Lusieta

 

続・この場所から テヤンの宿題 4

 

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2006,2

    ―――――――――― side アヤノ



2月も後半になると、

こんなふうにぽかぽかと暖かい日がある。


池のほとりの東屋にも陽が射して、私たちの背中を暖めている。

こんなお天気で、ほんと、よかった・・・


東京ドームがすっぽり入るほどの大きな公園。


馴染みがないとすぐ迷ってしまって、

待ち合わせには適さない。


なのに、ここで会うことになったのは、

ここ2週間ほどのメールのやりとりの末、

偶然二人ともここが大好きな場所で、

公園の中を熟知している者同士だとわかったからだった。



そう・・・

テヤンとお父さん・・・・

今日までの日々に、

ここでなんどもすれ違っているかもしれないのだ。


不思議・・・


ちいさな花を接写で撮ろうとしゃがみ込んでいるテヤンの後ろを

ジョギング中のお父さんが走り抜けたかもしれない。


ベンチで休憩して水を飲むその人の前を

テヤンが三脚担いで横切ったかもしれない。



人の縁って不思議だ。



こんなに深い深い血の絆で結ばれている二人、

どんなにニアミスしてても、会えない時は会えないまま何年も過ぎていく。

なのに、ひとつのきっかけから、事態はコロコロ転がって

あっという間に運命的な出会いの時が訪れてしまう。

機が熟するって、こういうことを言うのかな・・・・





私たちのすぐそばで、ちいさな男の子とお母さんが、

刻んだ食パンを池に放り投げてる。

アヒルがそれに群がって、

男の子は興奮してぴょんぴょん飛び跳ねている。




そんな情景をぼーっと見ながら、

テヤンは今なにを思っているのだろう。


30分早く到着しちゃったから、少し散歩しようかと言ったけど、

「いや、ここで待つよ。」と、緊張した声のテヤン。


背筋を伸ばし、手を組んで膝の上に置き、

まっすぐ前を向いている。



飛び跳ねる男の子を見て、

思わず顔がほころんで白い歯がのぞく・・・



      テヤン、

      その一瞬の君が、

      ぞくっとするほどきれいだよ。

      そして君はそのことに、

      たぶん一生気づかないんだけどね。



・・・・そしてまた緊張の横顔に戻る。




      テヤン・・・

      私たちの過去への旅は、

      たくさんの温かい出会いをもたらしてくれたよね。

      今日は、この旅のラストを飾る出会い、

      きっとそうなんだよ。

      だから・・・

      きっといい出会いに決まってる。

      そう、信じられる。







・・・・・・・・・






テヤンが初めてお父さんとコンタクトをとったのは、

手紙が届いて4日目。


メールを送った。

「いくら何でも、こんなに似てる顔でいきなり会社になんていけないよね。」

冗談を言ったつもりなんだよよね?

メールの文面を打ち始めてから送信するまで

1時間以上も迷い迷って、結局信じられないほど短い文を送っていた。



             ―――――――――――――――――――

              はじめまして。ソン・テヤンです。
        
              神戸のキタガワ牧師より、伝言確かに伺いました。

              連絡してくださってありがとうございます。

              私もお会いしたいと思います。

              私の都合がつく日と時間は以下の通りです。

              よろしくお願いします。

                    
            ――――――――――――――――――――


はぁ・・・・

ほとんど業務連絡だよね。

でも、予想以上に早く返信があった。



            ――――――――――――――――――――

             ソン・テヤン様

             メールをありがとうございました。

             “ダメで元々”の気持ちだったので、
 
             会いたいと言ってもらえてとても嬉しいです。

             早速ですが、日程の調整をさせてください。  

             君と僕の都合を照らし合わせると、
 
             2月26日の午後1時でしょうか。

             場所の希望はありますか?


