Lusieta

 

続・この場所から 三月の別れ・五月の花嫁 最終話

 

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――――― そして5月になった






        テヤン・・・


        嘘つきだね。







1ヶ月なんて言っていて、いつもその倍になる。


もう5月なのに。


そして今日は、


延期して再度決めたパーティーの日なのに。






        やっぱり君は、


        ・・・・・いない。






どんなに遅くなっても3日前には帰って来ると言った。


「絶対大丈夫だから。みんなと一緒に待っててね。」


そう言った。




だから予定通りに準備を進めて・・・








        テヤン・・・


        やっぱり嘘つきだ。







それでも私はドレスを着た。




とにかくあっちを離陸したと連絡があったからだ。


事務所の居残りチームのスタッフが、


タキシードも靴も持参で、空港に迎えに行ってくれた。


そうそう、ひげそりも持って行ってくれたらしい。





彼らによると、


これでも、最後の撮影を残してボスが、


テヤンを蹴飛ばすようにして


一人だけ先に帰してくれたそうだ。








        テヤン・・・


        飛行機から降りたとたん、


        みんなにもみくちゃにされながら


        ここに連行されてくるんだね。


        ふふ・・・目に浮かぶようだよ。









大きな姿見に映る私


お父さんの奥さんの形見のドレス。




「アヤノさんにピッタリだってことは、

妻もこんなに華奢だったんですね。

これはちょっと、びっくりしますね。」



「こんな素敵なドレス、お借りできて嬉しいです。

ありがとうございます。」



「いや、彼女も喜びます。

アヤノさん、きれいです。

でも、妻の手前、彼女の次にきれいです。

ハハハ・・・・どうもすみません。」



「大丈夫です。

テヤンに、世界で一番きれいだって

言ってもらいますから。」



「あ・・・そうだね。」



「あ・・・お父さん、それ口癖でしょ!

テヤンから聞きました。」



「あ・・・そうだった!

アハハーーー!」


     
お父さんの笑顔が、またテヤンと重なる

      



  


        テヤン・・・


        まだ?











予定ならもうとっくに着いているはず。





        ドウシタンダロウ・・・





むくむくと不安が湧き上がる。











初夏の陽射しを避けた部屋はシンとしている。、


ひとりぼっちで待つのは寂しい。









       テヤン・・・・


       もう限界かも・・・・


       せっかくのメイク。


       泣いたら台無し。


       だから、もういいかげん帰ってきてよ。



       なんで?



       飛行機・・・・・


       テヤンをちゃんと運んで来てくれたんだろうか。


       車が混んでるんだろうか。


       それとも・・・・


それとも・・・・






       いや・・・・    





       ひげそりに、時間がかかってるのかも。







       テヤン・・・・


       やっぱりまた、怖くなってきちゃうんだよ。

       

    
       こんなに待ったんだから・・・


       もういいでしょ。


       私が震えてうずくまる前に・・・・







           ねぇ・・・・


                お願い・・・・










レースのカーテンがはためく、


5月の風が、若い緑の香りを運び込んで


小さな部屋は清々しい空気で満たされる。




陽射しは、庭を飾るすべてのものに降り注いで、


テーブルの花々、


小さな手作りのアーチ、


セッティングされた食器たち・・・


そしてそこに集う人たちの顔も、いつもよりずっと華やかに輝かせる。





そこにあるすべてを


     祝福したくてたまらないみたいに・・・・









         でもね、


         ここだけは違う


         私ひとり、輝けずにいる。




         テヤン・・・・


         私はひとり、ここにいるよ。


         君という太陽が


         私だけを照らしてくれるまで・・・・













突然、芝生の奥で「ウォーー!」と、歓声が上がった。


ハッとして窓の外を見る。

  

  



       あ・・・・・

     
  



   

みんなにペコペコ頭を下げながら、


タキシードの上着をつかんだテヤンが


大股で庭を横切ってくる。


長いストライド、歩きながら上着をはおる。





震えてしまう。


うれしくて・・・・





ほんとに・・・テヤンだ・・・



     

       髪、伸びたね・・・・


       やっぱり、痩せちゃったね・・・・


       ひげ、剃ったんだね。


       タキシード、似合ってる。


       すごく、すごくかっこいい、テヤン・・・
 








みんなに見送られながら、私が待つ部屋に、


まっすぐに、テヤンが歩いて来る。





メイクが落ちてしまうのに、


涙をとめられない。





息が苦しい。



うれしすぎて?







