Lusieta

 

続・この場所から  ジェラシーな誕生日 2010

 

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みんなにもそう言われるけど、
僕は穏やかな性格だと思う。



若い頃に自分自身がいやになって荒れた時以外は、
人に対してほとんど怒ったことがない。


アヤノが怒ってプリプリ文句を言うのを見ても、
正直言って、ただかわいいなって思うだけ。



それに、だいたいそういう時は僕が悪いんだし。

いや、僕はわざとじゃないんだけど。



僕としては一生懸命なんだけど、アヤノは怒ってて、
よくよく考えると僕が悪い・・・

そしてとっても反省して、
必死で謝って、
結局はアヤノはいつも僕を許してくれる。

だいたいそのパターン。



つくづく僕はアヤノを泣かせる男なんだ。




だけど・・・

今回だけはいつもと調子が違う。

こういうパターンは初めてなんだ。


これをなんて言ったらいいんだろう。



うぅ~~ん。
もやもやしてる。
これを、怒ってるっていうのかな。



春からの連載の記事で、
アヤノとコンビを組んでるフォトグラファー、
かなりのイケメンだ。


大都会のいろいろな夜の顔と、
そこで生きる人々の姿を切り取る2ページ。



それは、眠らない街で昼間の憂さを晴らそうとするビジネスマンだったり、

ほろ酔いの客に笑顔で語りかけながら、見事な花束を作る深夜のフローリストだったり、

酒臭い大人たちに混じって電車に揺られる、塾帰りの疲れた小学生だったりする。



夜の打ち水代わりに、ホースで水のかけ合いをする夕暮れの子どもたち。

ただじっと言葉なく一緒に佇んで、眼下の夜景をみつめるカップル。



どれもこれも、刺激的でリアルなのに、どこかファンタジックな香りがただよう。
さすが、編集長が見つけ出した若い才能だ。



そして、写真に寄り添うアヤノのやわらかな文章があまりにもピッタリで心地いい。



知性派で知られる人気俳優がブログで「今気に入ってる連載」として紹介した。
それでドッと売り上げがアップした。



そして、アヤノは乗っていた。ご機嫌だった。
「大都会の夜の顔」なのだから当然取材は夜だ。
アヤノは夜の街に彼と二人で出かけていく。
そして僕はユイルと留守番。



つまり僕は・・・

嫉妬している。




『ちょっと今夜はリュウジ君が乗っちゃってね、
もう少し夜が更けてからの様子を撮りたいって言うの。
テヤン、いいかな。』



『いいよ、ユイルはもう寝たし。
ゆっくり待って、いいシーンをみつけて来て。』



『うん。ありがと!』





ある日も・・・


『リュウジ君ってね、ほんと妥協しないの。
満足なものが撮れるまで、どこまでも食い下がるし、
いつまでも待つし。
私は感情移入したりイメージ膨らます前に、苦情処理の担当ね。』

嬉しそうに話す。



そして、今日だって・・・


『ごめん、テヤン!
いきなりだけどリュウジ君の都合で取材が今夜になりそうなの。
ユイルのお迎えお願いできる?
無理ならクニエダちゃんに頼もうと思うんだけど・・・』




こういう緊急事態は初めてじゃない。
アヤノも僕もダメな時、クニエダさんは嬉々としてして迎えに行ってくれる。
『よっしゃ!私の出番ね。』なんて。



クニエダさんもダメな時は、
なんと父さんが行ってくれる。

黒塗りの大きな車を遠慮がちに遠くに止めて、
ユイルの父親とそっくりな顔のスーツ姿の彼が、小走りで駆けつける。
そして『祖父です。』と言う。



ユイルは、誰が来てくれても大喜びで両手を差し出す。
ふたりによると、その瞬間がやみつきになるそうだ。



父さん担当の日は、僕らのどちらかが駆けつけるまで社長室はプレールームになってしまう。
いつのまにかユイル用のおもちゃ箱が秘書室に常備された。

つくづく僕たちは恵まれた家族だ。


しかし・・・
ただ感謝だけで終われないこの頃の僕のモヤモヤ。



ふと思った。
アヤノもいつもこんなふうだったんだなと。



アヤノも、僕が誰か他の女性といる時間を、
こんなふうにモヤモヤしながら過ごして、
そんな自分がイヤになったり、
でもやっぱり腹立たしかたり、
仕事が手につかなかったりしたんだな。


そうだった。
去年の今頃は、チカのことであんなにもアヤノを傷つけた。
仕事なんかじゃなくて、ほんとに僕がチカを誘って、
そして・・・
何重にもアヤノは傷ついたのに、
それでも許して、素直に憎まれ口を叩きながら僕の誕生日を祝ってくれた。



それなのに、こんなことくらいで僕は何を考えてるんだろう。
これまで散々なことをしてきたのは僕のほうなんだから。


ユイルの寝顔を見ながら、そんなことをあれこれ考えた。


もうすぐ日付が変わる。
今もきっと二人は、夜の街で夢中な時を過ごしている。
夢中? 
もちろん、仕事にだ。


あ・・・日付・・・もうすぐ・・・

再会してから、この時間を共にできないのは初めてかもしれない。

あは・・・
これは罰かな。
今日までアヤノに苦労かけてばかりの罰?


