Lusieta

 

シャボン玉 Ⅱ 後編

 

shabon_title.jpg



なんとしてでも、イヴは二人きりになると決めた。

撮影自体は22日で年内終了となった。


こうなったら綿密に計画を練って、

なにがなんでもオフにする!


そしてそれは実現した。


前夜から胸が躍る。

ゴルフ前夜なんて比じゃない。


いくつなんだ、僕は・・・・




-----------




せっかくこんな車に乗るのだから、

にぎやかな街の中で、普通のカップルみたいに待ち合わせてみたい。



と言っても、ただ舗道で待っている彼女を

車で乗り付けた僕が拾う。

ただそれだけのことだけど。



ただそれだけのことで、

うれしくてたまらない自分が笑える。



ナヨンも、うれしいと思っているだろうか。



街は派手に着飾って、クリスマス一色だ。


予定より早く着いてしまった。

ナヨンはまだだ。


少しドキドキする。


こんなふうににぎやかな街中で、

一人で車を止めて誰かを待つなんて、

この10年の間、ほとんどしたことがない。


いい日だ。


誰もみな、自分のイヴに夢中で

道路脇に止めた車の中に誰が乗っているかなんて気にもとめない。

まして、こんなドロドロ車。



いい日だ・・・・



すぐ目の前の横断歩道を渡ってくるナヨンを見つけた。

きょろきょろ辺りを見ながら小走りで近づいてくる。



ショートな丈のダウンジャケットに、スカートもまた短くて・・・

流行りのブーツが似合っている。

膝小僧が、寒そうだ。


君がまぶしい・・・・


ヨレヨレのシャツとダボダボのデニムを脱ぎ捨てると

こんなにまぶしい女に変わる。



君を見て、こんなふうにまぶしいと思う男は

きっとたくさんいるんだろう。

抱きしめて誰にも見せずにいられたらいいのに。



ナヨンは僕をみつけるだろうか。

僕はわざと腕を組み、うつむいてみた。


すぐに我慢できなくなって、おそるおそる顔を上げると、

すぐそばまで来て、車の外でジーッとこっちを見てる君と目があった。


車の中でひとり、「アハッ!・・・」と声を上げて笑ってしまった。

すぐに手で合図した。


ドアを開けたナヨンは、すぐには滑り込んでこなかった。


顔だけを覗かせて、

「あなたの名前を言ってください。」と言った。


そう言えば、僕はマスクをしている。

そしていつものサングラスをせずに、ニット帽を目深にかぶっていた。

目が見えないほどに。


かなり怪しい男だ。


「アハハーー! ジュンです。あなたは?」


「ナヨンです!うふふ・・・」



そう言って、やっと僕のとなりに乗り込んだ。

あぁ・・・こんなことのひとつひとつが

楽しくてたまらないんだ、今の僕は。



  ーーーーーーー



海岸沿いの道から、すこし山に入る。

登り切ったところの展望台から

一緒に海を眺めたい。



「ねぇ・・・」


「なに?」


「これって普通のデートね。」


「あぁ、正当派デート。」


「ふふ・・・すごいね。」



少し胸が痛む。

たったこれだけのことをするのが、大冒険の僕たち。


「せっかくだから、うんとチープなデートをしよう!」

ナヨンが言った。

なにがせっかくなんだ?


「チープなデートってどんなの?」


「お昼ご飯はね、私が買ってくるの、ハンバーガー。
車の中で食べましょう。
展望台で海を見て、
ほら、この近くにサル公園があるでしょ。
あそこでおサルさんたちにエサをやるの。」


「えぇ~、サル?・・・」


「そうよ、サル。穴場だと思うの。
イヴにサル公園に来る人なんていないわ、絶対よ!
もしそんなカップルがいたら、バカだなぁ~って思っちゃう。

ふふ・・・。私たちだけよ。
そして、いっぱい話しながらまたドライブして、

最後は・・・・
夜は私の部屋で、ご飯を食べて下さい。」



たまらなくなって車を止めた。

ちいさな湖のほとり。ナヨンを抱きしめた。


胸の中で、ナヨンが言った。


「どうでしょうか、このプラン。」


「最高です。」


「ふふ・・・よかった。」


「ナヨン」


「はい。」


「ありがとう。」


「何が?」


「こんなに幸せで、ウソみたいだ。」


「ジュンssi」


「なに?」


「ほんと?」


「ほんと。」


「ジュンssiが私といて幸せだと思ってくれるなら、
うれしい。
それが私の幸せです。
いつもなんにもできなくてごめんね。
デートだって、私といるとサル公園だし。」