部屋の真ん中に立った。


その扉が開くのを、息を止めて待っている。



コツコツと靴音が近づいてきたのに、


扉の前でピタッとやんで、


静かになっちゃった。





        ん?・・・・





あ・・・


やっとゆっくりノブが回転し、そっと扉が開かれた。





        あぁ、


        テヤン・・・・・



        
        怒ろうと思ったのに


        言いたいこといっぱいあったのに・・・


        あぁ、テヤン・・・・


        あんまり嬉しくて、

 
        ぜんぶ忘れてしまうよ。









「アヤノ・・・・」


「・・・テヤン・・・・」



口がぽかんと開いて、呆然としていた君が


かすれた声で言った。


「きれい・・・・きれいだ・・・・あぁ・・・・きれいだよ・・・」






憎まれ口をいっぱい浴びせるはずだったのに・・・





「・・・・・・あ・・・会いたかった・・・・テヤン・・・」


「僕も・・・・」




テヤンの長い腕が伸びてきて・・・


「あ・・・ダメだよ・・・・メイクが・・・」




          テヤンのタキシードに、


          メイクがついちゃう。


          お父さんの大事な・・・





「正直に言って謝るよ。」


そう言って、私を胸に閉じこめた。





「我慢できずにアヤノを抱きしめました。

アヤノのメイクと涙と鼻水がつきました。」



「ふふ・・・」






          お父さん


          『あぁ、そうだね』って


          許してくれるかな






テヤンの匂いに包まれる。


あぁ・・・テヤンの匂い。



「遅くなってごめん。」


「ほんとだよ。遅刻にもほどがある。」


「ごめん。」


「行くときもごめんばっかり。帰って来てもまたごめんからだね。」


「うん。ごめん。」







「みんなが待ってるね。」


「うん。」


「そろそろ行かなきゃね。」


「う~ん。」


「テヤン?・・・」


「イヤだよ。」


「ん?」


「キスが・・・まだ。」


「え? ダメだよ。口紅が・・・・・」








不意に重なった君の唇が熱い。


我慢できない舌が入り込んで


だだっ子みたいに暴れてる。





「アヤノ・・・会いたかった・・・」


唇をつけたままささやく。






        ダメだよ、テヤン・・・


       

 

息もさせてくれないキスが


永遠に続くかと思った。





そのあいだも、テヤンの大きな手は、


私の体を性急に確かめている。


キスだけで埋めるには


あまりに大きな渇望だとでも言うように。





ダメだよ、テヤン・・・


        このままだと私、溶けてしまうよ・・・・

        
        、



やっとのことで、顔と顔が離れると、


両手で頬を包んでじっと見つめて


なんて切なそうな顔をするの・・・




またひとつ、私の頬にぽろんと落ちた涙を


唇ですくい取って


「はぁ・・・」ってため息をつく。


        


「アヤノ・・・」


「ん?」


「顔がグシャグシャだ。」


「わかってる。」


「んふ・・・・」






「テヤンのせいだからね。」


「はい、すみません。ぜんぶ僕のせいです。」







またぎゅっと抱きしめて・・・・






        ふふ・・・


        メイクは1からやり直しだ。


        テヤンの顔にも、ラメがいっぱいついてしまった。



        君のちょっと乱暴な“ただいま”の儀式が終わるまで


        こうして黙って身を任せていたいな。



        もういいや・・・そうしよう。





        だってほら・・・・


        みんなが待っていてくれる。





        我慢できないだだっ子テヤンのために、


        「うふふ・・」とささやき合いながら・・・


        「しょうがねえなあ」とあきれながら・・・


        きっとみんなが、嬉しそうに待っていてくれる。











        お父さんと編集長、そして牧師さん


        もう乾杯しちゃった?


        牧師さんの胸に、テヤンのお母さんの写真・・・




        お父さんと編集長は企んでる。


        式の前に牧師さんを酔わせてしまおうって。



        
        意気投合しちゃったどすこいさんとクニエダちゃんは、


        いっしょにオードブルの味見をしてるかも。





        スタッフのみんなは、


        ゲームのリハーサル始めてる?






        父さんと母さんは、


        エリカちゃんが、ほんとにびっくりしてくれるものだから        

        用意してきたテーブルマジックを、次々に披露してるはず。






        ほらね・・・・


        みんな、待っていてくれる・・・・







        だから・・・・





        唇がそっと降りていって首筋をすべり


        肩に触れていくのも、止めずにいたい・・・・







ドレスの胸のふくらみ


シルクの細かな手刺繍が施されている。





その上からおずおずと触れる君の大きな掌


それを全身で感じようとしている私・・・










レースのカーテンが舞う。


陽気な声が、風に運ばれてくる。








瀟洒な洋館の2階、


小さめのゲストルーム





その部屋の重厚なテーブルの上で、


私はテヤンを受け入れた。




        
我慢できない駄々っ子を、包み込んで温めた。
        





唇と指を止められなくなってしまった君に
        

息をひそめて身を任せた。



        