僕は急に胸が苦しくなった。
いつもこの瞬間を二人で迎えて、
どんなにケンカしてても仲直りした。



僕の行状に愛想尽かしてても
“しょうがないなあ。
テヤンの大切な日に怒ってなんかいられない。今回は許してあげる。”

アヤノはそう言って午前零時を祝ってくれた。


アヤノ・・・

あなたの心が僕から離れる日が来るなんてこと、想像すらしなかったけど・・・



僕よりももっともっとあなたの心に深く入り込んでくる存在が、
現れることがあるのかな?
それより、こんな僕が愛想尽かされるほうが先?

アヤノ・・・


ユイルがモゴモゴと動きながら「ふぅ~ん」と鼻を鳴らした。


今のこの幸せな毎日を失う日が・・・
あったりするのかな。


ユイルのぬくもりを感じたくて、そっと頬と頬を重ねた。

「ユイル・・・
パパはちょっと変だよ。」


少し汗ばむ額を撫で、髪を梳いた。
小さな手に触れると、眠ったまま握り返す感触に、
思わず鼻の奥がツンとした。



小さくため息をついて気を取り直そうとした時だった。
ガチャガチャと鍵を開ける音がした。

まっすぐにこの部屋に来る気配に身を固くするなんて、
僕はやっぱり変だ。



ドアをそっと開けて、ひょいとアヤノの顔がのぞいた。
リビングの灯りの逆光で表情がわからない。


「おかえり。」

「ただいま・・・・テヤン、今日はごめんね。
無理させたんでしょ。」

「いや、そんなことないよ。お疲れ様。」


アヤノの息があがってる。


「どうしたの?走ったの?」

「タクシー代が足りなくてね、
途中で降りたの。」

「え?・・・」

「個人タクシーのオジサンでね、
カードはできないって。現金でって言われちゃって。」

「どこから?」

「坂道の下から。」

「えぇ~?!」

「撮影の途中で喉が渇いて、お茶買っちゃったのがいけなかったのよね。
お財布スッカラカンだよ~、ユイル~。」

そう言いながらユイルのおでこにキスをする。


「あ、しまった。手洗いもうがいもせずにユイルに触っちゃいました。」

「んふ。お疲れ様。
早くシャワー浴びておいで。」


荒い息も、今日の仕事の興奮の延長のようでイヤだった。
そして、こんなふうに考える自分がもっとイヤだった。

いつもならアヤノの頬に触れる短いキスもためらわれた。
何を臆してるんだか。



「あのね、テヤン。
シャワー浴びてる場合じゃないの。」

「ん?」

「ちょっと来て。」

「え?・・・」


アヤノは僕の手を引っ張ってリビングへ戻った。


「アヤノ?」

「あのね、手を洗って、顔洗って、うがいしてくるから、
その間だけ待ってね!」


アヤノは肩にかけたカバンと抱えた大きな包みをそのままに洗面所へ向かった。


アヤノを待って、所在なく立っている僕はマヌケだ。


「わぁ~~!」
抑えた声で叫びながら現れた。


「ジャストだわ。
テヤン、誕生日おめでとう!
これ、プレゼント~!」

「・・・・あ・・・え?・・・・」

手にはずっしりと重い冊子。アルバム?