「あ~~サル公園が楽しみだ!」


「ふふ・・・ふふふ・・・・」


「でも、一番楽しみなのはナヨンの部屋だけど。」


「・・・・・」


「君は? 楽しみじゃない?」



「楽しみです。
でも、私の部屋までいくと、
もう、今日の終わりに近づいてしまうから・・・・
ちょっと複雑かな?

できれば、ずっとこのままがいい。」


「・・・・・」


「・・・・・」


「ナヨン」


「はい。」


「もし、明日も僕が休みだったら、うれしい?」


「そりゃあ、とてもうれしい。」


「もし、明日も休みだったら、

何をしたい?」


「今夜一晩中起きていたい。
そして明日も寝ないでジュンssiが帰る時間まで・・・
ずっと・・・・」



「ずっと?」


「・・・・う~~ん・・・・・」


「何する?」


「今は考えない。」


「えっ?」


「実現したときに考えます。
考える楽しみはその時までとっておくわ。
今日は今日のことだけ考えて楽しみましょう。」


「ナヨン・・・・・」


またギュッと抱きしめてしまう。


「ナヨン、ごめん、こんなこと言って。
君を試したわけじゃなかった。
実は、プレゼントその1がある。」


「その1?」


「うん、ふたつあるから。その2はあとで。」


「ふたつもあるのね。うれしいな・・・なんだろ?」


「じゃあ、プレゼントその1を贈ります。よく聞いて。」


「はい。」


「僕は明日も休みです。」


「えっ!」


「だから、明日もナヨンとずっと一緒にいます。
明日に何をするか、今日一晩かかって考えましょう。」


「あ・・・あぁ・・・」


いきなり彼女がしがみついてきた。


「うれしい・・・」



    ナヨン、すまない。

    普通の恋人同士なら当たり前のことを

    君はこんなにも喜ぶんだね。

    今日会えて、明日も会える。

    それだけのことを、

    こんなにも・・・・・



そっとナヨンの顎をあげて、唇を重ねる。

深くのめり込んでいきそうな思いをぐっと抑えて軽いキス。

頬と額にも一つずつ。



「さあ、サル公園とハンバーガー、どっちが先だっけ?」


「ハンバーガーです。」


「はい、じゃあハンバーガーへ出発です。」


「はい。ふふふ・・・」



    ナヨン、ほんとはね、一晩中起きていたりしたくない。


    僕は君と一緒に眠りたいんだ。


    僕の胸で眠る君を見ていたい
。    
    
    何気ない日を一緒にすごして、

   
    夜になって、抱き合って眠り、


    朝になって、一緒に起きて


    また何気ない日をすごす・・・


    僕と君に、そんな日が来るだろうか・・・


    あ・・・


    また君に言われそうだ。

 
    “今は考えない”


    “実現したときに考えましょう”


    “それまでの楽しみにとっておきましょう”


    “今日は今日のことだけ考えて楽しみましょう”


    そうだね、そうしよう。


    今日は今日のことだけ感じていよう。


    だって、今ここに君がいる・・・・

    
    今夜も


    明日も


    僕のそばに君がいる・・・


    手を伸ばせば、こんなに近くに・・・


    君がいるのだから。



真冬の陽射しに温められて


湖面から湯気が立ちのぼる。


出発だと言いながら、


二人、寄り添ったまま、その湖面から目が離せない。


美しいものを一緒に眺めて、


ただじっとしている。


    ナヨン、僕らの時間は


    まだたっぷりあるね。
    

    出発は、もうすこし先にしよう。


    チープがうれしい・・・


    僕たちの、メリークリスマス。



 ←読んだらクリックしてください。

このページのトップへ