        おかえり・・・・


        テヤン・・・・





             おかえり・・・・・








   ・・・・・・・・









脱力した君の背中を抱きしめる。


二人、つながったまま、ただじっとしていた。








「ごめん・・・・我慢できなくて。」


「んふふ・・・・『子どもみてぇなヤツ』だからね、テヤンは。」


「ん? なに?」


「なんでもない。」


「アヤノ・・・」


「ん?」


「ありがと」


「何が?」


「ここで、こんなふうに・・・・・・」


「実はね、私もそうしたかった。」


「え?・・・・」


「ほんとだよ。」


「そりゃ・・・すごい・・・」


「すごいでしょ。ふふ・・・」


「じゃあもう一度・・・」


「ばぁ~か!」


「イテテ・・・」




私は、しがみついたままグーで彼の背中を叩き、


テヤンは、大げさに顔をしかめた。




「ねぇ、アヤノ。これからどうしよう。」


「まずは離れなきゃね。」


「ハハ・・・」




離れがたい気持ちいっぱいで、身を分けた。




先に身づくろいをしてしまったテヤンが、


テーブルに、ぼーっと座ったままの私を


またギュッと抱きしめた。


前髪を掻き上げて額にキスをした。






「行かなきゃね。」


「うん。」


「立てる?」


「うん。」






私も身づくろいをして、メイクを整えた。


ドレスのシワを確かめた。





テヤンのタキシードのシャツには


やっぱりほんのりファンデーションの気配。


気づく人はいると思う。





クニエダちゃんの携帯を呼ぶ。


「お待たせしちゃって・・・」



「あらぁ~、全然待ってないよ~ん。

もっとイチャイチャしててもいいけど、

そろそろ出てきたいのぉ?」



うふふ・・・クニエダちゃんらしい心遣いをありがとう。





「うん、充分イチャイチャして気が済んだの。

ありがとう。

テヤンが早くみんなのところに行きたいんだって。」




「そお? じゃあ、来てもいいよ~。

エリカをそっちに行かせるから。

段取り、わかってるよね。」



「うん、わかってる!」




携帯を閉じて振り返ると、


両肩にテヤンの手が触れた。


上から下までゆっくりと眺めて、


精悍な眉をヒュッとあげて、テヤンが言った。





「どれどれ・・・

うん、うん、僕のお嫁さんは・・・・カンペキです!

あぁ~~とても、とてもきれい。」




「ふふ・・・ありがとう

テヤンは、すっごくすっご~くかっこいいです!」



「はぁ~~」



もう一度キスしようとしたテヤンの後ろで、


とっても控えめなノックの音がした。





「エリカです。

お迎えのエリカです!」
 





     エリカちゃん、緊張してる?






テヤンが扉を開けると、ドレスアップしたエリカちゃん。


Aラインがシンプルだけどノーブルな、


レモンイエローのワンピース。


『どすこいさんちのおねえちゃんからもらったの』って、


とっても嬉しそうだった。


編み込みのヘアは初体験。


髪飾りももらったんだよね。





「わぉ! エリカちゃん、とっても似合ってるよ。

キュートだなぁ!」




テヤンの言葉にドギマギして、ますます緊張しちゃった。




「えっとぉ・・・・

テヤンおにいちゃんは、

先に行って牧師さんのところで待っていてください。

アヤノおねえちゃんは、えっとぉ・・・・・

お父さんと一緒にバージンロードなので

下の、えっとぉ・・・・カンノントビラの前に行ってください。

音楽が始まったら私がカンノントビラを開けます。

そしたら、えっとぉ・・・お父さんと手をつないで、

テヤンおにいちゃんのところまで歩いていって下さい。

ここまで、わかりましたか?」



「はい、わかりました。」

二人同時に答えた。



「ふぅ~~」とエリカちゃんが息を吐いた。


二人同時に笑いをこらえた。



「じゃあ僕は先に行きます。あとでね。」


「うん。」





階段を下りていくと、父さんが待っていた。




「待たせてごめんね。」



「おぅ、あの野郎、心配させやがって・・・」






      父さん、本気で心配してたでしょ。


      『俺はお前のオヤジだぞ~~!』だもんね。







観音扉を前にして、エリカちゃんが深呼吸した。


そして私たちを振り返って、ニッと笑った。




内緒話のように小さな声で、


「じゃあ開けます。」


「はい、お願いします。」


「あ・・・早く手つないで。」


「あ・・・はい。」





父がほんとに私の手をギュッと握ってきた。。





「違うよ、父さん。

こうやって腕を組むの。」



「おぅ、そうか。」




父さん、顔が真っ赤だと思ったら、


目も真っ赤だった。






      父さん・・・・・


      ほんとに、長いこと心配させちゃったね。


      私、幸せになるよ。






勢いよく扉が開かれた。


エリカちゃんの大声が響いた。





「新婦のぉ、ニュージョーです!」





そう言って、だだっとママのところに駆けていった。


みんながエリカちゃんに拍手した。


大役だった。






バージンロードがかわいい。、


小さな鉢植えをたくさん並べて区切られた芝生の小径。






五月のまぶしい陽の光に目が眩む。


みんなの顔が輝いている。


ゆっくりと、みんなの拍手の中を進んでいく。






小径の向こうに、テヤンが立っていた。


まっすぐにこっちを向いて・・・


泣いているのか笑ってるのかわからない顔で


五月の光を浴びて立っていた。





いいえ・・・・


光を浴びているんじゃななかった。


光を放っているんだね。






テヤン、君そのものが太陽。





行くよ、テヤン、君の元へ。


だから、その光で、今日は私だけを照らしてね。









テヤン・・・


    待っていて。


                         了


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