            ―――――――――――――――――――――
       
    
             早々に返信いただきありがとうございました。
   
             2月26日午後1時ですね。

             わかりました。

             場所の希望を聞いていただけるなら

             提案したい場所があります。

             ご存じでしょうか、

             公園なのですが・・・・・






こんなふうにメールのやりとりが始まった。


二人が会う場所として、

テヤンが公園を提案したことをきっかけに

メールの中身は、業務連絡ではなく、

お互いの体温を感じるものになっていった。



そこはテヤンが学生の頃からよく写真を撮りにいく“お宝被写体の宝庫”であり

その人にとっては、ご本人曰く“細胞を蘇らせるジョギングコース”だったのだ。




そして、いつしか二人は、メールのやりとりの中で、

その公園についてたくさんのことを語り合っていた。



      その公園に咲く四季の花

      お気に入りの大木

      自分がよく使うベンチの場所

      なぜか気になる公園の常連さん

      売店で買うもの

      ジョギングコース

      撮影スポット

      今までに公園で出会ったおもしろい出来事

      まだまだいろいろ・・・・・



テヤンは夢中でキーボードを叩いていた。

楽しそうだった。




でも・・・・

肝心なこと


    お母さんのこと

    テヤンが生まれてからのこと

    テヤンがあとになって知った事実のいろいろ

    震災のこと


それらのことには、お互いに一切触れないままだった。

“それは、この場で語ることじゃない、ちゃんと会って話すことだ”

そんなふうに、二人、暗黙のうちに感じていたのだろうか。


それとも・・・・

今はとにかく、まるで以前からの気の合う友人のように

こんなに楽しく交流していられることが嬉しくて、

このままでいたいと思ったのかもしれない。




メールのやりとりが始まって1週間くらいたった頃だろうか。

ふと、テヤンが言った。


「不思議だよね。

まだ一度も顔を合わせたことのない相手と、

もう、とてもたくさん語り合った気がしてる・・・・


相手が、どんなものが好きで、

どんなボキャブラリーを持っていて、

どんな行動パターンをしてるのか、知ってしまうなんて。

そして・・・・

自分とすごく気が合うってわかっちゃうなんて・・・・

すごく不思議だね。


なんかね、

どすこいさんたちの気持ちがわかったような気がする。

こんな感じなんだろうな、きっと。」


「気が合うって感じるの?」


「うん、感じる。

公園の話をしてると、すごくわかる。

同じだな~って思う。」


「何が?」


「う~~ん・・・・

何って言ったらいかな・・・

何か一つのことや人や物に出会ったときの、

感じ方みたいなものかな・・・


それから、公園の中で、関心を寄せるものが似てる。

好きな木が同じ。


お気に入りの場所が同じ。

『ここからの眺めが好き』っていうスポットがいっしょ・・・・

そこで出会う人の中で、ついつい注目しちゃって気になってる人がいっしょ。

なんだかちょっと・・・気持ち悪いかなぁ?」



そんなふうに言って、少し照れたように笑う。


        テヤン・・・・

        嬉しいんだね。



「あ、そうそう!

どすこいさんがね・・・」




        あ・・・

        テヤンってば、

        こないだも、お父さんのこと話しすぎて照れると

        どすこいさんの話を始めたね。

        彼女、くしゃみしてるよ。



「写真集ほしいんだって。あげてもいい?

それとも、アヤノが絶対9人産むからダメっていうんならいいけど。」


「はぁ~? なにそれ?

9人産むか産まないかはともかく、

なんでどすこいさんが、私の写真集?