「あぁん、もうテヤンってば、また自分の誕生日忘れてたの?」


・・・いや・・覚えてたよ。


「しょうがないなあ、もう。
だからね、おめでとうなの。テヤン。」


背伸びして、あなたは僕のあごに小さくキスをした。


「とにかくね、開けてみてよ。」


その重い冊子を開けると・・・


「え?!・・うそ・・・」


1ページめは“Happy Birthiday to Taeyang!”と、

その下に、ユイルとアヤノの思い切り笑った顔。


2ページ目からは、
全部、僕だった。


「わぁ・・・これは・・・」


床にポジをばらまくように広げて、あれこれ思案中の背中。

そっとカメラを構えて近づいたアヤノに、
「なんだよ~!」と笑った顔。

ラグの上に寝ころび、そのお腹の上にはユイル。
二人して熟睡中の笑える一枚。

ベランダで夕日を見ながらたばこを吸っている横顔のシルエット。

マンションの下からベランダに手を振る早朝の出勤姿。


そうだった。
アヤノは時々カメラを構えては、僕を撮ろうとした。

『なにやってんの?』

『練習。』

『なんの?』

『“なんの?”って、カメラ以外にある?』

『ふふ。ないな。でも、なんで?』

『えっと・・・じょうずになりたいの。
ユイルもじょうずに撮りたいし。』

『じゃあユイルを撮ればいいのに。』

『いいの。テヤンも撮りたいの。』

『あは・・・』

そんな会話をしたのはいつだったろう。




「すごいな・・・」

「どうすごいの?」

「僕が被写体だなんて・・・」

「写真学校の時以来ね。」

「あ、そうだね。」

「あれは作り上げたイメージの中のソン・テヤン。
これは、今を生きるありのままのソン・テヤン。
フォトグラファーの夫を妻が撮る。
なんか、いいと思わない?」


「うん、いい。すごく。
でも、照れる。とっても。」

「ふふ。プロを相手にこの暴挙と言うか、向こう見ずっていうか、
根拠のない自信を褒めてね。愛のなせる技なんだから。」

「うん、すごいよアヤノ。
じょうずだよ。ほんとに。
照れるけど・・・とっても嬉しい。」

「ほんと?」

「ほんと。ありがとう。」

「私も嬉しい。」

ほんとにほんとに嬉しそうに、アヤノが笑った。



最後のページを開くと・・・


「わぁ!!」


そうだった。
こんなことしたんだよな。


あの日は、アヤノがいきなりリビングに三脚を持ち込んだ。


「あのぉ~、セルフタイマーの練習したいんだけど・・・」


ユイルを真ん中に、ソファに三人で座った。
『テヤンってば緊張してる。』とアヤノが何度も言って、
『なんでだろ。』って僕が言って、
それでなぜか笑いが止まらなくなった僕たち。


僕たちが笑うから、ユイルがはしゃいでピョンピョン跳ねた。
そしてシャッターが落ちる瞬間、
アヤノは僕の頬にキスをした。

『えぇ~~~!!』

と僕が叫ぶと、

『計画成功!!』

アヤノが叫び。

『シュエカキよ~!(大好きよ~!)』

とユイルが叫んだ。


僕たちはほんとにもう笑いがとまらなくて大騒ぎだった。

あぁ、今思い出しても、
いや、何年たっても思い出すたびに顔がほころぶだろう。
ステキな時間だった。


「アヤノ・・・」


抱きしめるとほんのり汗の香り。


「ありがとう。とってもうれしい。
ずっと前から準備してたんだよね。」

「うん。テヤンへのサプライズを考えるのは、ほんとに楽しい。」

「はぁ。」


アヤノ、愛しくてそのままラグの上に倒れ込んだ。
すぐそばにある鼻先に唇で触れた。


「プリントとか、大変だったでしょ。」

「うん、リュウジ君に手伝ってもらったから。」

「!!・・・」


そうだ。僕は嫉妬の真っ最中だったんだ。
なんで今そんな名前が出てくるんだ。

一瞬にして僕の表情は凍ったはずだ。


「リュウジ君ってば写真見ながら呆れちゃって。
“アヤノさん、どんだけ旦那さんが好きなんっすかぁ~?”
だって。ふふ・・・・

だから言ったの。
“そんなの、地球上に存在する言葉では言い表せない”って。
そしたら、
“アホらし・・・”って。
リュウジくんって関西の人だったみたい。」



凍ってたはずの僕の顔は、あっという間に解凍した。


「はぁ、アヤノ・・・」

「んふ、なに?」

「僕はバカだね。」

「ん?」

「アヤノ。」

「うん。」

「最高だ。」

「そう?それって、プレゼントのこと?それとも私のこと?」

「どっちもに決まってるでしょ。」

「あは・・・」



僕の指はもうとっくに大切な場所にたどり着いていて、
その豊かな潤いを味わっていた。


「あぁ・・・テヤン・・・ダメだよ、シャワー・・・」

その声が大好きだよ。

「そんなのいいさ。このままがいい。
ねえ、アヤノ。」

「ん・・・」

「愛してる。」

「ん・・・んん・・・あぁ・・・」

「アヤノは?」

「ん・・・」

「ちゃんと言って。」

「うん・・・」

「ちゃんと言ってよ。」

「あ・・・愛してる・・テヤン・・・」

「あぁ、アヤノ・・・」

ごめんね、こんなにヤキモチ妬きで。

「ん?・・・」

許して。

「あぁ・・・テヤン・・」


やがて僕はアヤノに許されて迎え入れられる。
その温かく潤う場所に。

あぁ、なんて幸せな場所なんだ。

アヤノ・・・
僕はこんなにちっぽけでバカなヤキモチ妬きだ。
だからあなたはきっと、これからも苦労が多いな。


そっと動き出すと、アヤノの手が背中に回った。


のぞき込むと、やっぱりアヤノも幸せそうなので、
苦労もあるけど、きっとこれからも僕といてくれるはずだって、
勝手に信じることにした。


いいかな?

ねえ・・・いい?
アヤノ・・


答えの替わりに、
僕の胸の下で震える唇から、

「愛してる・・・」と、もう一度微かなささやきが聞こえた。

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