バスローブをまとってジェイが出てきた。
はだけた胸元からケイはあわてて目をそらす。
『ジェイ、私を誘惑しないでね。私…』
『ケイさん、さっきの電話彼からでしょう?』
『え?』
『答えたくない?』
『ええ、そうよ。彼からだった。』
『なんて?』
『あなたに言う必要ないわ。』
『以前ジェノバであなたは、こころの中に僕がいると言ってくれましたよね。
あれはウソですか?』
『ウソなんかじゃないわ。今もあなたがいるわ。』
『なぜ、あれほど動揺したんですか?』
『言いたくない。』
『さっきのキスは?』
『甕の古い水を捨てて、新しい水を入れたかった。』
『古い水はもう残っていないんですね。それとももっと新しい水が必要ですか?』
そういうとジェイはケイの隣に腰をおろし、自分のグラスにグラッパを注いだ。
『乾杯しましょう。こうやってあなたと夜を過ごしたかった。願いが叶ったんだ。
さあ、グラスを持って。
僕たちがこれからおかすであろう…』
『だめ、その言葉はダメよ、ジェイ。私たちは過ちなんか犯さない。』
『最後まで聞いて下さい。
僕たちがこれから冒すであろう冒険と、勇気に。そして再生に。』
ジェイの強い言葉にケイはだまってグラスを合わる。
グラッパを飲み干すと、ジェイがそのグラスをとりあげてテーブルに置く。
あっと思うまもなく唇がふさがれた。
今まではケイのこころの動きに沿うようにしてキスをしたジェイだったが、
今は自分の情熱をそのままぶつけてくる。
ケイの心をケイに呼び戻すためではなく、彼女の心に入り込み、その心をまるごとつかみとり、
自分の中に連れて行こうとしていた。
Aのことで気もちをかき乱され、なんの準備も整っていなかったケイは、
突然始まったジェイの激しいキスに、いきなり自分の中の核をぎゅっとつかまれたように揺さぶられていた。
彼の唇と指の動きに翻弄され、何も考えられなかった。
体の力は、すっかり抜けてしまった。
ジェイの両手がケイの髪に差し入れられ、髪を止めていたピンが飛び散る。
激しく吸われ、かまれ、舌でもて遊ばれる唇から官能の波が大きななうねりとなってケイを襲い始めた。
バスローブの胸元からジェイが手を入れてくる。
唇は重ねたまま、胸のふくらみに指を這わせ、愛撫する。
固くなった乳首に加えられる刺激に、思わずケイは声を上げた。
すでにバスローブの前はすっかりはだけてしまって、下着をつけていないケイの下腹部もむき出しにされていた。
ジェイの唇も指も休むことを知らず、手のひらでケイの脚を開くと、ひざからももの内側に愛撫を加えていく。
指がケイの中心の部分に近づいていく。
ジェイの手がケイのひざをさらに大きく開いた。
『ジェイ、ずるいわ。襲わないっていったじゃない。』
『ケイさん、襲ってなんかいないよ。愛したいだけだ。
あなたを、あなたの再生を見たいんだ。』
そういうとジェイはケイの前にひざまずいた。
開かれた両足の真ん中に、ケイの中心に、顔を寄せる。
まだ指も触れていないケイのその部分が、既にジェイを欲しているのを見て取ると、そっと舌で愛撫を始めた。
その舌の動きに、ケイは声が漏れ出るのをどうしても押さえられない。
ジェイの舌はこの上なくみだらに、この上なく激しく動く。
『ジェイ、お願いよ、やめてちょうだい。
私、もうがまんできそうもない。
こんなことされたら、一人でいってしまう。』
『いって下さい。』
そういうとジェイはさらに激しく舌を動かしながら、そっと長い指を差し入れ、その奥のひだを刺激し始めた。
『ああ、ジェイ、ひどいわ。なぜ私だけなの、』
ケイはジェイの肩をつかみ、なんとか押しやろうとしたが、
その手は逆にジェイに捕らえられ、ソファーの上、腰の両脇に固定されてしまった。
ケイはジェイの舌の動きに耐えようとしていたが、彼の巧みさには叶わなかった。
『ジェイ、わたしだけはいや。』
『だめです。さあ、いって。いえ僕の中にきてください。』
ケイは耐えるのをやめた。
ジェイの口に含まれた部分が舌によって転がされ、熱い塊となって肥大していく。
やがてそれがはじけた。一面に飛び散り、浮遊し、ただよい、流れていく。
ジェイの中に、自分が流れ込んでいく…
それは初めての感覚だった。
今まで一人として、ケイをこのようには愛した男はいなかった。
***
ジェイは恍惚の中にただようケイを、バスローブから掬い取るように抱きかかえるとベッドに運んだ。
やさしくケイの髪にくちづけ、乱れて頬にかかる髪を長い指で整え、額や頬を愛撫する。
ケイの閉じたまぶたや唇、あご、耳たぶにも唇を寄せる。
そしてしばらくはそっと抱きかかえるように、ケイの余韻を一緒に味わうように、寄り添っていた。
『何か欲しいものは?やっぱりシャンパンを開けましょうか?』
ジェイは泡立つグラスをサイドテーブルに置くと、自分もケイの横に体を滑り込ませた。
『私だけ裸にして、』
『僕も裸にしたい?』
『違うわ、私の着るものをとってよ。』
『だめです。あなたは美しい。こんな夜にそれを隠すのは罪です。』
『ジェイ、あなたこそ美しいわ。私にもあなたを見せてくれなきゃ、不公平でしょう。』
『やっと本音を言いましたね。』
ジェイはベッドから降り立つとバスローブを脱ぎ捨て、ケイの前に全身をさらした。
鍛え抜かれた、鋼のような弾力を感じさせる肉体だった。
見ているだけで、ケイは体にのしかかる快い重みを感じた。
旧約聖書の英雄、フィレンツェのシンボル、ミケランジェロのダヴィデを、思った。
『このまま立っていろと?』
『いいえ、ここに来て。』
ジェイはもう一度ケイの傍らに身を横たえた。
はだかの腕をケイの肩に廻すと、日なたの麦わらのようにジェイの肌が匂いたった。
そのたくましい腕を枕にしてケイは彼の胸にほほを寄せた。指先で胸を愛撫する。ジェイが欲しかった。
ジェイの胸から下腹部まで降りていこうとするそのケイの指を、ジェイが止めた。
『ジェイ?』
『ケイさん、僕はいいんです。』
『なぜ?私自分だけなんていやよ。それにあなたが欲しい。』
『本当に、僕が欲しいんですか?』
『ええ…』
『僕もあなたが欲しい、僕を欲しいといってくれて嬉しい。』
『ならどうして…』
『今欲望に負けてしまう僕を、許せない僕がいるんです。』
『欲望はあなたにとって許せないことなの?』
『そうじゃありません。でも今じゃないときに。』
『私たちにそんなときがあるのかしら。』
『それは僕たち次第だ。』
『なぜ私にあんなことをしたの?』
『あれが今の僕の、愛し方なんです。』
私の中に新しい水を注ぐためなの?
それとも、新しい水を注ぐために、私の中に、さらに深く穴を掘ろうとしているの、ジェイ…
ふんわりとジェイの匂いに包まれたまま、やがてケイはやすらかな夜の底に落ちていった。