それに・・・

バックパックを下ろして
ポケットに両手を突っ込んで・・・

潮風に向かってこんなにかっこよく立ちながら、
口走ってることが、これだなんて・・・

5メートル離れたら、苦悩を抱える美しい青年だよ。

      モデルショットだよ。

      誰かに撮られちゃいそう。




それなのに・・・

「うぉーーー!!」とか言って

いきなりストレッチを始めるテヤン・・・

こころの中で、

「お察しします。がんばってね!!」と言うしかない、トホホ・・・


でも、結局私も無理やりストレッチをやらされた。


体が硬すぎるだの、運動不足だのと言われつつ、
大声で笑い、じゃれ合って・・・
ついには、鬼ごっこまでしてしまった。

「アハハーーー!」というテヤンの笑い声も
久しぶりな気がして、うれしい。切ないくらい・・・・


そうして、新しく清々しい空気が
す~っと体内に流れ込むような・・・
なんともいえない気持ちよさを感じていた。



       いつのまにか、楽しいことに引き込んで

       相手を癒し、気持ちを発散させて楽にしてくれる・・・

       これも・・・

       テヤンの魔法のひとつ?




すぐそばの、ホテルオークラのティールームで、まったりした。

私は、あったかいカフェオーレ。

テヤンはのどが渇いて、季節外れのアイスティー。

またおなかすいちゃったって言って、サンドイッチ。


すわり心地のいい椅子にほんわりしずみ込んで、

なんだか眠くなりそうだ。

私たちは、ただぼーっとしていた。

そして、気持ちよくそれぞれの物思いの中にいた。



        今ここで、テヤンと一緒にいられて、

        ほんとにほんとに幸せだよ・・・・

        ・・・・・・テヤン・・・ 
    




やがて私の胸には・・・・ふたたび朝の出来事がよみがえっていた。



 。 。 。 。 。 。



早朝、ふいに訪れたフラッシュバック。

カイとミオの残像。


それは、ふたをしてきた今日までのいろいろな思いを、
一気に目の前に突きつけて、
全身を覆うような激しい苦痛を与えるものだった。



     埋めようのない喪失感、
      消しようのない思慕


     堂々巡りの問いかけ
       なぜ私だけが残ったのか・・・
       なぜ一緒に行けなかったのか・・・


     カイの胸にすぐに飛びこまずに、水を飲みに行った後悔・・・
     最後が近づいたカイに、「愛してる」って言わなかった後悔・・・



      そして・・・・

     あの時、「僕をよしよしして」と言ったカイ。
     両腕を広げて、「早く来て」と言ったカイ。
     その思いを遂げさせることなく逝かせてしまった自分が・・・

     自分だけが・・・今、新しい幸せに包まれている。

       ・・・罪悪感・・・




どれもこれもが一挙に押し寄せて、つぶれてしまいそうだった。


昨夜感じたカタルシスも
テヤンを受け入れてくれた仲間の温かさも

そういう何もかもを根こそぎ壊して
元の位置に引き戻してしまう・・・・


"フラッシュバック"

きっとそんな大きな負の力を持つものなのだと思う。




だけど・・・・

それに負けないほどの力でひっぱりあげて、
踏みとどまらせてくれる存在があった。

起こったことに、決してひるまずに正面から対峙して

どこまでもどこまでも前向きに進んでいけるように、

寄り添って、支えてくれる存在があった。



そして、その存在に素直に甘えて、

その言葉を信じられる自分自身がいた。



だから・・・

その時間を乗り越えて、慰霊の場所に行くことができた。

同じ体験を持つ多くの人々と、このひとときを共有することができた。

花をたむけ、灯をともし、祈ることができた。

そして、泣かずに二人のプレートに語りかけることができた。

そして、そして・・・彼のお母さんに会えた。



きっとこれからも、こんなふうに
乗り越えていけると思う。

そのかけがえのない存在・・・・テヤンと一緒ならば・・・



       。 。 。 。 。 。




そんなことが、胸の中で行き来していた。



ふいに目の前に大きな手がゆらゆら揺れて


「アヤノ? 大丈夫?