テヤン、話したの?!」


「いや・・・・

あのぉ・・・

二人の出会いのこと聞かれたから・・・

11年前のことは言ってないよ。

ただ、いっぱい撮った写真で写真集作ったって言っただけ。

彼女、あなたのファンなんだよ。

こないだだって、あなたのことばかり質問するんだ。」


「こないだ?」


「あ!・・・そうだ! 言うの忘れてた。

信号待ちしてたらいきなりすぐそばに、

タクシー拾おうとしてるどすこいさんがいたんだ。

だから彼女がタクシー拾う前に、僕が彼女を拾っちゃった。」


「あっそう。」


「ん?・・・なに?・・・ん?・・・なんか・・・怒ってるの?」


「別に、怒ってなんかない。

でも・・・まさか、道で大きな声で

『どすこいさ~~ん』とか言ったんじゃないでしょうね。」


「言ったよ。」


「えぇ?えぇ~~!!」


「何? どしたの?」


「だって・・・そんなんで呼ばれたら・・・・困るでしょ!」


「なんで?」


「だって・・・だって・・・

どすこいさんは・・・・えぇ~~~

彼女はなんて言ってたの?」


「何も・・・

 『わ~い、わ~い!』ってすごく喜んでくれた」


「うそ・・・・」


「ほんとだよ。どして?」


「あ・・・

ううん、どすこいさんがOKなら・・・いいと思うよ・・・」



       テヤン・・・・

       どすこいさんは、天然テヤンを許してくれたのか・・・

       それとも、はじめから・・・

       平気なのか?



「それでね、家まで送って行ったらね、

ちょうど朝作った豆大福があるから食べていってって・・・

どすこいさんって、自分で豆大福作っちゃうんだよ。

すごいでしょ!」

「テヤン、大福カンケイ、大好物だもんね。」

「どすこいさんってね、ドイツに12年もいたんだって。

だからね、日本のお菓子なんてないから、

大福餅も栗まんじゅうも、全部自分で作ったんだって。すごいよね!」


「ドイツに12年っていうのは知ってたけど・・・

じゃあお料理もじょうずなのかな。」


「うん、『今度アヤノさんと一緒に、ご飯たべにきてちょうだ~~い』って。」


「テヤン・・・・似てない。」


「ふふ・・・そう?

大福はね、今日までに食べた大福の中で一番おいしかったよ。」


「ふ~~ん、なんか、テヤンが言うと、ほんとおいしそう。」


「それでね、おじいちゃんと将棋したよ。」


「えっ? あのおじいちゃんと?」


「アヤノ、知ってるの?」


「うん、取材の時にいろいろ聞いたの。

テヤン、君、気に入られたかぁ?」


「そりゃわかんないけど・・・

でも、おじいちゃん将棋強くて、僕はあっさり負けちゃった・・・・

また鍛えてあげるからいらっしゃいって。

“いちご大福”の頃にって。

『あのイチゴ大福は、1回食べたらやめられんぞ』だって。

それでね・・・・

こんどは嫁さんも連れてきなさいって。」


「はぁ? 嫁さん。」


「うん、僕のお嫁さん・・・・」


そう言って私の顔をのぞき込み、

ぎゅっと胸に閉じこめた。




「うん・・・・僕のお嫁さん・・・・」









       ・・・・・・・・・・・・・・・・







あれこれ思い出すうちに、顔がにやけてたかも。

豆大福、私も食べたかったな・・・・・





テヤンが小さく「あっ!・・・」という声を上げて、

私は我に返った。



一点を見つめながら立ち上がるテヤン。

その視線の先には、小走りに駆けてくる背の高い男性の姿があった。


なんてことだろう!

走り方まで同じだった。


スピードダウンしたときの、

姿勢、手の振り、肩の揺れ・・・

そんなことの全部が似ていて・・・


なんだかぼーっとしてしまう。

   


「ごめんなさい。

お待たせしてしまいましたか?」



あ・・・・声も・・・・



「いいえ、楽しく過ごしていました。」



ほら・・・・同じ・・・・


ダメだ、どうしよう。

それだけで胸がいっぱいになる。




テヤン、お父さんだね。

紛れもなく君のお父さんなんだね。




ごめん・・・・

こんな時に、当人同士をほっぽらかして・・・・・




私が泣いてどうする!!

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