 目あけたまま寝てるかと思った。」


「あ・・・はぁ・・・・」


「そろそろ行こうか。」


「うん・・・」






ついに、教会へ向かう。


タクシーの中、また何も話さずただ寄り添っていた。

さっきもきっと、テヤンは私が寝てたなんて思っていない。
何かを考えこんでるって、わかってたのだろう。

教会に着くまで、ふたり何もはなさなかった。

指をかたく絡ませたままで・・・




その教会は、地震のときも倒れずに持ちこたえ
屋根や壁の補修で、今もこうして建っていた。

建物は持ちこたえたのに・・・・

落ちてきた屋根瓦が直撃して、
テヤンのお母さんの命は奪われてしまったのだった。




「この石段がなかったんだね。」

「うん。」


ぼんやりとした記憶。

ゆらゆらと不安定な板を渡ろうとする足元。

がっちりと体を支えられたときの腕の感触



手をつないだまま、石段をあがる。

テヤンが、大きな扉を押し開けた。

震災の追悼ミサが終わり、午後の礼拝堂は静かだった。

冬の陽射しが窓からさしこみ、
あちこちにスポットライトのような陽だまりを作っていた。



テヤンに手を引かれて前に進む。

自分が緊張しているのがわかる。

前方を見ることができない。

一番前まで行って、やっとおずおずと顔を上げて・・・
聖母子像を探す。

そこに、ちゃんと、マリアはイエスを抱いていた。

心からホッとする。


「よかった・・・壊れてない。
 当たり前だよね・・・・」



礼拝堂に入ってから、私がとても緊張していることを
テヤンも感じていると思う。

ベンチに座っても、私の手を離そうとしない。


「ここで、テヤンのことボカスカ殴ったんだね。
 ごめんね。」


「はい、青春の忘れられない思い出です。

 ふふ・・・
 女の人に、あんなにボコボコにされるなんて、
 一生に一度の経験だろうな。」


「ボコボコにして、ほんとにごめんなさい。

 でも、もう一回経験してみたかったら言ってね。」


「鉄拳の嵐より、キスの雨のほうがいいです。」


「・・・・・んふふ・・・

 では、お詫びのしるしに
 今、キスの雨を・・・・」


そう言って、テヤンの首に手を回すと、

「わぁ~~ちょっと待ってよ!」って、
あわてて体をかわしたテヤン。


「アヤノ、いつもならすごくうれしいんだけどね。
 ここではちょっとね・・・・

 アヤノ・・・ちょっとだけ、無理してない?
 今、我慢してない?
 微妙なテンションだよ。

 昨日も言ったけど、今度の神戸は自分のことだけ考えればいいんだよ。
 僕と母は、この11年の間に充分向き合って、語り合ってきたんだから。

 だから、アヤノは今日も自分の心のままでいいんだ。
 泣きたかったら泣けばいい。
 我慢しないで。」


そう言われたとたんにもう、勝手に涙があふれてる。



やっぱりね・・・

テヤン、何でもお見通し。



そっと肩を抱かれ、一方の手で頬をぬぐわれる。

「バカだな・・・

 こんな我慢はしなくていいのに・・・」

「・・・・・」


はぁ~~また涙を拭かれて、されるままになってる私・・・
やっぱりちょっと情けない・・・


『教会ではテヤンのお母さんのために祈ろう・・・』
そんなことを思って、どこか気負っていた。


      テヤン・・・・

      何でもお見通しのテヤン・・・

無理だよね・・・
自分のことでいっぱいいっぱいなのを認めなきゃね。

      テヤンの前で隠し事できないね。


この場所こそが、今の自分の原点といえるところなのに・・・

この場所で、冷静でいられるわけないのに・・・




崩れた聖母子像を見たときの衝撃が、胸によみがえる。

具体的なことはあいまいなのに
底なし沼のような、深い悲しみの記憶が、この礼拝堂に満ちている・・・

また涙があふれて・・・
テヤンの大きな手でぬぐってもぬぐっても追いつかないほど・・・・

もう一生分の涙を流したと思っていたのに・・・
いくらでも出るものなんだなぁと、
頭の隅で、ひとごとのように思っていた。




ようやく涙が収まるのを見届けて

テヤンが言った。

「僕の部屋に行こう。」




心の準備はしていたのに・・・
胸がぎゅっと締め付けられる。


『僕の部屋・・・・』



そこは・・・

テヤンをカイだと錯覚したまま、
私が何度もテヤンを求め、

ふたり何度も抱き合った場所。



それは、夢とうつつの境の記憶。



「行こう、アヤノ。

あの場所に・・・」

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